妹は私から奪った気でいますが、墓穴を掘っただけでした。私は溺愛されました。どっちがバカかなぁ~?

百谷シカ

文字の大きさ
上 下
10 / 13

10 人生の陰影と光

しおりを挟む

「見えました! 魔塔の島です!」

 船に見張りの声が響き渡ったのは、その翌日のことだった。船長の号令のもと、着岸準備のため、急に甲板は騒々しくなった。
 インテス様は貴人にしては珍しく、平民たちとの距離の近い人で、これまでも甲板作業などあれこれと手伝っていた。シディもそれに倣って、殿下の隣で大綱をまとめたり帆を畳んだりする作業をやらせてもらってきて、船員たちとも結構仲良くなった。
 殿下には「病み上がりなのだからもう少し休め」としつこいほど言われたのだったが、みんなが忙しく動き回っているときにじっとしているほうがつらい。というわけで、今回も手伝うことにしたのだ。
 実は最初のうち、シディは屈強な海の男たちを見てなんとなくしり込みしていたのだが、今では普通に口がきける。

「この綱、ここでいいんですよね?」
「おお、いいっすよ~! だいぶ作業に慣れましたな、オブシディアン様」
「そ、その呼び方はやめてくださいってば……」
 赤くなっていたら、周囲の男たちがガハハハ、と笑う。
「いやいや、そんなわけには参りませんや」
「なにしろインテス様の秘蔵っ子だもんよ!」
「いや、秘蔵っ子って……」
「だが、仕事に困ったらうちに来るといいや」
「えっ」
「そうだそうだ。あんた、仕事の覚えは早いし手際もいいしよ」
「小回りもきくし素早いし、くるくる動いてくれて俺たちゃ大助かりだったぜ」
「ほ、ほんとうですか!?」

 四方八方から褒められて、むず痒いような喜びが湧きあがる。今までこんな風に気持ちよく人から褒められたことはなかった。インテス様を除いては、だが。

「いざとなったら船員として雇ってもらえるよう、俺らも船長に口添えさせてもらいますぜ~!」
「あ、ありがとうございます……」

 いや、でも本当は困る。仕事に困るということは、インテス様のもとを離れるということではないか。それは困る。そんなのイヤだ。
 微妙な顔になってもじもじしていたら、ますます船員たちに笑われるシディだった。しまいに「こらこら。私の可愛い子をからかうのはそのぐらいにしてくれよ」と殿下が助け船をだしてくれてしまいになったが。

 水平線の彼方から次第にちかづいてくる島の影は、平たい円錐状に見えた。真ん中が高くなった砂山を海の上に盛り上げた感じだ。
 近づいてくるにつれ、それが人工的な建物で覆われているのがわかるようになってくる。色とりどりだが、レンガづくりの素朴な形をした建物群が、地面を覆っているのだった。建物は円錐の頂点に向かうにつれて高いものになっている。

 船が桟橋についたところで、シディはこの気持ちのいい海の男たちに別れを告げなくてはならなかった。というのも、船旅は往路のみで、帰りは魔塔の者に送ってもらう手筈になっているらしいのだ。
 かなり名残惜しい気持ちになったが、あんまり寂しそうにしていてもインテス様ににらまれそうだ。だからぐっとこらえたのに、塞いだ顔はごまかしきれなかったらしい。ぽん、と肩を叩かれて見上げると、インテス様が紫の瞳に優しい光を湛えて見下ろしていた。

「心配するな。これが最後の別れでもあるまいし」
「そ……そうですか?」
「そうだとも。縁があればまた会えよう。その日を楽しみに生きればよいのよ」
「は、はい……」

 貴人であるにも係わらず、この方は人の気持ちに敏感でとても優しい気遣いをなさる。周囲にいるだれに対してもそうなのだ。だからこそ、一般の人々からの人望もあるのだろう。大体の王侯貴族というものは、皇宮で見たああいう尊大で不遜な態度をとるのが普通なのだから。
 と、桟橋を歩ききったあたりの所に、フードのついた長いマントを羽織った集団が固まって立っているのに気がついた。みな全身灰色だ。種族はいろいろのようだった。鳥のような顔の人。クマのような顔の人。大きい人も小さい人もいる。匂いもさまざまだ。
 中でももっとも小柄でいちばん年上らしい人が、静かに殿下に近づいてきて頭を下げた。どうやらイタチの獣人であるらしい。彼に倣って、後ろに立っている人たちも同じように頭を下げる。

「インテグリータス殿下。お待ち申し上げておりました」
「ああ。久しいな、セネクス。紹介しよう。こちらが私の半身、オブシディアンだ」
 言われて背中を押され、シディも慌てて頭を下げた。
「あっ、あのっ。オブシディアン、です……」
「おお、ではこちらのお方が」

 セネクス老人がむほほほ、と奇妙な笑い声をたてて頭を下げると、背後の人々も「おお」とか「それでは」とかそれぞれに驚きの声を上げ、それぞれにお辞儀をしてきた。

「お会いできますのを、首を長うしてお待ち申し上げておりましたぞ」
「こちらはセネクス。この魔塔の島を統括する、最高位魔導士だ」
「え、ええっ」

 ではこの人は、ここの最高権威者ではないか。そんな偉い人が直々に迎えに出てきたということなのだろうか。いや、自分はともかくインテス殿下が来られたのだから当然なのかもしれないが。

「さあさあ。このような場所で話し込むのはよしましょうぞ。いざ、魔塔へご案内つかまつりまする」
「ああ、頼む」

 殿下がうなずいた途端、周囲にぶわっと不思議な空間が出現した。景色が微妙に歪み、体の周りに軽やかでさわやかな香りが満ちる。それが自分たちと魔導士の面々を一気につつみこんだ球体を生成しているようだ。
 と、ふわりと足が勝手に地面から離れた。

「ふわああっ!?」
「ああ、どうぞご安心を。魔塔まで一気にお連れ申し上げるだけですゆえ」
「ええっ。あ、あのあの、殿下っ……」

 必死で殿下の衣にしがみつくと、ぎゅっと肩を抱き寄せられた。

「案ずるな。飛翔の魔法でひとっとびするのさ。なにしろ歩いていくとなると、あそこはかなり面倒な立地なのでな」
「ひ、ひとっとび……!?」

 どういう意味だ。いや、怖い。
 もしかして飛ぶのだろうか? 勘弁してくれ!
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた

今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。 二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。 ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。 その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。 が、彼女の前に再びアレクが現れる。 どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?

satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません! ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。 憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。 お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。 しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。 お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。 婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。 そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。 いきなりビックネーム過ぎませんか?

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました

よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。 突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。 「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」 マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。

婚約破棄?から大公様に見初められて~誤解だと今更いっても知りません!~

琴葉悠
恋愛
ストーリャ国の王子エピカ・ストーリャの婚約者ペルラ・ジェンマは彼が大嫌いだった。 自由が欲しい、妃教育はもううんざり、笑顔を取り繕うのも嫌! しかし周囲が婚約破棄を許してくれない中、ペルラは、エピカが見知らぬ女性と一緒に夜会の別室に入るのを見かけた。 「婚約破棄」の文字が浮かび、別室に飛び込み、エピカをただせば言葉を濁す。 ペルラは思いの丈をぶちまけ、夜会から飛び出すとそこで運命の出会いをする──

婚約者はメイドにご執心、婚約破棄して私を家から追い出したいそうです。

coco
恋愛
「婚約破棄だ、この家を出て行け!」 私の婚約者は、メイドにご執心だ。 どうやらこの2人は、特別な関係にあるらしい。 2人が結ばれる為には、私が邪魔なのね…。 でもそうは言うけど、この家はすでに私の物よ? あなたは何も知らないみたいだから、教えてあげる事にします─。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

処理中です...