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息子
しおりを挟むヒカルに必要なものを一通り買い込み、私とヒカル、そしてキュラーさんは、オープンテラスになっている飲食店──ヒカルは「キッサテン」とか言っていた──で、軽い食事と飲み物を注文して一休みしていた。
「いや、本当に今日は助かりました」
私はにこやかな笑みを浮かべつつ、正面に座っているキュラーさんに礼を述べた。
「私だけでは、ここまで細かな物は絶対に買いそろえられなかったよ」
衣服ぐらいならば、私にも判る。
しかし、女の子に必要な小物となると、私には何が必要なのか全く判らない。
ヒカルはまだまだ幼いが、それでも女の子だ。やはり必要な物はどうしたってある。
本当にキュラーさんが一緒に来てくれて助かった。
「いえ、私は単にアドバイスしただけですわ」
私の目の前で、上品にお茶を飲みながらキュラーさんが艶やかに微笑む。
そのキュラーさんの隣では、すっかり彼女に懐いたヒカルがお菓子を美味しそうにほおばっている。
「ヴァンとの約束の竜の刻までまだ時間がありますけど……どうなさいます?」
キュラーさんに問われて、私はふと考え込む。
当初の予定では、この帝都にいる息子を訪ね、ヒカルに必要な物を買う助力を頼もうかと思っていたのだが、キュラーさんという予想外の援軍を得たことで、その必要もなくなってしまった。
「最初は息子の所に顔を出そうかと思っていたのだが……その必要もなくなってしまったな」
「あら大家さん、帝都に息子さんがいらっしゃいますの?」
「そうだよ。こう見えても、私には男ばかり三人も子供がいてね。全員この帝都で暮らしているんだ」
「息子さん方はご職業は何を?」
キュラーさんが興味津々といった感じで尋ねてくる。
はて、どうしてキュラーさんが私の息子に興味を持つのか? そんな疑問を感じつつも、私は彼女の質問に答える。
別に隠すようなものでもないしな。
「長男は政治関係、次男と三男は軍事関係ですよ」
「まあ! 政治と軍なんて、大家さんの息子さんたちは皆優秀なんですね」
「いやいや、政治と軍に参加しているとは言っても、三人ともまだまだヒヨッコさ」
私の息子たちも、今の職に就いてもう随分と経つ。それでも、私から言わせれば奴らはまだまだ至らないところばかりだった。
「うふふ。確かに大家さんほどの方からしてみれば、大抵の人たちは『ヒヨッコ』でしょうね」
朗らかな笑みを浮かべるキュラーさん。私としても、キュラーさんのような美女から持ち上げられると、満更でもない気持ちになってしまう。
そのキュラーさんの横で、相変わらずヒカルはお菓子をぱくついている。その様子を見て、ふと私は息子への用事がヒカルの買い物だけではないことを思い出した。
「……やはり、少し息子の所へ顔を出してくるとしよう。申し訳ないが、その間ヒカルのことをお願いしてもいいだろうか?」
「え……? どれくらい……かかるの?」
不安そうな顔で、ヒカルが私に尋ねてくる。
おそらく、ヒカルは私と離れるのが不安なのだろう。頼れる者が限られている今の彼女にしてみれば、私から離れることが不安なのも無理はない。
「なに、一番上の悴にヒカルの両親のことをお願いしてくるだけだ。すぐに戻るよ」
この国の政治と軍に顔の利く長男のことを脳裏に思い浮かべながら、私は微笑みながらヒカルの頭を撫でてやる。
「だから、少しだけここでキュラーさんと待っていてくれないかね?」
「……うん。ここでキュラーお姉ちゃんと待っている」
ヒカルは本当に聡い。自分の両親のことで私が出かけると判れば、我が儘を言わないだけの分別がある。
「では、キュラーさん。申し訳ないが、ヒカルをお願いする」
「はい、畏まりました」
私が改めて頭を下げると、キュラーさんは華やかな笑みで快諾してくれた。
「…………相変わらず、突然現れるな、親父は……」
自分の執務室に突然転移して現れた私を見て、我が悴は一瞬だけ驚いた顔をしたものの、すぐに呆れの表情へと変化させた。
そんな悴の背後には、完全武装の護衛が二人。彼らは咄嗟に腰にぶら下げた放出型の魔動具に手をかけるが、すぐに悴がそれを止めさせた。
「心配ない。これは俺の親父だ」
「な、なんですと……っ!?」
「そ、それでは……こちらのお方は……っ!?」
慌ててその場に跪きそうになる護衛たち。私は苦笑を浮かべながら声をかける。
「畏まる必要はない。今の私はただの隠居爺だ。それより、護衛が跪いていたのではいざという時に困るだろう。元の姿勢に戻りたまえ」
「それで? 親父が神出鬼没なのはいつものことだが、俺の前に現れたのは何か理由があるんだろう?」
護衛たちが元の姿勢に戻るのを確認すると、悴が私に尋ねてきた。
「うむ……実は、ちょっとばかり人を探していてな」
私はヒカルのことを詳しく悴に説明する。そして、もしも彼女の家族と覚しき者たちを発見したら、すぐに保護して欲しいことを告げた。
「判った。見慣れぬ格好をした、他の世界からきた人間だな。今のところ、そんな者を見かけたという報告は入っていないが、こちらからも捜索するように指示を出しておく」
「忙しいところ、感謝する」
「礼には及ばんよ。俺としてもちょっとその異世界の少女とやらに興味があるからな」
「ならば、一度連れて来よう。構わんか?」
「ああ。キールも新しい友達ができれば喜ぶだろうさ」
キールとは悴の長男、つまり、私の孫だ。丁度ヒカルと同じくらいの年頃なので、ヒカルにとっても同年代の友達ができることは良いことだろう。
「ならば、ヒカルと一緒に訪れる日については後日に連絡する」
「是非、そうしてくれ。毎回毎回突然現れると、俺の心臓が保たないからな」
にやりと笑う悴に別れの挨拶を述べて、私はキュラーさんとヒカルが待つ店へと舞い戻った。
再び転移を用いて、私はキュラーさんとヒカルが待つ店へと戻ってきた。
突然目の前に現れた私を見て、キュラーさんが目を丸くしている。
「お、大家さん……先程の時といい今といい……もしかして……転移術ですか……?」
「如何にも。キュラーさんはまだ若いのに転移術をご存知だったか。なかなか博識だね」
転移術。それは高位に列せられる魔術である。
かつてはこの魔界において、魔術が盛んに研究されていた時代があった。
しかし、魔術はその扱いが難しく、誰にでも扱えるようなものではない。そのため、ある程度は普及したものの、その後に魔動具が開発されたこともあり、今では一部の研究者や技術者のみが扱う技術に甘んじている。
もともと魔術に関して高い適性を持っていた私は、若い頃にこの魔術にのめり込んだ時期があったのだ。そのため、年老いた今でもこうして魔術を行使できるというわけだ。
そのような理由から、今の若い世代で魔術に関して詳しい知識を持っている者は稀だろう。どうやらキュラーさんは、その稀な者の一人らしい。
「ふふふ。本当に大家さんって何者なのでしょう。単なる集合住宅の経営者ではないと思っていましたが……」
キュラーさんの興味の光を湛えた双眸が、真っ直ぐに私に向けられる。
私はその視線を真っ正面から受け止めると、苦笑を浮かべながら肩を竦めて見せた。
「なに、私は正真正銘、ただの大家だよ。確かに昔はあれこれと仕出かした記憶もあるが、今はごく普通の隠居爺さ」
「……判りました。そういうことにしておきますわ」
相変わらず艶やかに笑うキュラーさん。その笑顔をいつまでも眺めていたい気持ちに捕らわれるが、そろそろヴァンさんと約束した刻限も近い。
「では、キュラーさん。そろそろヴァンさんも待っているかもしれないので、あなた方の事務所までの道案内をお願いしてもいいかね?」
さすがに、私も彼らが所属する事務所がどこにあるのかは知らない。だからキュラーさんに案内してもらう他ないのだ。
「では、ここの勘定は私が持とう。今日一日、お世話になったお礼としては少ないかもしれないがね」
「あら、でしたらお言葉に甘えさせていただきますわ。殿方の見せ場を奪ってしまうのは、淑女のすることではありませんもの」
と、キュラーさんは、今日一番の笑みを浮かべてくれた。
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