52 / 62
第五章 宝探し
2-2
しおりを挟む
* * *
約束通り、資料室で本を読みながら待っていると、奈津美先輩は三十分ほどして戻ってきた。
「悠里く~ん、お待たせ~……」
「ちょっと先輩、どうしたんですか!」
書架の間から顔を出した奈津美先輩の姿に、僕は思わず声を上げてしまった。それほど奈津美先輩はひどい姿だったのだ。
制服のタイは寄れて曲がり、髪は乱れまくっている。しかも、体のあちこちには葉っぱがくっついていた。
この人、どこで何をしてきたんだ……?
「気にしないで。ちょっと手とか足とか滑らせただけだから。それよりも、準備は整ったわ。勝負を始めるわよ」
身だしなみを整えた後、奈津美先輩がふたつ折りにされたメモを差し出してきた。
反射的にメモを受け取って開こうとすると、奈津美先輩が「まだ見ちゃダメよ」と制止してきた。
「あと三分待って。あと三分で十時になるわ。ちょうどいいから、十時ジャストからスタートにしましょう」
「わかりました。じゃあ、それで」
メモを手に持ったまま、資料室の掛け時計に目をやる。秒針は焦らすようにきっちりと時を刻んでいき、一周、二周と文字盤を回る。
そして、ついに時計の秒針と長針が、頂点で重なった。
「はい! 宝探し、スタート!」
十時になると同時に、奈津美先輩が大きく手を打った。
同時に、僕も手に持っていたメモを開く。そこには、奈津美先輩の丸っこい字で最初のヒントが書かれていた。
書かれていたのは、たったの一文だ。
【一ノ瀬悠里君、あなたの夢は何?】
これを見た瞬間、僕は資料室から飛び出した。
このフレーズには、聞き覚えがある。奈津美先輩とこの学校で再開した時、最初に言われた言葉だ。ならば、とりあえず目指すべき場所は校門だろう。安直過ぎる気もするが、そこは奈津美先輩がすることだし、ド直球くらいでちょうどいいはずだ。
資料室を出た僕は、特別教室棟を出て、本校舎に入る。各学年のクラスが並ぶ本校舎は、すでに多くの人で賑わっていた。今日は土曜日で一般開放もされているから、うちの制服以外にも他校の制服姿や私服姿が目に付く。
そんな人の波を遡るようにして、昇降口を目指す。
靴を履き替えて外に出ると、校門までの道もたくさんの人で溢れていた。校門から入ってくる一般来場者に、各クラスの呼び込み担当がチラシなんかを手渡している。
何となく、入学した時の部活動勧誘街道を思い出した。あの時も、ここは人と活気に溢れていた。そして僕は、こんな人だかりの先であの人と再会したんだ。
感傷に浸りながら、僕は人波を掻き分けて校門に辿り着いた。
パッと見た限りでは、メモらしきものは見当たらない。ただ、僕はここに次のチェックポイントを示すヒントがあると確信していた。
「きっとあの時のことが関係しているはずだ」
小さな声で呟きながら、頭で当時のことをより正確に思い出していく。
あの時、何があったか。奈津美先輩が何を言い、どんな行動を取っていたか。それらを頭の中で細かく逆再生していった。
そう言えば奈津美先輩、地べたに這いつくばって泣いていたっけ。その前は腰に抱きつかれて、周りの生徒から痴話ゲンカとか言われたな。奈津美先輩があの時の奈津美ちゃんだってわかった時は、思い出が崩れた気がして軽くショックを覚えたもんだ。
「けど、結局先輩は先輩だったな」
過去を遡っていきながら、僕はふと俯きながら笑ってしまった。
奈津美先輩は、やっぱり奈津美ちゃんだった。自分の夢に対してまっすぐで、どこまでも愚直に突き進んでいく。きっと僕は、目を逸らしていただけで、そんな奈津美先輩のことをずっと好きだったのだろう。
そんなことを考えている間に、記憶の逆再生は終わりの部分までやってきていた。僕と奈津美先輩が再開した、あの瞬間だ。あの時、奈津美先輩は校門の支柱に寄りかかって、僕を待っていた。
そこまで思い出し、僕は顔を上げた。
「これだけ人通りが多いんだ。だったら、誰かに拾われたり捨てられたりしないようにしておくはず」
人波から外れて、奈津美先輩が寄りかかっていた支柱の影に入る。文化祭用にゲートを取り付けられた支柱を注意深く見ていくと、ゲートの装飾の間に、小さなメモ用紙を見つけた。
間違いない。奈津美先輩のメモだ。
「何だか拍子抜けするくらいあっさりしてるな」
軽く嘆息しながら、メモ用紙を手に取る。やっぱり、良くも悪くも素直過ぎる奈津美先輩では、この勝負は無謀だったんじゃないか?
そう思いながら次のメモ用紙を見た僕は、直前の考えをすぐに否定する羽目になった。
「……なんだ、これ」
僕の戸惑い交じりの声は、文化祭の活気の中に消えていった。
約束通り、資料室で本を読みながら待っていると、奈津美先輩は三十分ほどして戻ってきた。
「悠里く~ん、お待たせ~……」
「ちょっと先輩、どうしたんですか!」
書架の間から顔を出した奈津美先輩の姿に、僕は思わず声を上げてしまった。それほど奈津美先輩はひどい姿だったのだ。
制服のタイは寄れて曲がり、髪は乱れまくっている。しかも、体のあちこちには葉っぱがくっついていた。
この人、どこで何をしてきたんだ……?
「気にしないで。ちょっと手とか足とか滑らせただけだから。それよりも、準備は整ったわ。勝負を始めるわよ」
身だしなみを整えた後、奈津美先輩がふたつ折りにされたメモを差し出してきた。
反射的にメモを受け取って開こうとすると、奈津美先輩が「まだ見ちゃダメよ」と制止してきた。
「あと三分待って。あと三分で十時になるわ。ちょうどいいから、十時ジャストからスタートにしましょう」
「わかりました。じゃあ、それで」
メモを手に持ったまま、資料室の掛け時計に目をやる。秒針は焦らすようにきっちりと時を刻んでいき、一周、二周と文字盤を回る。
そして、ついに時計の秒針と長針が、頂点で重なった。
「はい! 宝探し、スタート!」
十時になると同時に、奈津美先輩が大きく手を打った。
同時に、僕も手に持っていたメモを開く。そこには、奈津美先輩の丸っこい字で最初のヒントが書かれていた。
書かれていたのは、たったの一文だ。
【一ノ瀬悠里君、あなたの夢は何?】
これを見た瞬間、僕は資料室から飛び出した。
このフレーズには、聞き覚えがある。奈津美先輩とこの学校で再開した時、最初に言われた言葉だ。ならば、とりあえず目指すべき場所は校門だろう。安直過ぎる気もするが、そこは奈津美先輩がすることだし、ド直球くらいでちょうどいいはずだ。
資料室を出た僕は、特別教室棟を出て、本校舎に入る。各学年のクラスが並ぶ本校舎は、すでに多くの人で賑わっていた。今日は土曜日で一般開放もされているから、うちの制服以外にも他校の制服姿や私服姿が目に付く。
そんな人の波を遡るようにして、昇降口を目指す。
靴を履き替えて外に出ると、校門までの道もたくさんの人で溢れていた。校門から入ってくる一般来場者に、各クラスの呼び込み担当がチラシなんかを手渡している。
何となく、入学した時の部活動勧誘街道を思い出した。あの時も、ここは人と活気に溢れていた。そして僕は、こんな人だかりの先であの人と再会したんだ。
感傷に浸りながら、僕は人波を掻き分けて校門に辿り着いた。
パッと見た限りでは、メモらしきものは見当たらない。ただ、僕はここに次のチェックポイントを示すヒントがあると確信していた。
「きっとあの時のことが関係しているはずだ」
小さな声で呟きながら、頭で当時のことをより正確に思い出していく。
あの時、何があったか。奈津美先輩が何を言い、どんな行動を取っていたか。それらを頭の中で細かく逆再生していった。
そう言えば奈津美先輩、地べたに這いつくばって泣いていたっけ。その前は腰に抱きつかれて、周りの生徒から痴話ゲンカとか言われたな。奈津美先輩があの時の奈津美ちゃんだってわかった時は、思い出が崩れた気がして軽くショックを覚えたもんだ。
「けど、結局先輩は先輩だったな」
過去を遡っていきながら、僕はふと俯きながら笑ってしまった。
奈津美先輩は、やっぱり奈津美ちゃんだった。自分の夢に対してまっすぐで、どこまでも愚直に突き進んでいく。きっと僕は、目を逸らしていただけで、そんな奈津美先輩のことをずっと好きだったのだろう。
そんなことを考えている間に、記憶の逆再生は終わりの部分までやってきていた。僕と奈津美先輩が再開した、あの瞬間だ。あの時、奈津美先輩は校門の支柱に寄りかかって、僕を待っていた。
そこまで思い出し、僕は顔を上げた。
「これだけ人通りが多いんだ。だったら、誰かに拾われたり捨てられたりしないようにしておくはず」
人波から外れて、奈津美先輩が寄りかかっていた支柱の影に入る。文化祭用にゲートを取り付けられた支柱を注意深く見ていくと、ゲートの装飾の間に、小さなメモ用紙を見つけた。
間違いない。奈津美先輩のメモだ。
「何だか拍子抜けするくらいあっさりしてるな」
軽く嘆息しながら、メモ用紙を手に取る。やっぱり、良くも悪くも素直過ぎる奈津美先輩では、この勝負は無謀だったんじゃないか?
そう思いながら次のメモ用紙を見た僕は、直前の考えをすぐに否定する羽目になった。
「……なんだ、これ」
僕の戸惑い交じりの声は、文化祭の活気の中に消えていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です。
日野 祐希
大衆娯楽
就職初日に階段から足を滑らせて死んでしまった、新人司書の天野宏美(見た目は大和撫子、中身は天上天下唯我独尊)。
そんな彼女に天国の入国管理官(似非仙人)が紹介したのは、地獄の図書館の司書だった。
どうせ死んでしまったのだから、どこまでも面白そうな方へ転がってやろう。
早速地獄へ旅立った彼女が目にしたのは――廃墟と化した図書館だった。
「ま、待つんだ、宏美君! 話し合おう!」
「安心してください、閻魔様。……すぐに気持ちよくなりますから」(←輝く笑顔で釘バッド装備)
これは、あの世一ゴーイングマイウェイな最恐司書による、地獄の図書館の運営記録。
※『舞台裏』とつく話は、主人公以外の視点で進みます。
※小説家になろう様にも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる