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失せ物 諦めずに探し続けよ
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「ねーねーユイト。またキャンプしたい」
すると、しばらくバラエティ番組を見ていた寿一郎が、突然切り出した。お笑い芸人がキャンプをしている映像が流れ、それを見た寿一郎が駄々をこねる。
確かに今は4月、花粉の時期が過ぎれば、キャンプも悪くない。
この3人はキャンプもするほど仲がいいんだと思っていたら、唯翔が誘ってきた。
「ね、鈴夏さんも行かない?」
「私も?」
「うん、こういうのは人数多いほうがいいじゃん」
キャンプなんて、学生時代のサークル仲間とやって以来だ。道具の扱いもわからないし、どうやって楽しむかも鈴夏は忘れていた。それに、キャンプと言えば女子は面倒な食事の準備や片付けを任されがちだ。
「すぅの姉御もキャンプしよ」
「すぅの姉御……?」
「そ。名前『すずか』だからすぅの姉御」
「あ、うん……まぁいいけど」
しかも、ドサクサに紛れて寿一郎に変なあだ名までつけられた。龍大が26、唯翔と寿一郎が28と言っていたから、確かに鈴夏がいちばん年上だ。それはわかっているけど、いきなり姉御と呼ばれるのは少しばかり気に障った。
「ごめんね、コイツデリカシーないけど悪いやつじゃないから」
でも「悪いやつじゃない」という唯翔の言葉は本当だと、鈴夏も思う。そうじゃなければ、帰ってきて即コンビニまで言って鈴夏のスウェットを買いに行かない。それに、唯翔をとても頼りにしていて、甘え上手なのがわかる。
「キャンプっていつ行くの?」
「あーそっか、基本ボクとタツが月曜休みなこと多いし、ジュイチは美容師だから月曜なんだけど。日帰りだし、大したことはしないからそんな大掛かりなキャンプじゃないよ」
言われてみればそうだった。会社員なのは鈴夏だけで、3人とは休みが食い違っている。月曜日に行くとなったら、有給休暇が必要だ。4月に入ったばかりだし、十分に有給休暇は余っている。
鈴夏としては、この3人でやるキャンプに興味が出てきた。鈴夏のミスなのに気遣いを忘れない唯翔、初めて家にあげたのに全く人見知りしない寿一郎、そして今鈴夏の心のなかにひときわ大きい存在感を示している龍大。それに、月曜日に休んでキャンプなんて、なんて開放的で魅力的なんだろうか。自分以外の社員が働いているのに、遊んでいる。もちろん法的には問題ないから、法とマナーを守ればどんなに遊んでも問題ない。
それに、大掛かりなキャンプじゃないなら、面倒事も少なそうだ。
「じゃあ有給取ろうかな」
「姉御は話早いね~」
そう言って、この4人でキャンプすることが決まった。日程は後で決めるらしい。
キリがいい時間になって、解散することになった。鈴夏はスウェット姿なので、龍大が送ってくれる。龍大は自家用車を持っていて、ここまで車で来たそうだ。ある意味初めてのふたりでのドライブだ。
玄関に向かうと、いつの間にか鈴夏のパンプスが紙袋に入れられていた。すると唯翔が「靴、濡れてたから水滴取って袋入れておいた」と言った。
「本当に……ありがとう」
鈴夏は玄関で見送ってくれる唯翔に礼を言い、振り返ると、なぜか鈴夏の荷物を持って屈んで背中を向けている龍大がいた。おそらくおんぶしてくれるのだろう。でも、さすがに鈴夏にとってはそれは恥ずかしかった。
「えっと、私歩けるよ?」
「濡れたその靴で歩くの?」
「うん」
龍大には歩けると言ったのに、全然屈んだ姿勢を元に戻してくれない。おそらく鈴夏が観念するまで待つつもりだろう。それを感じた鈴夏は、思い切って龍大の肩に腕を置いて体を預けた。
「わっ!」
龍大が立ち上がり、鈴夏には唐突は浮遊感があった。片手で鈴夏の荷物を持たないといけないから、空いた手で鈴夏の足を抑える。鈴夏も必死でしがみついた。
そのまま玄関から出ていき、後ろから「じゃあね~」と唯翔と寿一郎の声が聞こえる。鈴夏もできるだけ振り返って、軽く手を振った。
「龍大くん、ホントごめんね」
「無事ならそれでいいっす」
ふたりっきりになったエレベーターの中で、鈴夏がそう呟いた。
「あんまり気を落とさないで」
鈴夏にとっては、今日感じた龍大と唯翔の優しさが、痛いほど苦しい。ずっとこの優しさに甘えていたら、バチが当たりそうだ。でも、この優しさにもっと触れたいと、欲張りな気持ちもある。
「あのさ」
「ん?」
「『たっちゃん』って呼んでいい?」
「いいよ。鈴夏」
このくらいなら、甘えてもバチは当たらないだろう。マンションのすぐそばにあるパーキングまでおんぶで連れられ、龍大の車に乗り込んだ。中が広くて、おんぶしたままでも乗りやすいワゴンだった。
エンジンをかけ、ラジオ番組を小さい音量でかけながら鈴夏の家へと向かっていく。龍大の背中から感じる体温が心地よかったから、そこから離れるのが少し寂しい。
「ちょっと思ったんだけどさ」
「ん?」
「ユイトくんって、お母さんって感じするね」
「うん、すごい世話焼き」
「ふふ、やっぱり」
唯翔の優しさは、なんだか母性的だ。献身的だけど、いざというときは寿一郎くんのことを叱りつける。逆に寿一郎はあまりに自由人だ。
「ジュイチさんがあんな感じだから」
「うん、なんか言いたいことわかる」
どことなく、唯翔と寿一郎は阿吽の呼吸がぴったり合っている感じがする。甘えたい寿一郎と、甘やかしたい唯翔。お互い全然似てないけれど、鈴夏にとっては良いカップルに見えた。
今日は少ししか話せなかったけど、キャンプのときにはどんな様子なんだろう。そう思いながら助手席で揺られていると、あっという間に鈴夏の家に着いてしまう。
寿一郎の家から鈴夏の家まで、車でだいたい20分くらいだった。体感だと5分くらいなのに……。
「送ってくれてありがとう。明日また鍵探してみるから」
「うん」
鈴夏がシートベルトを外し、荷物を持って車を降りようとしたら、龍大が鈴夏の腕を強引に引っ張った。龍大の方を向くと、腕を掴んでいない方の手が鈴夏の頬に触れる。ベンチのように繋がった運転席と助手席の間、数センチほどの体の間隔がグッと近くなった。
気がついたときには、お互いの唇が触れていた。押し付け合い、吸い付け合い、唇から感じる気持ちよさが鈴夏の全身を駆け巡る。
「離れがたくなっちゃうからだめ」
これ以上はだめだと感じた鈴夏は、そう言って、目で訴えて、車を降りる。お互いに「おやすみ」と伝え、龍大の車が去っていった。
すると、しばらくバラエティ番組を見ていた寿一郎が、突然切り出した。お笑い芸人がキャンプをしている映像が流れ、それを見た寿一郎が駄々をこねる。
確かに今は4月、花粉の時期が過ぎれば、キャンプも悪くない。
この3人はキャンプもするほど仲がいいんだと思っていたら、唯翔が誘ってきた。
「ね、鈴夏さんも行かない?」
「私も?」
「うん、こういうのは人数多いほうがいいじゃん」
キャンプなんて、学生時代のサークル仲間とやって以来だ。道具の扱いもわからないし、どうやって楽しむかも鈴夏は忘れていた。それに、キャンプと言えば女子は面倒な食事の準備や片付けを任されがちだ。
「すぅの姉御もキャンプしよ」
「すぅの姉御……?」
「そ。名前『すずか』だからすぅの姉御」
「あ、うん……まぁいいけど」
しかも、ドサクサに紛れて寿一郎に変なあだ名までつけられた。龍大が26、唯翔と寿一郎が28と言っていたから、確かに鈴夏がいちばん年上だ。それはわかっているけど、いきなり姉御と呼ばれるのは少しばかり気に障った。
「ごめんね、コイツデリカシーないけど悪いやつじゃないから」
でも「悪いやつじゃない」という唯翔の言葉は本当だと、鈴夏も思う。そうじゃなければ、帰ってきて即コンビニまで言って鈴夏のスウェットを買いに行かない。それに、唯翔をとても頼りにしていて、甘え上手なのがわかる。
「キャンプっていつ行くの?」
「あーそっか、基本ボクとタツが月曜休みなこと多いし、ジュイチは美容師だから月曜なんだけど。日帰りだし、大したことはしないからそんな大掛かりなキャンプじゃないよ」
言われてみればそうだった。会社員なのは鈴夏だけで、3人とは休みが食い違っている。月曜日に行くとなったら、有給休暇が必要だ。4月に入ったばかりだし、十分に有給休暇は余っている。
鈴夏としては、この3人でやるキャンプに興味が出てきた。鈴夏のミスなのに気遣いを忘れない唯翔、初めて家にあげたのに全く人見知りしない寿一郎、そして今鈴夏の心のなかにひときわ大きい存在感を示している龍大。それに、月曜日に休んでキャンプなんて、なんて開放的で魅力的なんだろうか。自分以外の社員が働いているのに、遊んでいる。もちろん法的には問題ないから、法とマナーを守ればどんなに遊んでも問題ない。
それに、大掛かりなキャンプじゃないなら、面倒事も少なそうだ。
「じゃあ有給取ろうかな」
「姉御は話早いね~」
そう言って、この4人でキャンプすることが決まった。日程は後で決めるらしい。
キリがいい時間になって、解散することになった。鈴夏はスウェット姿なので、龍大が送ってくれる。龍大は自家用車を持っていて、ここまで車で来たそうだ。ある意味初めてのふたりでのドライブだ。
玄関に向かうと、いつの間にか鈴夏のパンプスが紙袋に入れられていた。すると唯翔が「靴、濡れてたから水滴取って袋入れておいた」と言った。
「本当に……ありがとう」
鈴夏は玄関で見送ってくれる唯翔に礼を言い、振り返ると、なぜか鈴夏の荷物を持って屈んで背中を向けている龍大がいた。おそらくおんぶしてくれるのだろう。でも、さすがに鈴夏にとってはそれは恥ずかしかった。
「えっと、私歩けるよ?」
「濡れたその靴で歩くの?」
「うん」
龍大には歩けると言ったのに、全然屈んだ姿勢を元に戻してくれない。おそらく鈴夏が観念するまで待つつもりだろう。それを感じた鈴夏は、思い切って龍大の肩に腕を置いて体を預けた。
「わっ!」
龍大が立ち上がり、鈴夏には唐突は浮遊感があった。片手で鈴夏の荷物を持たないといけないから、空いた手で鈴夏の足を抑える。鈴夏も必死でしがみついた。
そのまま玄関から出ていき、後ろから「じゃあね~」と唯翔と寿一郎の声が聞こえる。鈴夏もできるだけ振り返って、軽く手を振った。
「龍大くん、ホントごめんね」
「無事ならそれでいいっす」
ふたりっきりになったエレベーターの中で、鈴夏がそう呟いた。
「あんまり気を落とさないで」
鈴夏にとっては、今日感じた龍大と唯翔の優しさが、痛いほど苦しい。ずっとこの優しさに甘えていたら、バチが当たりそうだ。でも、この優しさにもっと触れたいと、欲張りな気持ちもある。
「あのさ」
「ん?」
「『たっちゃん』って呼んでいい?」
「いいよ。鈴夏」
このくらいなら、甘えてもバチは当たらないだろう。マンションのすぐそばにあるパーキングまでおんぶで連れられ、龍大の車に乗り込んだ。中が広くて、おんぶしたままでも乗りやすいワゴンだった。
エンジンをかけ、ラジオ番組を小さい音量でかけながら鈴夏の家へと向かっていく。龍大の背中から感じる体温が心地よかったから、そこから離れるのが少し寂しい。
「ちょっと思ったんだけどさ」
「ん?」
「ユイトくんって、お母さんって感じするね」
「うん、すごい世話焼き」
「ふふ、やっぱり」
唯翔の優しさは、なんだか母性的だ。献身的だけど、いざというときは寿一郎くんのことを叱りつける。逆に寿一郎はあまりに自由人だ。
「ジュイチさんがあんな感じだから」
「うん、なんか言いたいことわかる」
どことなく、唯翔と寿一郎は阿吽の呼吸がぴったり合っている感じがする。甘えたい寿一郎と、甘やかしたい唯翔。お互い全然似てないけれど、鈴夏にとっては良いカップルに見えた。
今日は少ししか話せなかったけど、キャンプのときにはどんな様子なんだろう。そう思いながら助手席で揺られていると、あっという間に鈴夏の家に着いてしまう。
寿一郎の家から鈴夏の家まで、車でだいたい20分くらいだった。体感だと5分くらいなのに……。
「送ってくれてありがとう。明日また鍵探してみるから」
「うん」
鈴夏がシートベルトを外し、荷物を持って車を降りようとしたら、龍大が鈴夏の腕を強引に引っ張った。龍大の方を向くと、腕を掴んでいない方の手が鈴夏の頬に触れる。ベンチのように繋がった運転席と助手席の間、数センチほどの体の間隔がグッと近くなった。
気がついたときには、お互いの唇が触れていた。押し付け合い、吸い付け合い、唇から感じる気持ちよさが鈴夏の全身を駆け巡る。
「離れがたくなっちゃうからだめ」
これ以上はだめだと感じた鈴夏は、そう言って、目で訴えて、車を降りる。お互いに「おやすみ」と伝え、龍大の車が去っていった。
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