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第五章 宝探し
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文化祭までの日々は、あっという間に過ぎ去っていった。
展示即売会へ行った次の週には二学期も始まり、いつもの学校生活が戻ってきた。といっても、学校の中は文化祭モード一色だ。放課後ともなれば、クラスや部活の出し物を準備する姿が、あちこちに見られる。四月の勧誘合戦を見てもわかる通り、うちは祭好きの生徒が集まったような学校だ。どこも気合を入れて準備に励んでいる。
もちろん、それは僕ら書籍部も同じだ。夏休みから作り続けてきた今年の文集は、文化祭の三日前にようやく完成を迎えた。
僕らが作り上げた文集は、全部で七冊。七冊でひとつの作品となっている。
赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫。
それぞれ異なる色の布で表紙を設えた、鮮やかな七冊の本だ。
「作品の名前は『アルカンシエル』。フランス語で〝虹〟という意味よ」
完成した本を見つめ、奈津美先輩は柔らかく笑いながら、七冊の本をそう名付けた。
その様子を横で見つめながら、しかし僕は心ここにあらずといった有様だった。理由はもちろん決まっている。あの日から僕の頭の大半を占拠し続けているのは、奈津美先輩との勝負のことだ。
あの展示会に行った日以来、奈津美先輩は勝負のことにまったく触れることはなかった。
勝負の日は文化祭最終日である二日目で、内容は奈津美先輩が決める。それが、僕と先輩の間で交わした取り決めだ。当日より前に勝負の内容を明かす義務はないし、僕にはそれを聞く権利もない。だから、奈津美先輩が切り出してくるまで、僕は大人しく待ち続けるしかない。それは、僕も重々承知している。
それに、奈津美先輩がどんな勝負を持ちかけてきたって、僕は一も二もなくすべて受けて立つ。僕にとって、それは決定事項だから。
よって、僕が気にしているのは勝負の内容についてではない。この勝負において、どのような決着が最善なのか。僕はそれをずっと考えていた。
……いや、最善が何かなんて、そんなことはもうわかっているのだ。奈津美先輩を後顧の憂いなくフランスで修行できるようにして、送り出す。それが最もいいに決まっている。
ただ、そのために勝負でわざと負けるわけにはいかない。そんなことは奈津美先輩が望んでいないからだ。……なんて、これも言い訳だ。
結局のところ、頭で何が最善かを考えながら、僕の心は奈津美先輩に行ってほしくないと叫び続けているのだ。身勝手でも我が儘でも、せめて奈津美先輩が高校を卒業するまでは一緒にいたい。それが、僕の偽らざる本心だった。
というわけで、僕の理性と感情は見事にバラバラだ。
自分の心を殺してでも、好きな人を応援したい。いや、勝負にかこつけて、好きな人と過ごせる半年を取りにいきたい。そうやって、天使と悪魔ではないが、僕の中に芽生えたふたつの意思が絶えず争いを続けている。
しかし、時は待ってくれない。審判の日は、僕の情けない苦悩を嘲笑うかのように近付いてくる。
今日はもう、文化祭の一日目だ。校舎の内外を問わず、学校中が喧騒に包まれている。
それを僕は、この学校の僻地とでも呼ぶべき資料室から聞いていた。
展示即売会へ行った次の週には二学期も始まり、いつもの学校生活が戻ってきた。といっても、学校の中は文化祭モード一色だ。放課後ともなれば、クラスや部活の出し物を準備する姿が、あちこちに見られる。四月の勧誘合戦を見てもわかる通り、うちは祭好きの生徒が集まったような学校だ。どこも気合を入れて準備に励んでいる。
もちろん、それは僕ら書籍部も同じだ。夏休みから作り続けてきた今年の文集は、文化祭の三日前にようやく完成を迎えた。
僕らが作り上げた文集は、全部で七冊。七冊でひとつの作品となっている。
赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫。
それぞれ異なる色の布で表紙を設えた、鮮やかな七冊の本だ。
「作品の名前は『アルカンシエル』。フランス語で〝虹〟という意味よ」
完成した本を見つめ、奈津美先輩は柔らかく笑いながら、七冊の本をそう名付けた。
その様子を横で見つめながら、しかし僕は心ここにあらずといった有様だった。理由はもちろん決まっている。あの日から僕の頭の大半を占拠し続けているのは、奈津美先輩との勝負のことだ。
あの展示会に行った日以来、奈津美先輩は勝負のことにまったく触れることはなかった。
勝負の日は文化祭最終日である二日目で、内容は奈津美先輩が決める。それが、僕と先輩の間で交わした取り決めだ。当日より前に勝負の内容を明かす義務はないし、僕にはそれを聞く権利もない。だから、奈津美先輩が切り出してくるまで、僕は大人しく待ち続けるしかない。それは、僕も重々承知している。
それに、奈津美先輩がどんな勝負を持ちかけてきたって、僕は一も二もなくすべて受けて立つ。僕にとって、それは決定事項だから。
よって、僕が気にしているのは勝負の内容についてではない。この勝負において、どのような決着が最善なのか。僕はそれをずっと考えていた。
……いや、最善が何かなんて、そんなことはもうわかっているのだ。奈津美先輩を後顧の憂いなくフランスで修行できるようにして、送り出す。それが最もいいに決まっている。
ただ、そのために勝負でわざと負けるわけにはいかない。そんなことは奈津美先輩が望んでいないからだ。……なんて、これも言い訳だ。
結局のところ、頭で何が最善かを考えながら、僕の心は奈津美先輩に行ってほしくないと叫び続けているのだ。身勝手でも我が儘でも、せめて奈津美先輩が高校を卒業するまでは一緒にいたい。それが、僕の偽らざる本心だった。
というわけで、僕の理性と感情は見事にバラバラだ。
自分の心を殺してでも、好きな人を応援したい。いや、勝負にかこつけて、好きな人と過ごせる半年を取りにいきたい。そうやって、天使と悪魔ではないが、僕の中に芽生えたふたつの意思が絶えず争いを続けている。
しかし、時は待ってくれない。審判の日は、僕の情けない苦悩を嘲笑うかのように近付いてくる。
今日はもう、文化祭の一日目だ。校舎の内外を問わず、学校中が喧騒に包まれている。
それを僕は、この学校の僻地とでも呼ぶべき資料室から聞いていた。
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