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消えよ馬車、地下鉄様のお通りだ 4

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地下工事には2つの工法が存在する。1つ目が“順打工法”だ。最初に仮設の壁をつくり、建物を建てる深さになるまで全ての土を取り除く。その後、地下の一番下の階から地上へと順番に建物を建てる方法である。2つ目の工法は“逆打工法”だ。まず1階の床を最初に作成し、そこから地上階と地下階を同時に進める工法である。1階の床を蓋の代わりにして、地下工事の騒音が外部に漏れるのを防ぐ効果がある。
一般的に、工期や騒音の問題から都市部では逆打工法が用いられることが多い。しかし、今回は魔法によって掘削スピードを圧倒的に早くできるため、順打工法が取られている。蓄電池トラムが走る予定の位置まで掘削したら、地上からトンネル掘削用の巨大な重機を下ろしていくのだ。逆打工法は最初に1階の床を作るため、資機材の搬入・搬出をするのが大変になるからである。

さて、そうして1週間で地下トンネル建設予定位置まで掘削し終わる(早い、マジで早過ぎる)と、クレーンによって地上から巨大な重機が下ろされる。横に長い円筒形の機械――シールドマシンだ。今回作られる地下トンネルは、シールド工法によって建設するのである。
シールド工法について説明しよう。これは、シールドマシンと呼ばれる掘削機で地中を掘り進めることでトンネルを構築する工法だ。シールドマシンは、地中深くの土や水の圧力に耐えるため、頑丈な鋼鉄製のシールドに覆われた円筒形の掘削機である。マシン内部は密閉空間となっており、トンネルを掘る作業・掘削によって生じた土砂を搬出する作業・トンネルの壁面を構築する作業が同時に出来る優れものだ。シールドが回転して地面を掘り進み、同時に構築する壁面が地下水の流入を防ぐ構造となっているため、施工の前後で地下水への影響が少ないという特徴がある、現代日本における一般的なトンネルの掘削方法だ。

だが、この異世界においては技術力が足りず、地下深くで掘削行為をするにはパワー不足であるという問題があった。シールドがぐるぐる回転しても、十分な量の土を掘り出すことが出来なかったのである。これを解決したのが、前回のバックホウ同様に空間魔法を使った掘削だ。シールドの先端に付いた掘削部分であるカッターに、これまた同じく『土砂・砕石捨て場』へと空間を繋げた裂け目を設け、魔法の力でゴリゴリ削っていくこと可能としたのだ。おかげで、シールド工法によるトンネル作成部隊と、地下鉄駅作成部隊の2チームを並列稼働させて工期短縮を図れるようになっている。

トンネル作成部隊は、ここから黙々と次の駅までトンネルを掘っては壁を作るという作業を繰り返すだけなので、一旦地下鉄駅作成部隊の様子を見てみよう。こちらは地下の最深部、トンネルの真横部分である。彼らはこれから地面と壁に鉄筋を組み、コンクリートを流し、床面と壁面を作っていくのだ。

「いくよぉおおおお!!!」
「「「だぁああい!!」」」

鉄筋コンクリート造りにおいて、コンクリートを流し込む前に鉄筋を組立てる工事を“配筋工事”と呼ぶ。コンクリートを打った後は鉄筋が見えなくなってしまうが、躯体の強度を上げるためには欠かせない工程である。とはいえ、建物のどこに鉄筋を配置するかは構造設計図で決められてはいるものの、大量の鉄筋が必要であるし、指示通りに配筋するのは手間のかかる工事だ。特に、柱と梁の接合部は様々な鉄筋が複雑に入り組み、事前の配筋計画・施工計画が重要だと言える。
そんな時間のかかる配筋工事作業は、工場で組んで現場に設置するという手法を取ることにした。縦に地上まで続く巨大な穴が空いているため、上から組みあがった状態の鉄筋を下ろし、地下では必要箇所を溶接して繋げる仕組みだ。そうして地下で溶接されて合体した鉄筋は、溶接後検査が必要になる。鉄筋の径・配置・継手位置・ピッチなどが、設計図の通りに組まれているかを検査するのだ。だが、基本的には品質を担保した工場で組んだものを直接溶接しているため、今述べたものを改めて検査する必要はあまりない。検査の必要があるのは、現地で設置するアンカーボルトの配置や、鉄筋を地下に下ろす際の変形の有無である。これらは、すっかり行政改革ギルド御用達となった“恐竜の着ぐるみの人”作成の『配筋検査システム』によって検査が行われることとなった。
配筋検査システムは、AIおよび画像解析を応用した最新のシステムだ。施工現場でタブレット端末を用い、配筋写真を複数枚撮影してデータを処理サーバーに送信すると、サーバー内でディープラーニング技術と画像処理を用いて、撮影された配筋の径と本数、ピッチ等を算出した後、算出結果を設計と照合し、あらかじめ設定された管理値に基づき正誤判定を行うのである。ザザは久しぶりに“ちょっと何言ってるか分からない”状態になったが、建築ギルドの人間に説明したら超が付くほど喜んでくれたので、おそらくよっぽど楽に検査ができるようになったのだろう。



コンクリートを流すための型枠と配筋ができたらいよいよコンクリートを打設するのだが、ここにも魔法を使える異世界特有の知恵がある。通常工場で作られた生コンクリートは、材料であるセメントと水が反応して数時間で固まり始めてしまうので、コンクリートが出来てから90分以内で建設現場に届けるというルールがある。したがって、我々が現代日本で普段目にしているミキサー車は、まさにこれからコンクリートを打設するために走っているということだ。
さて、この異世界においては、コンクリートの運搬作業が非常に大変であった。まず、そもそも運搬に使っていたのが馬車である。現地に行くまでにコンクリートが多少固まるなどザラで、運搬したコンクリートの60%程度しか使用することができなかった。また道路状況も悪く、度重なる渋滞は使用できるコンクリート量をどんどん減らす要因にもなっている。そして、いざコンクリートが運ばれてきても、今度はコンクリートの品質検査をしなければならない。この異世界においてコンクリートの打設は時間との勝負なのであった。

この問題を解決したのが、コンクリートの現地調合である。ザザ直伝、他属性魔法の使い方を生コン会社へ教える事で、生コンの使い勝手は大幅に向上した。生コン会社の社員が直接現場に赴き、水魔法と土魔法の融合によって、現地でコンクリートを生み出して打設をするのだ。生コン会社完全監修であるため、水と砂などの配合比率は完璧であり、現地の土を土魔法で再利用することでセメント類も潤沢に作成することができ、かつネックになっていた時間を気にせずにコンクリートを打設することに成功したのである。
ただし、1つ問題があるとすれば――。

「おい、そろそろ生コンの作り方教えてくれよ!!」
「バカ野郎企業秘密だ!現地で良い生コン作られたら、俺たちの仕事がなくなっちまうよ!」

だそうだ。
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