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第七章
第七章 「激突」
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1
「恐怖……ですか?」
家を出る少し前に、ラニはドクトルと話していた。マウリアが荷物を取りに自室に戻っていた時だ。
「そうだ。マウリアと過ごして君は多くの感情を知ったと思うが、この感情は知っているかな?」
「なんとなくなら分かります。マウリアがホラー映画なる物を一緒に観たいとよく言ってくるのですが、見始めて暫くすると私に涙目で抱きついてきて……、その状況がその言葉の意味と一致すると思います」
「そうか」
「怖いという言葉と同じでしょうか? マウリアは私を誘う時に、決まって怖くて一人では観れないと言ってきます」
「そうだね。同じだよ。質問の続きだが、君がそれを感じた事はあるかい?」
彼の問いにラニは首を横に振る。知ってはいるが経験した事はない。ホラー映画を観てもそんなものは感じなかった。
「そうか。では、それがどんな感覚なのかも分からない?」
「いいえ、それはマウリアが教えてくれましたから」
マウリア曰く、全身が強張る感じがするが、力が上手く入らなくなるらしい。そして、背筋がひんやりと冷たくなる感覚とも言っていた。
「その事で、何か?」
「オーバーロードは基本的にどの感情でも発動、維持が可能だが、一つだけ、例外となる感情が存在する」
「……!」
ドクトルの言いたい事が分かり、ラニは彼の質問の意味を理解した。
「つまり、私が恐怖を感じた時、オーバーロードに影響が出るという事ですか?」
「そうだ。どの生物も恐怖という感情の影響を受ければ、身体機能が正常ではなくなる。そしてそれは、最も性能の優れたメモリを持ち、最も人間に近い君も例外ではないという事だ。完璧な感情特化メモリを持つ君の、一番の弱点と言えるだろう」
「……」
彼の言葉にラニの顔が曇る。
(強化改造を施しても、埋める事ができない弱点か……)
「だからもしも、恐怖を感じる事があれば気を付けてくれ。耐性や、立ち直る能力は一応強めておいたが、メモリの性質上油断はできない。恐怖の影響が強い間は、オーバーロードの機能を全て生存に使え」
「……」
ラニは無言で下を向いたが、
「ごめんなさい。遅くなってしまったわ」
キャリーバッグを引き摺りながらパタパタと駆けてくるマウリアを見て、ラニはすぐに顔を上げて冷静な表情を作り直した。
「……肝に銘じておきます」
そして、彼女に聞こえない声でドクトルに言った。
「ああ……」
彼も小さく頷いた。
「アハハハハハハッ……!」
「ぐぅっ……!」
傘越しに伝わる力にラニは驚いた。今まで経験した中で一番の衝撃に両腕が痺れる。
「……!」
自分では相当力を込めて踏ん張っていたつもりだったが、自身の足が攻撃を受け止める直前より十数センチ押し戻されていた。
(やはり、単純な力では分が悪い……)
「最強」の存在の力を、瞬き程の一瞬で身を以て知ったラニに、cordエイトはお構いなしに攻撃を続ける。
「アハハハハハハッ……!」
「う……」
もはや人間の動体視力を超越した速度で行われる戦闘に、マウリアには何が起こっているのかは全く分からなかったが、絶えず響き続けるcordエイトの笑い声によって、ラニが防戦一方となっている事だけは理解できた。
「ラニ……」
思わず声が出たが、マウリアは目の前の光景に意識を支配されていて、気付かなかった。
「マウリア……」
少しでも気を抜けば命はない状況だったが、マウリアの視線を感じた。
「どうした? 気を抜くんじゃないよ!」
そんな隙をcordエイトは見逃さない。容赦のない攻撃が傘に叩きつけられる。
「っ……!」
腕が千切れそうになる感覚に顔を顰めながらも、ラニは可能な限り攻撃を受け流す。cordエイトとの力関係はもはや火を見るよりも明らかだったが、ラニは、静かに燃える闘志を傘を持つ腕に込め続けた。
「最強」の機体と「最弱」の機体の戦いは、絶えず発動し続けるオーバーロードで辛うじて均衡が保たれていて、cordエイトは十分間ラニが凌げればラニの勝利だと言っていたが、逆にその間ラニが気の遠くなるような猛攻に耐えながらオーバーロードを維持する事が出来なければ、勝利は不可能だった。
「シャアッ……!」
「……!」
傘をcordエイトに蹴り上げられて、その衝撃に耐えられずにラニの手は傘を手放した。
「っ……!」
「バカがっ……!」
宙を舞う傘に気を取られた一瞬を見逃さず、cordエイトは左腕の鎖をラニの両腕に巻き付けた。
「あ……」
「ラニ……!」
鎖は簡単には解けない形に巻き付いていた。
「……!」
同時にラニはオーバーロードが弱まっていくのと、背筋が急速に冷たくなっていく感覚に気付いた。
(これは……!)
「ラニ、危ない……!」
「死ね!」
マウリアが叫ぶと同時にcordエイトは右腕を振ってブレードを飛ばした。
「っ……!」
マウリアは思わず手で目を覆う。早送りをしたように急速に流れる時の中でラニの傘が蹴飛ばされた瞬間、彼女にcordエイトがそのまま攻撃を加えるという一連の流れを見てしまい、マウリアの脳は無意識にその先を見る事を拒絶した。
(ラニ……!)
直後に響き渡る金属音に何かを粉砕するような音、その音のした方向を見てマウリアは驚愕する。
ラニが立っていた場所にその姿がない。
「え……」
cordエイトの放ったブレードは、壁に突き刺さっており、ラニを拘束していた鎖は千切れていた。
(……どうなっている?)
「フフッ!そうでなくちゃ面白くない」
そう言いながらcordエイトは自身の後方へ視線を移した。マウリアもそちらへ目をやると、腕は縛られていたままだったが、千切れた鎖を腕からぶら下げて着地しているラニがいた。どうやら紙一重で躱したようだ。
「ラニ……」
彼女の無事を確認し、安心したマウリアだったが、
「はぁ……はぁ……!」
「ラニ……?」
どこかおかしいラニの様子に戸惑った。腕に巻き付いた鎖を解こうともしないで、ただ見ている。
cordエイトが壁からブレードを引き抜いて攻撃準備を整えているにも関わらず、依然立ち上がろうとしない。そして、何よりも目に付くのは、
「はぁ……はぁ……!」
焦点の定まらない視線を揺らしながら、息を荒げている。彼女は肺を持たないので、そう表現するのは違うのだが、マウリアにはそう見えた。
「まさか……」
マウリアの中である考えが過った時、cordエイトもそれに気付いたのか、静かに笑った。
「へえ。完成品のメモリにはそんな機能があったんだ。ここまで来ると面白いわね」
考えが確信に変わる。
(ラニは今、恐怖している……!)
2
「っ……!」
腕に巻き付いた鎖を見下ろしてラニは思う。
(……あんなにも「死」を意識したのは初めてだった)
「ドクトル……」
彼の忠告のおかげで判断を間違える事はなく、寸前で飛び上がり攻撃を躱す事ができた。
しかし、その時に横切ったブレードが鎖を切った瞬間に自然と意識した「死」が、自身の心を大きく揺さぶっていた。
「……!」
オーバーロードが解除されていた。
(ダメだ。今止まるのは……!)
慌てて発動しようとするが、それがかえって邪魔になった。恐怖心が更に肥大化し、更に身体機能を麻痺させる。
「大口叩いていた割にはあっけなかったわね。つまらない……」
「くっ……」
cordエイトが近付いてきていた。この距離では傘がなければ、いいや、あってもオーバーロードが発動していなければ状況を変える事ができない。
「消えなさい」
「っ……!」
睨み付けるラニを見下ろしながら、cordエイトがブレードを振り上げた。
「あら、持ってきていたの?」
拳銃を手に持つマウリアにラニは言った。
「うん。勝手に持ってきてしまったけれど、死ぬ時くらいはせめて、戦いからは遠ざけてあげたかったから……」
マウリアはcordフィフティーンの拳銃と、予備の弾丸を高速艇に持ってきていた。
彼女の手に花を手向けた時に交換した物だ。天国への通行手形は銃よりも花の方が良いだろうという、マウリアの判断から来る行動だった。
「それに、これは彼女の形見だわ」
「そう」
大切な宝物のようにそれを抱き締めるマウリアを見てラニも微笑んだ。
「お母さんがくれたこの服やお父さんが残したアルバムのように、きっと私の支えになってくれる……。何より、彼女の死を乗り越えて生きていくための覚悟を守ってくれるわ」
「ならば、大切に持っていなさい。きっと貴方を守ってくれるわ」
「うん」
マウリアは静かに頷いた。
ガンッ……!
「っ……!」
鳴り響く銃声に、ラニの意識は一気に白くなった。
(……何があった?)
「チッ……!」
cordエイトの方へ目をやると、左肩を押さえて、怒りの視線をラニとは違う場所へ向けていた。
「……!」
その場所を見ると、マウリアが銃を構えて立っていた。
「このガキ……!」
「本当に冷静さを失っているようね。私のスカートの中までは意識がいかなかったのかしら?」
燃え上がるような殺意を向けるcordエイトをマウリアは氷のような表情で見つめていた。かなり冷静さを感じたが、同時に静かに昂る闘志のような物も読み取れた。戦いの中で散った、もう一人の友達の「形見」がそれに呼応するように輝いていた。
「まさか……お前からの攻撃が飛んで来るなんて……」
「やっぱり、あなた油断しているのよ。あなたの敵になる事を望んだのはラニだけじゃないわ」
cordエイトを見ながらマウリアは口を開く。同時に、煽るような上目遣いと薄ら笑いを顔に張り付けていた。
「あなたは、ずっと私を見くびっていたわよね。そのせいで、思い通りにならなかった事も今回が初めてじゃないのに。二日前にホテルで私にしてやられたのをもう忘れたの? ん?」
マウリアが喋る度にcordエイトの体が震えているのが分かった。それでも尚、マウリアは笑顔を作っていた。
「まあ、その気持ちも分からなくもないけどね。あなたよりも、ずっとずっと強い私の友達が戦えない状況に陥ってしまったら、誰だって油断するわ。私だってあなたの立場なら、きっと冷静さは失ってしまうもの。純度百パーセントの人間である私がそうなんだから、過剰なまでに膨れ上がったプライドを寄せ集めた、あなたみたいな人は尚更……」
「黙れクソガキ……!」
cordエイトの怒号が響き渡る。マウリアは一瞬委縮したが、すぐに彼女を睨み返した。
「調子に乗ってるんじゃないわよ……!」
「何の事かしら。これは、余裕というものよ……」
そう言ってマウリアは、銃の安全装置を外した。
「何の力も持たないガキが、自惚れるのもいい加減にしろ!」
cordエイトはマウリアの方へ体を向ける。
「気が変わった。今すぐにぶっ殺してやる……!」
「やってみなさい……!」
マウリアの言葉と同時にcordエイトが走り出した。
「殺す……!」
cordエイトの殺意がマウリアに完全に向いた時、
「やっぱり、冷静さを失っているようね……」
マウリアは笑った。
「……!」
そこで、cordエイトは自身のミスに気が付いた。マウリアが彼女と話していた時に、先程まで戦っていた相手が、幾分か冷静さを取り戻していた。
(まさか、このために……!)
「ごめんね。時間稼ぎは、一つ前の戦いで習得済みなの」
直後、ラニが鎖を破壊した。マウリアはこの瞬間を待っていたとばかりに引き金を引いた。
「チッ……!」
反射的に左手で防御する。その瞬間に空いた右手めがけてラニが、破壊した鎖からブレードを捥ぎ取り、投げ飛ばした。
「ぐぅっ……!」
直撃は避けたが、右の袖から伸びる鎖がブレードに断ち切られた。
「っ……!」
(……一瞬で良い、注意を逸らす事ができれば!)
武器を失ったcordエイトが動揺する一瞬をラニは見逃さない。一瞬で距離を詰めて、飛び上がる。
「……!」
「食らいなさい……!」
渾身の力で放ったドロップキックが、cordエイトに直撃した。
「がぁッ……!」
cordエイトが吹っ飛ばされたと同時に、ラニはマウリアの目の前で着地した。
「ごめんなさい。マウリア。また、危険な目に遭わせてしまったわ」
「大丈夫……。貴方が助けてくれると信じていたから」
「マウリア……」
「でも、もう弾が残っていないの。だから……」
「ええ。分かっているわ」
微笑むマウリアにラニは頷く。
「守って。ラニ」
「必ず……!」
恐怖を完全に取っ払い、ラニは自身が蹴飛ばした敵が起き上がるのを待った。
3
「ハァ……ハァ……!」
「……」
cordエイトがゆっくりと立ち上がるのを見て、ラニは再び身構える。直撃だったとは言え、cordエイトの殺気は依然激しく燃え上がっていた。
(……ここからだ)
「フゥウウ……」
「……」
武器を失っていたので、cordエイトは拳を握って戦闘態勢を整えた。傘を取りに行く余裕がなかったため、ラニもそのまま迎撃態勢に入る。ここからはステゴロである。
「殺す……」
cordエイトは真っすぐ突っ込んできた。ラニだけを狙っていた。
「マウリア……。下がっていなさい」
「うん……」
マウリアは後ろに下がると、ラニの目を見た。
「負けないで」
「ええ」
静かに頷いて、ラニも走り出した。
「シャアッ!」
「はあっ!」
cordエイトの拳を掌底で軌道を変えて受け流す。直後に回し蹴りが飛んで来たが、宙返りで躱し、着地と同時に肘鉄を繰り出す。それを、cordエイトも頭突きで相殺する。
「シャアッ!」
「……!」
半径数メートルで無限に繰り返される攻防。単純なパワーで押すcordエイトと、技を駆使して立ち回るラニの戦いはノンストップで激しさを増していった。
「シャアアアアアッ!」
「っ……!」
「ラニ……!」
そして、開始から数十秒した時、ラニの体が蹴り飛ばされた。
「ぐぅ……!」
何とか着地に成功するが、cordエイトはその間も攻撃を続ける。
「シャアッ……!」
「っ……!」
(こいつ……パワーが上がって……)
ラニが攻撃を受ける回数が次第に増えていく。いいや、正確には規格外の力にダメージを殺しきれなくなっていた。
「シャアッ!」
「……!」
激しく動き続けるcordエイトを見て、マウリアはある事に気付く。
「あれは、蒸気……?」
cordエイトの体から、大量に出ていた。言っていた通り、動く度にボディが発熱しているようだった。
「まさか……蒸気機関のように、発熱によって強くなると言うの……?」
もうすぐで十分が経つが、cordエイトの力は衰えるどころか、どんどん上昇しているようだった。
言っていた通り、理性は殆ど残していないようだったが、オーバーロードを維持し続けているラニですら、受け流せない程の力を出していた。
「シャアッ!」
「ぐはぁっ……!」
そして遂に、捌き切れずにラニの体に蹴りが直撃した。
「ラニ……!」
マウリアの叫びと同時に、ラニの体が宙を舞い、そのまま床に叩きつけられた。
「ぐ……うぅ……」
受け身が間に合わなかったのか、ラニは顔を顰めて仰向けに倒れていた。
「ハァ……ハァ……」
攻撃を直撃させたのを確認したからか、cordエイトは手を止めた。
どうやら完全に理性をなくす前にブレーキをかけたらしい。
「ラニ!」
部屋中に響く声と共に、マウリアはラニのもとへ駆け寄った。
「ラニ……しっかりして……!」
「マウリア……」
かなり深刻なダメージを受けたのか、ラニは体中を震わせてマウリアを見上げていた。
「ラニ……」
涙目になりながら彼女の名を呼ぶ。
「コ……ここまで……だ。マウリア・ジェルミナ……」
「っ……!」
そして、気付いた時にはcordエイトが近付いてきていた。
「ヒ……久々ニ……楽しい……戦イだったガ……もう、終わりにシテヤル……」
「cordエイト……!」
「マウリア……。逃げ……」
ラニの声が聞こえたが、マウリアは動けなかった。
「死ね……!」
cordエイトが拳を振り上げる。
「っ……!」
マウリアはラニの手を握り締めて、目を閉じた。
「……?」
マウリアは目を開ける。死を覚悟して目を閉じたが、何も起こらない。
「え……」
cordエイトの方を見ると、動きが止まっていた。
(いいや、これは……)
「ぐっ……?」
攻撃に使おうとした左腕の制御が上手くできていないように見えた。
cordエイトは、まるで鎖に繋がれたかのように動かない左腕を動かそうと体を震わせている。
「ナニ……ガ……」
明らかに動揺していた。突然思うように行動できなくなったのだから無理もない。
「……どうなっているの?」
「……?」
マウリアがラニの方へ視線を向けたが、ラニも同じく困惑しているようだった。
「くっ……!」
左腕が動かないならと判断したのか、cordエイトは右腕を振り上げた。
「……!」
マウリアは咄嗟に身構えたが、直後更に驚くべき事が起きた。
「ギッ……?」
左腕が唐突に動き出し、振り上げた右腕を思いきり押さえ付けた。
「何がどうなっているの……?」
「分からない……」
上体を起こしながら、ラニが答えた時、
『cordエイト……』
どこからか声がした。
「え……」
cordエイトのいる方向から聞こえたが、間違いなく彼女が発したものではない。彼女の口からなのか、
ボディのどこからかなのか、正確な答えは分からなかったが、彼女ではない別の誰かが彼女の中から発していた。
「誰……ダ……」
『やっと、正しい事が分かった……。本当に大切なものを見つけた……。その価値の分からないお前に、私の宝物は壊させないわ……』
声は、cordエイトの左腕から聞こえた。
「そうか……!」
「ラニ……?」
マウリアはラニの方を見た。
「その左腕……、別の機体から移植したのね。ドクトルの自爆攻撃で損傷した分を補うために」
「……!」
cordエイトの表情が変わった。その通りだったらしい。
「どういう事……?」
「感情特化メモリを失っても、少しの人間性と感情を体が覚えていた。そして、もしもそれと同じように生涯を体が覚えていたとしたら……。そうとは知らずに、cordエイトが最も損傷の少ない機体を選んだとしたら……」
「……!」
ラニの言葉に、マウリアの頭にある考えが過る。しかしそれは、想像と言うよりは、目の前の光景を根拠にした予感に感じた。
「まさか……十五号さん……?」
「何故……ダ……?」
体を震わせながらcordエイトが口を開く。今彼女の動きは、全て左腕に妨害されているらしい。
『どうしてかしらね……。私は馬鹿だから分からないわ。でも、あなたのボディに移植されてから、友達を守りたいという思いだけで頑張ったら、私の左腕は私がすべきだった事を思い出してくれたみたいよ』
右腕を握る力を一層強めながら、左腕が答えた。その言葉を聞いて、マウリアの予感は確信となった。
声の主は間違いなく、cordフィフティーンだった。
「ギィッ……ふざけ……!」
怒りに身を任せてcordエイトは抵抗する。
「これは、私の腕だ……!動ケ……!ワタシの思い……通りに……!」
周囲に響く程の怒号を上げながらcordエイトは体を動かし続けていた。
「マウリア……。ラニ……。貴方達になら、私は命を売れるわ。さあ、早く……」
「……!」
二人は、その言葉の意味を理解する。一瞬だけ迷ったが、彼女の行動を無駄にするという選択肢などありえない。
ラニは唇を噛みながら立ち上がり、マウリアも走り出した。
「ふざけるなァァァァアアアア!」
『ふざけているのはテメェだcordエイト。散々人を傷付けたんだ。私達はこの罪と共に歴史のページから立ち去る義務がある。地獄には、テメェも同伴だ……!』
叫ぶcordエイトにcordフィフティーンが言った。
「cordフィフティーン……」
ラニは彼女を見つめた。
『気にするな、ラニ。先延ばしにしていた運命が、もう一度動き出すだけなんだ。最後に友達の力になれて、よかった……』
「ラニ……!」
同時にマウリアが傘をラニめがけて投げた。それを掴み取り、ラニは引き金に指を掛けた。
「さようなら……」
『ええ。さようなら』
cordフィフティーンの言葉と同時に、ラニは最大出力で熱線を発射した。頬を伝う物を、わざと意識から追放した。
「ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!」
そして、怒りに満ちた声が部屋中に響き渡った。
「っ……はぁ……はぁ……」
叫び声が聞こえなくなったと同時にラニは膝を突いた。
「ラニ……!」
マウリアはラニのもとへ駆け寄った。
「……大丈夫よ」
少しだけ顔を顰めながら、ラニは立ち上がる。
「ど……どうなったの……?」
周囲を見渡しながらマウリアが尋ねる。
「気配がなくなったわ。多分もう、大丈夫だと思うわ……」
「そう……」
限界を超えた熱気でスプリンクラーが暴走したのか、部屋中が曇っていたので周囲の様子は分からなかったが、確かにさっきまで皮膚を突き刺していた殺気がなくなっていた。
「十五号さん……」
マウリアは下を向いて呟いた。
「マウリア……」
「ううん。大丈夫……早く行こう」
目元を擦ってマウリアはその場に背を向けた。
「……そうね」
ラニもその言葉に従った。
「ほら、掴まって」
「ええ……」
よろよろと足を動かすラニに、マウリアが肩を貸して二人は歩き出す。
「貴方と、友達になれて本当によかった……」
そう呟いて、二人は部屋を出ていった。
4
「っ……!」
「ラニ……大丈夫……?」
顔を顰めて歩くラニに、マウリアは尋ねる。一見すると大きな損傷は見られなかったが、実際にはかなりの負荷が掛かっていたのか、歩く度にどんどん表情が強張っているように見えた。
「そう言いたいけれど、少し疲れたわ……」
返ってきた声も聴くに堪えない程に弱々しい、絞り出すような声だった。
「少し休みましょう……」
マウリアは言った。ラニが「マウリアを守る」という使命のもと行動した事による自然な結果だったとしても、すぐ傍で彼女が苦しむのは見ていて辛かった。
「そういう訳にはいかないわ。この先の部屋に行かないと、真に安全とは言えないの……」
「どうして……?」
「ペンダントを使用する事でドクトルの目的は達成される。そのためには、そこに辿り着かなければいけないわ……」
そう言って、ラニはマウリアを見つめて来た。
「……!」
その目は、使命感から来るものか、それとも決断を済ませて覚悟を決めたのか、揺るぎない意志が読み取れた。
同時に、その言葉に一生を捧げているが如くどこか懇願するような表情が張り付いていた。
「わかった……」
言いたい事はいくつかあったが、マウリアはその目を見て彼女の言う事に従った。
「行きましょう。世話を掛けて申し訳ないけれど、もう少しだけ肩を貸して頂戴……」
「うん……」
点滅を繰り返して、鈍い光で狭い空間を照らす照明の中を、二人は歩き続けた。
どれだけ歩いたのか、マウリアにも少しだけ疲労が現れる。
ずっと目の前の景色が変わらない影響か、体感時間がとても長く感じた。
「もうすぐ着く筈よ。お疲れ様……」
そう言ってラニはマウリアから離れた。
「ラニ……大丈夫なの……?」
「ありがとう。もう、一人で歩けるわ」
左手に持つ傘を右手に持ち替えて、ラニは言った。
「……」
そして、徐に傘を開いた。
「ラニ……?」
「マウリア、もっと近くに……」
ラニは、右手に持つ傘の下に、一人分のスペースを作った。
「え……?」
「雨も降っていないし、第一、屋内ではおかしいと思うけれど……こうして歩きたいの。私はこうして歩くのが、一番嬉しく思うのよ。どうか、私の我儘を聞いて頂戴」
微笑みながら、マウリアを見つめた。
「うん。わかった」
マウリアはラニの言葉に従い、彼女の隣に近付いた。下校する時、よくこうしていたのを思い出して、少しくすぐったく感じた。
「ありがとう」
ラニが笑ったので、マウリアも笑顔を向けた。
「でも、どうして……?」
「少し、恥ずかしいけれど……。私が一番楽しみにしていた日は、雨の日。特に、貴方がわざと傘を忘れていく、午後から雨が降る日」
マウリアは向けられた笑顔に、頬を染めた。
「気付いていたの……?」
「毎朝天気予報を確認していたじゃないの。貴方の頭脳なら、数分前に見た内容をうっかり忘れるなんて殆どないでしょう?」
「恥ずかしいわ……」
顔を真っ赤にして俯くマウリアの反応を楽しみながら、ラニは続ける。
「どうして貴方がそんな事をするのかは私には分からなったけれど、そんな日に貴方とこうして歩くのは、とても楽しかった。隣で嬉しそうに笑う貴方が、たまらなく愛おしかった。そうして貴方の為に傘を持って歩くのが、いつの間にか、私の一番の楽しみになっていたわ……」
顔から火が出そうになる。そんな台詞をポンポンと出すラニをマウリアは睨み付けたが、
「……!」
ラニの頬も自分と遜色ない程に染まっていたのを見て、思わず許してしまった。
「この気持ちを、何と言うのかしらね……。ドクトルに聞いても教えてもらえなかった。だけど、こうしてあの時のように傘をさして歩いていると、どんなに辛くても、たちまち力が湧き出てくるの。オーバーロードとはまた違う、マウリア、貴方に対して湧き出てくるこの温かい力。私は、貴方と一緒にいる事で、これを学ぶ事ができるらしいわ」
笑いながら話すラニを見て、マウリアはその正体が分かった気がした。
ラニと友達になって、自分がすぐに感じた感情と同じだったから。
「答えは出たの……?」
だから、敢えて聞いた。ラニの返答が想像できたから。
「まだ分からないわ。生憎とね……」
それを聞いて、マウリアは微笑んだ。これは、自分の言葉で彼女に教えてあげたかったから。
「私は、今の話で理解できたよ。私も同じだったから……」
「……!」
ラニの表情が変わった。
「ラニ……それはね……」
そこまで口にしたが、マウリアはその先を言う事は出来なかった。ラニが突然マウリアを突き飛ばしたからだ。
「え……?」
何が起こったのか理解できずに、マウリアはその場に尻餅をついた。
「は……?」
何が起こったのかは分からなかったが、目の前の光景を見て、マウリアは大方理解し、戦慄した。
開いた傘を後方に向けたラニ。間に合わなかったのか、捌き切れなかったのか、傘を逸れてラニの左上腕部についた深い斬り傷。ラニの袖の切れ端と共に飛んでいくブレード。
そして、ゆらゆらと動く陽炎のような蒸気を纏う、漆黒の熱風。
「cordエイト……!」
二人の目の前には、左上半身の殆どを失いながらも獣のような唸り声を発してこちらを睨み付けるcordエイトがいた。
その目からは、理性を読み取るのは不可能だったが、果てしない程の殺意と怒りが燃え盛っていた。
「そんな……どうして……」
そう口にした時、マウリアはcordフィフティーンの言葉を思い出した。
『友達を守りたいという思いだけで頑張ったら、私の左腕は私がすべきだった事を思い出してくれたみたいよ』
強靭な意志によって可能にした「復活」。感情特化メモリを失ったcordフィフティーンができた芸当を、感情特化メモリを持つcordエイトが使えるのは、決してありえない話ではない。
(あの時本当に死んでいたcordエイトを、暴走した感情特化メモリが強引に動かしていると言うの……?)
そんな想像が現実である事にマウリアは戦慄する。「友達を守りたい」という思いで、cordフィフティーンが蘇ったのとは違い、破壊衝動や敵意で動くcordエイトが蘇ったのだ。
トリガーがどんなものであれ、それはマウリア達にとっては最悪なものでしかないだろう。
「フゥゥゥウウウウ……」
「っ……!」
悪魔のような形相でゆっくりと近付いて来るcordエイトにマウリアの体は反射的に震えだした。
今すぐにでも逃げ出したい衝動を、中枢神経が絶えず刺激していた。
「マウリア……」
その時、こちらを振り返らずにラニがマウリアの名を呼んだ。
「ラニ……?」
「振り返らずに、走りなさい。まっすぐ行って、突き当りを右よ。そこが目的の部屋だわ」
そう言うなり、ラニは戦闘態勢を整えた。
「無茶だよ……!」
マウリアは叫んだ。
「本当に、死んでしまうわ……!」
「言ったでしょう?」
ラニの声に、マウリアは口を閉じた。
「私は、何があっても貴方を守り抜く。大丈夫。すぐに私も追いかけるわ」
ラニは振り返って微笑んだ。そして、すぐにcordエイトを睨み付けた。
「さあ、早く!」
「っ……!」
マウリアはラニに背を向け、全速力で走り出した。
「信じているからね……!」
そう、思いきり口に出して。
「それに応えるのが、私の正義だもの……」
ラニは静かに頷いた。
「さあ、始めましょうか。すぐに死んでくれると嬉しいけれど」
「シャアッ!」
cordエイトが走り出す。ラニは「マウリアを守りたい」という気持ちを心の焔で燃やし、オーバーロードを発動させた。
第七章 「激突」
「恐怖……ですか?」
家を出る少し前に、ラニはドクトルと話していた。マウリアが荷物を取りに自室に戻っていた時だ。
「そうだ。マウリアと過ごして君は多くの感情を知ったと思うが、この感情は知っているかな?」
「なんとなくなら分かります。マウリアがホラー映画なる物を一緒に観たいとよく言ってくるのですが、見始めて暫くすると私に涙目で抱きついてきて……、その状況がその言葉の意味と一致すると思います」
「そうか」
「怖いという言葉と同じでしょうか? マウリアは私を誘う時に、決まって怖くて一人では観れないと言ってきます」
「そうだね。同じだよ。質問の続きだが、君がそれを感じた事はあるかい?」
彼の問いにラニは首を横に振る。知ってはいるが経験した事はない。ホラー映画を観てもそんなものは感じなかった。
「そうか。では、それがどんな感覚なのかも分からない?」
「いいえ、それはマウリアが教えてくれましたから」
マウリア曰く、全身が強張る感じがするが、力が上手く入らなくなるらしい。そして、背筋がひんやりと冷たくなる感覚とも言っていた。
「その事で、何か?」
「オーバーロードは基本的にどの感情でも発動、維持が可能だが、一つだけ、例外となる感情が存在する」
「……!」
ドクトルの言いたい事が分かり、ラニは彼の質問の意味を理解した。
「つまり、私が恐怖を感じた時、オーバーロードに影響が出るという事ですか?」
「そうだ。どの生物も恐怖という感情の影響を受ければ、身体機能が正常ではなくなる。そしてそれは、最も性能の優れたメモリを持ち、最も人間に近い君も例外ではないという事だ。完璧な感情特化メモリを持つ君の、一番の弱点と言えるだろう」
「……」
彼の言葉にラニの顔が曇る。
(強化改造を施しても、埋める事ができない弱点か……)
「だからもしも、恐怖を感じる事があれば気を付けてくれ。耐性や、立ち直る能力は一応強めておいたが、メモリの性質上油断はできない。恐怖の影響が強い間は、オーバーロードの機能を全て生存に使え」
「……」
ラニは無言で下を向いたが、
「ごめんなさい。遅くなってしまったわ」
キャリーバッグを引き摺りながらパタパタと駆けてくるマウリアを見て、ラニはすぐに顔を上げて冷静な表情を作り直した。
「……肝に銘じておきます」
そして、彼女に聞こえない声でドクトルに言った。
「ああ……」
彼も小さく頷いた。
「アハハハハハハッ……!」
「ぐぅっ……!」
傘越しに伝わる力にラニは驚いた。今まで経験した中で一番の衝撃に両腕が痺れる。
「……!」
自分では相当力を込めて踏ん張っていたつもりだったが、自身の足が攻撃を受け止める直前より十数センチ押し戻されていた。
(やはり、単純な力では分が悪い……)
「最強」の存在の力を、瞬き程の一瞬で身を以て知ったラニに、cordエイトはお構いなしに攻撃を続ける。
「アハハハハハハッ……!」
「う……」
もはや人間の動体視力を超越した速度で行われる戦闘に、マウリアには何が起こっているのかは全く分からなかったが、絶えず響き続けるcordエイトの笑い声によって、ラニが防戦一方となっている事だけは理解できた。
「ラニ……」
思わず声が出たが、マウリアは目の前の光景に意識を支配されていて、気付かなかった。
「マウリア……」
少しでも気を抜けば命はない状況だったが、マウリアの視線を感じた。
「どうした? 気を抜くんじゃないよ!」
そんな隙をcordエイトは見逃さない。容赦のない攻撃が傘に叩きつけられる。
「っ……!」
腕が千切れそうになる感覚に顔を顰めながらも、ラニは可能な限り攻撃を受け流す。cordエイトとの力関係はもはや火を見るよりも明らかだったが、ラニは、静かに燃える闘志を傘を持つ腕に込め続けた。
「最強」の機体と「最弱」の機体の戦いは、絶えず発動し続けるオーバーロードで辛うじて均衡が保たれていて、cordエイトは十分間ラニが凌げればラニの勝利だと言っていたが、逆にその間ラニが気の遠くなるような猛攻に耐えながらオーバーロードを維持する事が出来なければ、勝利は不可能だった。
「シャアッ……!」
「……!」
傘をcordエイトに蹴り上げられて、その衝撃に耐えられずにラニの手は傘を手放した。
「っ……!」
「バカがっ……!」
宙を舞う傘に気を取られた一瞬を見逃さず、cordエイトは左腕の鎖をラニの両腕に巻き付けた。
「あ……」
「ラニ……!」
鎖は簡単には解けない形に巻き付いていた。
「……!」
同時にラニはオーバーロードが弱まっていくのと、背筋が急速に冷たくなっていく感覚に気付いた。
(これは……!)
「ラニ、危ない……!」
「死ね!」
マウリアが叫ぶと同時にcordエイトは右腕を振ってブレードを飛ばした。
「っ……!」
マウリアは思わず手で目を覆う。早送りをしたように急速に流れる時の中でラニの傘が蹴飛ばされた瞬間、彼女にcordエイトがそのまま攻撃を加えるという一連の流れを見てしまい、マウリアの脳は無意識にその先を見る事を拒絶した。
(ラニ……!)
直後に響き渡る金属音に何かを粉砕するような音、その音のした方向を見てマウリアは驚愕する。
ラニが立っていた場所にその姿がない。
「え……」
cordエイトの放ったブレードは、壁に突き刺さっており、ラニを拘束していた鎖は千切れていた。
(……どうなっている?)
「フフッ!そうでなくちゃ面白くない」
そう言いながらcordエイトは自身の後方へ視線を移した。マウリアもそちらへ目をやると、腕は縛られていたままだったが、千切れた鎖を腕からぶら下げて着地しているラニがいた。どうやら紙一重で躱したようだ。
「ラニ……」
彼女の無事を確認し、安心したマウリアだったが、
「はぁ……はぁ……!」
「ラニ……?」
どこかおかしいラニの様子に戸惑った。腕に巻き付いた鎖を解こうともしないで、ただ見ている。
cordエイトが壁からブレードを引き抜いて攻撃準備を整えているにも関わらず、依然立ち上がろうとしない。そして、何よりも目に付くのは、
「はぁ……はぁ……!」
焦点の定まらない視線を揺らしながら、息を荒げている。彼女は肺を持たないので、そう表現するのは違うのだが、マウリアにはそう見えた。
「まさか……」
マウリアの中である考えが過った時、cordエイトもそれに気付いたのか、静かに笑った。
「へえ。完成品のメモリにはそんな機能があったんだ。ここまで来ると面白いわね」
考えが確信に変わる。
(ラニは今、恐怖している……!)
2
「っ……!」
腕に巻き付いた鎖を見下ろしてラニは思う。
(……あんなにも「死」を意識したのは初めてだった)
「ドクトル……」
彼の忠告のおかげで判断を間違える事はなく、寸前で飛び上がり攻撃を躱す事ができた。
しかし、その時に横切ったブレードが鎖を切った瞬間に自然と意識した「死」が、自身の心を大きく揺さぶっていた。
「……!」
オーバーロードが解除されていた。
(ダメだ。今止まるのは……!)
慌てて発動しようとするが、それがかえって邪魔になった。恐怖心が更に肥大化し、更に身体機能を麻痺させる。
「大口叩いていた割にはあっけなかったわね。つまらない……」
「くっ……」
cordエイトが近付いてきていた。この距離では傘がなければ、いいや、あってもオーバーロードが発動していなければ状況を変える事ができない。
「消えなさい」
「っ……!」
睨み付けるラニを見下ろしながら、cordエイトがブレードを振り上げた。
「あら、持ってきていたの?」
拳銃を手に持つマウリアにラニは言った。
「うん。勝手に持ってきてしまったけれど、死ぬ時くらいはせめて、戦いからは遠ざけてあげたかったから……」
マウリアはcordフィフティーンの拳銃と、予備の弾丸を高速艇に持ってきていた。
彼女の手に花を手向けた時に交換した物だ。天国への通行手形は銃よりも花の方が良いだろうという、マウリアの判断から来る行動だった。
「それに、これは彼女の形見だわ」
「そう」
大切な宝物のようにそれを抱き締めるマウリアを見てラニも微笑んだ。
「お母さんがくれたこの服やお父さんが残したアルバムのように、きっと私の支えになってくれる……。何より、彼女の死を乗り越えて生きていくための覚悟を守ってくれるわ」
「ならば、大切に持っていなさい。きっと貴方を守ってくれるわ」
「うん」
マウリアは静かに頷いた。
ガンッ……!
「っ……!」
鳴り響く銃声に、ラニの意識は一気に白くなった。
(……何があった?)
「チッ……!」
cordエイトの方へ目をやると、左肩を押さえて、怒りの視線をラニとは違う場所へ向けていた。
「……!」
その場所を見ると、マウリアが銃を構えて立っていた。
「このガキ……!」
「本当に冷静さを失っているようね。私のスカートの中までは意識がいかなかったのかしら?」
燃え上がるような殺意を向けるcordエイトをマウリアは氷のような表情で見つめていた。かなり冷静さを感じたが、同時に静かに昂る闘志のような物も読み取れた。戦いの中で散った、もう一人の友達の「形見」がそれに呼応するように輝いていた。
「まさか……お前からの攻撃が飛んで来るなんて……」
「やっぱり、あなた油断しているのよ。あなたの敵になる事を望んだのはラニだけじゃないわ」
cordエイトを見ながらマウリアは口を開く。同時に、煽るような上目遣いと薄ら笑いを顔に張り付けていた。
「あなたは、ずっと私を見くびっていたわよね。そのせいで、思い通りにならなかった事も今回が初めてじゃないのに。二日前にホテルで私にしてやられたのをもう忘れたの? ん?」
マウリアが喋る度にcordエイトの体が震えているのが分かった。それでも尚、マウリアは笑顔を作っていた。
「まあ、その気持ちも分からなくもないけどね。あなたよりも、ずっとずっと強い私の友達が戦えない状況に陥ってしまったら、誰だって油断するわ。私だってあなたの立場なら、きっと冷静さは失ってしまうもの。純度百パーセントの人間である私がそうなんだから、過剰なまでに膨れ上がったプライドを寄せ集めた、あなたみたいな人は尚更……」
「黙れクソガキ……!」
cordエイトの怒号が響き渡る。マウリアは一瞬委縮したが、すぐに彼女を睨み返した。
「調子に乗ってるんじゃないわよ……!」
「何の事かしら。これは、余裕というものよ……」
そう言ってマウリアは、銃の安全装置を外した。
「何の力も持たないガキが、自惚れるのもいい加減にしろ!」
cordエイトはマウリアの方へ体を向ける。
「気が変わった。今すぐにぶっ殺してやる……!」
「やってみなさい……!」
マウリアの言葉と同時にcordエイトが走り出した。
「殺す……!」
cordエイトの殺意がマウリアに完全に向いた時、
「やっぱり、冷静さを失っているようね……」
マウリアは笑った。
「……!」
そこで、cordエイトは自身のミスに気が付いた。マウリアが彼女と話していた時に、先程まで戦っていた相手が、幾分か冷静さを取り戻していた。
(まさか、このために……!)
「ごめんね。時間稼ぎは、一つ前の戦いで習得済みなの」
直後、ラニが鎖を破壊した。マウリアはこの瞬間を待っていたとばかりに引き金を引いた。
「チッ……!」
反射的に左手で防御する。その瞬間に空いた右手めがけてラニが、破壊した鎖からブレードを捥ぎ取り、投げ飛ばした。
「ぐぅっ……!」
直撃は避けたが、右の袖から伸びる鎖がブレードに断ち切られた。
「っ……!」
(……一瞬で良い、注意を逸らす事ができれば!)
武器を失ったcordエイトが動揺する一瞬をラニは見逃さない。一瞬で距離を詰めて、飛び上がる。
「……!」
「食らいなさい……!」
渾身の力で放ったドロップキックが、cordエイトに直撃した。
「がぁッ……!」
cordエイトが吹っ飛ばされたと同時に、ラニはマウリアの目の前で着地した。
「ごめんなさい。マウリア。また、危険な目に遭わせてしまったわ」
「大丈夫……。貴方が助けてくれると信じていたから」
「マウリア……」
「でも、もう弾が残っていないの。だから……」
「ええ。分かっているわ」
微笑むマウリアにラニは頷く。
「守って。ラニ」
「必ず……!」
恐怖を完全に取っ払い、ラニは自身が蹴飛ばした敵が起き上がるのを待った。
3
「ハァ……ハァ……!」
「……」
cordエイトがゆっくりと立ち上がるのを見て、ラニは再び身構える。直撃だったとは言え、cordエイトの殺気は依然激しく燃え上がっていた。
(……ここからだ)
「フゥウウ……」
「……」
武器を失っていたので、cordエイトは拳を握って戦闘態勢を整えた。傘を取りに行く余裕がなかったため、ラニもそのまま迎撃態勢に入る。ここからはステゴロである。
「殺す……」
cordエイトは真っすぐ突っ込んできた。ラニだけを狙っていた。
「マウリア……。下がっていなさい」
「うん……」
マウリアは後ろに下がると、ラニの目を見た。
「負けないで」
「ええ」
静かに頷いて、ラニも走り出した。
「シャアッ!」
「はあっ!」
cordエイトの拳を掌底で軌道を変えて受け流す。直後に回し蹴りが飛んで来たが、宙返りで躱し、着地と同時に肘鉄を繰り出す。それを、cordエイトも頭突きで相殺する。
「シャアッ!」
「……!」
半径数メートルで無限に繰り返される攻防。単純なパワーで押すcordエイトと、技を駆使して立ち回るラニの戦いはノンストップで激しさを増していった。
「シャアアアアアッ!」
「っ……!」
「ラニ……!」
そして、開始から数十秒した時、ラニの体が蹴り飛ばされた。
「ぐぅ……!」
何とか着地に成功するが、cordエイトはその間も攻撃を続ける。
「シャアッ……!」
「っ……!」
(こいつ……パワーが上がって……)
ラニが攻撃を受ける回数が次第に増えていく。いいや、正確には規格外の力にダメージを殺しきれなくなっていた。
「シャアッ!」
「……!」
激しく動き続けるcordエイトを見て、マウリアはある事に気付く。
「あれは、蒸気……?」
cordエイトの体から、大量に出ていた。言っていた通り、動く度にボディが発熱しているようだった。
「まさか……蒸気機関のように、発熱によって強くなると言うの……?」
もうすぐで十分が経つが、cordエイトの力は衰えるどころか、どんどん上昇しているようだった。
言っていた通り、理性は殆ど残していないようだったが、オーバーロードを維持し続けているラニですら、受け流せない程の力を出していた。
「シャアッ!」
「ぐはぁっ……!」
そして遂に、捌き切れずにラニの体に蹴りが直撃した。
「ラニ……!」
マウリアの叫びと同時に、ラニの体が宙を舞い、そのまま床に叩きつけられた。
「ぐ……うぅ……」
受け身が間に合わなかったのか、ラニは顔を顰めて仰向けに倒れていた。
「ハァ……ハァ……」
攻撃を直撃させたのを確認したからか、cordエイトは手を止めた。
どうやら完全に理性をなくす前にブレーキをかけたらしい。
「ラニ!」
部屋中に響く声と共に、マウリアはラニのもとへ駆け寄った。
「ラニ……しっかりして……!」
「マウリア……」
かなり深刻なダメージを受けたのか、ラニは体中を震わせてマウリアを見上げていた。
「ラニ……」
涙目になりながら彼女の名を呼ぶ。
「コ……ここまで……だ。マウリア・ジェルミナ……」
「っ……!」
そして、気付いた時にはcordエイトが近付いてきていた。
「ヒ……久々ニ……楽しい……戦イだったガ……もう、終わりにシテヤル……」
「cordエイト……!」
「マウリア……。逃げ……」
ラニの声が聞こえたが、マウリアは動けなかった。
「死ね……!」
cordエイトが拳を振り上げる。
「っ……!」
マウリアはラニの手を握り締めて、目を閉じた。
「……?」
マウリアは目を開ける。死を覚悟して目を閉じたが、何も起こらない。
「え……」
cordエイトの方を見ると、動きが止まっていた。
(いいや、これは……)
「ぐっ……?」
攻撃に使おうとした左腕の制御が上手くできていないように見えた。
cordエイトは、まるで鎖に繋がれたかのように動かない左腕を動かそうと体を震わせている。
「ナニ……ガ……」
明らかに動揺していた。突然思うように行動できなくなったのだから無理もない。
「……どうなっているの?」
「……?」
マウリアがラニの方へ視線を向けたが、ラニも同じく困惑しているようだった。
「くっ……!」
左腕が動かないならと判断したのか、cordエイトは右腕を振り上げた。
「……!」
マウリアは咄嗟に身構えたが、直後更に驚くべき事が起きた。
「ギッ……?」
左腕が唐突に動き出し、振り上げた右腕を思いきり押さえ付けた。
「何がどうなっているの……?」
「分からない……」
上体を起こしながら、ラニが答えた時、
『cordエイト……』
どこからか声がした。
「え……」
cordエイトのいる方向から聞こえたが、間違いなく彼女が発したものではない。彼女の口からなのか、
ボディのどこからかなのか、正確な答えは分からなかったが、彼女ではない別の誰かが彼女の中から発していた。
「誰……ダ……」
『やっと、正しい事が分かった……。本当に大切なものを見つけた……。その価値の分からないお前に、私の宝物は壊させないわ……』
声は、cordエイトの左腕から聞こえた。
「そうか……!」
「ラニ……?」
マウリアはラニの方を見た。
「その左腕……、別の機体から移植したのね。ドクトルの自爆攻撃で損傷した分を補うために」
「……!」
cordエイトの表情が変わった。その通りだったらしい。
「どういう事……?」
「感情特化メモリを失っても、少しの人間性と感情を体が覚えていた。そして、もしもそれと同じように生涯を体が覚えていたとしたら……。そうとは知らずに、cordエイトが最も損傷の少ない機体を選んだとしたら……」
「……!」
ラニの言葉に、マウリアの頭にある考えが過る。しかしそれは、想像と言うよりは、目の前の光景を根拠にした予感に感じた。
「まさか……十五号さん……?」
「何故……ダ……?」
体を震わせながらcordエイトが口を開く。今彼女の動きは、全て左腕に妨害されているらしい。
『どうしてかしらね……。私は馬鹿だから分からないわ。でも、あなたのボディに移植されてから、友達を守りたいという思いだけで頑張ったら、私の左腕は私がすべきだった事を思い出してくれたみたいよ』
右腕を握る力を一層強めながら、左腕が答えた。その言葉を聞いて、マウリアの予感は確信となった。
声の主は間違いなく、cordフィフティーンだった。
「ギィッ……ふざけ……!」
怒りに身を任せてcordエイトは抵抗する。
「これは、私の腕だ……!動ケ……!ワタシの思い……通りに……!」
周囲に響く程の怒号を上げながらcordエイトは体を動かし続けていた。
「マウリア……。ラニ……。貴方達になら、私は命を売れるわ。さあ、早く……」
「……!」
二人は、その言葉の意味を理解する。一瞬だけ迷ったが、彼女の行動を無駄にするという選択肢などありえない。
ラニは唇を噛みながら立ち上がり、マウリアも走り出した。
「ふざけるなァァァァアアアア!」
『ふざけているのはテメェだcordエイト。散々人を傷付けたんだ。私達はこの罪と共に歴史のページから立ち去る義務がある。地獄には、テメェも同伴だ……!』
叫ぶcordエイトにcordフィフティーンが言った。
「cordフィフティーン……」
ラニは彼女を見つめた。
『気にするな、ラニ。先延ばしにしていた運命が、もう一度動き出すだけなんだ。最後に友達の力になれて、よかった……』
「ラニ……!」
同時にマウリアが傘をラニめがけて投げた。それを掴み取り、ラニは引き金に指を掛けた。
「さようなら……」
『ええ。さようなら』
cordフィフティーンの言葉と同時に、ラニは最大出力で熱線を発射した。頬を伝う物を、わざと意識から追放した。
「ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!」
そして、怒りに満ちた声が部屋中に響き渡った。
「っ……はぁ……はぁ……」
叫び声が聞こえなくなったと同時にラニは膝を突いた。
「ラニ……!」
マウリアはラニのもとへ駆け寄った。
「……大丈夫よ」
少しだけ顔を顰めながら、ラニは立ち上がる。
「ど……どうなったの……?」
周囲を見渡しながらマウリアが尋ねる。
「気配がなくなったわ。多分もう、大丈夫だと思うわ……」
「そう……」
限界を超えた熱気でスプリンクラーが暴走したのか、部屋中が曇っていたので周囲の様子は分からなかったが、確かにさっきまで皮膚を突き刺していた殺気がなくなっていた。
「十五号さん……」
マウリアは下を向いて呟いた。
「マウリア……」
「ううん。大丈夫……早く行こう」
目元を擦ってマウリアはその場に背を向けた。
「……そうね」
ラニもその言葉に従った。
「ほら、掴まって」
「ええ……」
よろよろと足を動かすラニに、マウリアが肩を貸して二人は歩き出す。
「貴方と、友達になれて本当によかった……」
そう呟いて、二人は部屋を出ていった。
4
「っ……!」
「ラニ……大丈夫……?」
顔を顰めて歩くラニに、マウリアは尋ねる。一見すると大きな損傷は見られなかったが、実際にはかなりの負荷が掛かっていたのか、歩く度にどんどん表情が強張っているように見えた。
「そう言いたいけれど、少し疲れたわ……」
返ってきた声も聴くに堪えない程に弱々しい、絞り出すような声だった。
「少し休みましょう……」
マウリアは言った。ラニが「マウリアを守る」という使命のもと行動した事による自然な結果だったとしても、すぐ傍で彼女が苦しむのは見ていて辛かった。
「そういう訳にはいかないわ。この先の部屋に行かないと、真に安全とは言えないの……」
「どうして……?」
「ペンダントを使用する事でドクトルの目的は達成される。そのためには、そこに辿り着かなければいけないわ……」
そう言って、ラニはマウリアを見つめて来た。
「……!」
その目は、使命感から来るものか、それとも決断を済ませて覚悟を決めたのか、揺るぎない意志が読み取れた。
同時に、その言葉に一生を捧げているが如くどこか懇願するような表情が張り付いていた。
「わかった……」
言いたい事はいくつかあったが、マウリアはその目を見て彼女の言う事に従った。
「行きましょう。世話を掛けて申し訳ないけれど、もう少しだけ肩を貸して頂戴……」
「うん……」
点滅を繰り返して、鈍い光で狭い空間を照らす照明の中を、二人は歩き続けた。
どれだけ歩いたのか、マウリアにも少しだけ疲労が現れる。
ずっと目の前の景色が変わらない影響か、体感時間がとても長く感じた。
「もうすぐ着く筈よ。お疲れ様……」
そう言ってラニはマウリアから離れた。
「ラニ……大丈夫なの……?」
「ありがとう。もう、一人で歩けるわ」
左手に持つ傘を右手に持ち替えて、ラニは言った。
「……」
そして、徐に傘を開いた。
「ラニ……?」
「マウリア、もっと近くに……」
ラニは、右手に持つ傘の下に、一人分のスペースを作った。
「え……?」
「雨も降っていないし、第一、屋内ではおかしいと思うけれど……こうして歩きたいの。私はこうして歩くのが、一番嬉しく思うのよ。どうか、私の我儘を聞いて頂戴」
微笑みながら、マウリアを見つめた。
「うん。わかった」
マウリアはラニの言葉に従い、彼女の隣に近付いた。下校する時、よくこうしていたのを思い出して、少しくすぐったく感じた。
「ありがとう」
ラニが笑ったので、マウリアも笑顔を向けた。
「でも、どうして……?」
「少し、恥ずかしいけれど……。私が一番楽しみにしていた日は、雨の日。特に、貴方がわざと傘を忘れていく、午後から雨が降る日」
マウリアは向けられた笑顔に、頬を染めた。
「気付いていたの……?」
「毎朝天気予報を確認していたじゃないの。貴方の頭脳なら、数分前に見た内容をうっかり忘れるなんて殆どないでしょう?」
「恥ずかしいわ……」
顔を真っ赤にして俯くマウリアの反応を楽しみながら、ラニは続ける。
「どうして貴方がそんな事をするのかは私には分からなったけれど、そんな日に貴方とこうして歩くのは、とても楽しかった。隣で嬉しそうに笑う貴方が、たまらなく愛おしかった。そうして貴方の為に傘を持って歩くのが、いつの間にか、私の一番の楽しみになっていたわ……」
顔から火が出そうになる。そんな台詞をポンポンと出すラニをマウリアは睨み付けたが、
「……!」
ラニの頬も自分と遜色ない程に染まっていたのを見て、思わず許してしまった。
「この気持ちを、何と言うのかしらね……。ドクトルに聞いても教えてもらえなかった。だけど、こうしてあの時のように傘をさして歩いていると、どんなに辛くても、たちまち力が湧き出てくるの。オーバーロードとはまた違う、マウリア、貴方に対して湧き出てくるこの温かい力。私は、貴方と一緒にいる事で、これを学ぶ事ができるらしいわ」
笑いながら話すラニを見て、マウリアはその正体が分かった気がした。
ラニと友達になって、自分がすぐに感じた感情と同じだったから。
「答えは出たの……?」
だから、敢えて聞いた。ラニの返答が想像できたから。
「まだ分からないわ。生憎とね……」
それを聞いて、マウリアは微笑んだ。これは、自分の言葉で彼女に教えてあげたかったから。
「私は、今の話で理解できたよ。私も同じだったから……」
「……!」
ラニの表情が変わった。
「ラニ……それはね……」
そこまで口にしたが、マウリアはその先を言う事は出来なかった。ラニが突然マウリアを突き飛ばしたからだ。
「え……?」
何が起こったのか理解できずに、マウリアはその場に尻餅をついた。
「は……?」
何が起こったのかは分からなかったが、目の前の光景を見て、マウリアは大方理解し、戦慄した。
開いた傘を後方に向けたラニ。間に合わなかったのか、捌き切れなかったのか、傘を逸れてラニの左上腕部についた深い斬り傷。ラニの袖の切れ端と共に飛んでいくブレード。
そして、ゆらゆらと動く陽炎のような蒸気を纏う、漆黒の熱風。
「cordエイト……!」
二人の目の前には、左上半身の殆どを失いながらも獣のような唸り声を発してこちらを睨み付けるcordエイトがいた。
その目からは、理性を読み取るのは不可能だったが、果てしない程の殺意と怒りが燃え盛っていた。
「そんな……どうして……」
そう口にした時、マウリアはcordフィフティーンの言葉を思い出した。
『友達を守りたいという思いだけで頑張ったら、私の左腕は私がすべきだった事を思い出してくれたみたいよ』
強靭な意志によって可能にした「復活」。感情特化メモリを失ったcordフィフティーンができた芸当を、感情特化メモリを持つcordエイトが使えるのは、決してありえない話ではない。
(あの時本当に死んでいたcordエイトを、暴走した感情特化メモリが強引に動かしていると言うの……?)
そんな想像が現実である事にマウリアは戦慄する。「友達を守りたい」という思いで、cordフィフティーンが蘇ったのとは違い、破壊衝動や敵意で動くcordエイトが蘇ったのだ。
トリガーがどんなものであれ、それはマウリア達にとっては最悪なものでしかないだろう。
「フゥゥゥウウウウ……」
「っ……!」
悪魔のような形相でゆっくりと近付いて来るcordエイトにマウリアの体は反射的に震えだした。
今すぐにでも逃げ出したい衝動を、中枢神経が絶えず刺激していた。
「マウリア……」
その時、こちらを振り返らずにラニがマウリアの名を呼んだ。
「ラニ……?」
「振り返らずに、走りなさい。まっすぐ行って、突き当りを右よ。そこが目的の部屋だわ」
そう言うなり、ラニは戦闘態勢を整えた。
「無茶だよ……!」
マウリアは叫んだ。
「本当に、死んでしまうわ……!」
「言ったでしょう?」
ラニの声に、マウリアは口を閉じた。
「私は、何があっても貴方を守り抜く。大丈夫。すぐに私も追いかけるわ」
ラニは振り返って微笑んだ。そして、すぐにcordエイトを睨み付けた。
「さあ、早く!」
「っ……!」
マウリアはラニに背を向け、全速力で走り出した。
「信じているからね……!」
そう、思いきり口に出して。
「それに応えるのが、私の正義だもの……」
ラニは静かに頷いた。
「さあ、始めましょうか。すぐに死んでくれると嬉しいけれど」
「シャアッ!」
cordエイトが走り出す。ラニは「マウリアを守りたい」という気持ちを心の焔で燃やし、オーバーロードを発動させた。
第七章 「激突」
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