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第三章 書架の暗号
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「もしかして……!」
棚から抜いたばかりの本を、もう一度よく見てみる。注意すべきは、背表紙に記されたタイトルだ。そこに子供の視点で暗号なりを仕込むとするなら、ここしかない。
「あった!」
八冊並べた本のタイトルの頭文字を一冊目からつなげて読む。
「『ご』『め』『ね』『ま』『た』『あ』『お』『う』……」
「『面積と体積』は、多分『めん』じゃないかしら。『ん』で始まる本ってほとんどないから」
奈津美先輩に言われて、『め』を『めん』に置き換える。
ごめんね、また会おう。
イタズラと思われた本から、隠されていた別れのメッセージが現れた。
本のジャンルに統一性がないのは当然だ。この本をここに置いた子にとって大切だったのは、最初の一文字だったのだから。
こんな簡単な暗号にも気が付けなかったなんて、僕はなんて狭い視野で物事を見ていたんだろう。司書を目指すと言っておきながら、肝心の利用者のことがまったく見えていなかった。情けないにも程がある。
僕同様に暗号に気付かなかった陽菜乃さんも、口をポカンと開けている。おそらく、胸の内では僕と似たようなことを考えているだろう。
だけど、奈津美先輩が導き出したイタズラの裏に隠された物語は、これだけで終わらない。鈴の音のように心地よい声が、僕と陽菜乃さんの耳を優しく打つ。
「さっき陽菜乃さん、このイタズラが夏休みに入った頃から起こらなくなったって言っていましたよね」
「え? ええ……」
「このイタズラは、ひとりでは成立しません。ふたり以上の人間が示し合わせて行わないと、意味がない。だったらイタズラが止まった理由は、このメッセージから察するに、仲間内でのケンカが原因だったんじゃないでしょうか」
まるで読み聞かせでもするように、奈津美先輩の優しい声は続く。
「もしそれが正しいなら、ケンカの理由は何だったのか。私は、きっとこのメッセージを残した子が、大切なこと――自分が転校することを切り出せなかったからだと思うんです」
八年前の私みたいに……、と先輩は僕の方を見ながらどこか悲しげに笑う。
その瞬間、僕は胸が締め付けられるような感覚を得た。
頭をよぎるのは、奈津美ちゃんがいなくなってしまったあの日のことだ。あの日、手紙を残していった奈津美ちゃんは、何を思っていたのか。その答えを、今教えてもらえたような気がした。
「この子は、転校することを切り出せないまま、終業式の日を迎えてしまった。二学期から別の学校へ転校するとなれば、ホームルームで先生がそれを発表します。この子の仲間は、何も教えてもらえなかったことに怒ったのでしょうね。だから彼らはその日にケンカ別れをして、結果的にイタズラが止まった……」
奈津美先輩が語っているのは、あくまで状況から導き出した推論だ。いや、創作と言った方がいいだろうか。なぜなら証拠はひとつもないのだから。
けれど、筋は一応通っている。
「それでも、この子は私と違って勇気を出したんだと思います。ケンカした仲間に連絡して、自分の気持ちをメッセージに籠めた。方法はちょっと褒められたやり方じゃなかったけど、きちんと自分がここにいるうちに気持ちを伝えようとした――。私は、このメッセージを見て、そういう風に思うんです」
朗々と語られた先輩の推理が、終わりを迎える。
言葉を切った奈津美先輩は一呼吸置き、陽菜乃さんに向かって再び頭を下げた。
棚から抜いたばかりの本を、もう一度よく見てみる。注意すべきは、背表紙に記されたタイトルだ。そこに子供の視点で暗号なりを仕込むとするなら、ここしかない。
「あった!」
八冊並べた本のタイトルの頭文字を一冊目からつなげて読む。
「『ご』『め』『ね』『ま』『た』『あ』『お』『う』……」
「『面積と体積』は、多分『めん』じゃないかしら。『ん』で始まる本ってほとんどないから」
奈津美先輩に言われて、『め』を『めん』に置き換える。
ごめんね、また会おう。
イタズラと思われた本から、隠されていた別れのメッセージが現れた。
本のジャンルに統一性がないのは当然だ。この本をここに置いた子にとって大切だったのは、最初の一文字だったのだから。
こんな簡単な暗号にも気が付けなかったなんて、僕はなんて狭い視野で物事を見ていたんだろう。司書を目指すと言っておきながら、肝心の利用者のことがまったく見えていなかった。情けないにも程がある。
僕同様に暗号に気付かなかった陽菜乃さんも、口をポカンと開けている。おそらく、胸の内では僕と似たようなことを考えているだろう。
だけど、奈津美先輩が導き出したイタズラの裏に隠された物語は、これだけで終わらない。鈴の音のように心地よい声が、僕と陽菜乃さんの耳を優しく打つ。
「さっき陽菜乃さん、このイタズラが夏休みに入った頃から起こらなくなったって言っていましたよね」
「え? ええ……」
「このイタズラは、ひとりでは成立しません。ふたり以上の人間が示し合わせて行わないと、意味がない。だったらイタズラが止まった理由は、このメッセージから察するに、仲間内でのケンカが原因だったんじゃないでしょうか」
まるで読み聞かせでもするように、奈津美先輩の優しい声は続く。
「もしそれが正しいなら、ケンカの理由は何だったのか。私は、きっとこのメッセージを残した子が、大切なこと――自分が転校することを切り出せなかったからだと思うんです」
八年前の私みたいに……、と先輩は僕の方を見ながらどこか悲しげに笑う。
その瞬間、僕は胸が締め付けられるような感覚を得た。
頭をよぎるのは、奈津美ちゃんがいなくなってしまったあの日のことだ。あの日、手紙を残していった奈津美ちゃんは、何を思っていたのか。その答えを、今教えてもらえたような気がした。
「この子は、転校することを切り出せないまま、終業式の日を迎えてしまった。二学期から別の学校へ転校するとなれば、ホームルームで先生がそれを発表します。この子の仲間は、何も教えてもらえなかったことに怒ったのでしょうね。だから彼らはその日にケンカ別れをして、結果的にイタズラが止まった……」
奈津美先輩が語っているのは、あくまで状況から導き出した推論だ。いや、創作と言った方がいいだろうか。なぜなら証拠はひとつもないのだから。
けれど、筋は一応通っている。
「それでも、この子は私と違って勇気を出したんだと思います。ケンカした仲間に連絡して、自分の気持ちをメッセージに籠めた。方法はちょっと褒められたやり方じゃなかったけど、きちんと自分がここにいるうちに気持ちを伝えようとした――。私は、このメッセージを見て、そういう風に思うんです」
朗々と語られた先輩の推理が、終わりを迎える。
言葉を切った奈津美先輩は一呼吸置き、陽菜乃さんに向かって再び頭を下げた。
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