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終章

終章 「この空の下を」

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「あら、いけない……」
 追想を終えて、マウリアは頬を伝っていた一筋の雫を拭き取った。最愛の友達が見せた最後の笑顔が、マウリアの記憶から離れた事はない。何度思い出しても目頭が熱くなる。
「こんな日には泣いてはいけないわね。笑顔で迎えないと、この記憶の意味がなくなってしまうわ。笑って、迎えないと……」
 マウリアが立ち上がると、正午を告げるアラームが鳴った。
「さあ、ようやくね。長かった」
 マウリアがそう呟くと、十六番研究室から連絡が来た。
「マウリアサマ……ジュンビガ、トトノイマシタ」
「ありがとう。では、言った通りに進めて」
「カシコマリマシタ」
 通信を切って、マウリアは部屋を出た。
「さて、私も最適な格好に着替えないと」
 マウリアは笑顔で歩き出した。

 2

「おはようございます」
 女性の声がしたので、私は目を開けた。声の主は白衣を着た若い女性だった。
 綺麗に切りそろえられた黒髪のショートヘアと灰色の瞳が印象的だった。
(気のせいかしら……?)
 似たような女性に会った事がある気がした。
「気分はどうですか?」
「あ……良好です……」
 つい、中途半端な反応をしてしまったが、その女性はさほど気にしていないようだった。
「ここは、何処ですか……?」
「世界的に有名な発明家の自宅です。ハワイで一番立派なお屋敷と言われているのですよ。ああ、申し遅れました。私は先生の助手をしている者です。普段は先生の研究施設にいるのですが、本日はお手伝いに来ました。なんでも私は先生の昔のお友達に似ているのだとか……。不思議な方ですよね」
 私は周囲を見渡した。すると、もう一人の女性と目が合った。
「オメシカエデゴザイマス……」
 私と目が合ったからか、メイド服を着たその女性は喋りだした。
「そうね。まずは服を着てください。お屋敷の案内はその後にいたしましょう」
 そう言うなり、白衣の女性はメイド服の女性に合図した。それを見て、メイド服の女性が服の入った箱を手渡してきた。
「……分かりました」
 私は体に巻いてあった布を脱いで、箱の中に手を伸ばした。

「凄い……」

 立派なお屋敷に、私は歩く度に圧倒される。こんな場所に住んでいるのだから、世界的に有名という評価も伊達ではないのだろう。
(そんな人に、今から会いに行くのか……)
 一体どんな大物が待ち構えているのかが全く想像できず、私は心から緊張した。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。先生はとてもフレンドリーな方ですから。例えアンドロイドでも友達になれると普段から豪語しているんですよ。だから、貴方もきっとすぐに先生のお友達になれますよ。特に貴方は最も先生のハートを掴めるアンドロイドになると何度も先生は言っていました」
「は……はぁ……」
(余程の変わり者なのだろうか?)
 私は正直困惑したが、相手が楽しみにしているのなら悪い気はしなかった。
「さあ、もうすぐです」
 助手さんはそう言うと再び歩き出した。
「……」
 私は、彼女の背を追いかけた。

「この部屋にいらっしゃいます。準備が出来ましたら、お入りください」
 助手さんはそう言うと、私に一礼して背を向けた。
「貴方は入らないのですか?」
「はい。私は研究施設に戻ります。この子をメンテナンスしないといけないので」
 彼女は隣にいたメイド服の女性を指刺して言った。
「そう……ですか」
「それに、私達が立ち会うのも野暮というものですよ」
 それだけ言い残して、彼女はメイド服の女性と共に去っていった。
「……」
(……緊張する)
「失礼します……」
 意を決して、私はドアをノックする。
「どうぞ」
 ドアの向こうから声がする。
「……!」
 再度覚悟を決めて、私はドアを開けた。

 3

 ドアを開けると、一人の女性が私に背を向けていた。
「初めまして……」
 そう口にした。本来は名乗るのが礼儀だと思うが、自分の名前が分からない。
「待っていたよ」
 その女性は振り返らずに言った。
「少しだけ長くなるけれど、昔話をしてもいいかな?」
 そして、こう続けた。
「はい」
 私が答えると、彼女は話し始めた。
「かつて、世界一の開発者と呼ばれた人がいたの。その人は四十歳で亡くなってしまったけれど、その短い人生の中で世界中に多くの影響を与えたわ。特に、アンドロイドの製造技術は、その分野の技術を百年は進めたと言われていたの」
 想像できない。そんな人が生きていたなんて。
 私は、彼女の話に耳を傾ける。
「故にその人はね、二十歳の頃にはもう遺言状を書いていたんだって。世界中に注目されたからには命をいつ落としてもいいように。若い頃から遺言を残すなんて、ジェレミー・ベンサムみたいだよね」
 功利主義の提唱者である。
 こんな事は容易に思い出せるのに、どうして私は肝心な事は分からないのだろう?
「それで、本題だけど、その遺言書の内容は、彼がこれまでに生み出した技術を全部消し去る事だったの。どれも歴史を塗り替えるような物凄い技術だったから、悪用されるのを防いだのね」
「それが、一体……」
 私は尋ねた。今の状況に何の関係があるのだろう?
「遺言通り全ての技術は消去されたわ。でも、その現場に立ち会った者の中に、ある一つの設計図だけ消去せずに、盗み出した悪い子がいたの」
「……!」
 彼女は振り向き、わざとらしい笑顔を浮かべた。私はその顔に妙な懐かしさを感じた。
「その悪い子が、私」
 そう言って微笑んだ。
「どうして……」
 私が聞くと、彼女は近付いて来た。
「私には、そんな事をしてでも、叶えたい夢があったから」
 そう言うと、彼女は着ていた白衣を脱ぎ捨てた。
「……!」
 彼女が着ていたワンピースには、物凄く見覚えがあった。頭の中にぼんやりと過っている映像が急速に再生される。
「さあ、思い出して。私の夢を叶えさせて」
 そう言うと、彼女は、私の胸のパーツを開き、ポケットから出した何かを填め込んだ。

「あ……」
 胸のパーツが閉じられた時、全身に電流が流れたような感覚を感じた。自分という存在を表すパズルに、最後のピースが填め込まれたような気がした。
「お父さんは、貴方の感情特化メモリにも、コバルトイージスの保護膜を張っていたのよ。私が、どんなに時間を掛けても夢を叶えられるように」
「あ……」
 私の目から、涙が零れる。
「長い間、待たせてしまってごめんね。だけど、私もずっと、待っていたんだよ」
 彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「あ……貴方は……」
「私は今日で、貴方と同じ、二十三歳になるよ」
 自分を見つめるエメラルド色の瞳が、全てを呼び起こした。
「マウリア……!」
 ようやく、大切な言葉を思い出した。
「お帰りなさい。ラニ……!」
 そう言って、彼女は抱き着いてきた。
「ただいま……」
 そう言って、力の限り彼女を抱き締めた。
「もう離さない……。貴方と一緒に生きていく。私は、貴方の友達……!」
「うん。ずっとずっと一緒だよ……!」
 平和な時代の中で、私は再び彼女に会えた。本当に、私は世界一幸せなアンドロイドだ。
「愛してる。マウリア……!」
「私もよ」

 重ねた唇の温度が、「これは現実だ」と教えてくれた。
 最愛の存在を抱き締めて、ラニはその事実を噛み締めた。

      *

 ラピスラズリの染料を広げたような美しい空の下、二人は傘をさして歩く。
「この空の下を、貴方と一緒に歩きたかった」
「これからはずっと、傍にいるわ」
 微笑む友達の声を聞きながら、マウリアは空を仰ぎ見た。

Blue Haruzion-ある兵士の追想-



あとがき

「十組の友達のペアがあるとしたら、そこには二十通りの友情が存在する」
 僕が高校生の時に、クラスメイトの誰かが言っていた言葉です。この世界に全く同じ価値観や人間性を持った人は、絶対に存在せず、大なり小なり何かしらの相違点があるから、全く同じ友情は存在しないのだそうです。
 だからこそ、その微妙な友情の違いを照らし合わせて共通点も相違点もまぜこぜにして楽しむのが、友達を作る事の醍醐味であると。
 とても良い考え方だと思うのですが、僕にはそれが、百パーセント正しいとは思えませんでした(それが彼の言う、楽しむべき相違点なのかもしれませんが)。
 当時の僕には、世間一般で言う「友達」という関係にあるペアを見ても、みんな同じに見えました。
 何故かと問われると、明確な答えは出せないのですが、強いて言うならば、その人たちがみんな「友達がいる」という状況をさも当たり前のように捉えていると感じたからです。

 と言うのも、僕は過去に「友達」と呼べる存在に対して、自分可愛さに許されざる事をして、取り返しのつかない事態まで発展させた事がありました。
 その時は、何の問題も感じていなかったのですが、ある程度成長して道徳心や価値観が変化した時に、ようやく自分のした事の重要性を理解したのです。「友達がいる」事が当たり前と思っていたから、「一人くらい減っても問題ない」という考えが当然のように展開されていた事に。
 「友達」と言うのは、互いに心を許し合って、対等に交わっている人という意味の言葉です。「だから何だ?」という発想の人がいるならそれまでですが、考えてみて下さい。そんな人「当たり前」にいてくれますか?

 「友達」というのは、「当たり前」にある存在ではなく、もっと存在に感謝すべき存在なのではないかというのが、僕の持論です。所詮他人です。百パーセントの姿などさらけ出す筈もない、極端な話、何処までが本当で何処までが嘘かなんて超能力者でもない限り分からない存在である筈なんです。にも関わらず、自分を受け入れて、心を許してくれる存在なんて、そうそういるものじゃあないでしょう。そんな人を「当たり前」、「いて当然」と捉えて良いのですか?

 僕の目には、そんな風に思っている人達が溢れているように見えました。それが、彼の考えを肯定できなかった理由です。

 この物語は、僕がそんな自問自答に悶絶していた時期に、奇しくも「友達」をテーマに作った物語です。

 「友達の価値を真に理解していて、故にその価値に依存してしまう」マウリアというキャラクターと、「友達という存在の大きさを、相違点に苦悩しながらも理解していく」ラニというキャラクターを通して、自分なりに「友情とは何なのだろう」と考えながら、物語を作っていきました。この物語を作り終えただけでは、明確な答えは出す事ができませんでしたが、この物語にも出てきたような、「例え、誓約を綻ばせてでも、どれだけの時間を費やそうとも、絶対に守り抜きたかった絆」が当てはまる人がもしも貴方にいるのならば、是非、その人の存在を貴方の尊いものと捉えてみて欲しいです。

 そうすれば、僕が理解できなかった、彼の「唯一無二の友情」の組み合わせを知る事ができるのではないでしょうか?

 この物語が、貴方の「友情」について考える標になる事を祈っております。

 あまり上手な文章ではなかったかもしれませんが、読んで下さった皆さん。どうもありがとうございました。

 Satanachia
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