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深淵の罠
しおりを挟む山間の静かな村、霧雨が漂う秋の夜。木々は風にざわめき、夜の静寂を破るようにカラスが遠くで鳴いていた。村の人々は皆、近くの森に近づかないようにしていた。そこには「落とし穴の森」と呼ばれる場所があり、その名の通り、無数の深い穴が点在していた。
若い男、翔太はその森に引き寄せられるように入っていった。彼の友人である隆が数日前に森に入り、そのまま行方不明となっていたからだ。村人たちは口を揃えて、「落とし穴に落ちたんだ、あそこに近づくな」と言う。しかし、翔太は隆がそんな落とし穴に気づかずに落ちるはずがないと思っていた。彼は無謀だと言われることを覚悟し、隆を探しに森へと足を踏み入れた。
森は異様な静けさに包まれていた。足元に目を配りながら慎重に進む翔太だったが、どこからともなくひやりとした感覚が首筋を通り抜けた。辺りを見渡しても、そこにはただ木々の影と、まるで息を潜めるような暗い土が広がるだけだった。
やがて、彼は深い穴の一つを見つけた。中を覗き込むと、底が見えないほどの深さで、まるで黒い口が何かを飲み込もうとしているかのように口を開けていた。突然、背後でざわめきが聞こえ、翔太は振り返った。そこには誰もいない。しかし、その瞬間、翔太の足元が崩れ、彼は深い穴に滑り込んでしまった。
翔太は必死に手を伸ばしたが、何も掴むものがなかった。落下する間、彼は奇妙なささやきを聞いた。それはまるで何かが彼を呼び寄せ、深淵へと誘っているかのようだった。着地したとき、衝撃で視界が一瞬暗転した。目が覚めると、彼は底の見えない闇の中にいた。
「ここは…どこだ?」
声を上げても反響は返ってこない。ただ無限に続くような静寂が広がっているだけだ。翔太は手探りで周囲を調べ始めたが、土壁は冷たく、滑らかで登ることは不可能だった。
その時、再び耳元で声がした。「おいで…こちらへ…」
声の方向を振り向くと、闇の中にぼんやりと光が見えた。翔太はその光に向かって歩き出した。歩みを進めるたびに、光は徐々に強くなり、そしてある一点に達すると、そこには隆が立っていた。
「隆!大丈夫か!?」
しかし、隆は何も言わない。彼の目はどこか遠くを見つめており、まるで人形のように無表情だった。
「翔太、ここに来るべきじゃなかったんだ」と隆の声がようやく響いたが、その声には何かがおかしかった。低く、冷たく、まるで彼自身のものではないかのように感じた。
「もう、戻れないんだ…俺たちは…」
その瞬間、隆の足元が裂け、彼は再び深い穴の中へと吸い込まれていった。翔太は叫び声を上げたが、助けようとした手は虚しく空を切った。
その後、翔太は何度も同じ夢を見るようになった。目が覚めるたびに、彼は自分がどこにいるのか分からなくなっていく。現実と夢の境界が曖昧になり、深淵の罠に囚われた彼の魂は、永遠にその穴の中で彷徨い続ける運命となった。
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