3 / 40
プロローグ
欠点探し
しおりを挟むメルリアとの話は一応の帰結を見た。
とにかくその『試練』を乗り越えなければ、メルリアの協力を得られないということが確定した。
ユーヒはすでに腹をくくっている。
もし仮に、『試練』に耐えきれず、命を落としてしまったとしても、もう、そこは受け入れるしかない。
「クインジェム」に来てからまだ数日しか経っていないとはいえ、実際に身をもって経験したこの世界は、とても美しい世界で、とても過酷な世界だと知った。
一歩間違えれば、いつでも「死」が隣り合わせにあると実感した。
しかし、その反面、人々は息づき、日々懸命に生きているし、なにより、多くの人の笑顔が眩しい。
これまでに訪れた街々の人々の明るく活気と希望に満ちた情景は、元居た世界では普段は見受けられないものだった。
(自画自賛だけど、よくぞここまで作り上げられたものだ――。いや、ちがうな。この世界の人たちがここまで作り上げてきたんだ。僕が作ったのはあくまでも、その「種」に過ぎない)
「種」が芽吹き、茎をのばして葉をつけ、やがて花を咲かせ実を結ぶ。
それは決して、作り上げた者の成果ではなく、あくまでも、その「種」自身の生命の結実――「彼」自身の力によるものだ。
「種」自身が、生きたい成長したいと望み、周囲の環境や仲間たち、天からの恩恵を自力で集めて成長した結果、「実を結ぶ」のだ。
もしかしたら、その過程において、隣にいる「仲間」が萎れて倒れてゆくのを見るかもしれない。
それでも、諦めず希望を持って生きたいと願ったものが、大地に根を張り、新たな生命を生む者にまで成熟することができる。
(僕はもうこの世界では、ただの一粒の「種」に過ぎないんだ。芽をだし茎をのばし葉をつけ花を咲かせ実を結ぶ――そういうことを意識して生きなければ、恐らく想いを果たせないまま「死」を迎えることになるのだろう)
自分がこの世界の住人であるという事実を、ユーヒはもう否定しなくなっている。
何の因果かわからないが、前の世界の記憶が残っている状態でここにきてしまったがために混乱しているのだと言ってもいい。
もし、この世界にユーヒが元からいて、そこに滑川夕日の記憶が植え付けられただけだと、そう考えれば、このユーヒ・ナメカワなる「少年」にとっては、たまらない災厄に違いないのだ。
そういうところをはっきりさせたいという思いが実のところ、元の日本に帰りたいという思いよりも強くなっている。
エリシアに会って確かめたいのは、元の世界に帰る方法というより、「僕自身」がいったい何者なのかということの方だと思い始めているのだ。
「それじゃあ、俺も付いていくしかねぇな――」
ユーヒの隣でルイジェンが不敵に笑ってそう言った。
「「え――?」」
と、ユーヒとメルリアの両方が同時に声を出す。
「――だって、そういう契約だろ? お前がエリシアさまと会うまで、俺はお前に雇われた「案内人」で「護衛」だからな。お前が行くところにはついて行かないといけないってわけだ」
そう言ってルイジェンはこちらに微笑んで見せる。
いつものことだが、その吸い込まれるような笑顔と瞳には「男」ながらにほれぼれする。
「――それはダメです。といっても、彼女は聞かないのでしょう。ルイジェンはそういう性格ですから――」
メルリアがそう言った。
「え? ええっ!? 今なんて――」
ユーヒは今のメルリアの言葉に聞き捨てならない言葉が紛れていることに驚愕した。
「ああ、言いそびれていましたが、ルイジェンは私のメンバーの一人です。いえ、正確に言えば、「だった」、でしょうね。彼女が私の元を離れてから、もうかれこれ数十年は経ちますから――」
「いえ、そうじゃなくて、え? 「彼女」? ルイは男の子じゃ――。え? ええっ!? もしかして、ルイって、「おんなのこ」? だった、の?」
ユーヒはおそるおそる隣のルイジェンの方に視線を移す。いったい「彼女」がどういう表情をしているのか、ひじょーに気まずい。
ユーヒが視線を向けると、ルイジェンは恥ずかしそうに頬を赤らめて、視線をそっぽへ向けている。
そして、
「お、俺は自分が男だなんて、一言も言ってないからな! お、お前が勝手にそう思い込んでいただけだ! だから、俺は悪くない!」
と、言い放った。
「いや、そう言われればそうだろうけど――。はあ、なんてことだ。急に恥ずかしさが込み上げてきた――」
と、ユーヒも返す。
「は、恥ずかしいのはこっちだ! お前、完全に俺を男だと思ってただろ? 疑いもしなかっただろ!? そんなやつに、俺は女だなんて、言えるわけないだろ――!」
ルイジェンは顔を真っ赤にして怒り心頭だ。
そんなやり取りをする二人を前にしたメルリアだけが、穏やかに微笑んでいた。
0
お気に入りに追加
577
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる