4 / 18
第1話 はじまり
4
しおりを挟む
屈んだ姿勢でミルフィを覗き込んだまま、ヴァルダスは言った。
「死んでしまったのかと思ったぞ」
先ほどまでのヴァルダスの声のトーンとは違い、そこに少しの感情があった気がした。そして此処にヴァルダスがいることにミルフィは混乱し、焦り、思わずがばりと起き上がった。そしてそのまま立ち上がろうとしたが若干ふらつき、側面に倒れ込みそうになるのをヴァルダスが咄嗟に支えた。
ミルフィは自分の上腕を支える、ヴァルダスの腕の逞しさを感じたまま、
「だいじょうぶです…」
とくらくらした頭で何とか答えたが、しばし経って、はたと我に返った。
「す、す、すみません」
「もう立てます」
ミルフィの言葉にヴァルダスは支えていた両腕をゆっくりと離した。そのとき視線がまっすぐ重なった。ヴァルダスはグリーンのあの瞳だったけれども、そこにいままでの棘はなかった。ミルフィは慌てて目を伏せる。またも動悸が激しい。
「ごめんなさい」
「ヴァルダスさん」
ヴァルダスの両耳がぴくりとした。しばしの間があってから、ミルフィを見下ろしたまま言った。
「お前、何が得意だ」
「えっ」
ミルフィは顔を上げた。
「旅人なのだろう」
「あ、ええと」
「薬草の知識ならあると思いますから、大抵の薬は作れます」
「それから」
また問う。
「距離はともかくとしても、走るのは早いと思います」
「俺に追いついて来ることが出来た奴に会ったことはないな」
「…」
「他には」
更にヴァルダスが腕組みをしたまま訊く。
ミルフィは目を泳がせた。なにか、何か他に出来ること。
「あっ」
「これです」
ヴァルダスの傍から離れて、砂利にまみれた自分の鞄から、先ほどのダガーを取り出した。
「これを持って斥候とか、出来るはずです」
戦闘においての経験はなかったが、隠れることには幼い頃から慣れている。ミルフィはヴァルダスに見せるようにダガーを強く握りしめた。いまはこれしかない。ヴァルダスは意外な答えだと思ったのか、ふむ、としばらく考えたあと、続けた。
「簡単な薬なら俺も作ることが出来る」
ミルフィははっとした。ヴァルダスがどれほどの歳月、旅人をしているのか考えてもいなかった。いままでの経験から恐らく何でもこなせるのだ。ミルフィはうなだれた。しかし、というヴァルダスの言葉に顔を上げる。
「斥候は思い付かなかった」
「俺はこの通り隠れるのには不向きでな」
確かにヴァルダスは大きい。そう背が低くはないはずのミルフィでも、たとえ爪先立ちをしたところで、彼の肩はまだまだ上だ。怪しい男たちが大男と言っていたのを思い出す。
「ふむ、新しいやり方を試すのも良いかもしれぬ」
独り言のように呟く。
「先ほどの様子からして」
「お前が本当にそれを使えるのかは分からぬが」
しばらく間を置いて、言った。
「一緒に来るか」
ミルフィはまた動悸がした。そしてキャメルのケースを掴んだまま、はい!と即答した。
「ゆくぞ」
ヴァルダスの言葉に全身の砂利を払ってから、ミルフィは鞄を拾い、ベルトを握りしめた。
一寸進んだところで、彼の尾が目の前にないのに気が付いた。見上げると、ヴァルダスの綺麗に突き出た鼻のラインが真横にある。ヴァルダスがミルフィに合わせてゆっくりと歩いていた。
「すみません」
「どうぞ、先を歩いてください」
ヴァルダスはミルフィを見下ろした。
「そんなに謝らなくとも良い」
「今までが速すぎたのだ」
ミルフィはその言葉を不思議に思いつつも安心した。
シュッツ。まだ名前しか知らないその村は、たどり着くこともないままゆっくりと遠ざかってゆく。しかしミルフィの心は晴れやかだった。ヴァルダスさんのことを訊かなくても良くなった。こうして一緒にいるのだから。
ミルフィはふふっと笑った。ちら、と横目で視線を落としたヴァルダスには、気が付かなかった。
第1話 おわり
「死んでしまったのかと思ったぞ」
先ほどまでのヴァルダスの声のトーンとは違い、そこに少しの感情があった気がした。そして此処にヴァルダスがいることにミルフィは混乱し、焦り、思わずがばりと起き上がった。そしてそのまま立ち上がろうとしたが若干ふらつき、側面に倒れ込みそうになるのをヴァルダスが咄嗟に支えた。
ミルフィは自分の上腕を支える、ヴァルダスの腕の逞しさを感じたまま、
「だいじょうぶです…」
とくらくらした頭で何とか答えたが、しばし経って、はたと我に返った。
「す、す、すみません」
「もう立てます」
ミルフィの言葉にヴァルダスは支えていた両腕をゆっくりと離した。そのとき視線がまっすぐ重なった。ヴァルダスはグリーンのあの瞳だったけれども、そこにいままでの棘はなかった。ミルフィは慌てて目を伏せる。またも動悸が激しい。
「ごめんなさい」
「ヴァルダスさん」
ヴァルダスの両耳がぴくりとした。しばしの間があってから、ミルフィを見下ろしたまま言った。
「お前、何が得意だ」
「えっ」
ミルフィは顔を上げた。
「旅人なのだろう」
「あ、ええと」
「薬草の知識ならあると思いますから、大抵の薬は作れます」
「それから」
また問う。
「距離はともかくとしても、走るのは早いと思います」
「俺に追いついて来ることが出来た奴に会ったことはないな」
「…」
「他には」
更にヴァルダスが腕組みをしたまま訊く。
ミルフィは目を泳がせた。なにか、何か他に出来ること。
「あっ」
「これです」
ヴァルダスの傍から離れて、砂利にまみれた自分の鞄から、先ほどのダガーを取り出した。
「これを持って斥候とか、出来るはずです」
戦闘においての経験はなかったが、隠れることには幼い頃から慣れている。ミルフィはヴァルダスに見せるようにダガーを強く握りしめた。いまはこれしかない。ヴァルダスは意外な答えだと思ったのか、ふむ、としばらく考えたあと、続けた。
「簡単な薬なら俺も作ることが出来る」
ミルフィははっとした。ヴァルダスがどれほどの歳月、旅人をしているのか考えてもいなかった。いままでの経験から恐らく何でもこなせるのだ。ミルフィはうなだれた。しかし、というヴァルダスの言葉に顔を上げる。
「斥候は思い付かなかった」
「俺はこの通り隠れるのには不向きでな」
確かにヴァルダスは大きい。そう背が低くはないはずのミルフィでも、たとえ爪先立ちをしたところで、彼の肩はまだまだ上だ。怪しい男たちが大男と言っていたのを思い出す。
「ふむ、新しいやり方を試すのも良いかもしれぬ」
独り言のように呟く。
「先ほどの様子からして」
「お前が本当にそれを使えるのかは分からぬが」
しばらく間を置いて、言った。
「一緒に来るか」
ミルフィはまた動悸がした。そしてキャメルのケースを掴んだまま、はい!と即答した。
「ゆくぞ」
ヴァルダスの言葉に全身の砂利を払ってから、ミルフィは鞄を拾い、ベルトを握りしめた。
一寸進んだところで、彼の尾が目の前にないのに気が付いた。見上げると、ヴァルダスの綺麗に突き出た鼻のラインが真横にある。ヴァルダスがミルフィに合わせてゆっくりと歩いていた。
「すみません」
「どうぞ、先を歩いてください」
ヴァルダスはミルフィを見下ろした。
「そんなに謝らなくとも良い」
「今までが速すぎたのだ」
ミルフィはその言葉を不思議に思いつつも安心した。
シュッツ。まだ名前しか知らないその村は、たどり着くこともないままゆっくりと遠ざかってゆく。しかしミルフィの心は晴れやかだった。ヴァルダスさんのことを訊かなくても良くなった。こうして一緒にいるのだから。
ミルフィはふふっと笑った。ちら、と横目で視線を落としたヴァルダスには、気が付かなかった。
第1話 おわり
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


オタクな母娘が異世界転生しちゃいました
yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。
二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか!
ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました
竹桜
ファンタジー
いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。
だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。
そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。
これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。
ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。
我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。
その為事あるごとに…
「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」
「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」
隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。
そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。
そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。
生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。
一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが…
HOT一位となりました!
皆様ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる