怖い話集 ホラー

火曜日

火曜日の夜、鈴木は仕事の後、遅くまで残業をしていた。静かなオフィスには彼一人だけ、パソコンの明かりだけが頼りだった。周囲の静寂が不気味で、鈴木は背後に何かがいるのではないかと、しばしば振り返った。

その時、突然電話が鳴った。普段は誰もかけてこない時間帯で、驚いた鈴木は受話器を取った。「こちらは…あなたの後ろにいます」と、低い声が耳元で囁いた。鈴木の背筋が凍りつき、振り向くと誰もいない。ただの空気が彼を包み込むだけだった。

不安になり、鈴木はすぐに帰ることにした。エレベーターの前に立つと、またもや背後から声が聞こえた。「逃げても無駄だよ」。振り返ると、薄暗い廊下に立つ影が見えた。心臓が早鐘のように打ち始めたが、鈴木は恐る恐るエレベーターに乗り込んだ。

一階に着くと、出口に向かって急ぎ足で進んだ。しかし、外に出た瞬間、異様な静けさが彼を包んだ。通りには誰一人いない。普段なら賑やかな街も、まるで時間が止まったかのようだった。

その時、またあの声が耳元で響いた。「火曜日の約束を忘れないで」。鈴木は思わず立ち止まり、背後を振り返るが、影はどこにも見当たらない。恐怖に駆られ、彼はただ家へと逃げ帰った。

家に着いても不安は消えず、布団に潜り込んでも寝付けなかった。時計の針は静かに進み、午前零時を過ぎた瞬間、また電話が鳴った。受話器を取ると、再びあの声が。「火曜日は終わった。でも、約束は果たすよ」。

鈴木は恐怖で動けずにいた。翌朝、彼の周りの人々は普段通りの生活を送っていたが、鈴木だけは何かが違うと感じていた。友人たちが集まる火曜日の飲み会に誘われたが、彼は断った。心の中で感じる違和感が拭えなかったからだ。

その後、鈴木は火曜日が来るたびに怯えるようになった。ある火曜日の夜、再びその声が響いた。「約束は果たしたよ」。その瞬間、鈴木は自分が何かに取り込まれていく感覚を覚えた。そして、翌日、彼の姿は誰にも見えなくなっていた。

その日以降、鈴木の職場では「火曜日の鈴木」という噂が広まり、夜になると誰もがその話を避けるようになった。鈴木が残したデスクの上には、ただ一枚のメモがあった。「約束を果たす者」の文字が、不気味に光っていた。