記憶の風と花

桐月砂夜

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朱い和室

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 これはいったいどう言うことだろう。わたしは畳の上に座っていた。目の前にはつやつやとした、ひとつの黒い箱。細く朱いねじり紐で封をされている。
 わたしはあたりを見回した。黒い縁取りの障子の向こうは朱くぼんやりとした光に覆われ、その奥は何も見えなかった。そちらに向かおうかと思ったとき、わたしは自分がはだけた一枚の浴衣を着ているのに気付いた。それも一糸もまとわずに。慌てて胸元を寄せ、手元を見たが、帯はない。ただの布きれを羽織っているだけだったのだ。
 わたしは動けなくなってしまった。このような姿で、障子に手をかける勇気は、とてもではないがなかった。ずるずると這うように和室の真ん中に戻り、どうしたものかと考えあぐねた。何が起きているのか。ここはどこなのか。
 ふと、目の前にある箱に目が行った。艶めいたそれには、細くねじられた朱い紐が、十字に巻かれている。とても怪しい。しかし障子に囲まれた部屋にはわたしとこの箱しかない。今はこれに手を掛けることしか出来ないようだ。
 わたしはその紐をそろりとほどき、ゆっくり箱をあけた。煙が出ないことに安心し、中身を確認すると、絶句した。そこにあったのは男性器の形をした一本の木の棒だったからだ。
 手に取ることは出来ない。その必要もないと思った。しかし。わたしはそれを覗き込んだ。ふわふわの綿に包まれたそれは、ただの積み木の一部に見えた。一寸前の考えも忘れ、そろそろとそれに触れてみる。ただの興味本位だった。するとそれは木製特有のすべすべとした感触だったので、手に馴染む心地がした。何の意味もないだろうに、指先でそれの先端を撫でてみる。そして触れた指をそのまま下へとずらしてゆく。わたしは妙に楽しくなって来てしまい、少し乱暴にぐいぐいと両手でこねくり回した。単なる木の棒なのだから、問題ないだろう。ああきっとこれは夢なのだ。こんなものが手のなかにあるなんて、現実では考えられない。
 そのうち、わたしにおかしな考えが生まれた。これを自分の性器にあててみるのはどうだろう。全く、どうしてそのようなことをしようと思ったのか、自分でもよく分からなかった。
 すいと広げた両足に、その棒をゆっくりと移動させる。そしてその先端が自分のそこに当たると、わたしはびくん、とした。その反応が思った以上に大きくて、自分でも驚いた。先ほどのお遊びの際、わたしの性器はとろとろになっていたらしく、その先端をゆっくり前後に這わせてみると、棒の冷たさと自分の熱がぞわぞわと混じるのを感じ、わたしはおもわず声を漏らしてしまう。
「ん…っ」
 それを幾度か繰り返しているうちに、わたしは我慢できなくなって来て、しかし一度その棒を顔面に近付けた。わたしの液体で濡れて光っている。またも先ほどのように、先端をいじる。
 
 くちゅり、にゅる。
 
 いやらしい音がする。それによりわたしの性器が熱を帯びるのが分かる。いやらしい。楽しい。わたしは手のひらを棒から離し、腰を下ろし股を開いた。今度は片手で背中を支える。そしてそのまま、棒をゆるり、そこに押し当てた。
「ん…あっ」
 びくびくする。触れただけで。当てただけで。ならばこうすればどうなるか。わたしはついにその棒を自分のそこに当てがうと、ゆっくり挿れてゆく。
「あっ…ああっ…」
 まだ最後まで入っていないのに、声が溢れて来る。
 
 ぐい。
 
 我慢できなくなったのか自分でも分からない。右手で強く棒を押し込み、わたしの性器はそれでいっぱいになった。
「ん、ん…ああっ」
 わたしは自分の声が、徐々に大きくなってゆくのを止められなかった。はあはあと乱れた吐息のなか、棒はぐちゅぐちゅと音を立てて動き、わたしはそこをまるでかき回すかのように動かした。
「だめ、だめ、こんなことしちゃ…」
 そんな言葉とは裏腹に、無意識に手の動きは激しくなる。体勢はどんどんと低くなり、わたしはどうにか左ひじだけで身体を支えた。
「わたしどうして、こんなこと…んんっ」
 はあはあと、部屋はわたしの声だけで膨らみ続けているように感じる。
「んっ、んん…っ」
 
 ずちゅっ、ぐちゅん。
 
 わたしの性器からはもう、水音しか聴こえなかった。わたしは尚も棒を前後に動かした。もう、頭は働いていなかった。
「ん…ふ…っ…」
 手の動きに合わせるかのように、わたしの声も大きくなってゆく。
「あっ、あっ、ああ」
 頭を左右に振る。意味もなく。
「もう、だめ、もう」
 顔も首も、反って来ていた腰も揺らす。
 
 びくん。
 
 ついにそのときは訪れた。
「ああっ」
「だめ、いっちゃう、んっ、んん」
 腰が震える。もう棒の感覚はなかった。
「……っ、あああっ」
 わたしは身体をそらし、そのまま後ろに倒れた。肌着がふわりと広がるのが分かった。そして尚も訪れるこまかな痙攣に溺れた。
「…ん、んんっ」
 わたしの瞳に涙が滲んでいるのに気付いた。ここまで達したことなど、あっただろうか。わたしはしばらく肩で息をしていたが、わたしの液でぬるぬるの棒は、未だ熱さを保ったまま、身体から引き抜かれた。
「ひあっ、はっ…」
 それすらも刺激になり、わたしはまた声を漏らした。するとそのときだった。
 
 ぱたたっ
 
 何かが畳に落ちる音がして、わたしははっと振り返った。すると障子がいつの間にか、三センチほど開いており、ばたばたという足音が遠く消えてゆくのが分かった。見られていたのだ。一部始終を。わたしは一瞬動揺したが、気を取り直した。構わない。どうせこれは夢なのだから。
 開いた障子の前に乱れた肌着のまましゃがみ込む。こちらに向けてそこにあったのは、白いクリーム状の液体。精子だった。
 わたしはそれをすくった。粘り気があり、まだぬるかった。指を広げて、その粘度を楽しむ。わたしは開いていた障子をぴしりと閉め、部屋の中央に戻ると、例の棒の先にそれを塗りたくった。精子は少なくはなかったから、それはとても面白かった。
「いやらしい子」
 わたしは笑って、濡れたままの棒を先ほどの黒い箱に仕舞った。棒を包んでいた綿は、さぞや湿ったことだろう。わたしはくすくすして、箱に朱い紐をかけた。
 
 *
 
 うんざりする。どうしてわたしはこんな集まりに来てしまったのか。仲の良い同僚に誘われたからと言うのはもちろんあるけれど、想像以上にこの場所、駅前にある坂の下の、この居酒屋は騒がしかった。この集まり、というよりただの飲み会に誰もが楽しそうに笑っている。この味のしない目の前のぬるいビールも、ただ置かれているだけだ。
 わたしは竹で出来た仕切りに目をやる。それの向こう側からも、ざわざわ声がしていて、隣でも同じような会食が行われているのが分かった。直ぐ傍に座っているのか、男性たちの声がする。テーブルの端の席にいるようだ。つまりは仕切りを外せば隣同士だった。聞くともなく、わたしにはその男性たちの声を耳にしながら、この飲み会をいつ抜けるか同僚に伝えるタイミングを考えていた。
「なにその夢、あかい和室って」
「ホラーじゃん」
 仕切りの向こうから聞こえた〝あかい和室〟という言葉に、わたしはおしぼりに添えて意味もなくいじっていた指を止めた。別の男性の声が続く。
「いや…そういうんじゃなくって」
 ははは、と最初に声を出した男性が笑った。
「お前、なんでそんな妙な顔するんだよ」
 問われた男性は静かになり、何も言わない。がちゃがちゃと、周りの喧騒がより響いて来るように感じる。
 あかい和室? まさか、そんなことある訳がない。あの和室の、夢のことであるはずがない。なのに、わたしはそわそわと落ち着かなくなって、男性の次の言葉を待った。
「ああ、その通り妙な夢だったから」
「だけど悪くなかったよ」
 何だよそれ、と訊いた相手はまたげらげら笑う。夢の話をした男性は、相手より酔っていないのだろうか、無口なのかは分からないが、それきり話し声は聞こえなかった。周りがうるさすぎるせいなのかも知れない。
 わたしは変に動悸がして、化粧室に向かおうと立ち上がった。そのとき、隣に座っていた同僚の持っていた菜箸がわたしの膝に当たり、あろうことか仕切りの向こうに転がっていってしまった。
 ごめん! とわたしは慌て、それを取ろうと仕切りの向こうに這った。
「すみません、お箸が…」
 そう言いかけたとき、箸を手にした男性が仕切りからひょいと顔を出した。
「はい、どうぞ」
 咄嗟のことにわたしは慌て、ありがとうございます、と早口で言い、目を伏せた。
「…いいえ」
 男性は小声で答えると、ぱっと元の席に戻っていった。気にしないで、と笑った同僚にわたしは再度謝り、今度こそ立ち上がった。
 化粧室の扉を開き廊下に出ると、先ほどの男性が歩いてくるのが見えた。すれ違う。わたしは夢にあかい和室を見た、というこの男性を何となく意識して、手にしていたハンカチに目を落とした。そのときだった。
「あの、」
 男性がわたしに声を掛けた。あまりに突然のことだったので、わたしは心臓が飛び跳ねた。
「は、はい」
 そろそろと見上げると、男性がわたしをじっと見つめた。さほど酔っていないようだった。
「おそらく今後会うことはないと思うのでお訊ねするのですが」
 男性は目を逸らしながら言った。
「さっきの話、聞いてましたか」
「朱い和室の夢の」
 聞き耳を立てていたのがばれたようで、わたしは気恥ずかしくなったが、素直にうなずいた。
「あの、その和室のなかにいたひとが」
「あなただと言ったら、怒りますか」
 わたしは目を見開いて、咄嗟に首を振った。
「あなたの、あなたの言ってる意味が分かりません」
 男性は複雑な、何とも言えない顔をして、
「そうですよね、すみません」
 と言い、化粧室に向かっていった。
 わたしは動悸がおさまらなかった。まさかあのとき、わたしを見ていた人物があの男性? 最後にあの障子の向こうで駆けて行ってしまったひとだと言うのか。わたしは絶句したまま、壁に背中をもたれかけた。ハンカチで火照り出す頬を押さえる。
 もう、早く家に帰ろう。同僚たちの元に戻ろうとしたとき、背後で化粧室の扉が開いた。わたしは振り返ることが出来なかった。早く、早く向こうへ。そう思うのに、足が動かない。頬は赤いままだ。すると、すいとわたしのうなじに誰かの親指が触れたのが分かった。わたしはびくりとする。
「普段はこんなことしませんよ」
 あの男性の声だ。わたしは何も答えなかった。
「やはり僕が見たのはあなただ」
 そう聞こえたと思ったら、後ろからそのままうなじにかけられた指が、わたしの耳に触れた。
「んっ…」
 思わず声が出る。何をされているのか、分からない。知らないひとに、こんなに近づかれて。触れられて。すると今度は、首元に男性の唇が押し当てられた。
「ちょっと、なん…んっ」
 わたしは酔いのせいもあり吐息が上がってきてしまい、身体の力も普段より入らない。しかし男性を振り払おうとした。精いっぱいの力で。すると今度はその手首をぎゅうと握られた。そして男性は呟いた。
「ほら」
「あのときの、声だ」
 わたしは顔が熱くなり、もう何も言えなくなった。振り返ると、男性は改めてわたしを見、微笑んだ。恥ずかしくて仕方なかったし、彼の言うことをまだ信じていなかったので、わたしは強く自分のうなじを手で抑えて、その男性を睨み、言った。
「あなた、何なんですか」
「あまり変なことを言うと…いえ、すると、ひとを呼びますよ」
 男性ははっとして赤い顔をすると、困ったようにうつむいた。
「すみません」
「確信があったので、ほんとうにすみません」
 わたしは尚も続けた。
「何の確信なんですか」
「その…変な夢の話のことなんですか」
 男性は小さくうなずいた。わたしは開き直って、訊いた。
「わたしが、そこにいたって」
「何を見たって言うんですか」
 男性は目を逸らして、ますます顔を赤くした。
「あなたが…ひとりで…」
 わたしはもうそれ以上聞いていられなくなったが、再度口を開く。
「意味がわかりま…」
 そこまで言ったとき、男性がわたしの言葉を遮った。
「白い肌着を着ていましたよね」
「そして僕はあなたの乱れるすがたを見て」
「自分も耐えられなくなった」
 わたしは目を見開いた。畳の上に残っていた、白いクリームを思い出した。わたしは観念した。そして男性にしっかりと向かい合った。自分の顔が、少しだけ緩んだのが分かった。
「今度からお酒の場の話題にはしないでください」
 わたしは思わず、彼のネクタイの中央にそっと手を当てた。男性は笑って、もちろんです、とうなずいた。
「僕は、もう帰ります」
「それでは」
 優しくそう言って、触れていたわたしの指からするりとネクタイを抜いた。
「ちょっと待ってください」
 わたしの声に彼が振り返った。
「あなた、わたしに好きなこと言って、好きなことして」
「夢だけじゃなくて、今だって」
 男性はわたしの言葉に目を丸くした。そして頭に手をやった。
「そう言えば、そうですね」
「すみません」
 わたしは首を振って言った。
「そんなに謝らないでください」
「今やったこと…言ったことは許せないですけど」
 そしてわたしはうつむいた。顔も身体も熱く、耳まで火照ほてっている。
「あなたも、」
 はい、と男性は不思議そうな声を出した。
「あなたもわたしに〝乱れた姿〟をさらすべきです」
 えっ、と男性は口にして、しばし固まった。
「なぜなら、」
「はい」
 男性が困った顔をして返事をする。
 わたしは瞳を逸らした。
「あなたは」
「いけない子、なんですから」
 男性はわたしの言葉に首を傾げたが、
「そうですね…」
「ええ、そうなのかも知れません」
 と、何かを感じたらしく感慨深そうに言い、先ほど妖艶な声を出した人物とは思えない顔で、明るく笑った。
「僕は帰りますが、あなたも帰りますか」
「ええ、そのつもりです」
 わたしたちは見つめ合う。
「では一緒に帰りましょう」
 二人で店を出たときに背中で聞こえた、店の扉が閉まる音と、障子の隙間を閉じた音が、重なった。
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