白紙の本の物語

日野 祐希

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第四章 魔女の霧

魔女の霧

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 次の日の朝。総司が目を覚ますと、となりに寝ていたはずのカイの姿が見当たらなかった。

「あれ? カイ?」

 メガネをかけて、総司がカイの姿を探す。
 すると、小屋の外から「せいっ!」というカイの声が聞こえてきた。
 総司はまだ寝ている葵を起こさないように注意しながら、小屋の外へ出た。

「うわっ! 寒い」

 暖炉に火がたかれている小屋の中と違い、朝の森の空気はとても冷たかった。総司がブルリと体をふるわせながら辺りを見回す。
 そうしたら、小屋の前で剣で素振りをしているカイの姿が目に入った。

「おう、おはよう! ソウジ、よく眠れたか?」

 総司の気配に気づいたのだろう。カイが素振りをやめて総司の方を向く。

「おはよう、カイ。おかげさまで、ぐっすり眠れたよ」

「そうか、それはよかったな」

 総司に言葉を返しながら、カイが素振りを再開する。
 その姿はとても堂に入っている。あまりにきれいな剣さばきに、総司は感嘆のため息をもらした。

「いつから素振りをしていたの?」

「明るくなり始めたころからだ。いつもやっていることだから、今日だけやらないのも変な気がしてさ」

 話をしながらも、カイは一定の間隔で素振りを繰り返す。それだけこの動作が体に染みついているのだろう。
 その様子を見ながら、総司が決意をこめた口調で言う。

「絶対魔女を倒して、三人でヘンリーさんのところに帰ろうね」

「おう、当然だ!」

 素振りをやめて剣を鞘に収めながら、カイが自信満々といった面持ちで言った。
 と、その時だ。

「あっ! 二人ともこんなところにいた!」

 突然の声に二人がふり返ると、小屋の入口の前に葵が立っていた。彼女は腰に手を当てて、二人をにらんでいる。その表情から察するに、少しご立腹といった様子だ。

「おはよう、アオイ」

「おはようじゃないよ、ソージ! 目が覚めたら、ソージもカイもいないんだもん。おいていかれたのかと思って、すごくあせったよ!」

 総司につめ寄った、葵が頬をふくらませる。その姿があまりにおかしくて、総司とカイは思わず笑ってしまった。

「ハハハ。すまねえ。それは悪いことをしちまったな」

「あはは。ぼくたちがアオイをおいて行くわけないじゃないか」

「何よ。二人そろって笑わなくてもいいじゃない!」

 総司とカイは、さらにむくれるアオイをなだめながら、小屋の中へもどるのだった。


          * * *


 朝ごはんを食べた総司達は、早速魔女の霧へ向けて出発した。
 昨日と同じく、三人は森の一本道をひたすらに進んでいく。
 雪がちらつく中を歩いていくと、道の先に雪とは違う乳白色の壁が見えてきた。さらに近づいてみると、それは壁ではなく、壁のように濃い霧であることがわかった。
 どうやら、それこそ目指していた魔女の霧のようだ。

「これが、騎士団の連中が言っていた『変な霧』か」

「霧というより、マンガとかで出てくる結界みたいな感じね」

「結界というのは、言い得て妙だね。この霧は、魔女の住処をかくす壁なんだろうし……」

 霧の感想を述べる葵に、総司がうなずき返す。
 すると、カイが総司と葵を見ながら問いかけた。

「さて、これからどうする?」

「とりあえず一度この中に入ってみない? 元の場所にもどってくるというのがどういうことか、試してみた方がいいと思うの」

「そうだね。もしかしたら運よく抜けられるかもしれないし、やってみよう」

 三人は持ってきたロープで互いの体をつないで、霧の中に入ることにした。
 カイを先頭にして、三人は霧の中を進んでいく。
 霧の中は、一歩先さえも見通せないほど真っ白だった。例えるなら、目隠しをして歩いているようなものだ。
 そんな道なき道を、手探りに十分ほど歩いたころのこと。急に三人の視界が開けた。

「おっ! 霧が晴れてきたぞ」

 カイを先頭に三人が霧の外に出る。
 三人で辺りを確認すると、そこは予想通り、彼らが霧に入った場所だった。

「あらら。やっぱりもどって来ちゃったか」

「でも、オレはずっとまっすぐ進んでいたはずなんだけどな」

「うーん、今度はぼくが先頭に立って入ってみてもいいかな」

 先頭を総司に交代して、再び霧の中に入ってみる。
 しかし、結果はやはり同じだった。
 次は葵が先頭に立って霧の中を進んだが、それでも結果は同じ。
 三回目の挑戦も失敗した三人は、お腹もへったので、昼食を取ることにした。

「まっすぐ進んでいるはずなんだけどな~。なんでもどってきちまうんだろう?」

 干し肉をかじりながら、カイが首をひねる。

「何か霧を抜ける条件があるはずなんだ。でも、ぼくたちはその条件をクリアできていないんだと思う」

「なんだよ、その条件って」

「それがわからないんだよね……」

 カイと同じように、総司も腕組みをして首をかしげる。昼食を食べながら、三人であれこれと意見を出し合ったが、良いアイデアは出てこなかった。

「条件ってのがわからないなら、とりあえず今までとは違うやり方をしてみようぜ」

 昼食を食べ終えて霧の前までもどってくると、カイは総司と葵に向かって言った。

「違うやり方って、例えばどんな?」

「うーん……あっ! もしかしたら一人ずつじゃないと通れないとかは考えられないか?」

 葵の問いかけに、カイが今思いついたという様子で答える。
 だが、即席で考えたにしてはなかなか鋭いそのアイデアに、総司が納得顔で手を打った。

「ああ、なるほど。それはありえるかもしれないね」

「そうだろ! というわけで、次はオレ一人で霧の中に入ってみようと思う」

 総司がうなずくのを見て、うれしそうにカイが言う。
 しかし、そこで葵が口をはさんだ。

「でも、一人で行くのは危ないんじゃない?」

「さっき三人で霧の中に入った時も、ここにもどってきちまう以外にはおかしなこともなかったからな。きっと大丈夫だろ。それに、もし霧を抜けられたとしても、何もしないでもどってくることにするからさ」

 心配する葵に、カイが安心させるように言い聞かせる。
 このまま悩んでいても仕方がないし、試せることは全部試してみたい。
 笑顔でそう言うカイに対し、葵はやれやれといった表情で言葉を返した。

「わかったわよ。でも、ヘンリーさんとの約束を忘れないようにね。無理は絶対ダメよ」

「おう! 心配してくれてありがとな、アオイ。それじゃあ、二人とも少し待っていてくれ」

 総司と葵に手をふりながら、カイは一人、霧の中に入っていった。
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