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第一章 呪殺の王と盲目の剣

咲良綴が教える異世界転生の妙

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「そうですね、内容面でいうのであれば、エッセイとか日常を題材にした小説は書きやすいと思います。誰にとっても身近なことですから。もしくは、完全に日常から乖離した話を書くとか‥‥」
 「日常から乖離?」

  随分真逆な話だ。それだけ聞くと、とてもではないが初心者が手を出していいジャンルにはとても思えない。

  咲良は俺の問いに、むーんとでも言いたげな、なにやら難しそうな顔をした。

 「個人的な話にはなるんですけど、ありふれた日常に独自のエッセンスを加えた作品っていうのは面白い話になる傾向が多いイメージがあるんですよね。入れ替わりとか、ループとか、ちょっとした能力に目覚めるとか。けど、そういう話ってある種閃きと話を膨らませるセンスが問われるので、書きたいと思ってそうそう書けるものでもないんですが」

 「ふむふむ、それで?」
 「なので、今の時代のニーズに合った作品で書きやすいものと言うと、いっそのこと完全に日常から乖離させてしまう物だと思うんです」
 「そこが分からんだが、日常から乖離させたら逆に難しんじゃないか? なにもかも新しく考えなきゃいけないってことだろ?」

  日常を題材にした作品なら、俺でも少しは書けるような気がする。というのも、俺が思い立って書いてみたのが異国を舞台にした西洋風ファンタジーだったのが、一人一人キャラクターの名前を考えるにも、建造物や文化を考えるのにも難儀して、一向に話が進まなかったのだ。内容の面でも、最初は素晴らしい設定だと思っても、後で考え直してみるとどこかで聞いたことがあるようなものだったりすることも多々ある。

  しかし、咲良の考えはそうではないらしい。

 「確かに七瀬くんの言う通り考えなきゃいけないことは多いんですが、逆に言ってしまえば書いている内容が架空の世界であれば、なにもかも作者の思いのままになるってことなんです」
 「ほう?」
 「下手に現実世界を題材にすると、正しい知識に沿って書かなきゃいけいないことが多かったり、非現実的なことを想定しても、それと現実世界との折り合いをどうつけなきゃいけないとかを考える必要があるので」

  そう言うと、咲良は自身のセーラー服を摘まんで続けた。

 「例えば、私たちは高校生なので、学校生活を舞台にした作品は書けますよね」
 「ああ、というかそれ以外書けんぞ」

  社会人をモデルに小説を書けと言われても、恐らくほとんど内容を考えられない気がする。そもそも社会人てなにしてるんだろうか、上司に頭下げてパソコンカタカタしているイメージしかない。

 「そうなんですよね、現実世界を舞台にすると、どうしても知識が足りないので自分の知っていること、経験したことをメインに据えないと書けませんし、何より自分の考えた設定と常識の間に不都合が生じるんですね。ライトノベルで多い異能バトル物なんかも、現実世界に存在する警察や銃といった近代装備との兼ね合いが常々命題になっていますし」
 「成程なあ」

  確かに、それも咲良の言う通りだ。漫画などで超能力やら魔法やらをバンバン使う主人公たちだが、実際銃の方が強くね、と思うのは誰しも経験があるだろう。大体のキャラクターが長距離狙撃で簡単に倒せるとか、一度は思うよね。

 「その点、一から自分で世界観を創ってしまえば、都合の悪い設定はそもそも作らなくてすみますからね。確か七瀬くんweb小説もちょこちょこ読んでましたよね」
 「ああ、お前に勧められてから何シリーズかな」
 「ほとんど異世界が舞台じゃありませんでしたか?」
 「ん? ふむ、言われてみれば‥‥」

  咲良に問われ、web小説サイトのランキング、自分が読んだ物を思い出してみると、確かにその多くが異世界に転生だの転移だのしていた覚えがある。というか、だいたいタイトルに異世界が入っていた。

  最初はこんなもんなのかと思っていたが、今思い返し見るとおかしな状況かもしれない。今読んでいる途中のライトノベルも異世界転生モノだったし。なんだ、そんなに日本人は異世界が好きなのか。

 「つまり、これも咲良の言う書きやすさが原因なのか?」
 「それも勿論あるとは思いますが、もう一つはさっきも言ったニーズのせいですね」
 「おお、ニーズな」

  ニーズ。分からなかったので流していたが、あれか。女子高生の履いている物はニーソなので、その辺と関係があるのだろうか。二ーは膝だから、ズ? ズがなにかの略語なのだろう。たぶん。

 「ニーズっていうのは、需要のことです」
 「あ、はい」

  どうやらニーソは関係なかったらしい。
  だがそうすると、やっぱり現代人は異世界が好きという話になるのだが。

 「そうですね、小説の多くがその時の時代観を読み解く重要な資料になるというのは当たり前の話なんですが」

  当たり前の話なのか。初めて聞いたよ、そんな話。

 「んーと‥‥分かり易いので言うと、七瀬くんも走れメロスは知ってますよね?」
 「いや、さすがにそこまでもの知らないわけじゃないぞ」

  走れメロスといえば、太宰治の有名な作品だ。王様に謀反を企てた挙句、勝手に親友を人質にした最低な主人公の話である。ちなみに俺は授業で走れメロスを扱った際、暫くの間陰で邪知暴虐と仇名をつけられていた。今思い出しても納得がいかない。

  そんな俺の雰囲気を感じ取ったのか、咲良が慌てたように言う。

 「ま、まあ走れメロスの内容はいいんですけど。あの作品は太宰治の作品の中でも随分毛色の違った作品なんです。七瀬くんは人間失格とか斜陽は読んだことありますか?」
 「いや、ないな」

  しかしながら、あまり本を読まない俺でもその本の名前くらいは聞いたことがある。確かに、その二つと比べれば走れメロスは浮いているかもしれない。読んだことはないが。

 「私も太宰治はあまり好きじゃないんですけど。そもそも走れメロスは書かれた時代が特殊なんです」
 「というと?」
 「あの作品はマラソンを題材に、世界観が全体的にギリシアを彷彿とさせるものとして書かれているんです。マラソンとギリシアと言えばピンときませんか?」
 「いや、さっぱりわからん」

  間髪いれずに答えると、咲良が少したじろいだが、すぐに気を取り直して話を続けた。

 「オリンピックです。元々のルーツはギリシアのオリンピアの祭典ですから、太宰治は東京オリンピックで日本が賑わっていた時代に、流行に乗って走れメロスを書いたんです」
 「へー、そうなのか。面白いな、それ」

  なるほど、だから小説から時代観が読み取れると。そういった読み方があること自体今知ったが、言われてみればさほど難しい話でもないかもしれない。

  俺の反応に気をよくしらたしい咲良は、ふふんとでも言いたげに胸を逸らした。言っちゃ悪いが、綾辻を見た後だと何とも言えない気持ちになる。いや、ある方だとは思うけど。まあ重要なのは形ですよね。

  そんな俺の失礼な考えと視線にも得意げになっている咲良はまるで気付かず話し続ける。

 「そういう視点から見ると、今日の異世界転生というジャンルが流行るのは現実世界がストレス社会と化していることが如実に反映されていると言ってもいいと思いますね。勿論インターネットの普及によって手軽に書けるようになったというのもあると思いますが、web小説の主人公が転生した瞬間から最強だったり、ライトノベルと違って年齢層高めなあたりからも、辛い現実から乖離したいという願望が強く表れているのではないでしょうか」
 「なんて世知辛い世の中なんだ‥‥」

  せめて小説のなかでくらい、自分の好き勝手に生きていきたいという願望が現れているというわけか。恐らく、作者の中には別の物が書きたいと思っている人も多いのだろうが、結局読み手側の求める作品が受けるという現状なのかもしれない。

 「にしても、結局なんの話をしてたんだっけか‥‥」
 「え、現在のライトノベル界における異世界ものの氾濫についてじゃありませんでしたっけ」
 「お前がそれでいいならいいけどさ‥‥」

  とりあえず、咲良の言う通り短編からなにか書いてみよう。どちらにせよ秋の文化祭の時には部誌を発行しなければならないので、今から練習しておいて損はあるまい。

  咲良はもう喋りたいことは全て語り終わったらしく、今は大人しく炬燵に頬をついてぐったりしている。結局今日もなにをしたわけでもなく、しょうもないことを喋りながら羊羹を食べていただけだが、まあこんな放課後も悪くない。少なくとも、家で何をするでもなく一人でうだうだしているよりは何倍もマシだろう。

 「あ、七瀬くん。書いてた小説読ませてください。文章が変じゃないかどうか確かめる方法があるんです」
 「え、絶対読ませないが、一応やり方を教えてくれ」
 「なんでですか!」
 「なんでもです。それで、どうするんだ?」
 「はぁ‥‥音読するんです」
 「‥‥」

  俺は無言で炬燵に入れていた手を抜き出し、目の前ででろんとしている咲良の頭を掴む。

 「? どうかしたんですか七瀬くん‥‥って痛い! 痛いのですが! 頭をギリギリしないでください!」
 「黙れ、この一松人形。その生え際指で押し込んで後退させてやる」
 「やめてくださいー!」

  書いた小説を音読など、まさしく鬼の所業。

  俺は報復のために、あうあう言っている咲良の生え際をおでこキャラにすべく押し込み続けた。
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