28 / 62
第三章 書架の暗号
2-2
しおりを挟む
「じゃあ、立ち話もなんだし、場所を移しましょうか。私について来てくれる?」
ふわりと微笑む陽菜乃さんの後について、図書館のバックヤードに入って行く。
バックヤードにはいくつものデスクが並び、職員がパソコンに向かっていた。それぞれのデスクには、本が何冊も積まれている。見た感じ、購入して届いたばかりの本のように思える。どんな本を受け入れているのか気になるところだ。
それにしても、この光景を見ているだけで胸が躍ってくる。僕もこの一員になりたい。
――あ、よく見れば奥の方で本の表紙にビニールフィルム掛けてる。うちの図書室ではやってないんだよな、あれ。ヤバい、ちょっとやってみたいかも。
隣でやっているのは、本の修理か。あれは一週間前に嫌というほどやったので、パスの方向で……。
「もしかして一ノ瀬君、図書館司書志望なの?」
バックヤードをキョロキョロと見回していたら、陽菜乃さんが声を掛けてきた。
一発で志望先まで見抜かれるほど、夢中になっていたらしい。少し恥ずかしい。
「ええ、まあ。叔父さんの影響で小さい頃から……。今は司書として就職できるよう、勉強に力を入れているところです」
とりあえず、照れることなく普通に応答することができた。自分の精神力と面の皮の厚さを褒めてあげたい。
「そっかぁ。ついに私が作った書籍部から、ふたり目の司書が出るかもしれないんだ。なんかすごくうれしいかも」
一方、陽菜乃さんは幸せそうに頬を緩めている。自分と志を同じくする後輩が現れたことに、感動しているようだ。
陽菜乃さんは目を輝かせながら、続けてこう言ってくれた。
「一ノ瀬君、私に協力できることがあったら、何でも言ってね。大学に入って就活が近づいてきたら、面接対策とかやってあげるから」
「本当ですか! ありがとうございます!」
思わず大きな声でお礼を言ってしまい、職員の注目を集めてしまった。みんな、驚いた顔で僕のことを見ている。
けど、そんな注目も今は気にならない。陽菜乃さんの申し出は、僕にとって何よりもうれしいサプライズだ。ただでさえ競争倍率が厳しい司書を目指す上で、このアドバンテージは大きい。陽菜乃さんが書籍部の初代部長であった奇跡を、僕は図書館の神様に感謝した。
「悠里君、うるさい!」
「あいたっ!」
突然、奈津美先輩が僕の頭をポカリと叩いた。見れば、奈津美先輩は何だかご機嫌斜めな様子だ。口をへの字に曲げている。
「みなさん、仕事中なのよ。もう少し、TPOを弁えなさい」
「あ……すみません。つい、うれしくなってしまって……」
きつめの口調で叱って来る奈津美先輩に、平謝りする。どこか八つ当たりめいた気配も感じるけど、僕の行動がまずかったのも事実だ。ここは素直に謝るのが吉だろう。
いつもは僕が暴走する奈津美先輩を諭す役目だから、立場が逆転してしまったな。見方によっては、新鮮と言えるかも。
「わかればいいのよ。私たちは学校を代表してきているようなものなんだから、気をつけてね」
「すみません……」
僕がもう一度謝ると、奈津美先輩は「フン!」と鼻を鳴らして背中を向けた。
「……真菜さんの時といい、美人とみるとすぐに鼻の下を伸ばすんだから」
「え? 先輩、何か言いましたか?」
「何も言ってません!」
何かボソボソ呟いていた気がしたので聞いてみただけなのに、なぜか怒鳴られてしまった。
奈津美先輩の今の声だって、十分迷惑だと思うけどな。不機嫌オーラをこれでもかと言うほど放っているので、言えないけど……。
「ごめんね、栃折さん。最初に私がはしゃいじゃったのがいけないのよ。そんなに一ノ瀬君を叱らないであげて」
「いいえ、陽菜乃さんは悪くありません。悪いのは、全部ぜーんぶ悠里君です!」
思いっきり断言されてしまった。まるで諸悪の根源とでも言いたげだ。僕、そこまで悪いことしただろうか。
フォローしようとした陽菜乃さんも、ちょっと困った顔をしている。
「と、とりあえず、行きましょうか。早くしないと、午前中にインタビューを終えられなくなっちゃうかもしれないし」
「そ、そうですね。急ぎましょう!」
努めて明るく言う陽菜乃さんに乗っかって、僕も大仰に頷く。今は一刻も早く、奈津美先輩の意識を別のことへ向けるべきだ。
うちの部長の機嫌がこれ以上悪くならないよう、僕たちはさっさと会議室に駆け込んだ。
ふわりと微笑む陽菜乃さんの後について、図書館のバックヤードに入って行く。
バックヤードにはいくつものデスクが並び、職員がパソコンに向かっていた。それぞれのデスクには、本が何冊も積まれている。見た感じ、購入して届いたばかりの本のように思える。どんな本を受け入れているのか気になるところだ。
それにしても、この光景を見ているだけで胸が躍ってくる。僕もこの一員になりたい。
――あ、よく見れば奥の方で本の表紙にビニールフィルム掛けてる。うちの図書室ではやってないんだよな、あれ。ヤバい、ちょっとやってみたいかも。
隣でやっているのは、本の修理か。あれは一週間前に嫌というほどやったので、パスの方向で……。
「もしかして一ノ瀬君、図書館司書志望なの?」
バックヤードをキョロキョロと見回していたら、陽菜乃さんが声を掛けてきた。
一発で志望先まで見抜かれるほど、夢中になっていたらしい。少し恥ずかしい。
「ええ、まあ。叔父さんの影響で小さい頃から……。今は司書として就職できるよう、勉強に力を入れているところです」
とりあえず、照れることなく普通に応答することができた。自分の精神力と面の皮の厚さを褒めてあげたい。
「そっかぁ。ついに私が作った書籍部から、ふたり目の司書が出るかもしれないんだ。なんかすごくうれしいかも」
一方、陽菜乃さんは幸せそうに頬を緩めている。自分と志を同じくする後輩が現れたことに、感動しているようだ。
陽菜乃さんは目を輝かせながら、続けてこう言ってくれた。
「一ノ瀬君、私に協力できることがあったら、何でも言ってね。大学に入って就活が近づいてきたら、面接対策とかやってあげるから」
「本当ですか! ありがとうございます!」
思わず大きな声でお礼を言ってしまい、職員の注目を集めてしまった。みんな、驚いた顔で僕のことを見ている。
けど、そんな注目も今は気にならない。陽菜乃さんの申し出は、僕にとって何よりもうれしいサプライズだ。ただでさえ競争倍率が厳しい司書を目指す上で、このアドバンテージは大きい。陽菜乃さんが書籍部の初代部長であった奇跡を、僕は図書館の神様に感謝した。
「悠里君、うるさい!」
「あいたっ!」
突然、奈津美先輩が僕の頭をポカリと叩いた。見れば、奈津美先輩は何だかご機嫌斜めな様子だ。口をへの字に曲げている。
「みなさん、仕事中なのよ。もう少し、TPOを弁えなさい」
「あ……すみません。つい、うれしくなってしまって……」
きつめの口調で叱って来る奈津美先輩に、平謝りする。どこか八つ当たりめいた気配も感じるけど、僕の行動がまずかったのも事実だ。ここは素直に謝るのが吉だろう。
いつもは僕が暴走する奈津美先輩を諭す役目だから、立場が逆転してしまったな。見方によっては、新鮮と言えるかも。
「わかればいいのよ。私たちは学校を代表してきているようなものなんだから、気をつけてね」
「すみません……」
僕がもう一度謝ると、奈津美先輩は「フン!」と鼻を鳴らして背中を向けた。
「……真菜さんの時といい、美人とみるとすぐに鼻の下を伸ばすんだから」
「え? 先輩、何か言いましたか?」
「何も言ってません!」
何かボソボソ呟いていた気がしたので聞いてみただけなのに、なぜか怒鳴られてしまった。
奈津美先輩の今の声だって、十分迷惑だと思うけどな。不機嫌オーラをこれでもかと言うほど放っているので、言えないけど……。
「ごめんね、栃折さん。最初に私がはしゃいじゃったのがいけないのよ。そんなに一ノ瀬君を叱らないであげて」
「いいえ、陽菜乃さんは悪くありません。悪いのは、全部ぜーんぶ悠里君です!」
思いっきり断言されてしまった。まるで諸悪の根源とでも言いたげだ。僕、そこまで悪いことしただろうか。
フォローしようとした陽菜乃さんも、ちょっと困った顔をしている。
「と、とりあえず、行きましょうか。早くしないと、午前中にインタビューを終えられなくなっちゃうかもしれないし」
「そ、そうですね。急ぎましょう!」
努めて明るく言う陽菜乃さんに乗っかって、僕も大仰に頷く。今は一刻も早く、奈津美先輩の意識を別のことへ向けるべきだ。
うちの部長の機嫌がこれ以上悪くならないよう、僕たちはさっさと会議室に駆け込んだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
風船葛の実る頃
藤本夏実
ライト文芸
野球少年の蒼太がラブレター事件によって知り合った京子と岐阜の町を探索するという、地元を紹介するという意味でも楽しい作品となっています。又、この本自体、藤本夏実作品の特選集となっています。
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
深夜水溶液
海獺屋ぼの
ライト文芸
鴨川月子は海に反射するネオンが好きだった。
人工的な明かりは彼女をゆっくりと東京という街に溶かしていく―ー。
タイトル作品「深夜水溶液」他4人の人物の成長と葛藤を描いた短編集。
はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です。
日野 祐希
大衆娯楽
就職初日に階段から足を滑らせて死んでしまった、新人司書の天野宏美(見た目は大和撫子、中身は天上天下唯我独尊)。
そんな彼女に天国の入国管理官(似非仙人)が紹介したのは、地獄の図書館の司書だった。
どうせ死んでしまったのだから、どこまでも面白そうな方へ転がってやろう。
早速地獄へ旅立った彼女が目にしたのは――廃墟と化した図書館だった。
「ま、待つんだ、宏美君! 話し合おう!」
「安心してください、閻魔様。……すぐに気持ちよくなりますから」(←輝く笑顔で釘バッド装備)
これは、あの世一ゴーイングマイウェイな最恐司書による、地獄の図書館の運営記録。
※『舞台裏』とつく話は、主人公以外の視点で進みます。
※小説家になろう様にも掲載中。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる