怖い話集 ホラー

木曜日

木曜日の夜、井上は一人で自宅で過ごしていた。仕事が忙しく、疲れ果てた彼は、早く寝ることに決めた。だが、布団に入った瞬間、電話の音が鳴り響いた。深夜のこの時間、誰からかの電話は珍しい。恐る恐る受話器を取ると、無言の静寂が続いた。しばらくして、かすれた声が聞こえてきた。「木曜日の約束を忘れないで」。

その言葉に驚き、井上は思わず電話を切った。頭の中に浮かぶのは、最近の夢のことだった。そこには、彼に似た顔をした不気味な人物が現れ、いつも「約束を果たせ」と言ってくる。いつの間にか眠りに落ちた井上だが、夢の中で再びその人物が現れた。

「木曜日はお前のための日だ」と言い放ち、彼の肩を掴む。その冷たい手が、井上の心に恐怖を植え付けた。目が覚めた時、彼は急に不安に駆られた。時計は午前二時を指している。薄暗い部屋の中で、何かが待っている気配を感じた。

木曜日の朝、井上は無理に出社したが、周りの人々の笑い声や話し声が耳に入らなかった。彼の心の中には、あの不気味な人物の顔が浮かんでいた。午後になると、徐々に恐怖が増し、仕事が手につかなくなった。

仕事を終え、家に帰る途中、井上はふと足を止めた。目の前には、かつての友人の家があった。友人は、数年前に事故で亡くなっていた。彼は、友人が生前に「木曜日に会おう」と言っていたのを思い出した。まさか、それが関係しているのか？

家に着くと、何かが彼を待っているような感覚に襲われた。急いで部屋に入ると、すでに薄暗い部屋の中に、あの人物が立っていた。「約束の時間だ」。彼は冷静さを失い、逃げようとしたが、影は一瞬で彼の目の前に現れた。

「私を忘れたのか？木曜日には、私が必要だ」と告げる影は、井上の記憶を一つ一つ掘り起こしていく。彼はその瞬間、自分が何をしたのか思い出した。友人を無視し続けたこと、彼の存在を忘れようとしていたこと。全ての罪が一気に彼を襲った。

目の前の影は、次第に友人の顔に変わっていく。「約束は果たすべきだ」。その言葉と共に、井上は全てを理解した。彼は逃げられないことを悟り、涙がこぼれた。

翌朝、井上の家には誰も訪れなかった。彼の姿は見えず、部屋には一枚のメモが残されていた。「木曜日の約束」。それ以降、木曜日の夜になると、誰かが井上を呼ぶ声が聞こえるという噂が広がっていった。