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2. エイミーが抱えているもの

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 エイミーはもう何度目かわからないあくびをしながら、理髪店内に置いてある資料をめくる。
 
「ふあ……」
(眠たいな……)
 
 エイミーは寝不足だった。その目元にはクマが浮かんでいる。疲労が現れていたが、このくらいはなんとかなると背筋を伸ばす。
 そんな時、いつものように二週間ぶりにアーロンが現れた。

「髪を切ってもらえますか?」
「……はい」

 エイミーは一度深呼吸し、眠気を飛ばしたふりをして、いつも通りアーロンの髪を切った。

「お釣り要りません」
 
 エイミーの手つきは今日ひどく雑で、アーロンの髪も中途半端に切り残されている部分があった。それでもアーロンはいつものようにお釣りを受け取らず立ち去ろうとした。
 
「はい、ありがとうございます……」

 エイミーが力なく言葉を放ったとき、アーロンが振り返ると、そこにはエイミーの姿はない。すると、がらんとした店内に彼女の崩れ落ちる音が響いていた。
 咄嗟にエイミーの様子がおかしいと気づき、店の中に走り込むアーロン。そこにはエイミーが床に伏せる姿があった。
 エイミーの首元と口元に手を当てると、脈と呼吸がある。アーロンはエイミーを抱きかかえ、そばにある修道院へと向かった。エイミーを修道院の医務室のベッドに寝かせ、アーロンは持ってきていた本を開く。
 
(集中できないな……)
 
 いつもなら髪を切っている間ハサミが髪を切る軽快な音があってもずっと読書に集中しているのに、目の前で寝ているエイミーを見ていると落ち着かない。目元にはクマができているが、胸元が呼吸のたびに上下し、ほのかに呼吸音が漏れ出ているのがわかる。
 その寝顔を見ていると、なぜかいつも以上にエイミーが生きている実感を感じた。文字を追っているわけでもなく、なにか思考しているわけでもないのに、エイミーの寝顔はアーロンにとっていくら見ても飽きない。しかし、エイミーのそばにいるのに、おしゃべりで明るい声が聞こえてこない。それがほんの少し、アーロンにさみしさを感じさせた。
 しばらくすると、エイミーはゆっくりとまぶたを上げて目を覚ました。
 
「起きましたか? 誰か呼んできます」

 修道士を呼ぼうとアーロンが席を立つと、そのすきを狙ってエイミーが病室の外へ走り出そうとした。アーロンはすばやくその動きを止めるようエイミーの腕を掴む。
 
「ひゃっ!」
「どこに行くんですか?」
「え、ちょっ、ちょっと!」
 
 あまりに暴れるので、アーロンは修道院へエイミーを運ぶときと同じように抱きかかえる。

「恥ずかしいです! 下ろしてください!」
「ここへ運んでくるときも同じことしましたが」
 
 アーロンは落ち着いた口調でエイミーに事情を説明する。エイミーもようやく気がついたらしく、アーロンに力を抜いた。
 
「へ?」
 
 エイミーの疑問の視線に、アーロンはエイミーが気絶していた経緯を簡潔に説明した。話を聞きながらエイミーの頬は次第に赤みを帯びていく。
 
「軽い目まいじゃな。毎日ちゃんと寝ておるか?」
 
 修道士がエイミーの容体を診ると、疲労が原因と診断。アーロンもエイミーの様子から睡眠不足を感じ取っていた。
 
「さ、最近寝るのが遅くなっちゃって……」
「まぁそれが原因じゃろ。ちゃん寝るのが一番。今日は帰って大丈夫じゃから、お兄さん、一緒に連れて帰っておくれ」

 修道士はエイミーに安静を勧め、アーロンに彼女の付き添いを求めた。エイミーは駄目だと言い張るが、アーロンは無言で従うしかなかった。

「はい」
「え、いや! 大丈夫です」
「ダメです。早速帰りましょう」

 アーロンは優しくあれども厳しい口調で、エイミーを説得した。精神的にも肉体的にも消耗し切ったエイミーには、アーロンの言うとおりするしかなかった。

「だってお兄さんだって忙しいんじゃ……」
「一緒に帰ってくれないとあなたを無理やりまた抱きかかえることになりますが」
「わ、わかりました……」

 改めて二人で修道院を出発する。道中、アーロンはエイミーの無理な生活ぶりを気にかけ、理由を尋ねた。
 エイミーは正直に、自らの切実な事情を打ち明けた。

「どうして寝不足だったんですか?」
「あの店、叔母から譲り受けたんですけど、早くいろんな人に喜んでもらえる理髪師になりたくて……」
「はい」
「叔母から貰った資料が多すぎて、毎日読んでたら寝不足になっちゃったんです」
「その叔母さんは、今何を?」
「病気がちで、療養中です。叔母がいなくなったら髪のことなにも聞けなくなっちゃうし、早く上手になって安心させたいんです」

 エイミーの切実な思いが吐露された。かつて親切に自分を指導してくれた叔母への恩返しがしたかったのだった。
 アーロンはエイミーの情熱に感銘を受けると同時に、倒れてまで情熱を傾けることに複雑な思いを抱いた。しかし、即座に言葉が出てこない。
 
「だからもう心配しなくていいですよ、もう元気だし、平気だし。早く私も勉強しないと!」
 
 そう話しているうちに街路を抜け、エイミーの家が近づいてくる。
 
「あ、家もそこなので!」
「はい」
「それじゃあ、面倒見てくれてありがとうございました!」
「お大事になさってください」

 エイミーが家の中に入ると、アーロンは彼女に背を向けた。エイミーが家に入るまで見送り、ゆっくり歩き出す。しかし、エイミーが家に入るときの声掛けが気になった。
 
「ごめんなさい、今帰りました」
「エイミー……」

 エイミーの謝罪の言葉が聞こえた。アーロンはエイミーが家に入るまで遠目に見守っていたが、その謝罪の言葉にまたも違和感を感じる。エイミーの同居人について聞いてなかったが、普通は一緒に住んでいるのは家族のはず。いくら考えてもその違和感を払拭できなかったアーロンは、城のラボへと向かった。
 そしてアーロンがラボに戻ってくると、ランツが顔を真っ赤にして怒号を飛ばしてきた。
 
「お前ええええええ! 何サボッてたんだ!」
「すみません、途中女性が倒れてるのを見たので介抱してました」
「そんな都合よく女が倒れるかよ! 研究遅れたらお前のせ……」
「アップルパイ買って来ました、戻ってくるのが遅れたお詫びに受け取ってください」
 
 そこでアーロンは突如、紙に包まれたアップルパイを取り出した。エイミーの家から戻ってくるまでの間に、アップルパイを購入していたのだ。実はスイーツに目がないランツの怒りは、アップルパイを見て急激におさまっていく。

「え!? あ……まぁ今日は許してやるけど二度目はないからな!」
「ありがとうございます」

 ランツがアーロンから受け取ったアップルパイをむさぼっている間、アーロンは室長のもとに向かって提案をする。
 
「室長」
「ん? なんだね?」
「俺に睡眠魔法の開発をやらせてください」
「ほぉ、じゃあランツ君の研究が終わったら着手していいよ」
「はい」

 今までのアーロンは学ぶ興味に重きを置いていたが、自分ではなく誰かのために魔法開発をしようと思い立った。その誰かは、他の誰でもないエイミーだ。
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