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第二章 書籍部の先輩
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「私が浅場南高校を受験しようと決めたのも、真菜さんの推薦があったからなのよ。書籍部のことも、真菜さんから教えてもらったの」
「なるほど、そんな経緯が……」
つまり、渋谷先輩や僕の苦労の元凶は、真菜先輩にあったというわけか。……少し恨みますよ、真菜先輩。
「それにしても、坂野先生が社長をしている会社に入社できたということは、真菜先輩も相当優秀な人なんですね」
「そうね。確かに優秀な人よ。でも、それ以上に諦めを知らない人ね。会社へ入れたのだって、真菜さんの熱意勝ちだったみたいだし」
ふふふ、と奈津美先輩が思い出し笑いをする。
聞けば、真菜先輩は高三の夏に、仕事に対する熱意やら何やらを坂野先生や他の社員さんたちの前でプレゼンしまくったそうだ。で、その熱弁振りが「この子おもしろい!」と社員さんたちに大ウケ。最初は「今は社員の採用をやっていない」と突っ撥ねていた坂野先生も、「……仕方ない」と根負けして真菜先輩を採用したそうだ。
「すごいですね、それ。そのプレゼン力、今後のために少し分けてほしいですよ」
「そうでしょ、そうでしょ! それに、美人で素敵な人なのよ~」
「へぇ。それは会うのが楽しみですね。ところで先輩……」
「ん? 何?」
奈津美先輩が、「何でも聞いて!」と言わんばかりの表情で、僕の言葉を待つ。
対して僕は、神妙な面持ちで大切なことを尋ねた。
「念のため聞いておきますけど……真菜先輩は、先輩みたいな奇人変人じゃないですよね?」
「どういう意味よ!」
激高した奈津美先輩が、大きな声を上げながら立ち上がった。
まずいな、失敗した。真菜先輩が奈津美先輩の類友である可能性を危惧するあまり、表現がストレートになり過ぎた。
なお、大声を出しながら立ち上がった奈津美先輩は、当然ながら車内にいる乗客の注目の的だ。周囲の視線を感じ取り、奈津美先輩の顔色が怒りの赤から羞恥の赤へと変わっていく。同じ色なのに感情の変化が丸わかりな辺りは、さすがの一言だ。
ちなみに僕は、素知らぬ態度で他人の振りを決め込むことにした。違いますよ~、僕は関係ありませんよ~。
『移動中の車内では、席をお立ちにならないでください』
「す、すみません……」
車内アナウンスで運転手から苦笑交じりの注意を受けて、奈津美先輩がしおしおと席に座り直した。騒ぎが収まり、乗客たちも手元のスマホなどに視線を戻す。
席で背中を丸めて小さくなった奈津美先輩は、涙目で恨みがましく僕のことを見上げた。
「もう! 悠里君のせいで、大恥かいちゃったじゃない!」
「あはは、すいません。つい、いつものノリで……」
先程の赤っ恥が、よほど堪えたのだろう。思いっきり声を落として、奈津美先輩が文句をぶちまける。
さすがに僕もさっきのはやり過ぎたと反省しているので、今は素直に謝っておいた。
けれど奈津美先輩は怒りが治まらない様子で、まだ頬を膨らませている。
「というか、さっきの『奇人変人』ってなんなのよ。あの言い方じゃあ、まるで私がおかしな人みたいじゃない!」
「えっ!」
奈津美先輩の発言に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
やばい。今のは素で驚いてしまった。
でもまあ……うん。この人は、こういう人だよな。天然というか、ある意味天才型というか、むしろ天災型というか……。
「む~。何よ、その世にも稀な珍獣を見るような顔は」
「いや~、今のは素で驚い……って、ヤバ!」
驚きで頭が緩んでいたため、ポロッと本音が出てしまった。あるまじき失態だ。
僕の反応を見た奈津美先輩は、もちろんさらに怒り心頭だ。
「悠里君、ちょっと真面目にお話しましょうか。主に、悠里君の先輩に対する態度について」
「あはは。あー……先輩、あんまり怒っていると、眉間にしわができちゃいますよ~」
「誰のせいだと思っているの!? もしも本当にしわができたら、悠里君に責任取ってもらいますからね!」
微妙に意味深なことを言いながら、眉を逆立て口をへの字にした奈津美先輩が迫ってくる。奈津美先輩の黒曜石みたいな瞳に、愛想笑いを浮かべた僕の姿が見える。
というか奈津美先輩、顔近過ぎですってば! 何で説教なのに、そんな近づいてきますか! 頭に血が上って、周り見えなくなり過ぎじゃないですか?
「ああもう、すみませんでした! 今のは僕の失言です。謝りますから許してください」
奈津美先輩の肩を押しやって席に座り直させ、とりあえずこの危機的状況から脱出する。心臓に悪いなぁ、もう……。
「本当に? 本当に反省してる?」
「ええ、もう全力で反省しています。ホント、変なこと言ってすみませんでした」
僕がもう一度謝ると、奈津美先輩も一応は納得してくれたらしい。助かった。
ただし、まだ「本当に悠里君は、デリカシーが欠けているわ」なんてぶちぶち文句を言っているけど……。うーむ、かなり根に持っていらっしゃる。
まあ、今回は僕も口が過ぎたし、甘んじて受け入れるとしよう。
ここから目的地の停留所に着くまで、僕は延々と奈津美先輩のお小言を聞き続けたのだった。
「なるほど、そんな経緯が……」
つまり、渋谷先輩や僕の苦労の元凶は、真菜先輩にあったというわけか。……少し恨みますよ、真菜先輩。
「それにしても、坂野先生が社長をしている会社に入社できたということは、真菜先輩も相当優秀な人なんですね」
「そうね。確かに優秀な人よ。でも、それ以上に諦めを知らない人ね。会社へ入れたのだって、真菜さんの熱意勝ちだったみたいだし」
ふふふ、と奈津美先輩が思い出し笑いをする。
聞けば、真菜先輩は高三の夏に、仕事に対する熱意やら何やらを坂野先生や他の社員さんたちの前でプレゼンしまくったそうだ。で、その熱弁振りが「この子おもしろい!」と社員さんたちに大ウケ。最初は「今は社員の採用をやっていない」と突っ撥ねていた坂野先生も、「……仕方ない」と根負けして真菜先輩を採用したそうだ。
「すごいですね、それ。そのプレゼン力、今後のために少し分けてほしいですよ」
「そうでしょ、そうでしょ! それに、美人で素敵な人なのよ~」
「へぇ。それは会うのが楽しみですね。ところで先輩……」
「ん? 何?」
奈津美先輩が、「何でも聞いて!」と言わんばかりの表情で、僕の言葉を待つ。
対して僕は、神妙な面持ちで大切なことを尋ねた。
「念のため聞いておきますけど……真菜先輩は、先輩みたいな奇人変人じゃないですよね?」
「どういう意味よ!」
激高した奈津美先輩が、大きな声を上げながら立ち上がった。
まずいな、失敗した。真菜先輩が奈津美先輩の類友である可能性を危惧するあまり、表現がストレートになり過ぎた。
なお、大声を出しながら立ち上がった奈津美先輩は、当然ながら車内にいる乗客の注目の的だ。周囲の視線を感じ取り、奈津美先輩の顔色が怒りの赤から羞恥の赤へと変わっていく。同じ色なのに感情の変化が丸わかりな辺りは、さすがの一言だ。
ちなみに僕は、素知らぬ態度で他人の振りを決め込むことにした。違いますよ~、僕は関係ありませんよ~。
『移動中の車内では、席をお立ちにならないでください』
「す、すみません……」
車内アナウンスで運転手から苦笑交じりの注意を受けて、奈津美先輩がしおしおと席に座り直した。騒ぎが収まり、乗客たちも手元のスマホなどに視線を戻す。
席で背中を丸めて小さくなった奈津美先輩は、涙目で恨みがましく僕のことを見上げた。
「もう! 悠里君のせいで、大恥かいちゃったじゃない!」
「あはは、すいません。つい、いつものノリで……」
先程の赤っ恥が、よほど堪えたのだろう。思いっきり声を落として、奈津美先輩が文句をぶちまける。
さすがに僕もさっきのはやり過ぎたと反省しているので、今は素直に謝っておいた。
けれど奈津美先輩は怒りが治まらない様子で、まだ頬を膨らませている。
「というか、さっきの『奇人変人』ってなんなのよ。あの言い方じゃあ、まるで私がおかしな人みたいじゃない!」
「えっ!」
奈津美先輩の発言に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
やばい。今のは素で驚いてしまった。
でもまあ……うん。この人は、こういう人だよな。天然というか、ある意味天才型というか、むしろ天災型というか……。
「む~。何よ、その世にも稀な珍獣を見るような顔は」
「いや~、今のは素で驚い……って、ヤバ!」
驚きで頭が緩んでいたため、ポロッと本音が出てしまった。あるまじき失態だ。
僕の反応を見た奈津美先輩は、もちろんさらに怒り心頭だ。
「悠里君、ちょっと真面目にお話しましょうか。主に、悠里君の先輩に対する態度について」
「あはは。あー……先輩、あんまり怒っていると、眉間にしわができちゃいますよ~」
「誰のせいだと思っているの!? もしも本当にしわができたら、悠里君に責任取ってもらいますからね!」
微妙に意味深なことを言いながら、眉を逆立て口をへの字にした奈津美先輩が迫ってくる。奈津美先輩の黒曜石みたいな瞳に、愛想笑いを浮かべた僕の姿が見える。
というか奈津美先輩、顔近過ぎですってば! 何で説教なのに、そんな近づいてきますか! 頭に血が上って、周り見えなくなり過ぎじゃないですか?
「ああもう、すみませんでした! 今のは僕の失言です。謝りますから許してください」
奈津美先輩の肩を押しやって席に座り直させ、とりあえずこの危機的状況から脱出する。心臓に悪いなぁ、もう……。
「本当に? 本当に反省してる?」
「ええ、もう全力で反省しています。ホント、変なこと言ってすみませんでした」
僕がもう一度謝ると、奈津美先輩も一応は納得してくれたらしい。助かった。
ただし、まだ「本当に悠里君は、デリカシーが欠けているわ」なんてぶちぶち文句を言っているけど……。うーむ、かなり根に持っていらっしゃる。
まあ、今回は僕も口が過ぎたし、甘んじて受け入れるとしよう。
ここから目的地の停留所に着くまで、僕は延々と奈津美先輩のお小言を聞き続けたのだった。
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