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第三章

お見送り芸人、いや魔女…レグルス

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 コツコツ――
 コツコツ――
 コツコツ――コツ……


 先ほどと同じ靴音が、今度は別の独房で止まる。

「――ユウゴ、おまたせ!」
 声に反応したのか、マッチが擦れる音がしてパッと明かりがつく。
 レグルスと柵を隔てて不貞腐れているユウゴが照らされた。
「おまたせじゃねぇーよ! もっと早くこいよ。俺がアンタから聞いたのは『どうせ、もみ消されるから裁判もない。一週間ほど待てばいい』だぞ。裁判はあるし、三か月も経っているじゃねぇーかっ。この野郎」
 口ぶりからして、彼はレグルスを随分と待ちわびていたようだ――。
「すまない……思ったより難航した。裁判官と話が進まなくって! 担当であるヤギ獣人の婆ぁさんは最悪だ」
「どう最悪なのさ。どーぞ、言い訳を続けて……」
「裁判を抱え過ぎて滅多につかまらない上に、やっと捕まえても延々と狼の腹を掻っ捌いた自慢話をしてこっちの話をきいてくれない。しかも、私がいざ話そうとすると、婆ぁさんはもうそこにいない! 魔法使いでもないのに、いつの間にかどこかに行っている」
 遅刻される側だったレグルスが今度は、遅刻する側である。待つ方も、待たせる方も色々とあるのだ。
「あー、あのヤギ婆ぁさんな。法廷でも狼の腹を掻っ捌いた自慢話しているよ。アンタは事件の当事者の癖に、欠席していて知らないだろうが俺は聞きすぎて目を瞑っても言える」
 ユウゴはヤギ裁判官の自慢話を聞きすぎて、暗記していた……。
「仕方ないじゃないか。私は蠅に会いたくない。蠅に逆上でもされたら大変だから妻も勿論欠席。まぁ精神衛生上良くないから、この裁判自体を妻には何も知らせていないが……」
「言っておくが形だけの裁判だから、ヤギ婆ぁさんの自慢で九割終わるぜ。あの裁判。あとの一割は調書を読まれるだけ」
「そうそう、こっそり魔法警察にお邪魔して、調書読んだけど有難う。『第四王女に頼まれてやった』しか記録されていない」
「まーな、俺はお喋りじゃないからなー」
 ユウゴがサラを誘拐したのは……第四王女の差し金だった。レグルスがどうしても王女は諦めきれなかったのだ。 あの手この手でサラの存在を知った彼女は、屋敷に出入りしているユウゴにサラを始末するよう依頼したのだ。しかし、ユウゴはこの件をレグルスに報告する。そしてこう持ち掛けたのだ『上手い事、これを利用しないか?』と。
 ――思い通り丸く収まっていて良かった。
 レグルスはこの話に乗った。サラに外の怖さを、徹底的に思い知らせるのに使えると思ったのだ。なにより、自分を護ってくれるのはレグルスしかいない。レグルスが必要だと彼女に刷り込みたかった。
 ――あの怪力女みたいに、偶然は思い通りに動かない。必然が大事。
 イザベルとの騒動は、レグルスの企みが引き金で起こった……。
 トゥクルの力で屋敷の中なら誰が何をしているか覗ける。
 イザベルを説得している最中、書斎にやってくるサラをレグルスは膝の上に隠しておいていた手鏡で見ていた。そこである事を思いつく。上手いこと二人を鉢わせて、イザベルがサラに手を出す前に彼女を取り押さえ助ける事で、 彼女の中の自分の悪印象を好印象に変えようと。
それなのに、イザベルの怪力にレグルスはやられてしまった。助けるどころか、サラに助けられる羽目になってしまう。失敗だった。         
「お喋りと言えば……私がお出かけしている間に、お前とサラが二人きりでお話をするなんて苦痛だった。嫉妬で心が苦しかったよ!」
「アンタだから俺の頭を、あんなに力いっぱい踏みつけたのか……」
「舌は切らなかった」
「切られてたまるかっ! それに何が『苦しかった』だ。こっちが必死で芝居打っている間に、アンタはギリギリまで優雅にお茶をしていたじゃねぇーか?」
「ユウゴ、あのカフェはいいぞ。栗のタルトが美味しい。私は、昨日サラと食べた。今度は新作を食べに行く。柿のケーキを」
 屋敷をレグルスが出る時『用がある』と言っていたが、用はあった。
 サラが行きたがっていた、カフェに行っていたのだ。店を購入しに。
 レグルスはサラとこのカフェでデートをしたいから、もう店ごと買った。その方が、あれこれ経営者として口出ししやすい。デートする日は魔法使い割引デーにし一階と二階を『魔力持ち』と『魔力なし』に分けるのだ。もちろんレグルス達は『魔力なし』に混じってお茶を楽しむ。貸し切りしてもいいが、二人だけではムードが味気ないからだ。
 ついでにタルトの試食もしていた。レグルスは何もかも余裕である。
 ――あのタルトは栗の下処理をちゃんとしていた……。仕込みがなっていれば順調に事が運ぶ。
 この計画は実行するまで、何度もユウゴとレグルスは打ち合わせをした。サラが外に出たがる頃合いを見てユウゴを呼び出す。そしてひと芝居打ってもらう。
 サラは流されやすい性格だから騙しやすい。その上、予め物事を冷静に目極められないようにした。身も心も快楽漬けにして疲弊させて、そこに『魔所』の情報も与え頭を混乱させておいたのだ。正常な判断などさせてたまるかだ。
 ――芝居も安い芝居だがその方が良い。その方が単純なサラが引っ掛かりやすい。
 こうして丁寧に下ごしらえをして画策した結果、スムーズに事が運びレグルスはサラの身も心も落すことができた。
 目障りな第四王女もこの件で隣国に嫁ぐことが決まる。父王との取引で、前科を付けない代わりに結婚が決まったのだ。
 事件の事は伏せて、朝刊で大々的に王女の輿入れが発表された。レグルスは記事を見て、手を叩いて笑った。嫁ぎ 先の王は露出狂で有名なので、痴女とお似合いじゃないかと。
 それに指輪の機能も確かめたかった。本当にいざという時、機能してくれなくては困るので。ついでに、あの指輪にはもう一つ秘密がある。指輪は一度嵌めたら骨になっても外れない。レグルスは本当に死んでも離してやらないのだ。
「ケーキの話なんて、どーでもいいから! ちゃんと出すもの寄越せ」
 ユウゴは親指で人差し指と中指を擦りお札を数える仕草をした。このハンドサインは金の催促だ。
「酷い……つくづくお前は金が好きだな。私はお土産としてお店の焼き菓子を持ってきたのに」
「あーどーも、それも貰っとく!」
 早く開けろとユウゴは柵を掴んで揺らす。ガシャンガシャンと音が鳴る。
「煩い。分かった。――ほらユウゴ、約束の物だ。いいかお前、財産を洞窟に隠すのはよせ! 私は生き物が嫌いだ、蝙蝠と汚い虫がいて悲鳴を上げた。あと、待たせた分を含めた旅費も足しといた」
 レグルスは魔法で檻の鍵を開け、旅行鞄を召還しそこに焼き菓子をねじ込んでユウゴに投げ渡す。
「有難う。お菓子……その入れ方だと、潰れてねぇーか?」
 ユウゴは礼を言い、鞄の中身を確認する。お菓子は予想通り潰れていた。
「大丈夫、味は変わらない」
「……そうだな」
 後は隠し財産やらの金額を確かめると、他の荷物も点検する。確認し終えると素早く囚人服から私服に着替えた。
「あー汚い。私と妻の肌以外見たくない」
「うるせーよ! 週に二回しか風呂に入れない。だから、汚れて当然だ」
「私の義理の父はちゃんと洗浄魔法で綺麗にしている……。大変だな『魔力なし』は」
「大丈夫! 直ぐに最高級のお湯で洗ってやる。此処を出たら旅費で、俺は温泉付きの宿屋に泊まる!」
 今回の件でユウゴも王女からの依頼料と、レグルスからの貰う金で二倍に潤い美味しい思いをした。
 それに、彼にはある国へ行きたい。遠く離れた国なので金を掛けずに行きたい。
 移動魔法を一般の魔法使いに頼むと、面倒な手続きと大金が掛かる。しかし今回ユウゴは無料で行ける。レグルスに頼む。
 『大魔術師』の仕事として罪人を国外追放する作業があるのだ。移動魔法で罪人を同盟国に飛ばす。ユウゴはこの 手で出国する。自国に未練はないのでやり方はどうでもいい。
 ――アルニル共和国か……遠すぎる。痕跡は消しやすいが……。
 ユウゴの行きたい国は同盟国ではないのでレグルスは、隠ぺい工作をしなくてはいけないので面倒だった。
 だいたいユウゴを国外追放の刑にする事態が大変である。
 レグルスはあれこれ使って、やっとヤギの裁判官にこの刑を執行させたのだ。
「じゃ、バカンスの準備は整ったか?」
「――なぁ、出発前にこれだけ聞きたい」
「何だ? 早くしろ。私はお前を送ったら、丁度オープンに入れたビスコッティを取り出さないといけない」
 ユウゴの密入国はお菓子作りの片手間だった。
「吃驚したが……俺あの子の手首に、あんな非道な事をしているなんて聞いてねぇーぜっ! あれちゃんと戻しただろうな? 絶対アンタがやったな? あれはこの国じゃアンタ以外できねぇーもん。世間に知れたらとんでもねーぞ」
 もうレグルスに不満は尽きないが、ユウゴはこれが一番ご立腹だ。サラへの『魔法封じ』だ。罪なき人に罪の証を刻むなどあって良い筈がない。
 自分は捕虜にされて理不尽な仕打ちをされた。突然、魔力を奪われたサラの苦しみが良く解る。だからこそ余計に許せなかったのだ。
「何の事だ?」
『魔力封じ』は高度な技であり限られた者しか使えない。刑の執行人のみ。彼にはその権限がある。レグルスは、罪人しかしてはいけないこの権利を悪用したのだ。
見つかればレグルスが施される側に成る。当然レグルスはしらばっくれた。
「すっとぼけるなっ!」
「だから何の事だ? 私の妻は魔法使い!」
「ほんとかっ! 本当に魔法使いだな? 本当に!」
「あー紛れもなく魔法使いだ。治癒魔法使いで一昨日は子猫ちゃんのお腹を治した」
 レグルスは鏡を取り出し鏡面をユウゴに見せる。子猫を抱えたサラが映っているのだ。
「すげぇー短足猫!」
「そういう猫種だ」
 一昨日知った情報を、さも前から知っているかのようにレグルスは言った。
「良かった……紋はない。これで心置きなく旅行に行くぜ」

 晴れ晴れとした顔で、ユウゴは肩を鳴らし鈍った体をほぐす。彼はぴょんとレグルスの浮かべた魔法陣に乗ると異国へ旅立った。
 
※※※
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