7 / 39
第三章 百年前の英雄
ケセド王国の昔話
しおりを挟む
総司と葵がカイの家で世話になり始めて、一週間が経った。
その間に、カイやヘンリーとすっかり仲良くなった、総司と葵。二人は、家事や宿屋の仕事を手伝いながら、物語に動きがないかを探っていた。
「そういえばさ、カイは何で英雄になりたいと思うようになったの?」
それは、家の裏手で総司とカイが薪割りをしていた時のこと。
ふと手を止めた総司は、同じく薪を割っていたカイへ、唐突に質問をぶつけた。総司としては、一応これも調査の一つ――と言いたいところだが、半分は純粋な興味だ。
対して寝耳に水の質問にきょとんとしたカイは、不思議そうに首をかしげた。
「なんだよ、急に」
「いや、何となく気になって。最初に会った時に、『英雄になる』って言っていたから、何か理由があるのかなって思っただけ」
「そっか。いや、別に大した理由はねえよ。ただ、小さいころに母さんから、この国の昔話を教えてもらってさ。その話の中に出てきた英雄に憧れたのが、きっかけと言えばきっかけだな」
「へえ、なんかおもしろそうだね。それって、どんな話なの?」
「うーん。オレだとあんまりうまく話せないけど、それでもいいか?」
「うん! 構わないから、聞かせてよ」
総司が目を輝かせて、カイを見る。読書好きの総司にとって、この手の話は大好物だ。調査のことなんてすっかり忘れ、英雄の物語とやらに集中する。
そんな総司の姿に、カイは苦笑いしつつオノを置いて、昔話を語り始めた。
「これは百年くらい前、このケセド王国がまだできたばかりのころの話だそうだ。ケセド王国ができたころ、王都の近くに凶暴なオーガの軍勢が住み着いたんだと。そんで、オーガの王バラムってのが、手下のオーガたちに王都を襲わせたらしい」
何度も何度も聞いてきた話なのだろう。カイの語りにはまったく淀みがない。
彼はバラムが王都の近くに城を建て、人々にひどいことをしていた件を臨場感たっぷりに話した。
「王国の人たちは、バラムとオーガたちを倒そうとはしなかったの?」
ふと疑問に思ったことを、総司がカイに尋ねる。
そうしたらカイは、聞かれることがわかっていたかのように、さらりと答えた。
「バラム自身が恐ろしく強い上に、手下のオーガもたくさんいたそうだからな。当時の騎士団じゃあ、手も足も出なかったらしい」
「そうだったんだ……」
「そんな時に、四人の旅人が現れたんだ。彼らはバラムとオーガたちに苦しめられるケセド王国を見て、心を痛めたらしい。それで、四人は王国を救うため、オーガ退治に向かったんだ」
カイは興奮した様子で、旅人たちの活躍を語る。
旅人たちがバラムの城に真正面からのりこみ、オーガをなぎ倒していったこと。彼らのあまりの強さに、手下のオーガたちがバラムを残して逃げ出したこと。彼らがいかに強く、聡明で、勇敢だったかを、カイは身ぶり手ぶりを交えて総司に教えた。
昔話を語るカイの目にうかぶのは、旅人たちに対する純粋な尊敬、そして憧れだった。
「城の玉座の間で、旅人たちはついにバラムと対峙し、圧倒的な強さで追いつめた。最後は勝てないと悟ったバラムが、命ごいまでしたそうだ。旅人たちは命を助ける代わりに、二度と人々を苦しめないことをバラムに約束させた。その後、バラムは手下のオーガ共々、どこかへと逃げて行ったんだとさ」
「へぇ、たった四人でオーガを追い払ってしまうなんて、本当にすごい人たちだったんだね」
「やっぱり、ソウジもそう思うか!」
感心した様子で言う総司を前に、カイもうれしそうに笑う。まるで、自分がほめられたかのような喜びっぷりだ。カイにとって、この英雄たちはそれだけ大きな存在ということなのだろう。
「そんで、オーガたちを追いはらった四人の旅人は、ケセド王国の民から英雄と称えられたんだ。彼らはその後、騎士団を強く鍛え上げ、また旅立ったんだと」
「なるほどね。で、カイはその人たちのような英雄になりたいんだね」
「そういうこった。オレもこの四人みたいに、国を守れるくらい強い男になりたい。だから、小さいころから毎日素ぶりとかして鍛えてんだぜ!」
そう言って、カイが力こぶを作ってみせる。
その腕は、子どもとは思えないほど良く鍛えられていた。
「今この国に訪れているのは、百年前に匹敵する危機だ。だから今度はオレが、四人の英雄たちに代わってケセド王国を守りたいんだ」
森の方を見て語るカイの目は、真剣そのものだ。総司はその姿に、今まで読んできた物語の主人公に通じるものを感じていた。
(やっぱり、この本の主人公はカイに違いない。なら、ぼくもカイを精一杯サポートしよう。カイが過去の英雄たちに肩を並べる、真の英雄になれるように……)
それこそが、この世界で自分の果たすべき役目。カイの思いの丈を聞き、総司もまた、自らの決意を新たにするのだった。
「あ、そうだ! ねえ、カイ。その旅人たちの名前は、伝わってないの?」
「当然伝わっているぞ。剣聖アスラン、賢者メルリウス、大魔女マリア、名射手ディアナだ!」
「剣聖、賢者、大魔女に、名射手か。かっこいいなぁ。正に英雄って感じだね」
「だろう! オレはアスランのような英雄になりたいんだ。アスランは常に戦いの最前線に立って、剣で道を切り開いた人なんだぜ! すごくかっこいいだろう!」
カイがまた興奮した様子で、総司に語る。
目をキラキラ輝かせたカイの姿には、自然と応援したくなるような魅力があった。
「そうなんだ。なんかカイらしい気がする。ぼく、応援するよ」
「えへへ。ありがとな、ソウジ」
照れくさそうに笑いながら、カイが総司に礼を言う。
さらにカイは、『秘密だぜ!』という顔で、そっとこんなことを打ち明けた。
「あとさ……実はオレ、最初にお前たちを見た時、百年前みたいに英雄が現れたのかと思ったんだぜ。――でもお前ら、あんまり強そうには見えないからな。世の中そんなうまくはいかないってこった」
やっぱりオレが魔女を倒すしかないな、とカイが笑う。
「あはは。そうだったんだ。ご期待にそえなくてごめんね」
(ごめんね、カイ。正解は本の中に吸い込まれた、ただの迷子でした……)
カイに相づちを打ちながら、総司は心の中であやまるのだった。
その間に、カイやヘンリーとすっかり仲良くなった、総司と葵。二人は、家事や宿屋の仕事を手伝いながら、物語に動きがないかを探っていた。
「そういえばさ、カイは何で英雄になりたいと思うようになったの?」
それは、家の裏手で総司とカイが薪割りをしていた時のこと。
ふと手を止めた総司は、同じく薪を割っていたカイへ、唐突に質問をぶつけた。総司としては、一応これも調査の一つ――と言いたいところだが、半分は純粋な興味だ。
対して寝耳に水の質問にきょとんとしたカイは、不思議そうに首をかしげた。
「なんだよ、急に」
「いや、何となく気になって。最初に会った時に、『英雄になる』って言っていたから、何か理由があるのかなって思っただけ」
「そっか。いや、別に大した理由はねえよ。ただ、小さいころに母さんから、この国の昔話を教えてもらってさ。その話の中に出てきた英雄に憧れたのが、きっかけと言えばきっかけだな」
「へえ、なんかおもしろそうだね。それって、どんな話なの?」
「うーん。オレだとあんまりうまく話せないけど、それでもいいか?」
「うん! 構わないから、聞かせてよ」
総司が目を輝かせて、カイを見る。読書好きの総司にとって、この手の話は大好物だ。調査のことなんてすっかり忘れ、英雄の物語とやらに集中する。
そんな総司の姿に、カイは苦笑いしつつオノを置いて、昔話を語り始めた。
「これは百年くらい前、このケセド王国がまだできたばかりのころの話だそうだ。ケセド王国ができたころ、王都の近くに凶暴なオーガの軍勢が住み着いたんだと。そんで、オーガの王バラムってのが、手下のオーガたちに王都を襲わせたらしい」
何度も何度も聞いてきた話なのだろう。カイの語りにはまったく淀みがない。
彼はバラムが王都の近くに城を建て、人々にひどいことをしていた件を臨場感たっぷりに話した。
「王国の人たちは、バラムとオーガたちを倒そうとはしなかったの?」
ふと疑問に思ったことを、総司がカイに尋ねる。
そうしたらカイは、聞かれることがわかっていたかのように、さらりと答えた。
「バラム自身が恐ろしく強い上に、手下のオーガもたくさんいたそうだからな。当時の騎士団じゃあ、手も足も出なかったらしい」
「そうだったんだ……」
「そんな時に、四人の旅人が現れたんだ。彼らはバラムとオーガたちに苦しめられるケセド王国を見て、心を痛めたらしい。それで、四人は王国を救うため、オーガ退治に向かったんだ」
カイは興奮した様子で、旅人たちの活躍を語る。
旅人たちがバラムの城に真正面からのりこみ、オーガをなぎ倒していったこと。彼らのあまりの強さに、手下のオーガたちがバラムを残して逃げ出したこと。彼らがいかに強く、聡明で、勇敢だったかを、カイは身ぶり手ぶりを交えて総司に教えた。
昔話を語るカイの目にうかぶのは、旅人たちに対する純粋な尊敬、そして憧れだった。
「城の玉座の間で、旅人たちはついにバラムと対峙し、圧倒的な強さで追いつめた。最後は勝てないと悟ったバラムが、命ごいまでしたそうだ。旅人たちは命を助ける代わりに、二度と人々を苦しめないことをバラムに約束させた。その後、バラムは手下のオーガ共々、どこかへと逃げて行ったんだとさ」
「へぇ、たった四人でオーガを追い払ってしまうなんて、本当にすごい人たちだったんだね」
「やっぱり、ソウジもそう思うか!」
感心した様子で言う総司を前に、カイもうれしそうに笑う。まるで、自分がほめられたかのような喜びっぷりだ。カイにとって、この英雄たちはそれだけ大きな存在ということなのだろう。
「そんで、オーガたちを追いはらった四人の旅人は、ケセド王国の民から英雄と称えられたんだ。彼らはその後、騎士団を強く鍛え上げ、また旅立ったんだと」
「なるほどね。で、カイはその人たちのような英雄になりたいんだね」
「そういうこった。オレもこの四人みたいに、国を守れるくらい強い男になりたい。だから、小さいころから毎日素ぶりとかして鍛えてんだぜ!」
そう言って、カイが力こぶを作ってみせる。
その腕は、子どもとは思えないほど良く鍛えられていた。
「今この国に訪れているのは、百年前に匹敵する危機だ。だから今度はオレが、四人の英雄たちに代わってケセド王国を守りたいんだ」
森の方を見て語るカイの目は、真剣そのものだ。総司はその姿に、今まで読んできた物語の主人公に通じるものを感じていた。
(やっぱり、この本の主人公はカイに違いない。なら、ぼくもカイを精一杯サポートしよう。カイが過去の英雄たちに肩を並べる、真の英雄になれるように……)
それこそが、この世界で自分の果たすべき役目。カイの思いの丈を聞き、総司もまた、自らの決意を新たにするのだった。
「あ、そうだ! ねえ、カイ。その旅人たちの名前は、伝わってないの?」
「当然伝わっているぞ。剣聖アスラン、賢者メルリウス、大魔女マリア、名射手ディアナだ!」
「剣聖、賢者、大魔女に、名射手か。かっこいいなぁ。正に英雄って感じだね」
「だろう! オレはアスランのような英雄になりたいんだ。アスランは常に戦いの最前線に立って、剣で道を切り開いた人なんだぜ! すごくかっこいいだろう!」
カイがまた興奮した様子で、総司に語る。
目をキラキラ輝かせたカイの姿には、自然と応援したくなるような魅力があった。
「そうなんだ。なんかカイらしい気がする。ぼく、応援するよ」
「えへへ。ありがとな、ソウジ」
照れくさそうに笑いながら、カイが総司に礼を言う。
さらにカイは、『秘密だぜ!』という顔で、そっとこんなことを打ち明けた。
「あとさ……実はオレ、最初にお前たちを見た時、百年前みたいに英雄が現れたのかと思ったんだぜ。――でもお前ら、あんまり強そうには見えないからな。世の中そんなうまくはいかないってこった」
やっぱりオレが魔女を倒すしかないな、とカイが笑う。
「あはは。そうだったんだ。ご期待にそえなくてごめんね」
(ごめんね、カイ。正解は本の中に吸い込まれた、ただの迷子でした……)
カイに相づちを打ちながら、総司は心の中であやまるのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
リュッ君と僕と
時波ハルカ
児童書・童話
“僕”が目を覚ますと、
そこは見覚えのない、寂れた神社だった。
ボロボロの大きな鳥居のふもとに寝かされていた“僕”は、
自分の名前も、ママとパパの名前も、住んでいたところも、
すっかり忘れてしまっていた。
迷子になった“僕”が泣きながら参道を歩いていると、
崩れかけた拝殿のほうから突然、“僕”に呼びかける声がした。
その声のほうを振り向くと…。
見知らぬ何処かに迷い込んだ、まだ小さな男の子が、
不思議な相方と一緒に協力して、
小さな冒険をするお話です。
空の話をしよう
源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」
そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。
人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。
生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。

こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる