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第一章 浅場南高校書籍部
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「第一、小学生の時に約束したじゃないですか。先輩が本気で製本の取り組もうとするなら、僕は必ず先輩を支持します」
これは、純粋に僕の本心だ。この気持ちだけは、小学生の頃から少しも変わらない。奈津美先輩が製本家を目指し続ける限り、僕は絶対に味方につく。あの夏、僕はそう誓ったから。
ただ、正直に言うと、今のセリフは結構恥ずかしかった。自分の顔が火照っているのが、よくわかる。いくらなんでも、今のはサービスし過ぎたかもしれない。この分の帳尻は、またどこかで合わせるとしよう。
けれど、今回については恥ずかしい思いをした甲斐あって、奈津美先輩はすっかり機嫌を直したらしい。完全復活した。
「……フッフッフ! さすがは書籍部のエース、私の自慢の後輩ね。悠里君なら必ずそう言ってくれるって、私は信じていたわ!」
抱えていた膝を伸ばし、奈津美先輩がソファーからピョンと立ち上がる。野生動物のような警戒心もどこかへふっ飛び、目論み通りといった顔だ。この人、本当に調子がいいなぁ。
もっとも、これがきっかけで二年前のように暴走されては困る。多方面に迷惑が掛かるし、一番面倒な思いをするのは確実に僕だ。
よって、ひとつの条件を出させてもらうことにした。
「ただし、今回はぼくも一緒に製本をやらせてください。材料の買い付けも、一緒に付いていきます。そうすれば、きっと同じ失敗をしないで済みますよ」
「もちろんよ! ふたりで素晴らしい作品を作りましょう!」
奈津美先輩が、満面の笑顔で鷹揚に頷く。
完全に僕を信用している様子だ。これなら、ちゃんと僕の言葉を聞いてくれるはず。本人も一昨年の失敗を踏まえて装丁の設計をしているようだし、たぶん今回は大丈夫……だと思う。
けど、暴走状態の奈津美先輩は、行動が読めないからな。何を仕出かすかわからない。僕がしっかり監視しておかないと……。
すると、奈津美先輩が僕のシャツの袖を引っ張ってきた。
「さあ、これから忙しくなるわよ。まずは文集のテーマを決めて、原稿を書かなきゃ。大体は私の方で決めてきたから、悠里君の意見を聞かせてね。今年は、体験レポート特集にしようと思うの。きっと悠里君も気に入ってくれると思うわ」
春に芽吹く花々のように、奈津美先輩は朗らかに笑う。文集の話をする奈津美先輩は本当に楽しそうで、僕まで自然と笑顔になってしまった。
「今年の夏休みは充実したお休みになりそうね。悠里君、ハードな夏になると思うから、覚悟しておいてね!」
「わかりました。先輩も、今度の期末テストで追試なんて食らわないようにしてくださいね」
「…………え?」
僕の言葉を聞いた瞬間、奈津美先輩が笑顔のままピシリと固まった。石像にでもなったかのように、ピクリとも動かない。
と思ったら、急に顔を伏せてしまった。サラサラした黒い前髪の奥に、表情が隠れる。
なんだろう、これ。何とも不安を掻き立てるような反応だ。
「あの、先輩……?」
恐る恐る、奈津美先輩の表情を窺う。
思いっきり顔を逸らされた。先輩が顔を向けた方へ視線を向けると、別の方向へ顔逸らす。そんなことを数回繰り返していると、とうとう奈津美先輩は、まるで僕から逃げるように後ろを向いてしまった。
「先輩、つかぬことをお聞きしますけど……本当に大丈夫ですよね?」
不安に耐え切れずに声を掛けてみたら、奈津美先輩の華奢な肩がピクリと揺れた。揺れはそのまま、震えに変わっていく。
なんなんだ、この緊張感は。例えるなら、火山が噴火する直前のような……。
妙なプレッシャーに、僕は思わず息を飲む。
すると、何やら色々と爆発させた奈津美先輩が、振り向き様に僕の胸へ飛び込んできた。
これは、純粋に僕の本心だ。この気持ちだけは、小学生の頃から少しも変わらない。奈津美先輩が製本家を目指し続ける限り、僕は絶対に味方につく。あの夏、僕はそう誓ったから。
ただ、正直に言うと、今のセリフは結構恥ずかしかった。自分の顔が火照っているのが、よくわかる。いくらなんでも、今のはサービスし過ぎたかもしれない。この分の帳尻は、またどこかで合わせるとしよう。
けれど、今回については恥ずかしい思いをした甲斐あって、奈津美先輩はすっかり機嫌を直したらしい。完全復活した。
「……フッフッフ! さすがは書籍部のエース、私の自慢の後輩ね。悠里君なら必ずそう言ってくれるって、私は信じていたわ!」
抱えていた膝を伸ばし、奈津美先輩がソファーからピョンと立ち上がる。野生動物のような警戒心もどこかへふっ飛び、目論み通りといった顔だ。この人、本当に調子がいいなぁ。
もっとも、これがきっかけで二年前のように暴走されては困る。多方面に迷惑が掛かるし、一番面倒な思いをするのは確実に僕だ。
よって、ひとつの条件を出させてもらうことにした。
「ただし、今回はぼくも一緒に製本をやらせてください。材料の買い付けも、一緒に付いていきます。そうすれば、きっと同じ失敗をしないで済みますよ」
「もちろんよ! ふたりで素晴らしい作品を作りましょう!」
奈津美先輩が、満面の笑顔で鷹揚に頷く。
完全に僕を信用している様子だ。これなら、ちゃんと僕の言葉を聞いてくれるはず。本人も一昨年の失敗を踏まえて装丁の設計をしているようだし、たぶん今回は大丈夫……だと思う。
けど、暴走状態の奈津美先輩は、行動が読めないからな。何を仕出かすかわからない。僕がしっかり監視しておかないと……。
すると、奈津美先輩が僕のシャツの袖を引っ張ってきた。
「さあ、これから忙しくなるわよ。まずは文集のテーマを決めて、原稿を書かなきゃ。大体は私の方で決めてきたから、悠里君の意見を聞かせてね。今年は、体験レポート特集にしようと思うの。きっと悠里君も気に入ってくれると思うわ」
春に芽吹く花々のように、奈津美先輩は朗らかに笑う。文集の話をする奈津美先輩は本当に楽しそうで、僕まで自然と笑顔になってしまった。
「今年の夏休みは充実したお休みになりそうね。悠里君、ハードな夏になると思うから、覚悟しておいてね!」
「わかりました。先輩も、今度の期末テストで追試なんて食らわないようにしてくださいね」
「…………え?」
僕の言葉を聞いた瞬間、奈津美先輩が笑顔のままピシリと固まった。石像にでもなったかのように、ピクリとも動かない。
と思ったら、急に顔を伏せてしまった。サラサラした黒い前髪の奥に、表情が隠れる。
なんだろう、これ。何とも不安を掻き立てるような反応だ。
「あの、先輩……?」
恐る恐る、奈津美先輩の表情を窺う。
思いっきり顔を逸らされた。先輩が顔を向けた方へ視線を向けると、別の方向へ顔逸らす。そんなことを数回繰り返していると、とうとう奈津美先輩は、まるで僕から逃げるように後ろを向いてしまった。
「先輩、つかぬことをお聞きしますけど……本当に大丈夫ですよね?」
不安に耐え切れずに声を掛けてみたら、奈津美先輩の華奢な肩がピクリと揺れた。揺れはそのまま、震えに変わっていく。
なんなんだ、この緊張感は。例えるなら、火山が噴火する直前のような……。
妙なプレッシャーに、僕は思わず息を飲む。
すると、何やら色々と爆発させた奈津美先輩が、振り向き様に僕の胸へ飛び込んできた。
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