20 / 62
第二章 書籍部の先輩
3-3
しおりを挟むあれは、文集会議の翌日。「家庭教師のお礼のケーキを奢るわ!」と奈津美先輩に連れられ、学校帰りに喫茶店に寄った日のことだ。
静かで落ち着いた雰囲気を醸し出した店内で、ボックス席に案内された僕たちは、ティーセットを頼んだ。
そしてその数分後、注文を取ったのと別のウエイトレスがやって来て、こう言ったのだ。
『本日、レディースデイとなっておりますので、こちらサービスのスコーンになります』
まあ、ここまではいい。奈津美先輩も一緒にいるのだから、特に問題はない。
しかし、このウエイトレスはなぜか僕の前にもスコーンを配膳したのだ。
で、僕が『あの、僕、男ですけど……』と言ったら、ウエイトレスは僕の顔と制服(主にテーブルの下に隠れた夏服のズボン)をもう一度よく確認し、慌てた様子で謝ってきたのだ。
『し、失礼いたしました! 綺麗なお顔立ちでしたので、てっきり女性かと!』
ウエイトレスの謝罪文句に、僕は口をあんぐり、奈津美先輩はお腹を抱えて大笑いだ。
その後、ウエイトレスは『お詫びの印に……』と、さらにスコーンを追加して去っていった。ちなみに、そのスコーンは物欲しそうにしていた奈津美先輩にあげた。
今思い出してみても、あれは僕にとって人生でワースト3に入るであろう黒歴史だ。
身長が160センチと低くて童顔なことは僕のコンプレックスなのだけど、まさかこの歳で女性に間違われる日が来るなんて……。あの日はショックで、夜遅くまで枕を濡らした。このままだと、今夜も思い出し泣きで濡らすかもしれない。
そんな僕視点ではとても悲惨な出来事を、この人はペラペラと……。しかも、十日も経たないうちに……。
「で、でもね悠里君、これはある意味、とても素晴らしいことだと思うの。だって、女の子と勘違いされるくらい端正な顔立ちってことだし! うちのクラスの子たちも、悠里君の写真を見て、『男の娘もいける!』って太鼓判を捺しているのよ。それに悠里君は昔から綺麗な顔で、女の私から見ても羨ましいって思うくらいだったわ!」
「……へぇ、そうですか。だったら、小学生の頃から全然変わっていない先輩の胸囲も、大変素晴らしいってことですね」
小声で呟いてみたら、奈津美先輩がピシリと音を立てて固まった。
「ひ、ひどい! ちゃんと変わってるもん。少しは成長しているもん!」
「それ、単純に肋骨が成長した分増えただけですよ、きっと」
「なんてことを……。悠里君、顔と違って性格ひん曲がり過ぎよ! 白雪姫の継母やシンデレラの姉みたい!」
「どっちも女性じゃないですか! あなたも人のこと言えないですよ!」
醜い罵り合いを演じ、荒い息をつく僕と奈津美先輩。互いのコンプレックスを叩き合って、ふたりとも心がすっかりグロッキーだ。
そんな書籍部の後輩たちの姿を目の当たりにし、真菜さんはおかしそうに「あはは!」と笑った。
「ふたりとも、おもしろいね。いつもそんな風に漫才してるの?」
「「していません!」」
真菜さんに抗議するように言い返すと、奈津美先輩と声が重なってしまった。台詞までバッチリ一緒だ。何となく恥ずかしくなって、これまたふたり揃って顔を赤くする。
すると真菜さんは、「息ピッタリだ」とさらに大きな声を上げて笑った。
もはや色々とドツボだ。何を言っても漫才になってしまう。
「いや~、おもしろいものを見せてもらっちゃった。ふたりとも、ありがとう!」
望まない感謝を受けた僕たちは、これでダブルノックダウン。醜い部内闘争は、こうして呆気なく幕切れとなった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
宇宙との交信
三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。
壮大な機械……ではなく、スマホで。
「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。
もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。
※毎日14時に公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる