三つの月と、蜜色の。

桐月砂夜

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第1話 はじまり

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 屈んだ姿勢でミルフィを覗き込んだまま、ヴァルダスは言った。
「死んでしまったのかと思ったぞ」
 先ほどまでのヴァルダスの声のトーンとは違い、そこに少しの感情があった気がした。そして此処にヴァルダスがいることにミルフィは混乱し、焦り、思わずがばりと起き上がった。そしてそのまま立ち上がろうとしたが若干ふらつき、側面に倒れ込みそうになるのをヴァルダスが咄嗟に支えた。
 ミルフィは自分の上腕を支える、ヴァルダスの腕の逞しさを感じたまま、
「だいじょうぶです…」
 とくらくらした頭で何とか答えたが、しばし経って、はたと我に返った。

「す、す、すみません」
「もう立てます」
 ミルフィの言葉にヴァルダスは支えていた両腕をゆっくりと離した。そのとき視線がまっすぐ重なった。ヴァルダスはグリーンのあの瞳だったけれども、そこにいままでの棘はなかった。ミルフィは慌てて目を伏せる。またも動悸が激しい。
「ごめんなさい」
「ヴァルダスさん」

 ヴァルダスの両耳がぴくりとした。しばしの間があってから、ミルフィを見下ろしたまま言った。
「お前、何が得意だ」
「えっ」
 ミルフィは顔を上げた。
「旅人なのだろう」
「あ、ええと」
「薬草の知識ならあると思いますから、大抵の薬は作れます」
「それから」
 また問う。
「距離はともかくとしても、走るのは早いと思います」
「俺に追いついて来ることが出来た奴に会ったことはないな」
「…」
「他には」

 更にヴァルダスが腕組みをしたまま訊く。
ミルフィは目を泳がせた。なにか、何か他に出来ること。
「あっ」
「これです」
 ヴァルダスの傍から離れて、砂利にまみれた自分の鞄から、先ほどのダガーを取り出した。
「これを持って斥候とか、出来るはずです」
 戦闘においての経験はなかったが、隠れることには幼い頃から慣れている。ミルフィはヴァルダスに見せるようにダガーを強く握りしめた。いまはこれしかない。ヴァルダスは意外な答えだと思ったのか、ふむ、としばらく考えたあと、続けた。
「簡単な薬なら俺も作ることが出来る」
 ミルフィははっとした。ヴァルダスがどれほどの歳月、旅人をしているのか考えてもいなかった。いままでの経験から恐らく何でもこなせるのだ。ミルフィはうなだれた。しかし、というヴァルダスの言葉に顔を上げる。
「斥候は思い付かなかった」
「俺はこの通り隠れるのには不向きでな」
 確かにヴァルダスは大きい。そう背が低くはないはずのミルフィでも、たとえ爪先立ちをしたところで、彼の肩はまだまだ上だ。怪しい男たちが大男と言っていたのを思い出す。

「ふむ、新しいやり方を試すのも良いかもしれぬ」
 独り言のように呟く。
「先ほどの様子からして」
「お前が本当にそれを使えるのかは分からぬが」

 しばらく間を置いて、言った。

「一緒に来るか」

 ミルフィはまた動悸がした。そしてキャメルのケースを掴んだまま、はい!と即答した。
「ゆくぞ」
 ヴァルダスの言葉に全身の砂利を払ってから、ミルフィは鞄を拾い、ベルトを握りしめた。
 一寸進んだところで、彼の尾が目の前にないのに気が付いた。見上げると、ヴァルダスの綺麗に突き出た鼻のラインが真横にある。ヴァルダスがミルフィに合わせてゆっくりと歩いていた。
「すみません」
「どうぞ、先を歩いてください」

 ヴァルダスはミルフィを見下ろした。
「そんなに謝らなくとも良い」
「今までが速すぎたのだ」

 ミルフィはその言葉を不思議に思いつつも安心した。
シュッツ。まだ名前しか知らないその村は、たどり着くこともないままゆっくりと遠ざかってゆく。しかしミルフィの心は晴れやかだった。ヴァルダスさんのことを訊かなくても良くなった。こうして一緒にいるのだから。
 ミルフィはふふっと笑った。ちら、と横目で視線を落としたヴァルダスには、気が付かなかった。

第1話 おわり
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