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第四章 展示会と先輩の決意

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「出発は文化祭の五日後よ。来週には、学校の手続きも済ませるつもり」

 奈津美先輩は、落ち着いた声音で話を締め括った。

 一方、僕は話を聞き終えても、何も言うことができない。
 これは奈津美先輩にとって、めでたいことだ。頭の中ではわかっている。
 奈津美先輩の実力が一流のプロにも認められた。夢に向かって一歩前進したのだ。この人の夢を応援する立場の僕は、それを喜び、祝福してあげるべきなのだろう。奈津美先輩の門出を一緒に祝ってあげるのが、正しい行動なのだろう。

 けど……それでも「おめでとうございます」の一言さえ、僕の口からは出てこない。
 いや、それだけではない。

「本気……なんですか?」

 僕の口から出てきたのは、疑問の言葉。それは、決して祝いの言葉などではない。むしろ、その逆だ。

「本当に、今すぐ行かなきゃ駄目なんですか? せめて卒業まで待つことはできないんですか?」

 まるで奈津美先輩の決意をくじくように、僕は言葉を紡いでいく。
 先輩のことを好きだって、ようやく気付くことができた。それなのに、こんなにもいきなりいなくなってしまうなんて、僕には耐えられなかった。

 先輩と一緒にいたい。離れたくない。その思いが胸の奥から溢れ、抑えが効かなくなる。

 これが僕の我が儘だってことはわかっている。自分勝手だってことは気付いている。最低だってことは、誰よりも僕が一番理解している。

 奈津美先輩には奈津美先輩の夢があって、それを阻む権利なんて僕にはない。いや、僕だけは、何があってもこの人の夢を応援し続けなければいけないんだ。それが小学生の時に交わした、僕と奈津美先輩の約束につながるから。
 けど、頭ではわかっているのに、感情が勝手に体を動かしてしまう。

「先輩は、あとたった七カ月で卒業なんですよ。それなのに、高卒資格を投げ打ってまで、本当に今すぐ行かなきゃ駄目なんですか? せっかく期末試験も頑張ったのに、もったいないですよ」

 僕は本当に卑怯だ。先輩の将来を気に掛けているような言葉を隠れ蓑にして、自分の感情を押し付けている。
 そんな僕を見つめ、奈津美先輩が悲しそうに笑っていた。
 自分の吐いた言葉で、大好きな人を悲しませてしまった。その事実が、より一層僕の胸を締め付ける。
 すると、先輩が僕の方へ歩み寄ってきた。

「そこまで引き留めてもらえるなんて、私は本当に果報者ね。とてもうれしいわ」

 奈津美先輩の穏やかな声が、僕の耳を打つ。僕に優しく微笑みかけるその姿は、普段とは違ってとても大人っぽい。

「けど、ごめんなさい。これは私にとって、またとないチャンスなの。やっぱり私は、今すぐフランスへ行きたい」

 穏やかだけど強い意志を込めた口調で、奈津美先輩は自身の決意をもう一度示した。
 その言葉を聞いて、先輩はどこまでも先輩だ、と思わず納得してしまった。自分の目標に向かって、ただひたすらに、どこまでもひた向きに突き進んでいく。僕のこざかしい揺さぶり程度じゃあ、まったくブレない。それは、僕が好きになった奈津美先輩の姿そのものだった。
 ただ、奈津美先輩の言葉はこれで終わりではなかった。

「……でも、確かに私も勝手だったわ。悠里君を書籍部に引っ張り込んでおいて、いきなりさようならはひど過ぎるわね。書籍部部長としての責任を果たせていないというか、何というか……。第一、引継ぎだってちゃんとやっていないし……」

 不意に腕を組んだ奈津美先輩が、神妙な顔つきで何度も頷いた。
 いや、どう考えてもひどいのは僕の方であって、奈津美先輩は悪くないと思うのだが……。

 そもそもうちの学校の場合、文化部の三年生は早くて六月頃、どんなに長く残った人でも文化祭をもって完全に部活を引退する。確かに、いきなりさようならではあったけど、書籍部としてだけ見れば、奈津美先輩が文化祭後にいなくなるのは既定路線なのだ。

 つまり、奈津美先輩は部長としての責任云々を十分に全うしている。引き継ぎだって、そもそも何か申し受けなければならないほど、書籍部は多くの活動をしているわけではない。

 ただ、奈津美先輩はそれで納得してはいない様子だ。何か真剣に考え込んでいる。
 そのまましばらく待っていると、奈津美先輩は何を思ったか挑戦的な笑みを浮かべ、僕の鼻先に細い人差し指を突きつけた。
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