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第二章 書籍部の先輩

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 日々は過ぎ行き、七月中旬。先日、ようやく梅雨が明け、外の空気がすっかり夏の装いとなった今日この頃、資料室には奈津美先輩の力強い声が木霊していた。

「フッフッフ! 私だって、やる時はやるのよ!」

 期末テストが終わり、今日でちょうど一週間。テーブルの上に置かれているのは、今日配布されたという奈津美先輩のテスト成績表だ。教科ごと、先輩の得点と順位、そして平均点が記載されている。
 浅場南高校において、赤点は平均点の半分以下(端数切捨て)となっている。

 それで、気になる先輩にテスト結果はというと……なんと驚きの結果となっていた。

「私が本気を出せば、赤点0くらい、朝飯前なのよ!」

 今回の三年文系赤点ライン、数Ⅱ:27点、数B:24点、英語:32点、生物:33点。
 一方、奈津美先輩の得点は、数Ⅱ:29点、数B:25点、英語:33点、生物:36点。

 そうなのだ。奈津美先輩は奇跡的にも、すべて苦手科目で赤点を回避したのである。他の科目も平均点に近い点数を取れているようなので、無事に夏休みフル補習は避けられた。

 奈津美先輩が赤点0だったのは一年の二学期中間テスト以来とのことで、正しくこれは快挙と言える。おかげで先輩は、ずっと上機嫌に高笑いしている。

『今日の数学Ⅱ、半分しか埋められなかった……。もうおしまいよ~』

『どうしよう、悠里君。生物で回答欄をひとつずつずらしちゃったかもしれない。もうおしまいよ~』

 とか言って、テスト期間中は毎日のように放課後の部室で泣き明かしていたというのに。ホント、調子のいい人だ。

「見て見て、悠里君。ほら、ちゃんと約束守ったわよ! 夏休みの補習はなくなったし、これで文集作りに集中できるわ!」

「そんな顔の近くに紙を持ってこないでも、ちゃんと見えます。むしろこれじゃあ、逆に何も見えません」

 成績表を持った奈津美先輩に手を、邪魔そうに払いのける。それでも奈津美先輩は、うれしそうに微笑んだままだ。この人、今日はもうずっと頭の中がお花畑かもしれない。

 無論、僕としても勉強を教えた甲斐があったという意味で、この件は大変喜ばしいことだ。部室に来て結果を聞いた時は、喜びのあまり柄にもなく、奈津美先輩とハイタッチまでした。

 ただ、三十分もこのノリで同じ話に付き合わされていると……さすがにウザったい。奈津美先輩はテンションがうなぎ上りだから、なおさらだ。うれしいのはわかったから、そろそろ落ち着いてほしい。
 と、そこで僕は、ふと思い出したことを口にした。

「でも先輩、朝の英単テストでは結局補習になったんですよね。そっちの禊は済んだんですか?」

 先週、先々週は期末テスト期間ということで、英単テストはお休みだった。しかし、期末テストも終わったので、今週からは再開している。

 そして、期末テストが終わってすっかり気の抜けた奈津美先輩の得点は、驚愕の三点だったらしい。期末の赤点対策で英語も猛勉強していたはずなのに、どうしてこうなったのか……。僕にも謎である。

 ただひとつはっきりしているのは、期末テストをはさんで、先輩の平均点半分以下が五週連続に到達したということ。つまりは、補習確定だ。赤点は回避できても、補習の魔の手だけは回避できなかったようだ。

 で、僕の質問を向けた奈津美先輩はというと、一瞬にしてテンションが夏から冬へと急転直下した。
 太陽のように明るい笑みは哀愁を帯びた悲しい微笑に変わり、奈津美先輩の周りだけ木枯らしが吹き始めたかのように色が褪せていく。

 まさかここまで効果があるとは……。ちょっと落ち着いてくれればいいな~、くらいの気持ちで言ったのだけど、これは予想外だ。完全に地雷を踏み抜いてしまった。やり過ぎちゃった感が半端なくて、少し心が痛い。

「うふふ……。それは終業式前日の放課後にやるって言われたわ。うふふふ……」

「そ、そうですか。その……頑張ってくださいね……」

 せめてもの罪滅ぼしに、心からエールを送っておく。
 奈津美先輩は、虚ろな瞳でフッと笑い、僕に力なくサムズアップしてみせた。

 やばい。これはやばい。奈津美先輩の心が折れかけている。
 この人、よく暴走するし、行動は突拍子もないこと多いけど、ハートは外見と一緒で繊細だからな。赤点を避けられたのに結局補習を受けることになって、普段以上のダメージを負ったのだろう。

「そ、そうだ! 今日は文集の打ち合わせするんでしたよね。もう四時回っていますし、そろそろ始めましょうか!」

 無駄に明るく大きな声で、捲し立てるように話題転換を図る。
 もう何でもいいから、奈津美先輩の補習から話を逸らしたい。でないと、奈津美先輩のテンションが伝染して、僕まで病んでしまいそうだ。

「先輩、文集のテーマを考えてくれたんですよね。ほら、期末前に言っていた体験レポートとかいうやつ。僕も気に入るって言っていたから、どんなことかずっと気になっていたんですよね~!」

 外国人張りのジェスチャーを交えながら、矢継ぎ早に話を振っていく。
 一通り長台詞を言い終わったところで、奈津美先輩の方を窺ってみた。

 すると、死んだ魚のようだった奈津美先輩の目に生気が戻っていた。口をもにょもにょさせ、体は微妙に揺れている。話したくてうずうずし出したらしい。
 たぶんこれは、補習のことも頭から吹っ飛びかけているな。

 よっし! もう一押しだ。

「さあ先輩、張り切っていってみましょう!」

「仕方ないわね! 後輩からそこまで期待されては、先輩として応えないわけにはいかないわ! 悠里君、会議を始めるわよ!」

 僕の合いの手に調子よく乗ってきた奈津美先輩が、腕を組んで仁王立ちする。どうやら補習が一時的に頭から抜けて、元気を取り戻したらしい。
 慣れないことをして上がった息を整え、ホッと胸をなでおろす。

 よかった、奈津美先輩が単純バ……純粋かつポジティブで――。
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