27 / 77
第二話 ~夏~ 地獄にも研修はあるようです。――え? 行き先は、天国?
研修、一日目です。
しおりを挟む
一日目第一講義:黄泉国立図書館概論 講師:石上宅嗣氏
新人研修開講一番の講義は、石上さんによる黄泉国立図書館の概要説明です。
図書館の業務、本館・分館・分室・保存書庫のそれぞれが持つ役割、黄泉国立図書館の歴史などを二時間みっちりと教えていただきました。
この講義で特筆すべき点は、やはりこの図書館の歴史でしょうね。
現在、この図書館で最古参の職員は石上さんなのですが、彼をしてもこの図書館の黎明期を見てはいないとのことでした。
何でもこの図書館、元は黄泉津大神――伊耶那美命が現世のアレクサンドリア図書館を見て、「わらわもあれが欲しい!」と駄々をこねたのが始まりなのだそうです。
つまり黄泉国立図書館は、紀元前開館の図書館ということですね。具体的に言うと、五年前に開館二千二百周年式典を行ったとのことでした。
ちなみに、開館当時は司書全員が神様もしくはそれに準ずるお歴々で固められていたそうですよ。あの世を統べる神様の強権、恐るべしですね。七割くらい分けてほしいものです。
まあ、それはおいておきまして……。
それにしてもまったく、伊邪那美様は本当に我が儘でどうしようもない方ですね。理不尽な女神に付き合わされた当時の方々の苦労が忍ばれます。
女神というのなら、少しは大和撫子の化身たる私を見習って、奥ゆかしさというものを覚えるべきでしょう。
とはいえ、彼女の我が儘のおかげで、私は今こうして司書をやっていられるわけですからね。ここはグッジョブと褒めておきますか。
余談ですが、後日このことを閻魔様に話したら、どこからともなく『お前も大して変わらん!』という思念を感じたのですよね。あれは一体何だったのでしょうか?
その後閻魔様がどこかへ消えたと思ったら、翌日地獄の窯の中で出汁を取られていましたし。不思議なこともあるものですね。ウフフ……。
ともあれ、この講義は石上さんの卓越した話力と構成力により、数々の要点を無理なく学ぶことができました。
さすがは黄泉国立図書館の筆頭司書。講師としての練度も段違いですね。褒めて遣わします。
一日目第二講義:図書館経営論 講師:金森総司氏
お昼休みを挟んで行われた第二講義は、図書館経営論です。
お話をしてくださったのは黄泉国立図書館の総務・会計課長である、金森総司さんという事務員さんでした。
この方、高度成長期に過労で亡くなったとのことで、今年で勤続五十年目だそうです。
基本的に体育会系な上、根っからのワーカーホリックらしく、一人で総務と会計をまとめているとのことでした。名前の字面から言っても、ある意味ピッタリの人選ですね。
で、彼の講義ですが――それはそれは大変白熱しました。……まあ、盛り上がっていたのは、もっぱら金森氏のみでしたけどね。
ええ、もう一人で勝手にヒートアップして、たくさんの武勇伝を語ってくださいましたよ。……講義内容そっちのけで。
百二十時間連続で働いたことがあるだとか、天国庁のトップに君臨する神々を説得して予算を勝ち取ったとか……。とにかくやたらと熱く話し続けました。
最後の方なんて、ウザいとかいう感情を通り越して、拷問の域に入っていましたね。
その破壊力たるや、講義を受けていた何人かが机に倒れ込み、何人かがお経や祝詞を読んで神仏に祈り、残りは十字を切って他国の神に縋っていた程です。
なお、調子に乗った彼は時間を無視してエンドレスリピートに入ろうとしましたので、見かねた私が全受講者を代表して休ませて差し上げました。頭に大きなたんこぶを作って教卓へ突っ伏した彼は、とても安らかな顔で永眠――いえ、熟睡していました。
本人曰く、昨晩は徹夜だったとのことですし、ちょうど良い休息になったことでしょう。
この講義を通して我々が学んだこと。それは上司の武勇伝は拷問級のパワハラにもなり得るということ、そして何事も適材適所で人選が大事ということの二点のみでした。
一日目第三講義:資料組織論 講師:藤原佐世氏
研修一日目、最後の講義は藤原佐世さんによる資料組織論の講義です。簡単に言えば、本の検索用情報の作り方や図書館における本の並べ方に関する講義ですね。
ところで皆さん、藤原佐世さんってご存知ですか?
藤原さんは平安時代の貴族で、『阿衡の紛議』という政治紛争の当事者として知っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
ただ、この方の情報で一番重要なのは、この図書館の館長・菅原道真公と生前からの顔見知りということでしょうか。
同じ時代を生きた天才同士にして、同じく左遷を経験した者同士。
かような共通点もあってか、このお二方はなかなか気が合うようです。亡くなってからは仲の良い飲み友達として、よく二人で夜の街へ繰り出しているそうですよ。
彼がこの図書館の司書になったのも、館長の熱烈オファーに応えたからだとか。
藤原さんは生前に『日本国見在書目録』という漢籍目録を作成していたので、館長も胸を張って推薦できたのでしょうね。藤原さんがこの講義を担当しているのも、これが理由です。
で、肝心の講義の方は要点を押さえていて、石上さんに負けず劣らずの解りやすい内容でした。――ええ、講義自体には何の落ち度もありませんでしたよ。愉快☆痛快ダイジェスト的にはまったく面白くない程に。
けれど……タイミングが絶望的に悪かったですね。
某講師の拷問のような武勇伝地獄にHPとMPを削り取られた受講者達に、もはや講義を聞くだけの力は残っていませんでした。
講義の間、ある者は真っ白な灰のごとく燃えつき、ある者は廃人のごとく言葉にならない言葉をつぶやき続け、ある者は書置きを残して旅に出てしまいました(すぐ近くの廊下で力尽きて、行き倒れていましたが)。
ちなみに私と子鬼三兄弟は、端から金森さんの武勇伝を聞いておりませんでしたので、何食わぬ顔で講義を受けていましたけどね。
それでも十三人中九人――三分の二以上がダウン状態です。おかげで第二講義とは別の意味でまともな講義になりませんでした。
藤原さんは講義が終わってすぐ、「だから金森さんの後は嫌だったんだ……」と涙交じりに呟きながら多目的室を後にしました。
彼、今回の新人研修におけるキング・オブ・可哀想な人に決定ですね。
やはり来年からは、講師の人選を再考した方が良いでしょう。これ以上、犠牲者を出さないためにも……。
* * *
はい!
怒涛の一日目はこれにて終了です。
では、続いて二日目ダイジェストも張り切ってどうぞ!
新人研修開講一番の講義は、石上さんによる黄泉国立図書館の概要説明です。
図書館の業務、本館・分館・分室・保存書庫のそれぞれが持つ役割、黄泉国立図書館の歴史などを二時間みっちりと教えていただきました。
この講義で特筆すべき点は、やはりこの図書館の歴史でしょうね。
現在、この図書館で最古参の職員は石上さんなのですが、彼をしてもこの図書館の黎明期を見てはいないとのことでした。
何でもこの図書館、元は黄泉津大神――伊耶那美命が現世のアレクサンドリア図書館を見て、「わらわもあれが欲しい!」と駄々をこねたのが始まりなのだそうです。
つまり黄泉国立図書館は、紀元前開館の図書館ということですね。具体的に言うと、五年前に開館二千二百周年式典を行ったとのことでした。
ちなみに、開館当時は司書全員が神様もしくはそれに準ずるお歴々で固められていたそうですよ。あの世を統べる神様の強権、恐るべしですね。七割くらい分けてほしいものです。
まあ、それはおいておきまして……。
それにしてもまったく、伊邪那美様は本当に我が儘でどうしようもない方ですね。理不尽な女神に付き合わされた当時の方々の苦労が忍ばれます。
女神というのなら、少しは大和撫子の化身たる私を見習って、奥ゆかしさというものを覚えるべきでしょう。
とはいえ、彼女の我が儘のおかげで、私は今こうして司書をやっていられるわけですからね。ここはグッジョブと褒めておきますか。
余談ですが、後日このことを閻魔様に話したら、どこからともなく『お前も大して変わらん!』という思念を感じたのですよね。あれは一体何だったのでしょうか?
その後閻魔様がどこかへ消えたと思ったら、翌日地獄の窯の中で出汁を取られていましたし。不思議なこともあるものですね。ウフフ……。
ともあれ、この講義は石上さんの卓越した話力と構成力により、数々の要点を無理なく学ぶことができました。
さすがは黄泉国立図書館の筆頭司書。講師としての練度も段違いですね。褒めて遣わします。
一日目第二講義:図書館経営論 講師:金森総司氏
お昼休みを挟んで行われた第二講義は、図書館経営論です。
お話をしてくださったのは黄泉国立図書館の総務・会計課長である、金森総司さんという事務員さんでした。
この方、高度成長期に過労で亡くなったとのことで、今年で勤続五十年目だそうです。
基本的に体育会系な上、根っからのワーカーホリックらしく、一人で総務と会計をまとめているとのことでした。名前の字面から言っても、ある意味ピッタリの人選ですね。
で、彼の講義ですが――それはそれは大変白熱しました。……まあ、盛り上がっていたのは、もっぱら金森氏のみでしたけどね。
ええ、もう一人で勝手にヒートアップして、たくさんの武勇伝を語ってくださいましたよ。……講義内容そっちのけで。
百二十時間連続で働いたことがあるだとか、天国庁のトップに君臨する神々を説得して予算を勝ち取ったとか……。とにかくやたらと熱く話し続けました。
最後の方なんて、ウザいとかいう感情を通り越して、拷問の域に入っていましたね。
その破壊力たるや、講義を受けていた何人かが机に倒れ込み、何人かがお経や祝詞を読んで神仏に祈り、残りは十字を切って他国の神に縋っていた程です。
なお、調子に乗った彼は時間を無視してエンドレスリピートに入ろうとしましたので、見かねた私が全受講者を代表して休ませて差し上げました。頭に大きなたんこぶを作って教卓へ突っ伏した彼は、とても安らかな顔で永眠――いえ、熟睡していました。
本人曰く、昨晩は徹夜だったとのことですし、ちょうど良い休息になったことでしょう。
この講義を通して我々が学んだこと。それは上司の武勇伝は拷問級のパワハラにもなり得るということ、そして何事も適材適所で人選が大事ということの二点のみでした。
一日目第三講義:資料組織論 講師:藤原佐世氏
研修一日目、最後の講義は藤原佐世さんによる資料組織論の講義です。簡単に言えば、本の検索用情報の作り方や図書館における本の並べ方に関する講義ですね。
ところで皆さん、藤原佐世さんってご存知ですか?
藤原さんは平安時代の貴族で、『阿衡の紛議』という政治紛争の当事者として知っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
ただ、この方の情報で一番重要なのは、この図書館の館長・菅原道真公と生前からの顔見知りということでしょうか。
同じ時代を生きた天才同士にして、同じく左遷を経験した者同士。
かような共通点もあってか、このお二方はなかなか気が合うようです。亡くなってからは仲の良い飲み友達として、よく二人で夜の街へ繰り出しているそうですよ。
彼がこの図書館の司書になったのも、館長の熱烈オファーに応えたからだとか。
藤原さんは生前に『日本国見在書目録』という漢籍目録を作成していたので、館長も胸を張って推薦できたのでしょうね。藤原さんがこの講義を担当しているのも、これが理由です。
で、肝心の講義の方は要点を押さえていて、石上さんに負けず劣らずの解りやすい内容でした。――ええ、講義自体には何の落ち度もありませんでしたよ。愉快☆痛快ダイジェスト的にはまったく面白くない程に。
けれど……タイミングが絶望的に悪かったですね。
某講師の拷問のような武勇伝地獄にHPとMPを削り取られた受講者達に、もはや講義を聞くだけの力は残っていませんでした。
講義の間、ある者は真っ白な灰のごとく燃えつき、ある者は廃人のごとく言葉にならない言葉をつぶやき続け、ある者は書置きを残して旅に出てしまいました(すぐ近くの廊下で力尽きて、行き倒れていましたが)。
ちなみに私と子鬼三兄弟は、端から金森さんの武勇伝を聞いておりませんでしたので、何食わぬ顔で講義を受けていましたけどね。
それでも十三人中九人――三分の二以上がダウン状態です。おかげで第二講義とは別の意味でまともな講義になりませんでした。
藤原さんは講義が終わってすぐ、「だから金森さんの後は嫌だったんだ……」と涙交じりに呟きながら多目的室を後にしました。
彼、今回の新人研修におけるキング・オブ・可哀想な人に決定ですね。
やはり来年からは、講師の人選を再考した方が良いでしょう。これ以上、犠牲者を出さないためにも……。
* * *
はい!
怒涛の一日目はこれにて終了です。
では、続いて二日目ダイジェストも張り切ってどうぞ!
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
蛍地獄奇譚
玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。
蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。
*表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。
著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁
天国の指名手配犯
はに
ファンタジー
※再投稿中※(毎日更新)
両親と3人で暮らす緑河 里菜、
至って普通の3人家族に見えるが、
実は里菜にはとある秘密があった。
とある使命を持ち、
天国から派遣された里菜
その使命には
里菜の両親が関係していた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる