怖い話集 ホラー

温泉旅行

友人の山田と私は、長い間計画していた山奥の温泉旅行に出かけた。自然に囲まれたその温泉は、口コミで「美しい場所」と評判だったが、何人かが「奇妙なことがあった」とも書いていた。

宿に着いた時、周囲は深い霧に包まれており、不気味な静けさが漂っていた。旅館の女将は、私たちを歓迎してくれたが、どこか無愛想で、不安を感じさせる雰囲気だった。夕食を終えた後、温泉に入ろうとしたが、女将が「夜遅くには温泉に入らないほうがいい」と警告してきた。

「この時間は特に、霧の中から『迷子』が現れることがあるからね」と。

私はそれを冗談だと思い、山田と共に夜の温泉に入ることにした。温泉は湯気に包まれ、月明かりがぼんやりと山を照らしていた。静寂の中、湯に浸かりながら話していると、ふと、山田が黙り込んだ。

「どうした？」と尋ねると、山田は不安げな顔で私の背後を見つめていた。

「後ろに、誰かいる…」

私は冷たい感覚が背中を這い上がるのを感じ、ゆっくりと振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。だが、目の端に、霧の中に白い影がぼんやりと動いているのが見えた。人影のようだった。

「見間違いだろう」と笑い飛ばしたが、心の中では不安が広がっていた。その夜、私たちは早めに部屋に戻り、休むことにした。

夜中、突然目が覚めた。何かが窓を叩く音がする。霧がさらに濃くなり、窓の外は真っ白だった。山田も起きていた。

「聞こえるよな？」彼の声は震えていた。

窓の外を見ると、そこにいた。白い影が、こちらを見つめながら窓に手を当てていた。ぼんやりとした輪郭のその影は、女性のようだったが、顔が異様に歪んでいた。私たちは恐怖で動けなかった。

次の瞬間、窓が激しく揺れ、その影が消えた。あまりの恐怖に、私たちはすぐに荷物をまとめて宿を出た。

後日、その温泉について調べると、そこでは昔、迷子になった旅人が霧の中で道を見失い、帰れなくなったという話が伝えられていた。その旅人の魂は今もさまよい、夜になると温泉に現れるというのだ。

私たちは二度とその場所には戻らないと誓った。