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第五章 宝探し

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 約束通り、資料室で本を読みながら待っていると、奈津美先輩は三十分ほどして戻ってきた。

「悠里く~ん、お待たせ~……」

「ちょっと先輩、どうしたんですか!」

 書架の間から顔を出した奈津美先輩の姿に、僕は思わず声を上げてしまった。それほど奈津美先輩はひどい姿だったのだ。
 制服のタイは寄れて曲がり、髪は乱れまくっている。しかも、体のあちこちには葉っぱがくっついていた。
 この人、どこで何をしてきたんだ……?

「気にしないで。ちょっと手とか足とか滑らせただけだから。それよりも、準備は整ったわ。勝負を始めるわよ」

 身だしなみを整えた後、奈津美先輩がふたつ折りにされたメモを差し出してきた。
 反射的にメモを受け取って開こうとすると、奈津美先輩が「まだ見ちゃダメよ」と制止してきた。

「あと三分待って。あと三分で十時になるわ。ちょうどいいから、十時ジャストからスタートにしましょう」

「わかりました。じゃあ、それで」

 メモを手に持ったまま、資料室の掛け時計に目をやる。秒針は焦らすようにきっちりと時を刻んでいき、一周、二周と文字盤を回る。
 そして、ついに時計の秒針と長針が、頂点で重なった。

「はい! 宝探し、スタート!」

 十時になると同時に、奈津美先輩が大きく手を打った。
 同時に、僕も手に持っていたメモを開く。そこには、奈津美先輩の丸っこい字で最初のヒントが書かれていた。
 書かれていたのは、たったの一文だ。

【一ノ瀬悠里君、あなたの夢は何?】

 これを見た瞬間、僕は資料室から飛び出した。

 このフレーズには、聞き覚えがある。奈津美先輩とこの学校で再開した時、最初に言われた言葉だ。ならば、とりあえず目指すべき場所は校門だろう。安直過ぎる気もするが、そこは奈津美先輩がすることだし、ド直球くらいでちょうどいいはずだ。

 資料室を出た僕は、特別教室棟を出て、本校舎に入る。各学年のクラスが並ぶ本校舎は、すでに多くの人で賑わっていた。今日は土曜日で一般開放もされているから、うちの制服以外にも他校の制服姿や私服姿が目に付く。

 そんな人の波を遡るようにして、昇降口を目指す。
 靴を履き替えて外に出ると、校門までの道もたくさんの人で溢れていた。校門から入ってくる一般来場者に、各クラスの呼び込み担当がチラシなんかを手渡している。

 何となく、入学した時の部活動勧誘街道を思い出した。あの時も、ここは人と活気に溢れていた。そして僕は、こんな人だかりの先であの人と再会したんだ。
 感傷に浸りながら、僕は人波を掻き分けて校門に辿り着いた。

 パッと見た限りでは、メモらしきものは見当たらない。ただ、僕はここに次のチェックポイントを示すヒントがあると確信していた。

「きっとあの時のことが関係しているはずだ」

 小さな声で呟きながら、頭で当時のことをより正確に思い出していく。
 あの時、何があったか。奈津美先輩が何を言い、どんな行動を取っていたか。それらを頭の中で細かく逆再生していった。

 そう言えば奈津美先輩、地べたに這いつくばって泣いていたっけ。その前は腰に抱きつかれて、周りの生徒から痴話ゲンカとか言われたな。奈津美先輩があの時の奈津美ちゃんだってわかった時は、思い出が崩れた気がして軽くショックを覚えたもんだ。

「けど、結局先輩は先輩だったな」

 過去を遡っていきながら、僕はふと俯きながら笑ってしまった。
 奈津美先輩は、やっぱり奈津美ちゃんだった。自分の夢に対してまっすぐで、どこまでも愚直に突き進んでいく。きっと僕は、目を逸らしていただけで、そんな奈津美先輩のことをずっと好きだったのだろう。

 そんなことを考えている間に、記憶の逆再生は終わりの部分までやってきていた。僕と奈津美先輩が再開した、あの瞬間だ。あの時、奈津美先輩は校門の支柱に寄りかかって、僕を待っていた。
 そこまで思い出し、僕は顔を上げた。

「これだけ人通りが多いんだ。だったら、誰かに拾われたり捨てられたりしないようにしておくはず」

 人波から外れて、奈津美先輩が寄りかかっていた支柱の影に入る。文化祭用にゲートを取り付けられた支柱を注意深く見ていくと、ゲートの装飾の間に、小さなメモ用紙を見つけた。
 間違いない。奈津美先輩のメモだ。

「何だか拍子抜けするくらいあっさりしてるな」

 軽く嘆息しながら、メモ用紙を手に取る。やっぱり、良くも悪くも素直過ぎる奈津美先輩では、この勝負は無謀だったんじゃないか?
 そう思いながら次のメモ用紙を見た僕は、直前の考えをすぐに否定する羽目になった。

「……なんだ、これ」

 僕の戸惑い交じりの声は、文化祭の活気の中に消えていった。
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