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第一話 ~春~ 再就職先は地獄でした。――いえ、比喩ではなく本当に。
再就職が決まりました。
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「お待たせいたしました」
応接スペースに案内され、待つこと小一時間。
落ち着いた声と共に、白仙さんが私に引き合わせようとしていた人物が現れました。
(おお……! コスプレオヤジシリーズ、第二弾!)
白仙さんと一緒に声のした方へ振り返ってみると、そこに立っていたのは、いわゆる平安装束を纏ったオッサン――ではなく、壮年の男性でした。
「これは宅嗣殿、よくぞいらっしゃった。こちらが先程電話でお話しした、天野宏美さんじゃよ」
「初めまして、天野殿。小生は石上宅嗣と申します。黄泉国立図書館天国本館の筆頭司書を務めております。どうぞお見知りおきを」
「これは、ご丁寧にどうも。天野宏美と申します」
恭しく頭を下げる宅嗣さんへ、こちらも礼儀正しくお辞儀をします。第一印象は大事ですからね。社会人の基本です。
それはさておき、石上宅嗣ってもしかして……。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、石上さんはもしかして、『芸亭』で有名なあの石上宅嗣さんですか?」
「おや、小生のことをご存じなのですか? いやはや、これは年甲斐もなく照れてしまいそうですね」
ハハハ、と朗らかに笑う石上さん。さすがは平安時代のリアル貴族ですね。文字通り、気品に溢れている感じがします。隣の似非仙人とはえらい違いです。
(ほうほう、これがリアル石上宅嗣ですか……。さすがは天国ですね。いきなり日本史の教科書に載っているような人物と出会えるとは……)
しかも、日本で初めて公共図書館っぽいものを作ったとされる人物です。
うれしいエンカウントにちょっとした感動を覚えていると、再び石上さんが私に向かって頭を下げました。
「それはそうと、この度は黄泉国立図書館地獄分館の司書に応募してくださり、誠にありがとうございます。あなたのような大和撫子が新しい司書になってくれるとわかったら、地獄の方々も大喜びでしょう」
「……は? 地獄?」
「そうじゃよ。君がやりたがっていた、図書館司書の仕事じゃ。さっき君と話している時、宅嗣殿が地獄分館の新しい司書を探していたことを思い出してな。いや~、正に君にピッタリの――」
――シュパッ!
――パサリ……。
「うん? …………………。ぎゃああああああああ! 儂の髭がああああああああ!」
白仙さん改めクソジジイが、ムンクの『叫び』のようなポーズで悲鳴を上げました。
顎下三センチで横一文字に髭を切り揃えられた姿は、滑稽そのものです。
「私にピッタリですか。そうですか、そうですか……」
頬に両手を当てたまま固まる白仙さんを、私は満面の笑顔で見下ろしました。
私の手の中では、カウンターから拝借した鋏が鈍い輝きを見せています。
「よくわかりました。――つまり白仙さんは、私に『地獄へ落ちろ!』と言いたいわけですね?」
「い、いや……、わ、儂はそういうつもりではなく……」
私が極上のスマイルで問い掛けると、硬直の解けた白仙さんが激しく首を振りました。
ハッハッハッ!
まだシラを切りますか、この老いぼれ。
「お、落ちついてください、天野殿。白仙殿は、あなたを地獄に突き落とそうとしているわけではありませんよ。彼はただ、地獄の入り口にある裁判所付きの図書館へ、黄泉の国の公務員として赴任することを勧めているだけです」
「そうそう、それ! 宅嗣殿の言う通りじゃ!」
私達の間に入って、石上さんが取り成すように言います。彼の後ろでは、老いぼれが残像のつきそうな勢いで何度も首肯していました。
なるほど。つまりこれは、二人のようにあの世の役人にならないかという誘いのようですね。確かに私にとっては、渡りの船と言える話かもしれません。
「それに、地獄分館は司書の定員が一名の図書館です。名目上の分館長は別にいらっしゃいますが、実質的にはその司書が図書館の全権を担うことになります。言い換えれば、一からあなた色の図書館を作っていけるということです。どうですか? 楽しそうではありませんか?」
人好きする笑顔で、石上さんが私に聞いてきます。
なかなか口のうまい人ですね。そのような言い方をされては、いやでも興味が湧いてきてしまいます。
私色の図書館。何とも素晴らしい響きです。最高です。
どこかの老いぼれも、こういう人をやる気にさせる話術を見習うべきですね。
と、私が横目でボケ老人を見ていたら、石上さんが最終確認のようにこう尋ねました。
「如何ですか、宏美殿。この話、受けていただけませんか?」
「……そこまで言われては、受けない手はないでしょう。――その話、謹んでお受けいたします」
私の答えは、当然イエスです。
図書館の主になれるなんておいしい話、乗らないわけがありません。
どうせ死んだ身なのですから、もうとことん面白そうな方へと転がってやります。
「ありがとうございます。では、すぐに手続きをしてまいりますので、少々お待ちください」
「はい。よろしくお願いいたします」
応接スペースに案内され、待つこと小一時間。
落ち着いた声と共に、白仙さんが私に引き合わせようとしていた人物が現れました。
(おお……! コスプレオヤジシリーズ、第二弾!)
白仙さんと一緒に声のした方へ振り返ってみると、そこに立っていたのは、いわゆる平安装束を纏ったオッサン――ではなく、壮年の男性でした。
「これは宅嗣殿、よくぞいらっしゃった。こちらが先程電話でお話しした、天野宏美さんじゃよ」
「初めまして、天野殿。小生は石上宅嗣と申します。黄泉国立図書館天国本館の筆頭司書を務めております。どうぞお見知りおきを」
「これは、ご丁寧にどうも。天野宏美と申します」
恭しく頭を下げる宅嗣さんへ、こちらも礼儀正しくお辞儀をします。第一印象は大事ですからね。社会人の基本です。
それはさておき、石上宅嗣ってもしかして……。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、石上さんはもしかして、『芸亭』で有名なあの石上宅嗣さんですか?」
「おや、小生のことをご存じなのですか? いやはや、これは年甲斐もなく照れてしまいそうですね」
ハハハ、と朗らかに笑う石上さん。さすがは平安時代のリアル貴族ですね。文字通り、気品に溢れている感じがします。隣の似非仙人とはえらい違いです。
(ほうほう、これがリアル石上宅嗣ですか……。さすがは天国ですね。いきなり日本史の教科書に載っているような人物と出会えるとは……)
しかも、日本で初めて公共図書館っぽいものを作ったとされる人物です。
うれしいエンカウントにちょっとした感動を覚えていると、再び石上さんが私に向かって頭を下げました。
「それはそうと、この度は黄泉国立図書館地獄分館の司書に応募してくださり、誠にありがとうございます。あなたのような大和撫子が新しい司書になってくれるとわかったら、地獄の方々も大喜びでしょう」
「……は? 地獄?」
「そうじゃよ。君がやりたがっていた、図書館司書の仕事じゃ。さっき君と話している時、宅嗣殿が地獄分館の新しい司書を探していたことを思い出してな。いや~、正に君にピッタリの――」
――シュパッ!
――パサリ……。
「うん? …………………。ぎゃああああああああ! 儂の髭がああああああああ!」
白仙さん改めクソジジイが、ムンクの『叫び』のようなポーズで悲鳴を上げました。
顎下三センチで横一文字に髭を切り揃えられた姿は、滑稽そのものです。
「私にピッタリですか。そうですか、そうですか……」
頬に両手を当てたまま固まる白仙さんを、私は満面の笑顔で見下ろしました。
私の手の中では、カウンターから拝借した鋏が鈍い輝きを見せています。
「よくわかりました。――つまり白仙さんは、私に『地獄へ落ちろ!』と言いたいわけですね?」
「い、いや……、わ、儂はそういうつもりではなく……」
私が極上のスマイルで問い掛けると、硬直の解けた白仙さんが激しく首を振りました。
ハッハッハッ!
まだシラを切りますか、この老いぼれ。
「お、落ちついてください、天野殿。白仙殿は、あなたを地獄に突き落とそうとしているわけではありませんよ。彼はただ、地獄の入り口にある裁判所付きの図書館へ、黄泉の国の公務員として赴任することを勧めているだけです」
「そうそう、それ! 宅嗣殿の言う通りじゃ!」
私達の間に入って、石上さんが取り成すように言います。彼の後ろでは、老いぼれが残像のつきそうな勢いで何度も首肯していました。
なるほど。つまりこれは、二人のようにあの世の役人にならないかという誘いのようですね。確かに私にとっては、渡りの船と言える話かもしれません。
「それに、地獄分館は司書の定員が一名の図書館です。名目上の分館長は別にいらっしゃいますが、実質的にはその司書が図書館の全権を担うことになります。言い換えれば、一からあなた色の図書館を作っていけるということです。どうですか? 楽しそうではありませんか?」
人好きする笑顔で、石上さんが私に聞いてきます。
なかなか口のうまい人ですね。そのような言い方をされては、いやでも興味が湧いてきてしまいます。
私色の図書館。何とも素晴らしい響きです。最高です。
どこかの老いぼれも、こういう人をやる気にさせる話術を見習うべきですね。
と、私が横目でボケ老人を見ていたら、石上さんが最終確認のようにこう尋ねました。
「如何ですか、宏美殿。この話、受けていただけませんか?」
「……そこまで言われては、受けない手はないでしょう。――その話、謹んでお受けいたします」
私の答えは、当然イエスです。
図書館の主になれるなんておいしい話、乗らないわけがありません。
どうせ死んだ身なのですから、もうとことん面白そうな方へと転がってやります。
「ありがとうございます。では、すぐに手続きをしてまいりますので、少々お待ちください」
「はい。よろしくお願いいたします」
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