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第二章 書籍部の先輩

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「あ~、疲れた……」

 精神的疲労がピークに達したところで、僕は一度休憩をもらった。
 結局あの後もずっと、僕は奈津美先輩から本人無自覚の妙な責め苦を受け続けた。ホント、なんなんだろう、これ。新手の拷問か何かかな?

 せめてもの救いは、奈津美先輩のスタイルが貧相だったことだろう。おかげで、胸が腕に当たるといった危険なアクシデントに見舞われずに済んだ。まあ、こんなことを本人が聞いたらカンカンに怒るだろうけど。

 壁際でしゃがみ込み、嬉々として作業を続ける奈津美先輩を見やる。
 元気だなぁ、奈津美先輩。まるで水を得た魚だ。かれこれ一時間以上精密な作業をしているのに、疲れた素振りのひとつも見せない。学校でテスト勉強をしていた時とは大違いだ。好きなことをやっている時は、疲れを忘れてしまうのだろうか。
 ぼんやりと奈津美先輩の手捌きを見ていたら、真菜さんが隣にやって来た。

「お疲れ、悠里君。はい、これ、良かったら」

「ありがとうございます。いただきます」

 真菜さんからペットボトルのお茶を受け取り、一気にあおる。一仕事した後の火照った体に、冷たいお茶が染み渡った。

「よいしょっと」

 ペットボトルの蓋を閉じていたら、真菜さんが隣に座った。ふたり並んで、テキパキと本を直していく奈津美先輩を見つめる。

「ねえ、悠里君」

 すると、不意に真菜さんが話しかけてきた。

「悠里君ってさ、ぶっちゃけ奈津美ちゃんとはどんな関係なの?」

「部活の先輩と後輩です。それ以上でも以下でもありません」

「本当に、それだけ?」

「ええ、それだけです」

 ありのままを答えたら、真菜さんは呆気にとられた顔になってしまった。

 あれ? 僕、何か変なこと言っただろうか。というか、真菜さんはどんな回答を期待していたんだろう。「実は口で言えないような関係です」とでも言うと思ったのだろうか。

 僕が首を傾げていたら、真菜さんは真菜さんで何か考えている風に天井を見上げる。天井にカンペが仕込まれていたわけでもないだろうが、真菜さんはすぐに何か閃いた顔になり、再び僕を見た。

「じゃあさ、悠里君から見て、奈津美ちゃんってどんな子?」

 おお、攻め口を変えてきましたね。相変わらず、どう回答してほしいのかよくわからない質問だけど。
 ふむ、『どんな子』か。あまり考えたことなかったけど、強いて言えばこうなるかな。

「そうですね、強いて言うなら……僕がこれまで出会った中で、一番傍迷惑な先輩です」

 キランと目元に星が輝きそうな表情で返事をしてみる。我ながら、実に簡潔かつ的を射た回答だ。

「……へ?」

 どうだ、と言わんばかりに真菜さんを見たら、笑顔のまま固まっていた。

 そっか。この人は学校での奈津美先輩を知らないんだった。奈津美先輩は割と面子を気にする人だから、真菜さんの前ではいつでも良い子にしていた可能性もある。ここまで簡潔にしては、伝わらないのかもしれない。
 仕方ないな。それなら、少し解説を加えておこう。

「真菜さんは知らないかもしれませんが、奈津美先輩って学校ではいつもすごいんですよ。向こう見ずで思いついたら即行動を起こすし、猪突猛進だから周りは見えてないし、そのくせ忘れっぽいから反省しないし……。おかげで僕は、割を食ってばかりです。不名誉なことに、生徒会からは奈津美先輩の手下Aとして、準危険人物に指定されていますし」

「えっと……悠里君って、優しい顔して結構ズバズバものを言うね。ちょっと意外……」

「いやー、僕だって奈津美先輩以外なら、ここまでボロクソに言いませんよ。そういう意味でなら、あの人は特別です。そうそう。この間なんて、付きっ切りで期末の勉強を教える羽目になったんですよ。二年生の僕が、三年生の奈津美先輩に。本当に勘弁してほしいです」

「あ、あはは。それは何と言うか……ご苦労様?」

 やれやれと首を振っていたら、真菜さんから苦笑交じりに労われた。と思ったら、真菜さんが盛大にため息をついた。

「……奈津美ちゃん、想像以上に空回りしてるなぁ。気持ちはわからんでもないけど、これじゃあ逆効果だよ」

「ええ、先輩の空回り具合は、いつも想像を超えてきます。唐突によくわからんことを始めますから、僕も振り回されっぱなしです」

「ああ、うん。そういう意味じゃないんだけどね」

 真菜さんが、「どうしたもんだろう……」と呟きながら、頭を押さえた。
 奈津美先輩をどうにかできる策があるなら、ぜひとも教えてもらいたいものだ。けど、この様子だと望み薄かな。残念。
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