上 下
56 / 62
第五章 宝探し

2-6

しおりを挟む
「美しい書物か。これなら……」

 タイトルに美しい書物と入っていたその本を手に取る。副タイトルには三大美書のひとつを作ったケルムスコット・プレスのウィリアム・モリスの名前も入っているし、期待できそうだ。
 早速、目次に目を通していく。どうやら第四章にケルムスコット・プレスをはじめとした、プライベート・プレスの記述があるようだ。

「ダヴズ・プレス……。欽定英訳聖書……」

 本を速読しながら、目を皿のようにして目的の記述がないか探す。
 すると、そのものずばりの記述が目に飛び込んできた。

「あった! ここだ!」

 速読をやめ、記述付近の内容をじっくりと読み込んでいく。同時に、言葉の意味を把握したことで、展示即売会での奈津美先輩とスタッフさんの会話がより鮮明に蘇ってきた。

 そうだ。あの時、ふたりはダヴズ・プレスの活字に関する逸話のことを話していたのだ。
 ダヴズ・プレスの製本家のサンダーソンが自分の死後に活字を使えないようにテムズ川に投げ込んでしまったとか、なんとか。それで、最近になってその一部が川から引き上げたとか……。

「……え? なんだ? それってつまり、先輩は本を川に捨てたってことか?」

 奈津美先輩が能天気な笑顔で本を投げる姿が、頭をよぎった。
 確かに、この学校の北側には大きな川が流れている。もしかしてあの人、そこに本を投げ捨てたのか? まさかこれも、昨日の仕返しとかいうんじゃあ……。こう、「意地悪な悠里君は、川でも泳いで頭を冷やせばいいのよ!」的な?

「い、いや、待て。落ち着け。いくら先輩でも、仕返しのために本を川に投げ捨てたりはしないはずだろ」

 頭を振って、能天気に本を投げる奈津美先輩の姿を掻き消す。あの人にとって本は、人生を懸けるに足る代物なのだ。ましてや、今回の宝となっているのは、奈津美先輩が自分で作った本である。川に投げ捨てるはずがない。……たぶん。

 ならば、答えは別のところにあるはずだ。この逸話から連想できる、別の答え。それを探し出す。……信じてますよ、先輩。

「なんか他にヒントはないか。本の隠し場所につながるヒントは……」

 再び頭をガシガシと掻きながら、ヒントになる出来事がなかったか、記憶を探る。
 ここまで来たら、別に問題からの連想に縛られる必要はない。だって、次はもう宝の隠し場所、つまりはゴールなのだから。問題からゴールの場所がわからないなら、別の方面からゴールに辿り着けばいいだけのことだ。
 本を隠して戻ってきた奈津美先輩の言動や仕草に、何かヒントはなかったか。頭をフル回転させて考える。

「あれ? そういえば……」

 その時、ふと頭に戻って来た直後の奈津美先輩の姿が浮かんできた。
 奈津美先輩は、体中に木の葉をくっつけて戻ってきた。でも、これまで巡った場所の中に、木の葉が体につきそうな場所はひとつもなかった。
 だったら、あの木の葉はまだ僕が行っていない場所――ゴールでくっついたものではないだろうか。

「先輩……。木の葉……」

 奈津美先輩と木の葉で連想される場所。そして、問題とも符合する点がある場所。そんな場所がなかったか、再度頭の中に検索をかけていく。

「活字……。投げ捨てる……。川へ……。落とす……。……落とす?」

 連想の果てに出た、〝落とす〟という言葉に、ちょっとした引っ掛かりを覚える。
 木の葉。奈津美先輩。落とす。本。

「――ッ! そうか!」

 四つのキーワードが、頭の中でひとつにつながった。

 あれは、ちょうど一年くらい前のことだ。一度だけ、奈津美先輩が木に登っていたことがあった。
 急いで昇降口まで駆けていき、靴に履き替えて外に出る。今回向かうのは校門ではなく、校庭だ。その隅に立つ、大きな桜の木を目指して、全速力で走る。

 走りながら思い出すのは、奈津美先輩が文集を手製本で作ると言い出した時のこと。あの人にお灸を据えた時の会話だ。

『あと、去年の秋。校庭の隅にある桜の木に登って、よりにもよって生徒指導の先生の頭にハードカバーの本を落としましたよね』

 頭の中に、自分の言葉が木霊した。
 そう。奈津美先輩は願いが叶うとされている桜の木に登り、本を括りつけようとして、うっかり落としてしまったのだ。

「まったく何だよ、このヒント。あんな逸話から先輩のうっかりミスを連想しろとか、無茶苦茶過ぎるって」

 僕の心の中でぽやぽや笑っている奈津美先輩に、苦言を呈する。

 これ、奈津美先輩が木の葉をつけて帰ってこなかったら、絶対にわからなかったぞ。なんていい加減なヒントを考えるんだ、あの人は。
 頭の中で文句を並べるうちに、目的の桜の木が見えてきた。桜の木には、先輩が引っ付けていたのと似た木の葉が茂っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。

みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。 ――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。 それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……  ※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

処理中です...