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第四章 展示会と先輩の決意

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 駅ビルから出ると、すでに太陽は西に傾いていた。夕日が街をオレンジ色に染め、足元には長い影ができている。
 そんな夕焼けの中、両手に紙袋を持った奈津美先輩が「うーん」と伸びをした。

「あ~、堪能した~! やっぱり、夏休みはちゃんと楽しまないといけないわね」

 やり切った感満載で、奈津美先輩が両手に抱えた戦利品に目をやる。紙袋の中身は、展覧会を行っていた書店が発行している稀覯書目録だ。今回展示されていた本も、すべて収録されている。他にも、カタログ類を片っ端からもらっていた。

 さらに極め付けは、「これなら買える!」と奈津美先輩が嬉々して選んだ仮製本の古書だ。二十世紀前半の本だが、それほど珍しいものではないため、お値段は二千円のお手頃価格だった。

「ああ~、どんな製本をしようかしら。やっぱり、古書には革の装丁が似合うわよね。ここは思い切り奮発して、ちょっと高い革でも使ってみようかしら」

 本が入った紙袋を胸に抱き、奈津美先輩はクリスマスプレゼントをもらった子供のようにはしゃいでいる。もうすでに、買った本を製本することに頭が向かっているようだ。
 奈津美先輩らしいと、思わず微笑ましく見てしまう。

「その本の製本もいいですけど、文集の製本も忘れないでくださいね。文化祭まであと二週間を切ってるんですから」

「もちろんわかっているわ。そっちだって、一切手を抜くつもりはありません。最高の本にしてあげるんだから!」

 僕がやんわりツッコむように言うと、奈津美先輩は自信満々に胸を張った。
 うちの学校の文化祭は、二学期が始まってすぐに行われる。僕らにとっても、今はラストスパートの真っ只中だ。

 そして、奈津美先輩の自信が張りぼてではないことは、僕が一番よく知っていた。
 今回の製本は、僕も製本の手伝いをさせてもらっているのだ。文集の製作状況は、僕だって余すことなく把握している。

 その出来は、奈津美先輩に対する感情や当事者としての贔屓目を抜いてみても、素晴らしいの一言だ。
 素材的には、一昨年作成した本に及ばないかもしれない。けれど、この二年で奈津美先輩がさらに磨きをかけた技術が、素材の差を見事に埋めていた。

 これなら、絶対に二年前よりも素敵な本が出来上がるはず。そう確信が持てる出来栄えだった。

「その意気で、残りの宿題も手を抜かずに頑張ってくださいね」

「うっ! も、もちろんよ?」

 なぜそこで呻いたり、疑問形になったりするかな。
 本当にこの人は、考えていることが表に出やすい。奈津美先輩が宿題をサボらないように、しっかり目を光らせておこう。
 すると、不意に奈津美先輩が駅ビルの方へ振り返って、その最上階を見上げた。

「ああ、なんで楽しい時間は、こんなに早く過ぎて行ってしまうのかしら。学校の授業なんて、時計が止まっているんじゃないかってくらいに時間の進みが遅いのに。ずっとあの展示会場で、外界のことなんか忘れて本に囲まれていたい気分だわ」

「スタッフさんたちに迷惑ですから、やめてください。大人しく現実を見ましょう」

 どうやら、宿題やら来週から始まる二学期やらを想い、帰ることが名残惜しくなってしまったらしい。本気で展示会場を占拠しに行かないよう、釘を刺しておく。この人なら、本気でやりかねないし……。
 ただ、これはチャンスでもある。なので僕も、今日は少しだけ背伸びをしてみることにした。

「また来たいのだったら、文化祭が終わったらもう一回来ればいいですよ。打ち上げも兼ねて、今日みたいにふたりで展示を見て回りましょう」

 顔から火が出そうになりながら、今度は僕から奈津美先輩に誘いを持ちかける。
 なんとか声を裏返らせたり、つっかえたりすることなく言えたけど、顔はきっと赤くなっているだろう。おかげで、奈津美先輩の方をまともに見ることができない。

 今が夕方で、本当に良かった。これなら多少顔が赤くなっていても、夕日の所為だと誤魔化せるから。

 ただ、僕の誘いに対し、奈津美先輩は何も返答してはこなかった。
 もしかして、少し強引過ぎただろうか。露骨に誘い過ぎていて、引かれてしまったのだろうか。
 様子を窺うように、恐る恐る奈津美先輩の方へ顔を向ける。

 そして僕は、戸惑いの声を上げた。
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