三つの月と、蜜色の。

桐月砂夜

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第3話 ふたりに出来ること

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「ひどい目にあった……」

「あ、お疲れ様です。思ったより早い帰りですね」

「細江君……。もう店は終わり?」

「はい。ちょっとだけ早いんですけど、お客さんがまた外に並びたさないうちに今日は閉めようって。宮下さんはコカトリスの卵どうでした?」

「駄目だったぁ。何かめっちゃ強い男の人に邪魔されて……」

「あーもしかして『橘フーズ』の人ですか? あそこのダンジョンはあの会社がモンスターの発生を操作してるとか何とかって言いますし。実際俺達も『佐藤ジャーキー』にいた時はドラゴンを狩る時に、『橘フーズ』の探索者に何か言われたら黙っていう事を聞いておけって……」

「ドラゴンのいる階層は頑なに自分達だけのものにしたいって事か。上層階に目ぼしいモンスターの配置をするとかなんとか言って色んな企業と裏で契約でもしてるんかね? 全く、がめついのはどっちだよ」

「相当イラついてるみたいですけど、そんなに『橘フーズ』の探索者はヤバイ奴だったんですか?」

「いや、若くて乱暴で敬語も使えない奴だったけど、無邪気だったからかな、そんなにイライラはしなかった。それより、毒液を吐いてくれたあのコカトリスがもう嫌いで嫌いで」

「毒液……。流石です神様っ!毒もなんともない人間とか俺聞いたことないっすよ!」

「ま、まぁな」


 誉めてくれる細江君の手前、毒液を飲んでしまったっていう失敗は話せない。


 あー何かまた口の中洗いたくなってきた。


「でもその手……もしかして『橘フーズ』の探索者と?」

「『橘フーズ』っていうかその使役するドラゴンがな……。あそこのダンジョンを踏破するにはもうちょいレベル上げないといけないかも」

「レベル上げ!それなら俺もとことん付き合いますよ!経験値が多いって事考えると【NO9】ですよね! 1回神様とは一緒に探索に行きたいと思って――」

「駄目」


 細江君と話していると休憩室に仕事で汗ばんだ景さんが入ってきた。

 普通ならその艶やかさに目を奪われるところだけど、いつも以上に目が鋭く怖いからそんな邪な気持ちになる余裕がない。


 何で景さんはこんなに不機嫌なんだ?

 久々にクレーマーと一悶着あった?


「その駄目っていうのは今日クレーマーとか対応しててやっぱりそういった時の人手が足りないとかっていうと――」

「違う。……まずはその手を見せて。因みに手はもう洗った?」

「……はい」


 俺の言葉を一刀両断した景さんは俺の手をとると、じっと見つめた。


 そして、休憩室にある棚から救急キットを取り出し、しゅっと消毒液を俺の手に吹き掛けると傷の残らない大きめの絆創膏を貼って包帯を巻く。


「あの、これくらい放っておけば治るからそんなに大袈裟にしなくても」

「油断は駄目。きっとこの怪我も強くなって油断したから。それに私も油断して……。危険な場所って知ってたんだからもっとちゃんと止めて上げれば良かった」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それより卵とってこれなくてすみません」

「そんなの謝らなくていい。……とにかくしばらくは【NO9】は禁止! ドラゴンも禁止っ!」

「「はい」」


 景さんは可愛らしく禁止宣言をするとじっと俺と細江君の顔を見つめた。


 ドラゴンは別にどうでもいいけど【NO9】はまだ行きたかったなぁ……。

 でもこの顔されちゃあなぁ。

 仕方ない。今度休みの日によわよわなダンジョンでいそいそと細江君とレベル上げしよ。


「おーいっ! お客さんからいいもんもらったぞ! って何だみんなして黙って……その歳でにらめっこでもやってたのか?」


 景さんの膨れっ面にたじろいでいると休憩室の扉が開き今度は店長が満面の笑みで部屋に入ってきた。


 掲げられた手には紙袋。

 お客さんからの差し入れなんて珍しいな。


「そんなんじゃない。ちょっと宮下君とついでに細江君に注意してただけ」

「そうか。まぁお説教タイムはいいとして、これを見てくれよ! こんなのが店の料理として以外で手に入るなんて中々ないぞ!いやぁ宮下、お前の知り合いにもまともそうな居て良かったな!」

「俺の知り合い?」


 大学の時の仲間がSNSでも見て来たのかな?

 いや待て、だとしても俺に差し入れなんてしてくれるような気の利いた人間は居なかった筈だぞ。


「『ドラゴン肉が気に入ったら連絡よろ』だってさ。袋の中に紙が入ってたぞ。一応電話番号も書いてある」

「……この字体は」


 ドラゴンをテイムしてたあいつか。

 また引き抜きの勧誘に来るとは行ってたけどまさかこんなに早いなんて……。

 多分動画とかSNSとかで特定したんだろうけど、ここに来ようっていう判断が遅い、じゃない早い!


「後で一言お礼を言っておけよ。俺からはもう言っておいた」

「えーっとぉ……はい」


 視界に入った景さんの顔を見て俺は引き抜きの件は伏せておく事にした。


 機嫌が悪いのに追い討ちをかけるのも辛いし、しゃーないよな。また後で報告するか。


「――店長、今ドラゴンって言いました?」

「おう! 今日のまかない飯はドラゴン肉のすき焼きだあ!」


 細江君の問いに嬉しそうに答えた店長は引き抜きなんて煩わしい事を知らずに紙袋に入れられたドラゴンの肉の入った箱を取り出して、早速その蓋を開けるのだった。


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