はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です。

日野 祐希

文字の大きさ
上 下
29 / 77
第二話 ~夏~ 地獄にも研修はあるようです。――え? 行き先は、天国?

天国本館のカウンターは戦場でした。

しおりを挟む
 研修三日目。つまりは新人研修最終日。
 この日は受講者全員、朝から本館のロビーに集められました。

「さて皆さん、本日はここ、黄泉国立図書館天国本館でいくつかの業務を体験していただこうと思います」

 開館二十分前。まだ利用者のいないロビーで、石上さんが本日の実務研修に関しての説明をしてくれています。
 ちなみに一歩引いた位置には、藤原さんもいらっしゃっています。
 今日はこの二名で、受講者の監督をするようです。
 黄泉国立図書館が誇るツートップ。盤石の布陣ですね。

「皆さんも一日目の講義で知っての通り、天国本館は膨大な蔵書数を誇るため、利用者からの依頼を受けて職員が本の出納を行います。また、本の利用方法は館内閲覧のみですから、利用が終わった本が次々と返ってきます。本日皆さんに行ってもらうのは、この依頼の受付と本の出納、返却された資料の配架、閲覧室の巡回です。――では皆さん、今から配る紙を一枚ずつ受け取ってください」

 そう言って、石上さんが受講者にコピー紙を回しました。受け取って内容を読んでみると、そこには本日の班分けと班ごとのスケジュールが書かれています。
 ふむふむ……。私達地獄分館組は全員揃ってA班ですね。
 スケジュールは午前中がカウンターでの依頼受付、午後が最初に本の出納で、最後に閲覧室の巡回ですか。

「それでは、A班の皆さんは小生がご案内します。B班の方々は藤原殿の指示に従ってください」

 スケジュールを確認する私達に、石上さんが手際よく指示を出していきます。
 班ごとに分かれた私達はそれぞれ石上さんと藤原さんに付いて、各班の持ち場へと移動を開始しました。

「さあ皆さん、ここが天国本館の閲覧申請カウンターです」

 私達A班が案内されたのは、役所のようにいくつも窓口が並んだカウンターでした。数えてみたところ、一度に10人が並んで利用者の対応ができるようになっています。
 さすがは黄泉国立図書館の本館です。受付カウンターの広さも、地獄分館とは比べ物になりませんね。

「本日は一番から三番までのカウンターを研修用に使わせてもらうことになっています。それでは、二人一組でカウンターに付いてください。私は後ろに控えていますので、わからないことがあったらすぐに呼んでくださいね」

「「「はい(は~い)!」」」

 A班全員で石上さんへ返事をするのと同時、開館を告げる館内アナウンスが流れました。
 地獄分館ではほとんど人が来ない毎日でしたが、ここではそのようなことはないでしょう。つまり、私の実力を如何なく発揮できるというわけです。

(さあ、気合を入れてカウンターに入るとしましょうか!)

 私はペアを組んだとまとさんと共に、颯爽と一番カウンターへ入って行きました――。


 * * *


「――はい! これで午前の研修は終了です。A班の皆さん、お疲れ様でした」

 利用者の流れが一段落したところを見計らい、石上さんがパンパンと手を打ちながら私達の注目を集めました。
 言われて腕時計を見てみれば、すでにお昼を回っています。
 全然気が付きませんでした。

「何この戦場……。利用者多過ぎ……」

「僕達、なんで天国で地獄を見ているんだろう……」

 交代の職員に席を譲っていたら、受講者達の話し声が聞こえてきました。
 あはは。戦場というのは、なかなかに言い得て妙ですね。利用者数なんてたかが知れている分館や分室と違い、本館のカウンター業務は正に戦場と言えるほどの忙しさでした。
 私達受講者にとって、この忙しさは最早軽いカルチャーショックですよ。
 さすがは、日本のあの世で最大最高の図書館。蔵書数、施設規模だけでなく、一日の利用者数もメガトン級です。
 おかげで息をつく暇もなく、あっという間に午前中の実務研修が終了です。

「少し時間をオーバーしてしまいましたね。では、一時十分までお昼休憩の時間とします。お昼休憩が終わりましたら、次は旧館地下一階の第一閉架書庫へ集合してください。――それでは、解散!」

 A班の面子が全員カウンターを出たところで、石上さんが事務連絡を入れます。
 慣れない受付業務で疲れきった私達は、その連絡をぼんやりした頭で聞き、ゾンビのような足取りで受付カウンターを後にしたのでした。

 フフフ……。天国本館の恐ろしさ、たっぷりと体験させてもらいましたよ……。
 才色兼備のスーパー司書である私をここまで追い詰めるとは、誠にあっぱれです。褒めて遣わす。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おねしょ合宿の秘密

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
おねしょが治らない10人の中高生の少女10人の治療合宿を通じての友情を描く

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

処理中です...