白紙の本の物語

日野 祐希

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第五章 魔女の正体

魔女を守る者

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「お前たちを見逃そうと思ったのは、ただの気まぐれだ。他意はない。それに、お前たちが応援を連れて戻って来ても、私にとっては恐れるに足らない」

「それは……ウソだね。あなたがわたしたちを見逃そうとしたのは、気まぐれじゃない」

「なぜ、そのようなことがお前にわかる。勝手なことをぬかすな!」

 自分の答えを『ウソ』と断言する葵に、狼が食ってかかる。
 しかし、そんな狼の言葉をものともせず、葵はさらに狼を問い質した。

「じゃあ聞くけど、さっきカイがお母さんの話をした時、あなたはなんで辛そうな顔をしたの?」

 近くにいた葵は、先ほど狼が見せた表情の変化を見逃していなかったのだ。
 あれは、人を苦しめて喜ぶ者がうかべる表情ではない。むしろ、その逆。あの表情は、自らの罪に苛まれている者の表情だ。少なくとも、葵にはそう見えた。
 だからこそ、葵はそこに疑問を抱いたのだ。
 狼も、己の失態を悔やむように「ぐぅ……」とうなり、再び表情をゆがめた。

「それは……お前たちには関係のないことだ」

「もしかして、魔女が雪をふらせ続けているのには、何か理由があるんじゃないの? 魔女自身も、本当はこんなことをしたくないんじゃないの?」

 狼の苦し紛れの答えを意に介せず、葵はたたみかけるように狼への言葉を重ねていく。

「あなたがわたしたちを逃がそうとするのは、あなたが本当はとても優しいからじゃないの? あなたも本当は、こんなことをしたくはないんでしょ?」

「黙れ小娘! 黙らなければ、そののどを食いちぎるぞ」

「黙らないよ! あなたが本当のことを話してくれるまで、私は絶対黙らない!」

「ぬぐっ!」

 声を荒らげる狼に対し、葵が負けずに声を張り上げる。
 彼女が放つ気迫に、巨大な狼も声をつまらせ、思わずたじろぐ。
 だが、狼が平静さを失ったのは、葵の気迫に押されたからだけではない。彼女が語った推論が、狼をここまで動揺させたのだ。

「……本当にそうなの?」

 狼と葵のやり取りを見守っていた総司も、こらえきれずに口をはさむ。

「魔女がこんなことをしているのには、何か理由があるの?」

 総司の顔には、困惑の色がうかんでいた。総司も何が正しいのか測りかねているようだ。
 だが、その目には葵と同じく、話を聞きたいという意思が見て取れた。

「黙れ! お前たちには関係のないと言っている。お前たちに話すことなど何もない!」

 狼は牙をむきながら、もう一度三人を脅しつける。
 今の狼に、先ほどまでの威厳は感じられない。怒りをあらわにしながらも、その表情はまるで苦しみ泣いているように見えた。
 すると、今度はカイが狼に負けじと声を上げる。

「お前が何も話さないと言うなら、オレはお前を倒して魔女のところに行くだけだ! オレは、この雪を止めないといけないんだからな!」

 カイが改めて狼に剣を向ける。その目には、誰が相手でも負けないという覚悟、そして母を助けたいという強い意志が宿っていた。
 しかし……。

「だけど! もし戦う以外の方法でこの雪を止められるなら、オレもそうしたいよ。だから話してみろ! もしかしたら、オレたちにできることがあるかもしれないだろうが!」

 力の限り叫びながら、カイは構えた剣を地面に突き立てる。
 それは、戦う意志はないことの証。どうやらカイも、戦うことよりは、まず話し合うことを選んだようだ。

「ぬぅ……」

 狼も牙をむくことをやめ、三人の真意を図るかのように見回す。
 狼の視線を受けても、三人はまったくゆるがない。まっすぐ真正面から応える。
 やがて狼は、根負けしたかのように深い息をはいた。

「その目、まるでを見ているようだ……」

 何かを思い出すような目で三人を見つめた狼が、ポツリと言葉をもらす。

「わかった、私の負けだ。私では、お前たちを追い返すことはできない。そして、私はお前たちを倒すことも――したくない」

 狼が前足を葵から下ろす。狼は三人に背を向け、顔のみふり返りながら言った。

「そこまで言うのなら、聞かせてやろう。この雪をふらせている本当の理由を……。ついて来い。お前たちが魔女と呼ぶ者に会わせてやる。話はそれからだ」

 狼の言葉に三人は顔を見合わせ、うなずき合う。

「わかった。案内してくれ」

 地面から剣を抜き、鞘に収めながらカイが言う。
 カイの言葉をうけ、狼は三人が来たのと逆の方向へと歩き始める。その後ろに続き、総司たち三人も森に入っていくのだった。
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