6 / 13
6 嗚呼、美しき生活
しおりを挟む
日々は煌めきを増し、疾風の如く駆け抜けていった。
季節が巡る中で、私はバーサという親友と数人の友人、顔見知りの女生徒たち、そして素晴らしい教師の面々と思い出を重ねている。
規律の厳しい寄宿学校にしては、食堂で大人たちと女学生が語り合いながら3度の食事を摂っていて、非常に興味深い光景に思われた。でもすぐに慣れた。
私は教師たちにとても重宝されたので、女学生より教師たちと食事をする事が比較的多かったけれど、隣にはいつもバーサがいて、授業でひたすら居眠りをしている彼女と教師が良好な関係を築いている事が非常に興味深く、繰り広げられる会話に耳を欹てながら食べるのが日課だ。
裏庭の幹の太い木の名がトゥーレだと教えてくれたのは、クロフト教授。
朝いちばんで行われる哲学の授業では、バーサだけでなくほとんどの女学生が居眠りしている。最初の頃は互いに遠慮があったけれど、しばらくすると、トゥーレの木でした会話の続きをこっそりとしてしまうようになっていた。私たちは教授と女学生という立場を越えて、友情を築いていたのだ。
クロフト教授は、運動の授業の前に廊下などですれ違うと、決まって私の体調を慮って声をかけてくれた。すると決まって、私の隣にいるバーサがクロフト教授を「大丈夫よ、ママン」と言って揶揄う。
いつしか私も、極たまにクロフト教授を「ママン」と呼ぶようになっていた。
夏の夕暮れ。
日焼けにはアロエが効くと言って、トゥーレの木の下から瓶詰にしたものをくれた。その頃には、ロープと籠を結んで主に本などを授受する習慣がついていた。
「これ、御自分で育てていらっしゃるの?」
「ああ、日焼けに効くからね」
「凄く綺麗」
ほぼ透明に近い、半透明で半液状のものが、瓶の中で美しく光彩を編んでいる。
「また持ってきてあげるよ」
「ありがとうございます」
「同室の人もよかったら一緒に」
「ええ、喜びます」
「でも、夜中お腹がすいたとしても食べないほうがいいよ」
「え? 有毒でしたっけ?」
「まさか。凄く苦いんだ」
「ああ」
バーサにスプーン一杯だけ食べてみてもらおうかなんて事を、つい考えてしまった。でも、その手には乗ってくれないかもしれない。彼女は夜中に出歩いているので、どこかに軽食のあてがある可能性は高い。
「アロエは育てやすい多肉植物なんだ。乾燥に強いからちょっと水をあげ忘れたくらいでは枯れないしね。窓の所に置いているんだよ。夏はヒリヒリに、冬はカサカサによく効く。冬もあげよう」
「ええ、楽しみです」
「君は菜園とか興味ある?」
「自分では育てた事がありません。あまり向いているようにも思えないので、そっちは教授にお任せしますわ。どちらかと言うと図鑑を読みたいです」
「図書室にあるよ」
「ずっと読んでいるのに蔵書が多すぎて何年経っても完全読破には至らない気がします。ずっとここにいたいけれど、いつかは出て行かなくてはいけないので。次は植物図鑑を読んでみますわ」
「ああ、いいね。ちなみに8冊ある。私のおすすめは緑の背表紙に金の筋が1本入っている図鑑だ」
「わかりました」
「ヒラリー」
部屋の窓からバーサの呼ぶ声がして、私はぐっと首をひねった。
逆さまのバーサが一瞬、クロフト教授に目線を投げる。
「申し訳ないですけれどヒラリーを返してもらいますわよ」
クロフト教授は片手をあげて答え、膝の上に本を広げた。
私はクッションを背負い、それを縛った紐に荷物もまとめて用意を整える。アロエの瓶詰が少しだけ重い。
「なに?」
「オーガスタが神学の授業で聞き逃した箇所があるんですって」
「今行くわ。それじゃあ、クロフト教授。失礼します」
また、彼は手をあげて答える。
私は太い枝に跨って、いつものように窓までよじのぼった。
「いつ見てもおかしな風景」
「退屈するよりいいでしょう?」
「たしかにね。ねえ、神学って退屈じゃないの?」
「あなたは寝てるけど私とオーガスタは冴えわたって興奮してるわ」
「興奮はあなただけでしょ」
部屋に下り立つと、戸口に立つオーガスタが笑顔で肩を竦めた。
「いつもありがとう、ヒラリー」
「いいのよ。どこで寝ちゃったの?」
ノートを出す私の背から、バーサがクッションを外してくれる。
「あら。綺麗なジャムね」
「それはアロエ。食べちゃ駄目」
凄く苦いんですって、と心で囁き戸口に向かった。
ノートを渡しながら話を聞いて要点を伝えていたら、バーサが低い悲鳴をあげた。
「うっわ、苦い! なんなのッ!?」
私の手には乗らなかったけれど、自分からやってくれた。
笑いながら、悶絶するバーサをつい見遣る。
充実した毎日。
笑顔の絶えない、愛しい日々が続いていた。
季節が巡る中で、私はバーサという親友と数人の友人、顔見知りの女生徒たち、そして素晴らしい教師の面々と思い出を重ねている。
規律の厳しい寄宿学校にしては、食堂で大人たちと女学生が語り合いながら3度の食事を摂っていて、非常に興味深い光景に思われた。でもすぐに慣れた。
私は教師たちにとても重宝されたので、女学生より教師たちと食事をする事が比較的多かったけれど、隣にはいつもバーサがいて、授業でひたすら居眠りをしている彼女と教師が良好な関係を築いている事が非常に興味深く、繰り広げられる会話に耳を欹てながら食べるのが日課だ。
裏庭の幹の太い木の名がトゥーレだと教えてくれたのは、クロフト教授。
朝いちばんで行われる哲学の授業では、バーサだけでなくほとんどの女学生が居眠りしている。最初の頃は互いに遠慮があったけれど、しばらくすると、トゥーレの木でした会話の続きをこっそりとしてしまうようになっていた。私たちは教授と女学生という立場を越えて、友情を築いていたのだ。
クロフト教授は、運動の授業の前に廊下などですれ違うと、決まって私の体調を慮って声をかけてくれた。すると決まって、私の隣にいるバーサがクロフト教授を「大丈夫よ、ママン」と言って揶揄う。
いつしか私も、極たまにクロフト教授を「ママン」と呼ぶようになっていた。
夏の夕暮れ。
日焼けにはアロエが効くと言って、トゥーレの木の下から瓶詰にしたものをくれた。その頃には、ロープと籠を結んで主に本などを授受する習慣がついていた。
「これ、御自分で育てていらっしゃるの?」
「ああ、日焼けに効くからね」
「凄く綺麗」
ほぼ透明に近い、半透明で半液状のものが、瓶の中で美しく光彩を編んでいる。
「また持ってきてあげるよ」
「ありがとうございます」
「同室の人もよかったら一緒に」
「ええ、喜びます」
「でも、夜中お腹がすいたとしても食べないほうがいいよ」
「え? 有毒でしたっけ?」
「まさか。凄く苦いんだ」
「ああ」
バーサにスプーン一杯だけ食べてみてもらおうかなんて事を、つい考えてしまった。でも、その手には乗ってくれないかもしれない。彼女は夜中に出歩いているので、どこかに軽食のあてがある可能性は高い。
「アロエは育てやすい多肉植物なんだ。乾燥に強いからちょっと水をあげ忘れたくらいでは枯れないしね。窓の所に置いているんだよ。夏はヒリヒリに、冬はカサカサによく効く。冬もあげよう」
「ええ、楽しみです」
「君は菜園とか興味ある?」
「自分では育てた事がありません。あまり向いているようにも思えないので、そっちは教授にお任せしますわ。どちらかと言うと図鑑を読みたいです」
「図書室にあるよ」
「ずっと読んでいるのに蔵書が多すぎて何年経っても完全読破には至らない気がします。ずっとここにいたいけれど、いつかは出て行かなくてはいけないので。次は植物図鑑を読んでみますわ」
「ああ、いいね。ちなみに8冊ある。私のおすすめは緑の背表紙に金の筋が1本入っている図鑑だ」
「わかりました」
「ヒラリー」
部屋の窓からバーサの呼ぶ声がして、私はぐっと首をひねった。
逆さまのバーサが一瞬、クロフト教授に目線を投げる。
「申し訳ないですけれどヒラリーを返してもらいますわよ」
クロフト教授は片手をあげて答え、膝の上に本を広げた。
私はクッションを背負い、それを縛った紐に荷物もまとめて用意を整える。アロエの瓶詰が少しだけ重い。
「なに?」
「オーガスタが神学の授業で聞き逃した箇所があるんですって」
「今行くわ。それじゃあ、クロフト教授。失礼します」
また、彼は手をあげて答える。
私は太い枝に跨って、いつものように窓までよじのぼった。
「いつ見てもおかしな風景」
「退屈するよりいいでしょう?」
「たしかにね。ねえ、神学って退屈じゃないの?」
「あなたは寝てるけど私とオーガスタは冴えわたって興奮してるわ」
「興奮はあなただけでしょ」
部屋に下り立つと、戸口に立つオーガスタが笑顔で肩を竦めた。
「いつもありがとう、ヒラリー」
「いいのよ。どこで寝ちゃったの?」
ノートを出す私の背から、バーサがクッションを外してくれる。
「あら。綺麗なジャムね」
「それはアロエ。食べちゃ駄目」
凄く苦いんですって、と心で囁き戸口に向かった。
ノートを渡しながら話を聞いて要点を伝えていたら、バーサが低い悲鳴をあげた。
「うっわ、苦い! なんなのッ!?」
私の手には乗らなかったけれど、自分からやってくれた。
笑いながら、悶絶するバーサをつい見遣る。
充実した毎日。
笑顔の絶えない、愛しい日々が続いていた。
32
お気に入りに追加
1,811
あなたにおすすめの小説

真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?
satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません!
ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。
憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。
お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。
しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。
お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。
婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。
そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。
いきなりビックネーム過ぎませんか?

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました
よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。
突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。
「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」
マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。

婚約破棄?から大公様に見初められて~誤解だと今更いっても知りません!~
琴葉悠
恋愛
ストーリャ国の王子エピカ・ストーリャの婚約者ペルラ・ジェンマは彼が大嫌いだった。
自由が欲しい、妃教育はもううんざり、笑顔を取り繕うのも嫌!
しかし周囲が婚約破棄を許してくれない中、ペルラは、エピカが見知らぬ女性と一緒に夜会の別室に入るのを見かけた。
「婚約破棄」の文字が浮かび、別室に飛び込み、エピカをただせば言葉を濁す。
ペルラは思いの丈をぶちまけ、夜会から飛び出すとそこで運命の出会いをする──

婚約者はメイドにご執心、婚約破棄して私を家から追い出したいそうです。
coco
恋愛
「婚約破棄だ、この家を出て行け!」
私の婚約者は、メイドにご執心だ。
どうやらこの2人は、特別な関係にあるらしい。
2人が結ばれる為には、私が邪魔なのね…。
でもそうは言うけど、この家はすでに私の物よ?
あなたは何も知らないみたいだから、教えてあげる事にします─。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました
青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。
しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。
「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」
そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。
実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。
落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。
一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。
※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる