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第五章 宝探し
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* * *
図書室から飛び出した僕は、とりあえず特別教室棟と本校舎をつなぐ渡り廊下で軽く息を整えた。文化祭の間、特別教室棟は物置にしか使われていないから、この渡り廊下も今は誰もいない。本校舎側から、賑やかなざわめきが聞こえてくるだけだ。去年は考えもしなかったけど、文化祭の間の校内は意外と人目のつかない場所ばかりだな。
「さてと、最後のヒントは何かな?」
少し上がっていた息も落ち着いてきたところで、最後のメモ用紙を開く。
ここに書かれたヒントが指し示す場所に、宝がある。それを見つけ出せば、奈津美先輩との勝負に勝てる。そう思うと、少し手が震えた。
逸る気持ちを抑えて、メモ用紙に書かれた先輩の文字を見る。
そこには、最後のヒントとしてこんな言葉が書かれていた。
【自分が死んだ後、誰にも使われないように神様へ委ねます】
ヒントを見た瞬間、思わず目が点になった。
なんだ、これ。ふたつ目のヒントの時以上にわけがわからない。これ、奈津美先輩の製本家としての矜持か何かだろうか?
いや、でもあの人ならむしろ逆のことを言いそうな気がする。自分が作った本だからこそ、大事にしてくれる人のところへ行ってほしい。そういう風に願うだろう。
だったら、これには別の意味があるのだろうか。
「そういえばこんな感じのフレーズ、どこかで見たことあるような気がする……」
ふと頭の片隅に引っかかるものを感じ、それが口をついて出てきた。
そう。どっかで見たことある気がするのだ、この妙ちくりんなフレーズ。しかも、おそらく割と最近……。
けど、「見たことある」という自分の言葉に対して、僕は微かな違和感を覚えた。文字として見た、というのは違うのではないか、という違和感だ。
こんな変な言い回し、目にしたらもっと記憶に残っている気がする。けど、ぼんやりとでもそのフレーズが書かれたものが頭に思い浮かんでこない。本なのか、パソコンなのか、スマホなのか。そういったことが一切思い出されないのだ。
ならばこれは、目から入ってきた情報ではない。きっと耳から聞こえてきた音による情報だ。そして、それを言ったのはおそらく奈津美先輩本人のはず。
「でも、先輩がこんなことを言う機会ってあったかな?」
奈津美先輩は基本、僕に対して威厳があるように振る舞おうとするけど、それはあくまで態度でのことだ。変に芝居掛かったことを言って、威厳を出そうとはしてこない。というか、先輩がそんなことやってたら、ただの道化になっちゃうし。
だったら、誰かの言葉をまねした? それなら、元ネタに合わせて言葉が大仰になってしまうことも考えられる。
と、その時、僕の頭の中に古めかしい本の姿がちらつき、脳内に電流が走った。
「そうだ、思い出した! 三大美書を観に行った時だ」
頭の中に、当時の情景がフラッシュバックしてくる。三大美書を見ていた時、奈津美先輩がスタッフさんと話していた会話の中から漏れ聞いたんだ。確か、ダヴズ・プレスの『欽定英訳聖書』を見ていた時だと思う。
ただ、あの時は奈津美先輩がスタッフさんと楽しそうにしているのが腹立たしくて、ふたりが何を話していたのか、きちんと聞いていなかった。会話に出ていたのは思い出せても、それ以上はそもそも覚えてさえいない。
「ああ、くそう。もっとちゃんと聞いておけばよかった」
過去の自分に怒りをぶつけながら、頭をガシガシと掻く。
こうなったら仕方ない。もう一度、図書室に戻って三大美書について書かれた本を探してみるか。この手のことなら、ネットをあたるよりも本を見た方が早いだろうし。
そうと決まれば、善は急げ。少し前に通ったルートをもう一度取って返し、図書室に戻る。
図書室に入ると、後輩がきょとんとした顔で僕を見た。
「あれ、先輩。また戻って来たんスね」
「あはは。ちょっと調べたいことができてさ」
「そっスか。あ、さっきの本はもう配架しちゃいましたよ」
「うん、サンキュー。また次のカウンター当番の時にでも、お礼させてもらうよ」
「了解っス」
後輩にお礼を言いながら、早速書架へと飛び込んでいく。目指すべき場所は大体頭に入っている。図書及び図書館史、もしくは造本について書かれた本がある棚だ。とりあえず、より三大美書に近そうな造本の棚を見てみる。
製本史に関する本は数冊置かれており、その中の一冊に目が留まった。
図書室から飛び出した僕は、とりあえず特別教室棟と本校舎をつなぐ渡り廊下で軽く息を整えた。文化祭の間、特別教室棟は物置にしか使われていないから、この渡り廊下も今は誰もいない。本校舎側から、賑やかなざわめきが聞こえてくるだけだ。去年は考えもしなかったけど、文化祭の間の校内は意外と人目のつかない場所ばかりだな。
「さてと、最後のヒントは何かな?」
少し上がっていた息も落ち着いてきたところで、最後のメモ用紙を開く。
ここに書かれたヒントが指し示す場所に、宝がある。それを見つけ出せば、奈津美先輩との勝負に勝てる。そう思うと、少し手が震えた。
逸る気持ちを抑えて、メモ用紙に書かれた先輩の文字を見る。
そこには、最後のヒントとしてこんな言葉が書かれていた。
【自分が死んだ後、誰にも使われないように神様へ委ねます】
ヒントを見た瞬間、思わず目が点になった。
なんだ、これ。ふたつ目のヒントの時以上にわけがわからない。これ、奈津美先輩の製本家としての矜持か何かだろうか?
いや、でもあの人ならむしろ逆のことを言いそうな気がする。自分が作った本だからこそ、大事にしてくれる人のところへ行ってほしい。そういう風に願うだろう。
だったら、これには別の意味があるのだろうか。
「そういえばこんな感じのフレーズ、どこかで見たことあるような気がする……」
ふと頭の片隅に引っかかるものを感じ、それが口をついて出てきた。
そう。どっかで見たことある気がするのだ、この妙ちくりんなフレーズ。しかも、おそらく割と最近……。
けど、「見たことある」という自分の言葉に対して、僕は微かな違和感を覚えた。文字として見た、というのは違うのではないか、という違和感だ。
こんな変な言い回し、目にしたらもっと記憶に残っている気がする。けど、ぼんやりとでもそのフレーズが書かれたものが頭に思い浮かんでこない。本なのか、パソコンなのか、スマホなのか。そういったことが一切思い出されないのだ。
ならばこれは、目から入ってきた情報ではない。きっと耳から聞こえてきた音による情報だ。そして、それを言ったのはおそらく奈津美先輩本人のはず。
「でも、先輩がこんなことを言う機会ってあったかな?」
奈津美先輩は基本、僕に対して威厳があるように振る舞おうとするけど、それはあくまで態度でのことだ。変に芝居掛かったことを言って、威厳を出そうとはしてこない。というか、先輩がそんなことやってたら、ただの道化になっちゃうし。
だったら、誰かの言葉をまねした? それなら、元ネタに合わせて言葉が大仰になってしまうことも考えられる。
と、その時、僕の頭の中に古めかしい本の姿がちらつき、脳内に電流が走った。
「そうだ、思い出した! 三大美書を観に行った時だ」
頭の中に、当時の情景がフラッシュバックしてくる。三大美書を見ていた時、奈津美先輩がスタッフさんと話していた会話の中から漏れ聞いたんだ。確か、ダヴズ・プレスの『欽定英訳聖書』を見ていた時だと思う。
ただ、あの時は奈津美先輩がスタッフさんと楽しそうにしているのが腹立たしくて、ふたりが何を話していたのか、きちんと聞いていなかった。会話に出ていたのは思い出せても、それ以上はそもそも覚えてさえいない。
「ああ、くそう。もっとちゃんと聞いておけばよかった」
過去の自分に怒りをぶつけながら、頭をガシガシと掻く。
こうなったら仕方ない。もう一度、図書室に戻って三大美書について書かれた本を探してみるか。この手のことなら、ネットをあたるよりも本を見た方が早いだろうし。
そうと決まれば、善は急げ。少し前に通ったルートをもう一度取って返し、図書室に戻る。
図書室に入ると、後輩がきょとんとした顔で僕を見た。
「あれ、先輩。また戻って来たんスね」
「あはは。ちょっと調べたいことができてさ」
「そっスか。あ、さっきの本はもう配架しちゃいましたよ」
「うん、サンキュー。また次のカウンター当番の時にでも、お礼させてもらうよ」
「了解っス」
後輩にお礼を言いながら、早速書架へと飛び込んでいく。目指すべき場所は大体頭に入っている。図書及び図書館史、もしくは造本について書かれた本がある棚だ。とりあえず、より三大美書に近そうな造本の棚を見てみる。
製本史に関する本は数冊置かれており、その中の一冊に目が留まった。
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