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第三章 書架の暗号
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* * *
陽菜乃さんへのインタビューは、午前中の内に滞りなく終わった。
最初はむくれたままだった奈津美先輩も、インタビューをするうちに機嫌を直したようだ。陽菜乃さんと、あれこれ話を弾ませていた。
奈津美先輩は妙に人の懐に入るのが上手いから、実はインタビュアーに向いているのだ。たまに話を脱線させてしまうこともあるけど、そういう時もおもしろく転がして、結果的に興味深い話を引き出してくれる。
一方の僕はというと、話はほとんど奈津美先輩に任せて、メモを取るのに専念していた。
こっちのOG訪問&職場体験のレポートは、僕の担当だ。奈津美先輩が引き出してくれたおもしろい話を無駄にしないよう、全身を耳にしてメモを取りまくった。
取り終えたメモの出来は上々。これなら、良い記事が書けそうだ。
取材が終わると、僕らはそのまま三人で昼食を取り、図書館の仕事に入った。
「この三日間でふたりにやってもらう仕事は、本の配架と書架の整理、それに新着図書の装備よ。まずは新刊書の装備からだけど……ふたりとも〝装備〟ってわかる?」
「バーコードラベルや背のラベルを貼ったりして、本を貸し出せる状態にすることですよね」
陽菜乃さんに問われ、すかさず答える。現役図書委員であり司書志望としては、これは答えずにはいられない。
陽菜乃さんは「正解!」とひとつ頷いた。
「うちの図書館だと、背ラベル、バーコードラベル、盗難防止用の磁気テープを貼って、表紙に保護用のビニールフィルムをつけます。装備のやり方は、これから教えるわ」
こっちに来て、と言う陽菜乃さんの後に続いて、バックヤード奥の作業台へ移動する。
いつも通り最後尾を歩く僕は、早くも舞い上がっていた。
いきなり装備をやらせてもらえるとは有り難い。特にビニールフィルムは午前中から気になっていたから、使うことができてうれしい限りだ。これは否が応でもテンションが上がってしまう。
作業台の近くには、装備を待つ新着図書が並んでいた。
ここに並んでいる本の装備が、僕らの仕事というわけだ。ざっと数えてみれば、十冊程ある。つまりはひとり頭、五冊か。タダで五冊分もやらせてもらえるなんて……至福だ。
「……悠里君、どうしたの? 顔がにやけてるわよ」
「あっと、すみません。ちょっと、幸せに浸ってしまって……」
慌てて表情を引きしめるが、どうしても笑みが零れてしまう。
今なら、奈津美先輩が坂野修復会社で燃えていた理由もわかる。自分が挑戦してみたいことを目の前にしたら、感情を押し隠すことなんてできやしないんだ。
「そう。まあ、いいけど……。あんまり羽目を外しちゃダメよ。これ、一応取材なんだから」
「ハハハ。僕が羽目外し過ぎて暴走するなんてこと、あるわけないじゃないですか。先輩じゃあるまいし」
やだなぁ、もう! と、奈津美先輩に向かってパタパタと手を振り、はたと気が付いた。
あ、ヤバい。テンション上がっていた所為で、また口が滑った……。
瞬間、奈津美先輩の白いこめかみに青筋が浮き上がった。
「ほほう、そうですか。私じゃないから大丈夫ときましたか……。いいでしょう。なら、証明してもらいましょうか」
「……どういう意味ですか?」
「本の装備、私とどっちが上手にできるか勝負よ!」
怒りモードで笑う奈津美先輩が、ビシッと人差し指を僕に突きつけてきた。
一方、僕と陽菜乃さんは数瞬の間、言葉を失った。
いや先輩、わけわかりませんから。羽目を外していないことの証明が、どうして勝負になりますか?
ほら、先輩のとんでも理論に、陽菜乃さんも苦笑していますよ。
まったくこの人は、いっつもわけがわからないことを言い出すんだからなぁ……。大方、ディスられた仕返しに僕を勝負で負かして、悔しがらせてやろうとか考えたんだろう。
はぁ……、本当に仕方ない人だな。取材中に勝負だなんて、そんなもの――。
「……乗った!」
――受けて立つに決まっているじゃないか。
奈津美先輩の超理論なんて今さら知ったことではないが、司書を志す者として、この勝負は逃げられない。こうなったら期末前の時と同じく返り討ちにしてやる。
僕は、思いがけない展開に呆然としている陽菜乃さんへ声を掛けた。
「陽菜乃さん、装備の仕方、教えてください!」
「え? ええ……」
戸惑いがちに頷いた陽菜乃さんが本を一冊取って、説明を交えながら装備を実演していく。手慣れた様子の淀みない動作だ。お手本として申し分ない。
僕と奈津美先輩は、陽菜乃さんの手元を食い入るように見つめた。脳内のハードディスクに動画を保存する勢いで、手順と陽菜乃さんの動作を記憶していく。
「えっと、こんな感じなんだけど……。何か質問はある?」
「「いえ、大丈夫です!」」
きっかり五分で説明と作業を終えた陽菜乃さんへ、僕たちはふたり揃って首を振った。
陽菜乃さんが分かりやすく実演してくれたおかげで、作業工程はよくわかった。あとは、実践……じゃない。実戦あるのみだ。
僕らは各々一冊の本を手に取り、作業台の前についた。
陽菜乃さんへのインタビューは、午前中の内に滞りなく終わった。
最初はむくれたままだった奈津美先輩も、インタビューをするうちに機嫌を直したようだ。陽菜乃さんと、あれこれ話を弾ませていた。
奈津美先輩は妙に人の懐に入るのが上手いから、実はインタビュアーに向いているのだ。たまに話を脱線させてしまうこともあるけど、そういう時もおもしろく転がして、結果的に興味深い話を引き出してくれる。
一方の僕はというと、話はほとんど奈津美先輩に任せて、メモを取るのに専念していた。
こっちのOG訪問&職場体験のレポートは、僕の担当だ。奈津美先輩が引き出してくれたおもしろい話を無駄にしないよう、全身を耳にしてメモを取りまくった。
取り終えたメモの出来は上々。これなら、良い記事が書けそうだ。
取材が終わると、僕らはそのまま三人で昼食を取り、図書館の仕事に入った。
「この三日間でふたりにやってもらう仕事は、本の配架と書架の整理、それに新着図書の装備よ。まずは新刊書の装備からだけど……ふたりとも〝装備〟ってわかる?」
「バーコードラベルや背のラベルを貼ったりして、本を貸し出せる状態にすることですよね」
陽菜乃さんに問われ、すかさず答える。現役図書委員であり司書志望としては、これは答えずにはいられない。
陽菜乃さんは「正解!」とひとつ頷いた。
「うちの図書館だと、背ラベル、バーコードラベル、盗難防止用の磁気テープを貼って、表紙に保護用のビニールフィルムをつけます。装備のやり方は、これから教えるわ」
こっちに来て、と言う陽菜乃さんの後に続いて、バックヤード奥の作業台へ移動する。
いつも通り最後尾を歩く僕は、早くも舞い上がっていた。
いきなり装備をやらせてもらえるとは有り難い。特にビニールフィルムは午前中から気になっていたから、使うことができてうれしい限りだ。これは否が応でもテンションが上がってしまう。
作業台の近くには、装備を待つ新着図書が並んでいた。
ここに並んでいる本の装備が、僕らの仕事というわけだ。ざっと数えてみれば、十冊程ある。つまりはひとり頭、五冊か。タダで五冊分もやらせてもらえるなんて……至福だ。
「……悠里君、どうしたの? 顔がにやけてるわよ」
「あっと、すみません。ちょっと、幸せに浸ってしまって……」
慌てて表情を引きしめるが、どうしても笑みが零れてしまう。
今なら、奈津美先輩が坂野修復会社で燃えていた理由もわかる。自分が挑戦してみたいことを目の前にしたら、感情を押し隠すことなんてできやしないんだ。
「そう。まあ、いいけど……。あんまり羽目を外しちゃダメよ。これ、一応取材なんだから」
「ハハハ。僕が羽目外し過ぎて暴走するなんてこと、あるわけないじゃないですか。先輩じゃあるまいし」
やだなぁ、もう! と、奈津美先輩に向かってパタパタと手を振り、はたと気が付いた。
あ、ヤバい。テンション上がっていた所為で、また口が滑った……。
瞬間、奈津美先輩の白いこめかみに青筋が浮き上がった。
「ほほう、そうですか。私じゃないから大丈夫ときましたか……。いいでしょう。なら、証明してもらいましょうか」
「……どういう意味ですか?」
「本の装備、私とどっちが上手にできるか勝負よ!」
怒りモードで笑う奈津美先輩が、ビシッと人差し指を僕に突きつけてきた。
一方、僕と陽菜乃さんは数瞬の間、言葉を失った。
いや先輩、わけわかりませんから。羽目を外していないことの証明が、どうして勝負になりますか?
ほら、先輩のとんでも理論に、陽菜乃さんも苦笑していますよ。
まったくこの人は、いっつもわけがわからないことを言い出すんだからなぁ……。大方、ディスられた仕返しに僕を勝負で負かして、悔しがらせてやろうとか考えたんだろう。
はぁ……、本当に仕方ない人だな。取材中に勝負だなんて、そんなもの――。
「……乗った!」
――受けて立つに決まっているじゃないか。
奈津美先輩の超理論なんて今さら知ったことではないが、司書を志す者として、この勝負は逃げられない。こうなったら期末前の時と同じく返り討ちにしてやる。
僕は、思いがけない展開に呆然としている陽菜乃さんへ声を掛けた。
「陽菜乃さん、装備の仕方、教えてください!」
「え? ええ……」
戸惑いがちに頷いた陽菜乃さんが本を一冊取って、説明を交えながら装備を実演していく。手慣れた様子の淀みない動作だ。お手本として申し分ない。
僕と奈津美先輩は、陽菜乃さんの手元を食い入るように見つめた。脳内のハードディスクに動画を保存する勢いで、手順と陽菜乃さんの動作を記憶していく。
「えっと、こんな感じなんだけど……。何か質問はある?」
「「いえ、大丈夫です!」」
きっかり五分で説明と作業を終えた陽菜乃さんへ、僕たちはふたり揃って首を振った。
陽菜乃さんが分かりやすく実演してくれたおかげで、作業工程はよくわかった。あとは、実践……じゃない。実戦あるのみだ。
僕らは各々一冊の本を手に取り、作業台の前についた。
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