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第二話 ~夏~ 地獄にも研修はあるようです。――え? 行き先は、天国?
約束を果たしに行きました。
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「ほっほっほっ。やあやあ、よく来たね。ここは日本天国庁入国管理局。文字通り、天国の入り口じゃよ」
「お久しぶりですね、白仙さん。お元気にしていらっしゃいましたか?」
「……………………」
笑顔のまま顔を真っ青にした白仙さんが、ボケ老人とは思えない俊敏性で逃げ出しました。
ウフフ。私の顔を見て逃げ出すなんて、白仙さんは恥ずかしがり屋さんですね。
……あらあら、まるで化け物を見たような顔していますよ。まったくいい度胸していますね、あのクソジジイ。
「とまとさん、ちーずさん、ばじるさん。――お願いします」
「「「あいさ~!」」」
呼び掛けの意味を阿吽の呼吸で理解した子鬼さん三兄弟が、即座に白仙さんを捕えました。
引っ立てられた上、床に正座させられた白仙さんを見下ろしつつ、私は超笑顔で小首を傾げます。
「――で、言い訳は?」
「い、いや、儂は逃げたわけではなくてな! 突然のことにびっくりして、思わず体が拒否反応を――ではなく! 喜びのあまり思わず駆け出してしまったのじゃ!!」
短く要点だけを聞く私に、白仙さんは必死の形相でジェスチャー交じりに捲し立てました。
あはは。駆け出す程にうれしかったのですか。そうですか。いいでしょう。今回はそういうことにしておいてあげます。――次はないですよ、白仙さん。
「さあさあ、こちらへおいで。ちょうど、巷でおいしいと評判の『天国堂のどら焼き』もあるでな」
「あら、本当においしそう。ありがとうございます」
言外に圧力を掛けていたら、解放された白仙さんが目を見張るような素早い動きで応接スペースにお茶とお菓子を用意してくださいました。そのまま孫が遊びに来た時のおじいちゃんのように、私達に向かって手招きしています。
せっかくの歓待ですからね。受けるのが礼儀というものでしょう。
後ろでここの職員達が……、
「白仙さん! それ、みんなが楽しみにしていた今日のおやつ!」
「私、それがあるから今日は頑張れるって思っていたのに!」
などと言っていますが、きっと空耳でしょうね。私、気にしません。
「それで、今日はどうしたのかな? 君は今、地獄分館で働いておるはずじゃろう?」
「今日から天国本館で新人研修があるのですよ。それで本館に行く道すがら、白仙さんの様子を見に来たのです。ほら、前に白仙さん、『またのお越しをお待ちしております』と言っていましたし」
「ハハハ。ソレハ、ソレハ、ドウモアリガトウゴザイマス」
どら焼きに舌鼓を打ちながら答えると、うれしさが極まったのか、白仙さんはロボットのような片言口調でお礼を言ってきました。
おや、目からは滂沱の涙を流していますよ。そこまで喜んでもらえると、さすがに照れてしまいます。
何やら白仙さんから、『余計なことを言った儂のバカ~』とでも言わんばかりのオーラを感じますが、多分これも気のせいでしょうね。
例によって偶然持っていた鋏を取り出してみたら、伸びてきた髭を隠しつつ、すぐに満面の愛想笑いになりましたし。
――と、その時です。
「おや、宏美殿ではありませんか。お久しぶりですね」
「あら、石上さん。お久しぶりです」
背後から呼ばれたので振り返ってみると、石上さんが立っていました。
「白仙殿に会いに来てみたら、まさかあなたに会えるとは……。そちらは、地獄分館の司書補の方々ですね。これから新人研修へ向かうところですか?」
「ええ。今日から三日間、お世話になります。――皆さん、こちらの方は石上宅嗣さんです。天国本館の筆頭司書さんですよ。ご挨拶してください」
「「「おせわになりま~す!」」」
子鬼さん達と共に頭を下げると、石上さんは「いえいえ、こちらこそ」と言いつつ、丁寧にお辞儀し返してくれました。相変わらず、物腰柔らかな方です。
「天国本館へ向かわれるのでしたら、私がご案内いたしましょう。すぐに用事を済ませてしまいますので、少々お待ちください」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
私がそう言うと、石上さんはニコリと微笑み、白仙さんの方へと向き直ります。
ちょっと気になって見ていたら、二人は真剣な面持ちでお仕事の話を始めました。
(おお! 何やら活発な話し合いが……)
どうやら天国庁の刊行物へ掲載する統計資料に関してのお話みたいです。石上さん、図書館の仕事だけでなく出版関係の仕事もされているとは、本当に多忙な方ですね。
ついでに言えば、こうして傍から見ていると、白仙さんも仕事ができる人のように思えてくるから不思議です。本性は髭に命を懸けたコスプレ似非仙人だというのに、何と生意気な……。
「――では、そういうことで。白仙殿、とりあえず来週までに天国への入国者統計のまとめをお頼みします。前年度統計報告書は公表日が迫っておりますので、期限厳守でお願いいたします。天国年鑑用の掲載資料については、また追々……」
「うむ。任せてくれ!」
石上さんと白仙さんの話し合いは無事に妥結したようです。
仕様をまとめた紙を白仙さんへ渡し、石上さんが私達のところへ戻って来ました。
「お待たせいたしました。では、参りましょうか」
「ええ。――では白仙さん、そろそろお暇しますね」
「「「はくせんさん、さよ~なら~」」」
子鬼さん三兄弟と共に、白仙さんへお別れの挨拶をします。
白仙さんは、「ああ。さようなら」と、今日一番の素敵な笑顔で見送ってくださいました。
ちなみに十歩くらい進んだところで振り返ってみたら、あの似非仙人、『鋏を持った女狐司書、お断り!』という看板を掲げていましたよ。
私はすぐに亜音速で取って返し、鋏の代わりに偶然持っていたバリカンで、首から上の毛を根こそぎ刈り取ってあげました。
「ぎゃああああああああああっ! 儂の頭がパチンコ玉にぃいいいいいいいいいいっ!」
何やら憐れな悲鳴が聞こえた気がしますが、どこかのボケ老人が気をおかしくしただけでしょう。
私は気にすることなく、立ち止まっていた石上さん達のところへ戻りました。
「宏美殿、あれはやり過ぎでは……」
「はて、何のことでしょうか?」
石上さんにニコリと微笑むと、彼は「ああ、そうですか……。では、参りましょうか」と言って、再び歩き始めました。
何でしょうね。今の彼からは、触らぬ神に祟りなしといった気配を感じます。
その後、私は後ろから聞こえる阿鼻叫喚を顧みることなく、天国の入国管理所を後にしたのでした。
「お久しぶりですね、白仙さん。お元気にしていらっしゃいましたか?」
「……………………」
笑顔のまま顔を真っ青にした白仙さんが、ボケ老人とは思えない俊敏性で逃げ出しました。
ウフフ。私の顔を見て逃げ出すなんて、白仙さんは恥ずかしがり屋さんですね。
……あらあら、まるで化け物を見たような顔していますよ。まったくいい度胸していますね、あのクソジジイ。
「とまとさん、ちーずさん、ばじるさん。――お願いします」
「「「あいさ~!」」」
呼び掛けの意味を阿吽の呼吸で理解した子鬼さん三兄弟が、即座に白仙さんを捕えました。
引っ立てられた上、床に正座させられた白仙さんを見下ろしつつ、私は超笑顔で小首を傾げます。
「――で、言い訳は?」
「い、いや、儂は逃げたわけではなくてな! 突然のことにびっくりして、思わず体が拒否反応を――ではなく! 喜びのあまり思わず駆け出してしまったのじゃ!!」
短く要点だけを聞く私に、白仙さんは必死の形相でジェスチャー交じりに捲し立てました。
あはは。駆け出す程にうれしかったのですか。そうですか。いいでしょう。今回はそういうことにしておいてあげます。――次はないですよ、白仙さん。
「さあさあ、こちらへおいで。ちょうど、巷でおいしいと評判の『天国堂のどら焼き』もあるでな」
「あら、本当においしそう。ありがとうございます」
言外に圧力を掛けていたら、解放された白仙さんが目を見張るような素早い動きで応接スペースにお茶とお菓子を用意してくださいました。そのまま孫が遊びに来た時のおじいちゃんのように、私達に向かって手招きしています。
せっかくの歓待ですからね。受けるのが礼儀というものでしょう。
後ろでここの職員達が……、
「白仙さん! それ、みんなが楽しみにしていた今日のおやつ!」
「私、それがあるから今日は頑張れるって思っていたのに!」
などと言っていますが、きっと空耳でしょうね。私、気にしません。
「それで、今日はどうしたのかな? 君は今、地獄分館で働いておるはずじゃろう?」
「今日から天国本館で新人研修があるのですよ。それで本館に行く道すがら、白仙さんの様子を見に来たのです。ほら、前に白仙さん、『またのお越しをお待ちしております』と言っていましたし」
「ハハハ。ソレハ、ソレハ、ドウモアリガトウゴザイマス」
どら焼きに舌鼓を打ちながら答えると、うれしさが極まったのか、白仙さんはロボットのような片言口調でお礼を言ってきました。
おや、目からは滂沱の涙を流していますよ。そこまで喜んでもらえると、さすがに照れてしまいます。
何やら白仙さんから、『余計なことを言った儂のバカ~』とでも言わんばかりのオーラを感じますが、多分これも気のせいでしょうね。
例によって偶然持っていた鋏を取り出してみたら、伸びてきた髭を隠しつつ、すぐに満面の愛想笑いになりましたし。
――と、その時です。
「おや、宏美殿ではありませんか。お久しぶりですね」
「あら、石上さん。お久しぶりです」
背後から呼ばれたので振り返ってみると、石上さんが立っていました。
「白仙殿に会いに来てみたら、まさかあなたに会えるとは……。そちらは、地獄分館の司書補の方々ですね。これから新人研修へ向かうところですか?」
「ええ。今日から三日間、お世話になります。――皆さん、こちらの方は石上宅嗣さんです。天国本館の筆頭司書さんですよ。ご挨拶してください」
「「「おせわになりま~す!」」」
子鬼さん達と共に頭を下げると、石上さんは「いえいえ、こちらこそ」と言いつつ、丁寧にお辞儀し返してくれました。相変わらず、物腰柔らかな方です。
「天国本館へ向かわれるのでしたら、私がご案内いたしましょう。すぐに用事を済ませてしまいますので、少々お待ちください」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
私がそう言うと、石上さんはニコリと微笑み、白仙さんの方へと向き直ります。
ちょっと気になって見ていたら、二人は真剣な面持ちでお仕事の話を始めました。
(おお! 何やら活発な話し合いが……)
どうやら天国庁の刊行物へ掲載する統計資料に関してのお話みたいです。石上さん、図書館の仕事だけでなく出版関係の仕事もされているとは、本当に多忙な方ですね。
ついでに言えば、こうして傍から見ていると、白仙さんも仕事ができる人のように思えてくるから不思議です。本性は髭に命を懸けたコスプレ似非仙人だというのに、何と生意気な……。
「――では、そういうことで。白仙殿、とりあえず来週までに天国への入国者統計のまとめをお頼みします。前年度統計報告書は公表日が迫っておりますので、期限厳守でお願いいたします。天国年鑑用の掲載資料については、また追々……」
「うむ。任せてくれ!」
石上さんと白仙さんの話し合いは無事に妥結したようです。
仕様をまとめた紙を白仙さんへ渡し、石上さんが私達のところへ戻って来ました。
「お待たせいたしました。では、参りましょうか」
「ええ。――では白仙さん、そろそろお暇しますね」
「「「はくせんさん、さよ~なら~」」」
子鬼さん三兄弟と共に、白仙さんへお別れの挨拶をします。
白仙さんは、「ああ。さようなら」と、今日一番の素敵な笑顔で見送ってくださいました。
ちなみに十歩くらい進んだところで振り返ってみたら、あの似非仙人、『鋏を持った女狐司書、お断り!』という看板を掲げていましたよ。
私はすぐに亜音速で取って返し、鋏の代わりに偶然持っていたバリカンで、首から上の毛を根こそぎ刈り取ってあげました。
「ぎゃああああああああああっ! 儂の頭がパチンコ玉にぃいいいいいいいいいいっ!」
何やら憐れな悲鳴が聞こえた気がしますが、どこかのボケ老人が気をおかしくしただけでしょう。
私は気にすることなく、立ち止まっていた石上さん達のところへ戻りました。
「宏美殿、あれはやり過ぎでは……」
「はて、何のことでしょうか?」
石上さんにニコリと微笑むと、彼は「ああ、そうですか……。では、参りましょうか」と言って、再び歩き始めました。
何でしょうね。今の彼からは、触らぬ神に祟りなしといった気配を感じます。
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