白紙の本の物語

日野 祐希

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第三章 百年前の英雄

旅立ち

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「おかえり、三人とも」

「ただいま、じいちゃん」

 宿屋にもどった三人を、ヘンリーが出迎える。彼は総司と葵に礼を言い、すぐに三人を家の中へ引き入れた。

「カイ、少しは頭が冷えたか?」

「ああ」

「思い直してくれたか?」

 ヘンリーの二つ目の問いかけに対して、カイが首を横にふる。
 さらにカイは、ヘンリーに向かって静かに頭を下げた。

「ごめん。じいちゃんがオレのことを思って止めてくれているってことは、よくわかるよ。でも、母さんのことを思うと、じっと待つことなんてできないんだ」

「……やはり、止まらないか」

 カイの言葉にヘンリーがため息をつく。その顔には、あきらめの表情がうかんでいた。

「お前がそう言うのはわかっていたんだ。お前はとても勇ましい子だからな」

 ヘンリーにはわかっていたのだ。カイが止まらないこと、そして、自分ではカイを止められないことを……。
 ヘンリーはカイの前まで歩いていき、彼の肩に手を置いた。

「お前の意思が変わらないと言うなら、もう止めはしない。自分の思うようにやってみなさい。――だがな、無理だけはしないでくれ。そして、必ず帰ってくると約束しておくれ」

「わかった、約束する」

 肩に乗ったヘンリーの手に自分の手を重ね、カイがうなずく。
 すると、カイの横に総司と葵が進み出た。

「大丈夫です。カイが無理しないよう、ぼくたちがしっかり見張っておきますから」

 ドンと胸を叩いた総司が、任せてくれといった表情でヘンリーを見る。
 一方、ヘンリーはたまげたという顔だ。カイと全く同じ反応をする辺り、やはり血のつながった祖父と孫である。

「まさか、君たちもカイについて行くと言うのかい?」

「はい。カイはわたしたちの大切な友達ですから。カイが行くと言うなら、わたしたちはカイを手伝います」

「ソウジ君、アオイちゃん……。――ああ、ありがとう。二人とも、カイをよろしく頼むよ」

 カイを「大切な友人だ」と言って、屈託なく笑う総司と葵。そんな二人の笑顔に、ヘンリーの目に涙がうかべる。
 だが、それも束の間のこと。ヘンリーは「ああ、そうだ」と、何かを思い出したように奥の部屋へと入っていく。
 しばらくすると、彼は両手に包みを抱えてもどってきた。

「カイが行くと言ったら、渡そうと思っていたものだ。持っていくといい」

 そう言ってヘンリーが、テーブルの上に抱えていた包みを置く。中から出てきたのは、騎士が持つ長剣と短刀、そして木製の弓矢だった。

「実はな、わしも昔は騎士団に所属していたのだ。この長剣と短刀は、そのころにわしが使っていたものだよ。年代物だが、まだまだ現役で使える。この弓矢は狩猟用のものだが、きっと役に立つだろう」

「すげぇ! じいちゃん、ありがとう!」

 長剣を手に取って、カイがうれしそうな様子でヘンリーに礼を言う。初めて持つ本物の騎士の剣に、興奮をかくせない様子だ。

「この弓矢は、わたしが使っていいですか?」

「ああ、構わないよ。だが、アオイちゃんは弓の使い方を知っているのかい?」

「はい。お父さんから教えてもらいました」

 葵が弓の心得があることを知ると、ヘンリーはあっさりと葵に弓をゆずってくれた。そして、残った短刀はお守りとして総司に手わたした。

「ありがとうございます、ヘンリーさん。とても心強いです」

「礼には及ばないよ。さて、他にも色々準備しないといけないな。三人とも、今日はゆっくり休んで、出発は明日の朝にするといい」

「わかったよ、じいちゃん」

 その後は、旅の準備に大忙しだ。
 旅の間に食べる食料。防寒用のマントに、暗闇を照らすランタン。その他にも、ヘンリーが必要と思われるものを次々とそろえていく。
 準備につかれた総司たち三人は、どろのように眠り――迎えた次の日の朝。
 外が明るくなり始めるころ、三人は玄関の前でヘンリーと向き合っていた。

「いいかい、三人とも無理だけはするんじゃないぞ。必ず、三人とも無事に帰ってきておくれ」

「わかってるよ、じいちゃん。約束は絶対守るさ!」

 頭からすっぽりマントをかぶり、荷物を持ったカイが笑顔で答える。

「君たちもわかったね」

「はい、わかりました!」

「必ず三人で帰ってきます!」

 荷物を手にした総司と、弓と矢筒を肩にかけた葵がそれぞれ返事をする。二人とも、カイと同じようにマントをかぶり、すっかり旅装束だ。

「それじゃあ、行って来るよ、じいちゃん!」

『行ってきます!』

「ああ、行っておいで。気をつけてな」

 ヘンリーに見送られながら、三人は暗い森へと歩き出したのだった。
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