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第三章 書架の暗号

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「あ、戻ってきた。ふたりとも、お疲れ様」

 棚の前には、陽菜乃さんが立っていた。たぶん、僕たちの様子を見に来たんだろう。

「どう? 何か困ったことや変わったことはない?」

 その証拠に、陽菜乃さんはふわりと微笑みながら、仕事の状況を聞いてきた。

「いいえ。たまに子供たちから質問を受けるくらいで、困ったことは特にないです」

「それを困ったことがないって言えちゃうところが、一ノ瀬君のすごいところよね。普通の学生さんたちは、化粧室の場所を聞かれただけでも目を白黒させちゃうのに」

 陽菜乃さんが、おかしそうにクスクスと笑う。どうやら褒めてもらえたらしい。

「それはそうと、もう四時を回ったから、そろそろ事務室に戻ろっか。ふたりとも今日で最後だから、課長たちに挨拶してきましょう」

 奈津美先輩と揃って「はい!」と返事をする。
 そうか。僕らがこの図書館のスタッフでいられるのも、あと一時間弱しかないんだ。ものすごく名残惜しい……。
 その時だ。棚の影から児童書担当のパートさんが姿を現した。

「あ、清森さん。ちょうどいいところに」

黒部くろべさん? どうかしたんですか?」

 駆け寄ってきたパートさんを、陽菜乃さんが首を傾げながら迎える。

「いやね、あっちの棚で、また例のイタズラが……」

「ああ、あれですか。ここのところは落ち着いていたのに、またやられましたか」

 例のイタズラ? 何だか、あんまり穏やかじゃない感じだな。
 何があったのか聞いてみたいところだけど、僕らが口出ししていいものか……。

「あの、陽菜乃さん。例のイタズラって何ですか?」

 僕が逡巡している間に、奈津美先輩が果敢に突っ込んでいった。
 奈津美先輩の空気を読めないところが、こんな時に役立つとは……! グッジョブです、先輩!

「ああ、イタズラって言っても、些細なものなんだけどね。ほら、あっちに最下段が開いている書架があるでしょ。その空いている棚に、本が何冊か勝手に並べられているのよ」

 陽菜乃さんが、棚がある方を指さしながら言う。
 確かに書架整理中、最下段が空いている棚を見た。あそこが事件現場か。

「けど、それだけじゃあ、イタズラとは言えないんじゃないですか。誰かが、読み終わった本を適当に入れていっただけかもしれませんし」

「これが一回や二回なら、私たちも一ノ瀬君と同じように思うわ。けど、七月の頭から、毎日のように本が置かれていたのよ。しかも、時間は決まって夕方四時頃で、職員の目がない隙に本が置かれているの」

 これじゃあ、誰かが意図的にやっているとしか思いないでしょう? と、陽菜乃さんが困り顔で僕を見る。
 うーん、そこまで来ると、やっぱりイタズラなのかな?
 職員も忙しいから、ずっと同じ書架を見張っているわけにはいかない。隙をつくのは簡単だろう。ならば、職員をからかうための子供のイタズラというのは、十分に考えられる。

「夏休みに入った辺りからは、パタリと止んでいたんだけどね。またやり始めたんだとしたら、ちょっと困りものね」

 陽菜乃さんが、悩まし気にため息をついた。

「その書架、ちょっと見に行ってもいいですか?」

「構わないわよ。私も一緒に行くわ。――黒部さん、本は私が配架し直しておきますので、お仕事を続けてください」

「そうですか? じゃあ、お願いしますね」

 ぺこりと頭を下げて、パートさんが去っていく。
 それを見送り、僕と奈津美先輩、陽菜乃さんは、件の書架へと移動した。


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