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赤ドレスちゃん大ピンチ!

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 エルフの少女、赤ドレスちゃん。
 おいしいクッキーができたので、大好きなおばあちゃんにも食べてもらおうと思いたちました。
 おばあちゃんは森を挟んだ向こう側の村に住んでいます。
 届けるには大きな森の中をつっきって行かなければなりません。

「いってきま~す!」

 赤ドレスちゃんは小袋にクッキーを詰めて、元気に森へと入っていきました。





 森は一時間もあれば抜けられるはずです。
 ところが進んでいくうちに赤ドレスちゃんは辺りの景色が普段とはちょっと違うような気がしてきました。

「なんだろう。何かが違う」

 赤い蝶が飛んでいます。
 あんな不吉な真っ赤な蝶、見たことがありません。




 
 赤ドレスちゃんは、自分が道から外れて森の奥で迷ってしまっていることに気がつきました。
 いつも通っている慣れた道だったのに……。
 でも、しっかり者の赤ドレスちゃんは泣いたりせずに心を落ち着かせて道を探しはじめました。
 けれども、歩いても歩いても道はなかなか見つかりません。
 時間だけがすぎていき、辺りは薄暗くなってきたような気がします。
 霧まで出てきました。

「そうだ、夜になればお父さんが捜しにきてくれるかもしれない」
 不安と疲れですっかり足取りも重くなった赤ドレスちゃんは、自分を励ますように声に出してそう言いました。

「お父さんなんて来ないさあ」

 いきなり後ろから声が聞こえ、赤ドレスちゃんは飛び上がってしまいました。
 振り向くと奇妙な姿をした老人がそこにいます。





「あなたは人なの?」
 赤ドレスちゃんはいきなり失礼な質問をその人にぶつけました。

「お父さんなんて捜しに来ないさあ」
 赤ドレスちゃんの質問を無視して繰り返す奇妙な老人。

「なんでそう思うの?」
 敬語を使えない赤ドレスちゃん。

「だってお前の両親はとうの昔に死んでしまっているではないかあ」
 奇妙な老人はますますおかしなことを言い出しました。

 それはまったく事実に反するでたらめです。
 だって優しい両親は今日もちゃんと家にいて、赤ドレスちゃんが焼いたクッキーをおいしいおいしいと言いながら食べてくれたのですから。

「お父さんもお母さんも病気ひとつしてないよ」
 赤ドレスちゃんは少しムッとしながら言い返しました。

「いいや、いいや、魔物に襲われて死んだねえ。十年前の今日、この日に。この場所で」

 魔物?
 地獄に住むという危険な存在。
 おとぎ話の中にだけ出てくるばけもの。
 例えば蛇身のラミアとか、小鬼のゴブリンとか、あるいは邪悪な竜人など。
 そんなもの、もう信じちゃいない……。





「お父さんもお母さんも運が悪かったねえ。運が悪かったねえ。たまたま通りがかった旅人だったのだろうに。赤ん坊だったお前は見逃され、泣き声を聞きつけた男に拾われたようだがねえ」
 奇妙な老人はニヤニヤしながら言葉を重ねます。

 何を言ってるの。
 何を言ってるの。

「う、うそばっかり!」

 強い口調とは裏腹に、赤ドレスちゃんの声は震えていました。
 ちょっと思い当たる節があったのです。

 ずっと考えないようにしていたこと。
 なんで両親も弟もおばあちゃんも、ヒューマンなんだろう……。
 あたしはエルフなのに。
 なんで人種が違うんだろう。





「十年に一度、魔物達が地獄から解放される祝祭の日。自由行動が許される日。ひっひっひ」

 思考と感情が追いつかない赤ドレスちゃんに奇妙な老人はさらなる情報を与えます。

「お前はここへ呼ばれたのさあ。魔物にね。十年たって、大きくなったお前を食べようと楽しみに待っていた魔物にね」

 突然、奇妙な老人は口をカアッとカバのように大きく上下に開きました。
 汚く醜い歯がむき出しになります。
 さらに手に持っていた不思議な形の刃物を振りかざします。

「脂が乗っておいしくなったろうねええ!!」

 言葉も出ない赤ドレスちゃんの頭の中で、家族と楽しく過ごした日々の映像が駆け巡りました。

「うまそうな甘い匂いだな。菓子か? その手に持ってるものをわしにくれんか?」
 固まる赤ドレスちゃんの頭の上から、地響きのような声が轟いてきました。

「は、はい」
 反射で答える赤ドレスちゃん。

「があああああああああっ!!」

 凄まじい咆哮と共に赤ドレスちゃんの前に飛び出してきた白い大きな塊。
 それはたくましい巨体を持つ毛むくじゃらの男。
 男は目の前の魔物をあっという間に引き裂いてしまいました。





「危なかった。もう少しで菓子がこなごなになるところだったな」
 言いながら毛むくじゃらの男は振り向き、血まみれの手の平を赤ドレスちゃんに向けて差し出しました。
「約束だ。菓子をくれ」

「お、おじさんは人なの?」
 震える手でクッキーの小袋を男の手の平の上に乗せながら、赤ドレスちゃんはぶしつけな質問をします。

「地獄で待ってる娘が喜びそうだ! うははは」

 赤ドレスちゃんの質問は無視して豪快に笑う毛むくじゃらの男。
 嬉しそうに閉じた大きな手の平の中で、クッキーが砕ける音がしました。

 

 気がつくと赤ドレスちゃんはいつもの道に立っていました。
 月明かり。もう夜になっているようです。
 
「あれ……夢……?」
 いえいえ、立ったまま居眠りするなんて器用なことは赤ドレスちゃんにはできません。





「赤ドレスやーい!」
「赤ドレスー! 返事をしておくれー」
「おおい、泉にはいなかったぞお」

 道から外れた森の奥から両親や村の人たちの声が聞こえてきました。
 遠くの木々の間に、動き回る小さな松明の炎がちらちらと見えます。

 ああ、叱られちゃうのかな……。
 遅くまで遊び歩いてみんなに心配かけたって。

 嫌な予感がして、赤ドレスちゃんは声を上げるのをためらいました。
 理不尽な罰を受けることなんてよくあることだって、赤ドレスちゃんはもう充分に承知していたのです。

 
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