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第五章 宝探し
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メイド喫茶での事件から一夜。文化祭も二日目を迎えた今日この日、僕は書籍部部室である資料室で奈津美先輩と向き合っていた。
「逃げずによく来たわね。褒めてあげるわ、悠里君」
「まあ、勝てる勝負から逃げる必要もありませんからね」
不敵に笑う奈津美先輩に対して、こちらも余裕の態度で応じる。もう戦いは始まっているのだ。少しでも弱みを見せれば、付け込まれる。そうなる前に、僕は挑発も兼ねて軽くジャブを入れてみることにした。
「あと先輩、そのセリフ、ものすごく悪役っぽいですよ。しかも超小物の。完全に負けフラグです」
「わ、悪者は悠里君だもん! 昨日、私にあんなひどいことしたくせに! あんな辱め受けたのは生まれて初めてよ。お嫁に行けなくなっちゃったら、どうしてくれるのよ!!」
「窓を開けたまま妙なことを叫ばないでください! 誤解を受けるでしょうが!」
あっさりと挑発に引っかかった奈津美先輩が、とんでもないことを口走った。
本当に、いきなり何を言い出すんだ、この人は。僕が昨日やったことなんて、唐辛子オムライスを間接キスで食べさせたことと、公衆の面前で勢い余って公開告白したことくらいだ。奈津美先輩がお嫁に行けなくなるようなことは、残念ながらひとつもしていない。というか、あれでお嫁に行けなくなるなら、むしろ責任取って僕がもらうから問題なしだ。
「で、勝負の内容は決まったんですか?」
朝っぱらから息も絶え絶えになりながら、僕は奈津美先輩に聞く。
昨日、あの事件の後は互いに気まずいというか、顔を合わせられなくて、各自適当に解散となった。よって、勝負の内容については本当に何も知らされていない。
メイド喫茶では、わざわざ「明日の勝負で仕返ししてやろうなどと」とか言っていたし、一体どんな勝負を提示されることやら。奈津美先輩のことだから、仕返し優先でとんでもない自爆勝負を提案しかねないからな。「ミスコンでどっちが優勝できるか勝負よ!」とか。
とりあえず、軽く身構えながら返答を待つ。
奈津美先輩はたっぷりと一分くらい間を置き、満を持して桜色の唇を開いた。
「勝負の内容は――宝探しよ」
「……へ? 宝……探し?」
何とも子供じみた勝負内容に、思わず聞き返してしまう。
きょとんとした僕の前で、奈津美先輩はカバンから文庫本サイズの本を取り出した。七色のクロスで装丁されたその本は、『アルカンシエル』を思わせる。おそらく、奈津美先輩が自ら製本したものだろう。
「これ、アルカンシエルを作った材料の余りを使って、私が作った本よ。これが、悠里君に見つけてもらう宝ね」
僕の予想通りのことを、奈津美先輩が言う。余り物で作ったと言うが、そうとは思えないくらい立派で綺麗な本だ。この人の力量の高さが、ここからも窺える。さすが、フランスの職人から目を掛けられるだけのことはある。
「これから私は、この本を学校のどこかに隠してくるわ。そして、学校中の色んなところに、ヒントを置いてきます。悠里君は、そのヒントを辿ってこの本を見つけてくるの。制限時間は、文化祭が終わる午後三時。それまでに悠里君が本をもってこの部屋に戻ってこられたら、悠里君の勝ち。戻ってこられなければ、私の勝ち」
わかりやすいでしょ、と奈津美先輩は笑った。
「私がこの本を隠して戻ってきたら、最初のヒントを悠里君に渡します。悠里君は、そのヒントから連想される場所を考えて、次のヒントを見つけてね」
「要するに、スタンプラリーみたいなものですか。チェックポイントを巡ることで、最後には宝の場所に辿り着ける」
僕が尋ねると、奈津美先輩は「そういうこと」と軽く頷いた。
なるほど、確かにわかりやすい。一体どんな奇天烈な勝負を挑まれるのかと戦々恐々としていたところだから、拍子抜けするくらいわかりやすい勝負形式だ。
「予め言っておくと、用意したヒントは四つよ。その答えの先に、この本を隠しておくわ」
「わかりました。でも、いいんですか? せっかく勝負内容を決められるアドバンテージを持っているのに、こんな頭脳戦にしてしまって。手の器用さなら先輩の足元にも及びませんけど、頭の回転なら僕は先輩に負けたりなんかしませんよ」
「さあ、それはどうかしらね。先輩の底力というものを見せてあげるわ」
妙に自信満々な態度で、奈津美先輩が不敵に笑う。なんだか気になる態度だ。もっとも、この人の根拠のない自信は今に始まったことではないから、単に見通しが甘いだけかもしれない。
いや、でも僕への仕返しの件もあるからな。もしかして、本当に何か僕に勝つ秘策でもあるのか? 例えばヒントが差し示している場所がわかっても、簡単には入っていけない場所だとか……。
まさかとは思うが、社会的に信用を失う場所にでも隠されたらまずい。さすがの先輩もそこまでのことはしないと信じたいけど、この人は突拍子もないことを平気でするからな。その場合、奈津美先輩との勝負に勝っても、人生に負けてしまうかもしれない。
僕は牽制の意味も込めて、奈津美先輩に忠言した。
「先輩、一応先に言っておきますが、女子更衣室とかに宝やヒントを隠すのはなしですよ」
「へ? ……ああ、その手があったか! そこなら、悠里君は女装でもしないと入れないし、仕返しにもってこいじゃない。悠里君、頭いい!」
忠告のつもりで言ってみたら、なぜか感心されてしまった。先輩、すごく目をキラキラさせている。
というか、これは墓穴を掘ったかもしれない。この人、本気で僕が女装するか負けを認めるか選ばざるを得ない状況に仕向けかねない!
これは念のため、もう一回釘を刺しておいた方が良さそうだ。僕はジト目で奈津美先輩を見つめた。
「やるな、と言ったはずですが?」
「じょ、冗談よ。やるわけないでしょ、そんなこと。私だって今日のために色々と準備してきたんだから、今さらそれを変えたりしません」
パタパタと手を振って、奈津美先輩は「大丈夫よ」ともう一度頷いた。この人にも当初の計画があるみたいだし、本人の言う通り、この期に及んで変更することもしないだろう。とりあえず信じておくことにする。
「他に質問はなし? それなら私は、宝を隠しに行って、他の準備もしてきちゃうけど」
「ええ、大丈夫です。先輩が隠しに行っている間、僕はここで待っていればいいですか?」
「そうね。そうしてちょうだい。昨日みたいに、約束破っちゃダメよ」
「勝負が破綻するようなルール違反はしませんよ。安心して行ってきてください」
僕がそう言うと、奈津美先輩はのほほんとした笑顔を浮かべて、「それじゃあ、いってきまーす」と資料室から出て行った。
「逃げずによく来たわね。褒めてあげるわ、悠里君」
「まあ、勝てる勝負から逃げる必要もありませんからね」
不敵に笑う奈津美先輩に対して、こちらも余裕の態度で応じる。もう戦いは始まっているのだ。少しでも弱みを見せれば、付け込まれる。そうなる前に、僕は挑発も兼ねて軽くジャブを入れてみることにした。
「あと先輩、そのセリフ、ものすごく悪役っぽいですよ。しかも超小物の。完全に負けフラグです」
「わ、悪者は悠里君だもん! 昨日、私にあんなひどいことしたくせに! あんな辱め受けたのは生まれて初めてよ。お嫁に行けなくなっちゃったら、どうしてくれるのよ!!」
「窓を開けたまま妙なことを叫ばないでください! 誤解を受けるでしょうが!」
あっさりと挑発に引っかかった奈津美先輩が、とんでもないことを口走った。
本当に、いきなり何を言い出すんだ、この人は。僕が昨日やったことなんて、唐辛子オムライスを間接キスで食べさせたことと、公衆の面前で勢い余って公開告白したことくらいだ。奈津美先輩がお嫁に行けなくなるようなことは、残念ながらひとつもしていない。というか、あれでお嫁に行けなくなるなら、むしろ責任取って僕がもらうから問題なしだ。
「で、勝負の内容は決まったんですか?」
朝っぱらから息も絶え絶えになりながら、僕は奈津美先輩に聞く。
昨日、あの事件の後は互いに気まずいというか、顔を合わせられなくて、各自適当に解散となった。よって、勝負の内容については本当に何も知らされていない。
メイド喫茶では、わざわざ「明日の勝負で仕返ししてやろうなどと」とか言っていたし、一体どんな勝負を提示されることやら。奈津美先輩のことだから、仕返し優先でとんでもない自爆勝負を提案しかねないからな。「ミスコンでどっちが優勝できるか勝負よ!」とか。
とりあえず、軽く身構えながら返答を待つ。
奈津美先輩はたっぷりと一分くらい間を置き、満を持して桜色の唇を開いた。
「勝負の内容は――宝探しよ」
「……へ? 宝……探し?」
何とも子供じみた勝負内容に、思わず聞き返してしまう。
きょとんとした僕の前で、奈津美先輩はカバンから文庫本サイズの本を取り出した。七色のクロスで装丁されたその本は、『アルカンシエル』を思わせる。おそらく、奈津美先輩が自ら製本したものだろう。
「これ、アルカンシエルを作った材料の余りを使って、私が作った本よ。これが、悠里君に見つけてもらう宝ね」
僕の予想通りのことを、奈津美先輩が言う。余り物で作ったと言うが、そうとは思えないくらい立派で綺麗な本だ。この人の力量の高さが、ここからも窺える。さすが、フランスの職人から目を掛けられるだけのことはある。
「これから私は、この本を学校のどこかに隠してくるわ。そして、学校中の色んなところに、ヒントを置いてきます。悠里君は、そのヒントを辿ってこの本を見つけてくるの。制限時間は、文化祭が終わる午後三時。それまでに悠里君が本をもってこの部屋に戻ってこられたら、悠里君の勝ち。戻ってこられなければ、私の勝ち」
わかりやすいでしょ、と奈津美先輩は笑った。
「私がこの本を隠して戻ってきたら、最初のヒントを悠里君に渡します。悠里君は、そのヒントから連想される場所を考えて、次のヒントを見つけてね」
「要するに、スタンプラリーみたいなものですか。チェックポイントを巡ることで、最後には宝の場所に辿り着ける」
僕が尋ねると、奈津美先輩は「そういうこと」と軽く頷いた。
なるほど、確かにわかりやすい。一体どんな奇天烈な勝負を挑まれるのかと戦々恐々としていたところだから、拍子抜けするくらいわかりやすい勝負形式だ。
「予め言っておくと、用意したヒントは四つよ。その答えの先に、この本を隠しておくわ」
「わかりました。でも、いいんですか? せっかく勝負内容を決められるアドバンテージを持っているのに、こんな頭脳戦にしてしまって。手の器用さなら先輩の足元にも及びませんけど、頭の回転なら僕は先輩に負けたりなんかしませんよ」
「さあ、それはどうかしらね。先輩の底力というものを見せてあげるわ」
妙に自信満々な態度で、奈津美先輩が不敵に笑う。なんだか気になる態度だ。もっとも、この人の根拠のない自信は今に始まったことではないから、単に見通しが甘いだけかもしれない。
いや、でも僕への仕返しの件もあるからな。もしかして、本当に何か僕に勝つ秘策でもあるのか? 例えばヒントが差し示している場所がわかっても、簡単には入っていけない場所だとか……。
まさかとは思うが、社会的に信用を失う場所にでも隠されたらまずい。さすがの先輩もそこまでのことはしないと信じたいけど、この人は突拍子もないことを平気でするからな。その場合、奈津美先輩との勝負に勝っても、人生に負けてしまうかもしれない。
僕は牽制の意味も込めて、奈津美先輩に忠言した。
「先輩、一応先に言っておきますが、女子更衣室とかに宝やヒントを隠すのはなしですよ」
「へ? ……ああ、その手があったか! そこなら、悠里君は女装でもしないと入れないし、仕返しにもってこいじゃない。悠里君、頭いい!」
忠告のつもりで言ってみたら、なぜか感心されてしまった。先輩、すごく目をキラキラさせている。
というか、これは墓穴を掘ったかもしれない。この人、本気で僕が女装するか負けを認めるか選ばざるを得ない状況に仕向けかねない!
これは念のため、もう一回釘を刺しておいた方が良さそうだ。僕はジト目で奈津美先輩を見つめた。
「やるな、と言ったはずですが?」
「じょ、冗談よ。やるわけないでしょ、そんなこと。私だって今日のために色々と準備してきたんだから、今さらそれを変えたりしません」
パタパタと手を振って、奈津美先輩は「大丈夫よ」ともう一度頷いた。この人にも当初の計画があるみたいだし、本人の言う通り、この期に及んで変更することもしないだろう。とりあえず信じておくことにする。
「他に質問はなし? それなら私は、宝を隠しに行って、他の準備もしてきちゃうけど」
「ええ、大丈夫です。先輩が隠しに行っている間、僕はここで待っていればいいですか?」
「そうね。そうしてちょうだい。昨日みたいに、約束破っちゃダメよ」
「勝負が破綻するようなルール違反はしませんよ。安心して行ってきてください」
僕がそう言うと、奈津美先輩はのほほんとした笑顔を浮かべて、「それじゃあ、いってきまーす」と資料室から出て行った。
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