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6 嗚呼、美しき生活
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日々は煌めきを増し、疾風の如く駆け抜けていった。
季節が巡る中で、私はバーサという親友と数人の友人、顔見知りの女生徒たち、そして素晴らしい教師の面々と思い出を重ねている。
規律の厳しい寄宿学校にしては、食堂で大人たちと女学生が語り合いながら3度の食事を摂っていて、非常に興味深い光景に思われた。でもすぐに慣れた。
私は教師たちにとても重宝されたので、女学生より教師たちと食事をする事が比較的多かったけれど、隣にはいつもバーサがいて、授業でひたすら居眠りをしている彼女と教師が良好な関係を築いている事が非常に興味深く、繰り広げられる会話に耳を欹てながら食べるのが日課だ。
裏庭の幹の太い木の名がトゥーレだと教えてくれたのは、クロフト教授。
朝いちばんで行われる哲学の授業では、バーサだけでなくほとんどの女学生が居眠りしている。最初の頃は互いに遠慮があったけれど、しばらくすると、トゥーレの木でした会話の続きをこっそりとしてしまうようになっていた。私たちは教授と女学生という立場を越えて、友情を築いていたのだ。
クロフト教授は、運動の授業の前に廊下などですれ違うと、決まって私の体調を慮って声をかけてくれた。すると決まって、私の隣にいるバーサがクロフト教授を「大丈夫よ、ママン」と言って揶揄う。
いつしか私も、極たまにクロフト教授を「ママン」と呼ぶようになっていた。
夏の夕暮れ。
日焼けにはアロエが効くと言って、トゥーレの木の下から瓶詰にしたものをくれた。その頃には、ロープと籠を結んで主に本などを授受する習慣がついていた。
「これ、御自分で育てていらっしゃるの?」
「ああ、日焼けに効くからね」
「凄く綺麗」
ほぼ透明に近い、半透明で半液状のものが、瓶の中で美しく光彩を編んでいる。
「また持ってきてあげるよ」
「ありがとうございます」
「同室の人もよかったら一緒に」
「ええ、喜びます」
「でも、夜中お腹がすいたとしても食べないほうがいいよ」
「え? 有毒でしたっけ?」
「まさか。凄く苦いんだ」
「ああ」
バーサにスプーン一杯だけ食べてみてもらおうかなんて事を、つい考えてしまった。でも、その手には乗ってくれないかもしれない。彼女は夜中に出歩いているので、どこかに軽食のあてがある可能性は高い。
「アロエは育てやすい多肉植物なんだ。乾燥に強いからちょっと水をあげ忘れたくらいでは枯れないしね。窓の所に置いているんだよ。夏はヒリヒリに、冬はカサカサによく効く。冬もあげよう」
「ええ、楽しみです」
「君は菜園とか興味ある?」
「自分では育てた事がありません。あまり向いているようにも思えないので、そっちは教授にお任せしますわ。どちらかと言うと図鑑を読みたいです」
「図書室にあるよ」
「ずっと読んでいるのに蔵書が多すぎて何年経っても完全読破には至らない気がします。ずっとここにいたいけれど、いつかは出て行かなくてはいけないので。次は植物図鑑を読んでみますわ」
「ああ、いいね。ちなみに8冊ある。私のおすすめは緑の背表紙に金の筋が1本入っている図鑑だ」
「わかりました」
「ヒラリー」
部屋の窓からバーサの呼ぶ声がして、私はぐっと首をひねった。
逆さまのバーサが一瞬、クロフト教授に目線を投げる。
「申し訳ないですけれどヒラリーを返してもらいますわよ」
クロフト教授は片手をあげて答え、膝の上に本を広げた。
私はクッションを背負い、それを縛った紐に荷物もまとめて用意を整える。アロエの瓶詰が少しだけ重い。
「なに?」
「オーガスタが神学の授業で聞き逃した箇所があるんですって」
「今行くわ。それじゃあ、クロフト教授。失礼します」
また、彼は手をあげて答える。
私は太い枝に跨って、いつものように窓までよじのぼった。
「いつ見てもおかしな風景」
「退屈するよりいいでしょう?」
「たしかにね。ねえ、神学って退屈じゃないの?」
「あなたは寝てるけど私とオーガスタは冴えわたって興奮してるわ」
「興奮はあなただけでしょ」
部屋に下り立つと、戸口に立つオーガスタが笑顔で肩を竦めた。
「いつもありがとう、ヒラリー」
「いいのよ。どこで寝ちゃったの?」
ノートを出す私の背から、バーサがクッションを外してくれる。
「あら。綺麗なジャムね」
「それはアロエ。食べちゃ駄目」
凄く苦いんですって、と心で囁き戸口に向かった。
ノートを渡しながら話を聞いて要点を伝えていたら、バーサが低い悲鳴をあげた。
「うっわ、苦い! なんなのッ!?」
私の手には乗らなかったけれど、自分からやってくれた。
笑いながら、悶絶するバーサをつい見遣る。
充実した毎日。
笑顔の絶えない、愛しい日々が続いていた。
季節が巡る中で、私はバーサという親友と数人の友人、顔見知りの女生徒たち、そして素晴らしい教師の面々と思い出を重ねている。
規律の厳しい寄宿学校にしては、食堂で大人たちと女学生が語り合いながら3度の食事を摂っていて、非常に興味深い光景に思われた。でもすぐに慣れた。
私は教師たちにとても重宝されたので、女学生より教師たちと食事をする事が比較的多かったけれど、隣にはいつもバーサがいて、授業でひたすら居眠りをしている彼女と教師が良好な関係を築いている事が非常に興味深く、繰り広げられる会話に耳を欹てながら食べるのが日課だ。
裏庭の幹の太い木の名がトゥーレだと教えてくれたのは、クロフト教授。
朝いちばんで行われる哲学の授業では、バーサだけでなくほとんどの女学生が居眠りしている。最初の頃は互いに遠慮があったけれど、しばらくすると、トゥーレの木でした会話の続きをこっそりとしてしまうようになっていた。私たちは教授と女学生という立場を越えて、友情を築いていたのだ。
クロフト教授は、運動の授業の前に廊下などですれ違うと、決まって私の体調を慮って声をかけてくれた。すると決まって、私の隣にいるバーサがクロフト教授を「大丈夫よ、ママン」と言って揶揄う。
いつしか私も、極たまにクロフト教授を「ママン」と呼ぶようになっていた。
夏の夕暮れ。
日焼けにはアロエが効くと言って、トゥーレの木の下から瓶詰にしたものをくれた。その頃には、ロープと籠を結んで主に本などを授受する習慣がついていた。
「これ、御自分で育てていらっしゃるの?」
「ああ、日焼けに効くからね」
「凄く綺麗」
ほぼ透明に近い、半透明で半液状のものが、瓶の中で美しく光彩を編んでいる。
「また持ってきてあげるよ」
「ありがとうございます」
「同室の人もよかったら一緒に」
「ええ、喜びます」
「でも、夜中お腹がすいたとしても食べないほうがいいよ」
「え? 有毒でしたっけ?」
「まさか。凄く苦いんだ」
「ああ」
バーサにスプーン一杯だけ食べてみてもらおうかなんて事を、つい考えてしまった。でも、その手には乗ってくれないかもしれない。彼女は夜中に出歩いているので、どこかに軽食のあてがある可能性は高い。
「アロエは育てやすい多肉植物なんだ。乾燥に強いからちょっと水をあげ忘れたくらいでは枯れないしね。窓の所に置いているんだよ。夏はヒリヒリに、冬はカサカサによく効く。冬もあげよう」
「ええ、楽しみです」
「君は菜園とか興味ある?」
「自分では育てた事がありません。あまり向いているようにも思えないので、そっちは教授にお任せしますわ。どちらかと言うと図鑑を読みたいです」
「図書室にあるよ」
「ずっと読んでいるのに蔵書が多すぎて何年経っても完全読破には至らない気がします。ずっとここにいたいけれど、いつかは出て行かなくてはいけないので。次は植物図鑑を読んでみますわ」
「ああ、いいね。ちなみに8冊ある。私のおすすめは緑の背表紙に金の筋が1本入っている図鑑だ」
「わかりました」
「ヒラリー」
部屋の窓からバーサの呼ぶ声がして、私はぐっと首をひねった。
逆さまのバーサが一瞬、クロフト教授に目線を投げる。
「申し訳ないですけれどヒラリーを返してもらいますわよ」
クロフト教授は片手をあげて答え、膝の上に本を広げた。
私はクッションを背負い、それを縛った紐に荷物もまとめて用意を整える。アロエの瓶詰が少しだけ重い。
「なに?」
「オーガスタが神学の授業で聞き逃した箇所があるんですって」
「今行くわ。それじゃあ、クロフト教授。失礼します」
また、彼は手をあげて答える。
私は太い枝に跨って、いつものように窓までよじのぼった。
「いつ見てもおかしな風景」
「退屈するよりいいでしょう?」
「たしかにね。ねえ、神学って退屈じゃないの?」
「あなたは寝てるけど私とオーガスタは冴えわたって興奮してるわ」
「興奮はあなただけでしょ」
部屋に下り立つと、戸口に立つオーガスタが笑顔で肩を竦めた。
「いつもありがとう、ヒラリー」
「いいのよ。どこで寝ちゃったの?」
ノートを出す私の背から、バーサがクッションを外してくれる。
「あら。綺麗なジャムね」
「それはアロエ。食べちゃ駄目」
凄く苦いんですって、と心で囁き戸口に向かった。
ノートを渡しながら話を聞いて要点を伝えていたら、バーサが低い悲鳴をあげた。
「うっわ、苦い! なんなのッ!?」
私の手には乗らなかったけれど、自分からやってくれた。
笑いながら、悶絶するバーサをつい見遣る。
充実した毎日。
笑顔の絶えない、愛しい日々が続いていた。
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