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とある新聞記者の末路
しおりを挟む俺は今、とある場所にいる。
俺の目の前には、蒼穹高く聳え立つ塔がある。そしてこの塔こそが、俺の目的だ。
俺は塔を見上げつつ、手の中の愛用の魔動カメラを握りしめる。
俺がこのカメラに収めるべきは、とある一組の男女だ。
《名優》ヴァンと《歌姫》キュラー。帝都でも評判の男優と歌手。
その二人が恋人なのではないか、という噂は結構前からあった。しかし、当の二人はその噂を完全否定している。
しかし、俺が独自に掴んだ情報によると、ヴァンとキュラーの二人が最近この塔に出入りしているらしいのだ。
もちろん、その瞬間を実際に見たわけじゃない。二人一緒に仲睦まじくこの塔の中に消えていったわけでもない。
しかし、別々ながらも実際にこの塔の中に入っていったヴァンとキュラーを見たという情報を、俺は確かな筋から入手していた。
その情報を入手して以来、俺はこうしてこの塔を張り込んでいる。
帝都から離れた場所にある、荒野の真ん中にぽつんと佇む巨大な塔。
こんな辺鄙な場所に誰がいつ、何のために建築した塔なのか判らない。帝都であれこれと調べてみたが、結局判明しなかった。
だが、この塔は俺の目の前に存在する。
俺がこうして張り込みを始めて判ったことだが、どうやらこの塔には住人がいるらしい。
魔動貨物車に野菜と思しき荷物を積んだゴブリンが、帝都に向けて出かけていくところを見かけたし、最新スポーツタイプの真紅の魔動四輪車が出入りしているところも目撃した。
しかも、その魔動四輪車を運転していたのは、間違いなく《名優》ヴァンだった。
そのことから、少なくともヴァンがこの塔に出入りしているのは間違いないようだ。
後は彼とキュラーが一緒のところを、このカメラに収めることができれば最高なのだが。
俺はその瞬間が来るのを待ちながらも、好奇心にかられて塔へと近づいたことがある。
人の出入りがある以上、どこかに出入り口があるはずなのだ。しかし、俺が塔の基部を一周して調べても、それらしき出入り口は見つからない。
そのことに首を傾げつつも、俺は張り込みを続けた。
荒野に浅い穴を掘り、その上にカモフラージュ用のネットを張る。その中に身を隠し、俺はもう何日もこの塔を見張り続けているのだ。
俺が写真や記事を売っている出版社は、芸能人のゴシップを専門に扱っているようなところだ。
そんなところに記事を売っている俺が言えたことではないが、まあ、低俗な連中ばかり集まっている。
証拠がなければでっち上げてでも、ゴシップを作ってしまえって考え方の出版社である。そこに集まる連中も、当然似たような者が集まっているというわけだ。
しかし、それだけに鼻が利く連中が集まっている。そんな連中でさえ、これまでヴァンとキュラーの決定的な証拠を掴んだ者はいない。
ここで俺がその決定的な証拠を掴めば、出版社における俺の地位も一気に上がるというものだ。
輝かしい未来を脳裏に描きつつ、俺はカメラを覗き込む。
大枚叩いて購入した超望遠レンズ越しに、俺は塔に変化があることに気づいた。
カメラを向けている塔の一部。そこにぽっかりと、入り口らしきものが開いていたのだ。
そのことに気づいた俺は、潜んでいた窪みから這い出すとゆっくりと塔へと近づく。
油断なく周囲を見回してみるが、周囲に人の気配はない。
目の前に開いた塔への入り口。俺は好奇心を抑えきることができず、恐る恐るながらも塔の中に足を踏み入れるのだった。
俺は思わず息を飲んだ。
確かに俺は塔の中に入ったはずだ。それなのに、俺の目の前には広大な草原が広がっている。
「……夢……じゃないよな……?」
俺は草原の真ん中にぽつんと立ちながら、誰に言うでもなく呟いていた。
「……」
頭上を見上げれば、そこには燦燦と輝く太陽がある。
確かに俺は塔の中に入った。それなのに、こうして草原の真ん中にいる。
「……どうなってんだ……?」
思わず周囲をきょろきょろと見回してみる。そして、俺はとあることに気づいた。
「い、入り口が……」
俺が今しがた潜り抜けた塔への入り口。それが消え去っていたのだ。
「……どうなってんだ……?」
もう一度呟いた俺は、何とはなしに頭上を見上げた。
蒼穹に輝く太陽。そして、遠くに鳥か何かが飛んでいるのが見える。
本当にどうなっているんだ? 混乱した俺は、ぼうっと遠くを飛ぶ鳥を見つめていた。
と、俺はとあることに気づいた。遠くを飛んでいる鳥が、徐々にこちらに近づいてくるようなのだ。
「ここがどこなのか……あの鳥に聞けば判るかな?」
我ながら馬鹿なことを言っているなと思いつつ、俺は近づく鳥を見つめ続ける。ってか、それぐらいしかすることがなかったのだ。
だが、近づいてくる鳥の姿に俺は違和感を感じた。
よくよく見れば、それは鳥ではなさそうだ。それにその数は一つではなく二つ。しかも、かなり大きいんじゃないか、あれ。
近づくにつれ、空を飛んでいるものがかなりの速度で飛んでいることに気づいた。
空を飛んでいたものは、あっという間に俺の頭上に差しかかる。そして──
「見つけたッスよ、この出歯亀野郎!」
「入り口を開けた途端、のこのこと入り込んできおったわい……大家の読み通りじゃな」
そんなことを言いながら、それらは俺に襲いかかってきたのだ。
「ど、ドラゴンとマンティコア……っ!?」
ドラゴンとマンティコア。どちらも魔獣の中では強力な種族である。そんな魔獣たちがどうして突然現れ、どうして俺に襲いかかってきたのか。
詳しいことは判らないが、俺は反射的に逃げ出した。俺なんかがドラゴンやマンティコアを相手できるわけがないじゃないか!
俺はとにかく全力で逃走する。もちろん、命より大切なカメラは抱えたままだ。
しかし、逃げ出した俺の前に別の障害が立ち塞がったのは、それからすぐのことだった。
「逃げられるとおもうなよ、覗き魔め! 貴様のような卑劣漢は、この場で我輩の愛剣の錆にしてくれようぞ!」
何とも物騒なことを言いながら、やや時代錯誤な剣を振りかざすのは、自分の首を脇に抱えた一人の騎士──デュラハンだった。
い、一体ここは何なんだ? ドラゴンやマンティコアに続いて、デュラハンまで現れるなんて! 帝都でも、これほど濃い種族が集まることは滅多にないというのに!
しかも、その首なし騎士の背後には、数多くの骸骨兵が控えていた。
骸骨どものは首なし騎士が剣を掲げると、素早く展開して俺を包囲した。
ここに至って、俺は逃げ道が完全になくなったことを悟る。
目の前にはデュラハンと骸骨兵たち。そして、頭上にはドラゴンとマンティコア。
今にも襲いかかってきそうな連中を前にして、俺はカメラを足元にそっと置くと両手を上げて降参の意を示した。
「ふむ、逃げ道はないと悟って降伏するか、少しはものを見る目がありそうだな」
そう言ったのは、いつの間にか俺の背後に立っていた老人だった。
なぜだろう。この老人から感じられる何かは、ドラゴンやマンティコア、そしてデュラハンよりもずっと危険な気がする。
「さて、君にはいろいろと聞きたいことがある。素直に質問に答えることを勧めるよ」
そう言いながら、老人は凄みのある笑みを浮かべた。
「……それで、親父は俺に何をしろと?」
私の目の前で、私の息子が嘆息していた。
我がヘルヘイム荘の周囲をうろうろしていた不審者。のこのこと罠にかかったその男──変色蜥蜴人という隠形に優れた種族だった──を捕らえた後、私は息子の執務室へと転移した。
突然現れた私を見て、息子は目を丸くする。そして私の話を聞くと、何やら疲れたような顔をして大きく肩を落としたのだ。
「まさかとは思うが、俺にそのゴシップ出版社を潰せとか言い出さないよな?」
「無論だ。そのような権力を振りかざす真似は私も好かんよ」
だが、と私は言葉を続けた。
「《歌姫》には関わらないように、それとなく圧力をかけることぐらいはできよう?」
「親父は俺の仕事をなんだと思っているんだよ……それに、圧力をかけることも権力を振りかざす真似に含まれると、俺は思うがな」
書類仕事の手を休め、息子は私を見る。そしてその視線を、私の隣へと向けた。
「ほう、その娘がヒカルか」
息子は私の隣にいるヒカルを見ると、にこりと微笑む。
「息子から……ヘイオースから君のことは聞いているよ。ヘイオースと仲良くしてくれているそうだね」
「小父さん……誰?」
「俺か? 俺はそこの爺さんの息子で、ヘイオースの父親だな」
「ヘイオースくんのお父さん?」
相手が知り合いの親と判って安心したのか、ヒカルがぱっとその顔を輝かせた。
「できれば、これからもヘイオースと仲良くしてやってくれるかな?」
「うん! ヘイオースくんは友達だもの! ずっと仲良くするよ!」
「ははは、いい返事だ。それに元気がよくて大変結構」
ヒカルの返事を聞いた息子は、嬉しそうに笑うと執務机から離れ、ヒカルの前でしゃがみ込んだ。そして、優しくヒカルの頭を撫でる。
「親父。例の件だが……」
ヒカルの頭を撫で終えた息子は、再び執務机に戻ると私に話しかけてくる。
例の件とは、間違いなくヒカルの両親に関することだろう。
「今のところ、何の情報もない。だが、何か判り次第、すぐに親父にも知らせよう」
「うむ、その件は頼んだ」
「まあ……親父の集合住宅の周囲をうろちょろする出版社に関しては、俺がそれとなく手を打っておくさ。ただし、無理の出ない範囲で、だぞ?」
「面倒をかけて済まんな」
「そう思うのなら、俺の仕事をまた手伝ってくれないか?」
「何を言う。私はもう引退した身だ。後のことはおまえの仕事だろう」
私の返事に、息子は黙って肩を竦めた。息子のその姿を見て、私は自室へと繋がる扉を作り出す。
「さあ、帰ろうか、ヒカル」
「うん!」
私はヒカルと手を繋ぎながら、自宅へと続く扉を潜る。
「偶にはこっちの家にも顔を出してくれ。妻もヘイオースも喜ぶ。もちろん、ヒカルも一緒にな」
私の背中に息子の声がかかる。
そうだな。偶にはあちらに顔を出すのもいいだろう。何より、ヒカルを正式にあちらの家族たちに紹介しなくてはならないしな。
私は息子に向かって頷きながら、自宅へと戻った。
その後、我がヘルヘイム荘の周囲をうろつく不審者をみかけることはなくなった。
どうやら、息子が上手く取り計らってくれたようだ。
私は息子に感謝しつつ、ヒカルを連れてあちらの家に帰る予定を頭の中で練り上げていくのだった。
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