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農業体験
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私が経営する集合住宅、ヘルヘイム荘。
その立地は帝都からはやや離れており、魔道鉄道も近くを通っていないことから、交通の便はやや悪い。
しかし、我がヘルヘイム荘には数多くの店子たちがいる。
その中には、小さな子供を持つ家族も少なくはないのだ。
小さな子供たちに、学校は不可欠。だが、子供たちがここから通える距離に、学校は存在しない。
以前、そのことに私と各階層の顔役たちがあれこれと相談した結果、一つの結論に辿り着いた。
つまり。
「近くに学校がなければ、ヘルヘイム荘の中に作ってしまえばいい」
と。
今、私の目の前に一人の人物がいる。
身長はそれほど高くはなく、3分1ザームと20ザム──約160センチ──ぐらいか。
だが、体重の方は軽く30ガーメル──約90キロ──はあるだろう。
でっぷりとした貫禄のある体格と、福福しい微笑みを湛えたその顔には、やや小さめの丸メガネがちょこんと乗っかっている。
その、顔の中心にでかでかと配置された大きな鼻の上に。
彼はオグさんと言って、このヘルヘイム荘の中に存在する学校の校長を務める人物である。
オグ校長の種族はオーク。温厚な性格と教養の高さ、そして大食漢で知られる種族であり、その食欲を除けば教師にはうってつけの種族と言えるだろう。
「ほう、子供たちの農業体験かね?」
「ええ、そうなのですよ、大家さん。まあ、社会科見学兼遠足のようなものですね。子供たちに実際に土と触れ合う機会を提供し、楽しみつつ学んでもらおうと考えております」
「なるほど、それは良さそうな企画だ。となると、場所は第一階層のゴブリン夫妻の農園だね?」
「はい。無論、学校側からゴブリン夫妻へと正式に協力の打診を行いますが、その際に大家さんからもお口添えをお願いしたいと思いまして、本日はお邪魔させていただきました」
オグ校長が豊かな腹部をたぷんと揺らしながら頭を下げた。
「うむ、構わないとも。私の方からもゴブリン夫妻には連絡しておこう。まあ、あの夫妻は揃って懐が深い。頼めば断るようなことはしないと思うよ」
「そうですな。今後、ゴブリン夫妻の了承が得られた後、いろいろと細部を煮詰めていこうかと思います」
「子供の教育は大変だろうが、がんばっていただきたい」
「は、これからも何かご協力をお願いするやもしれませんが、その際は何卒よろしくお願いします」
オグ校長は、腹を波打たせながら再び深々と頭を垂れた。
数日後。
晴天に恵まれた第一階層に、元気な子供たちの声が響き渡っていた。
ゴブリン、オーク、コボルト、オーガー、ギルマン、エルフ、ドワーフなどなど。
様々な種族の子供たちが、ゴブリン夫妻の農場で楽しそうに動き回っている。
農場で働く農夫たちの指導の元、子供たちは野菜の説明を受けたり、収穫を体験したりしている。
大地から鈴なりになった芋が姿を現す度に、子供たちが大きな歓声を上げた。
その光景を、私は目を細めながら眺める。
やはり、子供たちが元気に動き回る姿はいいものだ。
子供は国の宝などと昔から言うが、それは真実だとつくづく思う。
私の周囲には、農場主であるゴブ夫さんとオグ校長、そして、なぜかティコ爺さんの姿もあった。
「どうしてティコ爺さんがここにいるのかね?」
「決まっておろうが。子供たちが集まって楽しそうにしているのを見るのが、儂の楽しみの一つだからだ」
相変わらず、この爺さんは子供好きのようだ。
普段は厳めしい顔が、元気に動き回る子供たちを見て完全にニヤけきっている。
「まあ、いいじゃねえかよ、大家さん。ティコ爺さんじゃないけど、子供たちの元気な姿を見ていると、こっちまで元気が出てくるってもんだぁ」
「いやはや、今回はこちらの申し出を快く引き受けてくださり、本当にありがとうございました、ゴブ夫さん」
「いいってことよぉ。俺も俺のカカァも子供は嫌いじゃねぇからなぁ」
と、ゴブ夫さんが呵々大笑した。
一通りに説明と収穫を体験した後は、おそらく子供たちが最も楽しみにしていた時間だろう。
そう。
自ら収穫した野菜を、自ら調理して食べるのだ。
もちろん、その陣頭指揮を取るのはゴブ妻さん。彼女を筆頭に農場で働く女性陣が、子供たちと一緒に様々な料理を作っていく。
楽しそうな子供たちを見て、私はゴブ夫さんとオグ校長に問いかけた。
「どうかね? いっそのこと、私たちも混ざらないか?」
「お、いいね、大家さん。料理はいつもカカァに任せっぱなしだから、たまには俺が作ったメシをカカァに食わせるのも悪くねぇなぁ」
「いいアイデアですな。子供たちとのコミュニケーションを兼ねて、私たちもがんばりますか」
ゴブ夫さんが腕を捲りながら、そして、オグ校長が腹を揺らしながら。
「むぅ、大家たちばかりずるいぞっ!! 儂も子供たちと一緒に料理したいっ!!」
「何を言うのだね、ティコ爺さん。爺さんの身体では料理などできなだろう?」
魔獣であるティコ爺さんに、料理できるような器用な前脚はない。
しかも、彼の身体は大きすぎて、野外に設置した簡易調理場には入ることができないのだ。
「待っていたまえ。爺さんの分も料理を作って持ってきてやろう」
「…………お、おのれ……今日という日ほど、己がマンティコアであることが恨めしいと思ったことはないぞ……」
苛立たしそうに、べしんべしんと何度も尻尾を地面に打ち付けるティコ爺さん。
そんなティコ爺さんににやりと優越感に浸った笑みを浮かべてから、私はゴブ夫さんとオグ校長と共に、料理に勤しむ子供たちの元へと向かうのだった。
誰しも不慣れなもの、または苦手なものはあるものだ。
かく言う私も、どうも料理だけは鬼門だった。
決して、手先が不器用というわけではない。決して、味覚がおかしいわけでもない。
だが、私が料理を作るとその形はぐちゃぐちゃと崩れ、味もおかしなものになってしまうのだ。
これはもしかすると、何者かが私にかけた呪いではないだろうか。
実際、私は錬金術に通じ、各種の薬や道具を作り出すことができる。
これは手先が不器用では、決してできないことなのだ。
またこれらの内、薬作りにおいて嗅覚は重要な役割を果たす。
薬品や原材料の放つ匂いは、その判別や変質具合を確かめるために絶対に必要だからだ。
嗅覚と味覚は密接な関係を持つ。嗅覚が曲がっていると、味覚も曲がるものなのだ。
以上の理由から、私は決して不器用ではないし、味覚音痴でもないのだが……なぜか、料理だけは苦手なのだった。
「おおやさん、りょうりへたー」
今も近くにいた子供の一人が、私が煮込んだ野菜スープを見て、大笑いしている。
「むぅ…………解せん」
顔を顰めながら誰に言うでも呟く。
どういうわけか、私が作った野菜スープは紫色でごぽごぽと泡立ち、その泡が弾けると共に異様な臭いを放っていた。
「お、大家さん、いいものを作ったじゃねぇか」
私が作ったスープを見て、ゴブ夫さんがにかりと笑う。
「これ、貰ってもいいかね?」
「構わんが……何に使うつもりだね?」
「決まってらぁ。こいつを畑の一角に置いておくと、害虫が寄り付かなくなるんだよ。だってこれ、虫よけの薬だろ? でも、どうして今、大家さんがこの虫よけを作っていたんだ?」
「…………」
悪気なくそう言ったゴブ夫さんに、私の顰めっ面が更に深くなったのは言うまでもない。
その立地は帝都からはやや離れており、魔道鉄道も近くを通っていないことから、交通の便はやや悪い。
しかし、我がヘルヘイム荘には数多くの店子たちがいる。
その中には、小さな子供を持つ家族も少なくはないのだ。
小さな子供たちに、学校は不可欠。だが、子供たちがここから通える距離に、学校は存在しない。
以前、そのことに私と各階層の顔役たちがあれこれと相談した結果、一つの結論に辿り着いた。
つまり。
「近くに学校がなければ、ヘルヘイム荘の中に作ってしまえばいい」
と。
今、私の目の前に一人の人物がいる。
身長はそれほど高くはなく、3分1ザームと20ザム──約160センチ──ぐらいか。
だが、体重の方は軽く30ガーメル──約90キロ──はあるだろう。
でっぷりとした貫禄のある体格と、福福しい微笑みを湛えたその顔には、やや小さめの丸メガネがちょこんと乗っかっている。
その、顔の中心にでかでかと配置された大きな鼻の上に。
彼はオグさんと言って、このヘルヘイム荘の中に存在する学校の校長を務める人物である。
オグ校長の種族はオーク。温厚な性格と教養の高さ、そして大食漢で知られる種族であり、その食欲を除けば教師にはうってつけの種族と言えるだろう。
「ほう、子供たちの農業体験かね?」
「ええ、そうなのですよ、大家さん。まあ、社会科見学兼遠足のようなものですね。子供たちに実際に土と触れ合う機会を提供し、楽しみつつ学んでもらおうと考えております」
「なるほど、それは良さそうな企画だ。となると、場所は第一階層のゴブリン夫妻の農園だね?」
「はい。無論、学校側からゴブリン夫妻へと正式に協力の打診を行いますが、その際に大家さんからもお口添えをお願いしたいと思いまして、本日はお邪魔させていただきました」
オグ校長が豊かな腹部をたぷんと揺らしながら頭を下げた。
「うむ、構わないとも。私の方からもゴブリン夫妻には連絡しておこう。まあ、あの夫妻は揃って懐が深い。頼めば断るようなことはしないと思うよ」
「そうですな。今後、ゴブリン夫妻の了承が得られた後、いろいろと細部を煮詰めていこうかと思います」
「子供の教育は大変だろうが、がんばっていただきたい」
「は、これからも何かご協力をお願いするやもしれませんが、その際は何卒よろしくお願いします」
オグ校長は、腹を波打たせながら再び深々と頭を垂れた。
数日後。
晴天に恵まれた第一階層に、元気な子供たちの声が響き渡っていた。
ゴブリン、オーク、コボルト、オーガー、ギルマン、エルフ、ドワーフなどなど。
様々な種族の子供たちが、ゴブリン夫妻の農場で楽しそうに動き回っている。
農場で働く農夫たちの指導の元、子供たちは野菜の説明を受けたり、収穫を体験したりしている。
大地から鈴なりになった芋が姿を現す度に、子供たちが大きな歓声を上げた。
その光景を、私は目を細めながら眺める。
やはり、子供たちが元気に動き回る姿はいいものだ。
子供は国の宝などと昔から言うが、それは真実だとつくづく思う。
私の周囲には、農場主であるゴブ夫さんとオグ校長、そして、なぜかティコ爺さんの姿もあった。
「どうしてティコ爺さんがここにいるのかね?」
「決まっておろうが。子供たちが集まって楽しそうにしているのを見るのが、儂の楽しみの一つだからだ」
相変わらず、この爺さんは子供好きのようだ。
普段は厳めしい顔が、元気に動き回る子供たちを見て完全にニヤけきっている。
「まあ、いいじゃねえかよ、大家さん。ティコ爺さんじゃないけど、子供たちの元気な姿を見ていると、こっちまで元気が出てくるってもんだぁ」
「いやはや、今回はこちらの申し出を快く引き受けてくださり、本当にありがとうございました、ゴブ夫さん」
「いいってことよぉ。俺も俺のカカァも子供は嫌いじゃねぇからなぁ」
と、ゴブ夫さんが呵々大笑した。
一通りに説明と収穫を体験した後は、おそらく子供たちが最も楽しみにしていた時間だろう。
そう。
自ら収穫した野菜を、自ら調理して食べるのだ。
もちろん、その陣頭指揮を取るのはゴブ妻さん。彼女を筆頭に農場で働く女性陣が、子供たちと一緒に様々な料理を作っていく。
楽しそうな子供たちを見て、私はゴブ夫さんとオグ校長に問いかけた。
「どうかね? いっそのこと、私たちも混ざらないか?」
「お、いいね、大家さん。料理はいつもカカァに任せっぱなしだから、たまには俺が作ったメシをカカァに食わせるのも悪くねぇなぁ」
「いいアイデアですな。子供たちとのコミュニケーションを兼ねて、私たちもがんばりますか」
ゴブ夫さんが腕を捲りながら、そして、オグ校長が腹を揺らしながら。
「むぅ、大家たちばかりずるいぞっ!! 儂も子供たちと一緒に料理したいっ!!」
「何を言うのだね、ティコ爺さん。爺さんの身体では料理などできなだろう?」
魔獣であるティコ爺さんに、料理できるような器用な前脚はない。
しかも、彼の身体は大きすぎて、野外に設置した簡易調理場には入ることができないのだ。
「待っていたまえ。爺さんの分も料理を作って持ってきてやろう」
「…………お、おのれ……今日という日ほど、己がマンティコアであることが恨めしいと思ったことはないぞ……」
苛立たしそうに、べしんべしんと何度も尻尾を地面に打ち付けるティコ爺さん。
そんなティコ爺さんににやりと優越感に浸った笑みを浮かべてから、私はゴブ夫さんとオグ校長と共に、料理に勤しむ子供たちの元へと向かうのだった。
誰しも不慣れなもの、または苦手なものはあるものだ。
かく言う私も、どうも料理だけは鬼門だった。
決して、手先が不器用というわけではない。決して、味覚がおかしいわけでもない。
だが、私が料理を作るとその形はぐちゃぐちゃと崩れ、味もおかしなものになってしまうのだ。
これはもしかすると、何者かが私にかけた呪いではないだろうか。
実際、私は錬金術に通じ、各種の薬や道具を作り出すことができる。
これは手先が不器用では、決してできないことなのだ。
またこれらの内、薬作りにおいて嗅覚は重要な役割を果たす。
薬品や原材料の放つ匂いは、その判別や変質具合を確かめるために絶対に必要だからだ。
嗅覚と味覚は密接な関係を持つ。嗅覚が曲がっていると、味覚も曲がるものなのだ。
以上の理由から、私は決して不器用ではないし、味覚音痴でもないのだが……なぜか、料理だけは苦手なのだった。
「おおやさん、りょうりへたー」
今も近くにいた子供の一人が、私が煮込んだ野菜スープを見て、大笑いしている。
「むぅ…………解せん」
顔を顰めながら誰に言うでも呟く。
どういうわけか、私が作った野菜スープは紫色でごぽごぽと泡立ち、その泡が弾けると共に異様な臭いを放っていた。
「お、大家さん、いいものを作ったじゃねぇか」
私が作ったスープを見て、ゴブ夫さんがにかりと笑う。
「これ、貰ってもいいかね?」
「構わんが……何に使うつもりだね?」
「決まってらぁ。こいつを畑の一角に置いておくと、害虫が寄り付かなくなるんだよ。だってこれ、虫よけの薬だろ? でも、どうして今、大家さんがこの虫よけを作っていたんだ?」
「…………」
悪気なくそう言ったゴブ夫さんに、私の顰めっ面が更に深くなったのは言うまでもない。
応援ありがとうございます!
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