白紙の本の物語

日野 祐希

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第四章 魔女の霧

霧のカラクリ

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「ソージ、遅いなぁ……」

 総司が霧の中に入ってから、すでに三十分以上が経っていた。さすがに心配になってきた葵が、そわそわと辺りを動き回る。

「もう少しだけ待ってみよう。それでもどって来なかったら、オレたちも霧の中に入ってみるんだ」

 カイが葵を落ち着かせるように言う。
 しかし、カイ自身も総司がもどって来ないことに、内心あせりを感じていた。
 そんな二人のあせりが、ピークに達しようとしていた時だ。

「おーい、二人ともー」

 いよいよ二人で霧の中に突入しようかというタイミングで、総司の声が聞こえてきた。
 二人が目を凝らして霧の方を見ると、総司が手をふりながら歩いてくるのが見えてきた。

「遅いよ、ソージ! 本当に心配したんだからね!」

「無事でよかった。本当にあせったぞ」

「ごめんね、二人とも。でも、おかげでこの霧のからくりが解けたよ」

 飛びついてきた二人に心配させたことをあやまりながら、総司がニコリと笑う。
 すると早速、葵がおどろいた様子で食いついてきた。

「もしかして、霧を抜けられたの?」

「うん! こことは違う場所に出られた。それで自分の行動をふり返ってみたら、一つの推論が立ったんだ」

 葵の問いかけに、総司が笑顔でうなずき返す。
 口では推論と言っているが、もう確信を得ているに違いない。総司の表情を見たカイと葵は、そう直感した。それほど、総司の顔には自信が満ちていたのだ。
 そして、二人の直感を裏付けるように、総司はこう言葉を続けた。

「実際、その推理にしたがって霧の中を進んだら、ここにもどって来られた。おそらく、ぼくの考えは間違っていないはずだよ」

「そいつはすげえぞ、ソウジ! 騎士団でも解けなかった謎を解いちまうなんて、大手柄じゃないか!」

 カイが感嘆の声を上げながら、総司を見る。
 対してカイから思いっきり賞賛された総司も、まんざらではなさそうだ。喜びと気はずかしさが入り混じった顔で、「いや~」と照れている。

「はいはい、ほめるのも照れるのもそこまで! それで、どうやったら霧を抜けられるの?」

 このままじゃ話が進まないと思ったのだろう。二人の様子を見かねた葵が、総司に続きをうながす。
 総司も「ごめん、ごめん」と再びあやまりながら、話を再開した。

「えっとね、すごく簡単なことだったんだ。ぼくたちはずっと、霧を越えることばかり考えていた。それがいけなかったんだよ」

「どういうことだ?」

「もうちょっとわかりやすく教えて」

 よくわからないという様子で、カイと葵が首をかしげる。そんな二人に対し、総司はピンッと人差し指を立てて、くわしく説明し始めた。

「つまり、と考えて霧の中を進むと、入ったところにもどってしまう。でも逆に、と考えながら進むと、霧を越えられるんだ」

「でも、わたしは霧の中で引き返してみたけど、抜けられなかったわよ?」

「進む方向は、おそらく関係ないんだと思う。霧のどちら側に出たいと考えているかが大切なんだ」

 総司の答えに、カイと葵もハッとした様子で目を見開く。
 そんな二人の眼前で、総司は再び霧の方へ体を向けた。

「考えている方と逆の側に行きつく。それがこの霧のからくりだよ!」

 ビシッと霧を指さした総司が、自らの推理をしめくくる。その姿はまるで、霧の奥にいる魔女へ、自分が導き出した答えを突き付けているかのようだった。

「確かに、わたしたちはずっと霧を越えて魔女のところに行こうと考えていたわ。それはきっと、騎士団の一太刀も同じだったはず……。となると、つじつまは合うわね」

「なるほどな。そんなこと、考えもしなかったぜ。ソウジ、お前本当にすごいな」

 葵はうんうんと何度もうなずき、カイは尊敬の眼差しで総司の背を見る。
 対する総司は、少しはずかしそうに「たまたまだよ」と言葉を続けた。

「実は霧の中で転んで、方向を見失っちゃったんだ。それで、一度入ったところにもどろうと考えながら歩いていたら、偶然霧を抜けてしまって……」

「でも、そこから霧のからくりを見抜いたのは、ソージの力だよ」

「そうだぞ、ソウジ。お前は十分すげえ。もっと自信を持てよ」

 照れくさそうにする総司を、葵とカイが口々にほめ立てる。きっかけが何であろうと、霧の謎を解いたのは総司の手柄だ。
 偶然さえも味方にして、仲間を導く総司の聡明さ。その姿に、カイは賢者とうたわれた英雄の姿を重ね、思わずこう言った。

「今の総司は、まるでメルリウスみたいだぜ!」

「ん? ねえ、カイ。そのメルリウスって誰?」

 知らない名前が気になったのか、葵がカイに尋ねる。

「ああ、アオイには話してなかったな。賢者メルリウスっていうのは、ケセド王国に伝わる昔話に出てくる四英雄の一人だ」

「へえ、何かおもしろそう。わたしにもその昔話、聞かせてよ」

「おう、いいぜ」

 カイは総司に話したのと同じ昔話を葵にも語り聞かせる。葵も昔話がよほどおもしろいのか真剣に聞き入っていた。
 その昔話を聞き終え、葵は改めて、総司の方をまじまじと見つめる。

「なるほどね。それじゃあ、ソージも英雄になれる可能性があるのかもね」

「ははは。本当にそんな素質があるなら、うれしいけどね」

 葵にまで英雄みたいと言われ、総司が顔を赤くする。総司だって男の子。過去の英雄と並び称されて、うれしくないわけがないのだ。

「さて二人とも、これからどうする? 霧を突破する方法もわかったことだし、一気に魔女のところに攻めこむか?」

 カイがウズウズした様子で、総司と葵に声をかける。
 一応二人に尋ねているが、今すぐ霧に突っ込んでいきたいと思っているのが丸見えだ。
 しかし、そんなカイに対して総司と葵はそろって首をふった。

「ぼくは、一度小屋にもどるのに一票かな。霧の向こうに乗りこむのは、明日にした方がいいと思う」

「わたしもソージに賛成。もうすぐ夜になってしまうし、真っ暗な森を歩くのは危険だと思う。ただでさえ、霧の向こうは魔女のテリトリーなんだから」

「ええ! 今から行かないのかよ。早く行っちまった方がよくないか?」

 総司と葵から賛同を得られず、カイがくちびるをとがらせる。
 だが、総司は冷静な面持ちでもう一度首をふった。

「魔女のことだ。ぼくが霧を越えたことにも、とっくに気づいているかもしれない。だったら、今から無理しても、ぼくたちが不利になるだけだ。ここは、こちらも万全の態勢を整えた方がいい」

「でも、それだと魔女に逃げられるかもしれないぜ」

「これで向こうが逃げてくれるなら、むしろ戦わずにすんで好都合じゃない?」

「へ? あ、そうか。うーん……」

 総司の言葉に、カイがまたうなる。
 ただ、カイもバカではない。二人の考えは十分に理解していた。
 魔女は勢い任せで倒せるほど、甘い相手ではないのだ。

「まぁ、確かにそうだけどな。魔女って夜行性な感じもするし……。――うん、わかった。じいちゃんと無理しないって約束したからな。乗りこむのは明日にしよう!」

「夜行性って……。猫やふくろうじゃないんだから」

 カイの言葉に、総司が思わずツッコミを入れる。カイも納得したところで、三人は再び小屋へもどったのだった。
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