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第一章 記憶喪失の転生幼女〜ギルドで保護され溺愛される
新しい家
しおりを挟むアイリが闇魔法の講習を受けていたその頃、ルークは王宮で陛下の執務室にいた。
無事にルークが後見人となる手続きが済み、これで名実共に堂々とアイリを庇護する事ができる。
そしていつまでもギルド内の一室を使い続ける訳にもいかない為、カンザックに新しくアイリと暮らす為の家を用意した。
実はご近所さんにジーニア達の暮らす家もあるのだが、この時のルークはまだその事を知らない⋯
リンカルトには、先日のアイリの発動した治癒魔法やジーニアと立てた仮説についても報告すると、やはりジーニアを行かせて正解だった、と納得した表情を浮かべていた。
もしかしたら、王宮で引き止めにあっていたジーニアをアイリの元へ送り出してくれたのは、他でもないリンカルトだったのかもしれない。
陛下の執務室を出て廊下を歩いていると、前方からきらびやかなドレスを身に着けた御令嬢が護衛の騎士を連れて歩いてきた。ルークは既に王籍を外れ一界の冒険者となっている為、ここでの身分は相手が上だ。
廊下の端に寄り、一行が通り過ぎるのを待つ。
軽く目線を落としていた先に、スッと御令嬢が立ち止まってルークに声をかけた。
「⋯もしかして、ルーフェスト様ですか?」
鈴を転がしたような声で問いかけられ顔を上げると、目の前の御令嬢はふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「まぁ、やはりルーフェスト様でしたのね。お久しぶりでございます。最後にお会いしたのは、確か陛下が即位された時の祝賀パーティーだったかしら?」
「あぁ、そうですね。お久しぶりですオリビア様⋯っと、一界の冒険者風情がお名前をお呼びするのは失礼でしたね。」
「ふふっ、お気になさらず以前のように名前でお呼びくださいな。」
彼女オリビア⋯オリビア・キンストン公爵令嬢は、ルークの元婚約者だった。
幼い頃に決められた婚約者ではあったが、何度かお茶会を開いて交流をしていたこともあり仲は良かった。
しかしルークが王籍を離れ冒険者となる道を選んだ為、オリビアとの婚約は白紙に戻されたのだ。
今ではリンカルトの婚約者で、未来の王妃殿下である。今日も王妃教育で王宮に来ていたのだろう。
リンカルトの即位はとある理由で早められた為、まだオリビアとは婚姻をしていない。しかしこのままいけば、恐らく来年の春頃には国を上げて結婚式を挙げるだろう。
ルークの我儘で振り回してしまったオリビアには、心から幸せになって欲しいと思う。そして彼女程王妃に相応しい人もいないだろう。
「では、オリビア様。⋯私には出来ませんでしたが、貴方の幸せを遠くから見守っております。兄を、宜しくお願い致します。」
そう言ったルークを見てオリビアは軽く目を開いたが、すぐにホッとしたような柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
そうしてルークと別れた後、オリビアはリンカルトの執務室へと向かった。
「先程廊下でルーフェスト様にお会い致しましたわ。陛下にお会いになっていたのでしょう?昔よりも随分と雰囲気が柔らかくなっていて、とても驚きましたわ。」
リンカルトとテーブルに向かい合って座り、優雅に紅茶を嗜むオリビアの姿は流石と言う程気品に溢れていた。
「あぁ、ルークにもやっと大事なものが出来たからね。あの子には感謝しているよ。」
「確か、ルーフェスト様が後見人になると仰っていた子ですか?とても、大切にされているのですね。」
あんなに穏やかな表情を浮かべたルークは、オリビアも幼い頃より見てきたが初めてのことだった。
(ルーフェスト様も今、幸せなのですね⋯)
オリビアは向かいでこちらを見つめて微笑んでいるリンカルトに気付き、幸せそうに微笑み返した。
◇◇◇◇◇
カンザックに帰ってきたルークは夕食に間に合わず、アイリと一緒に食べれなかった事を落ち込んでいた。しかしアイリの出迎えで一気に浮上した。
「ルークしゃん、おちゅかれしゃまでした。おかえりなしゃい。」
今日もたくさん魔法を練習して疲れている筈のアイリはさっきまで眠っていたのだが、ルークが帰ってきたら起こしてほしいとミリーナに頼んでおり、態々起きてきてくれたのだ。
アイリも恐らく初めてこんなにルークと離れて過ごし、寂しかったのだろう。
そんな健気なアイリにルークは感極まって抱き着いた。
「アイリ、ただいま。会いたかった⋯」
「アイリも、ルークしゃんにあいたかったの。きょういっぱいまほーの練習したから、明日みせてあげりゅね。」
そう言って笑うアイリを抱き上げると、この時間までアイリに付いてくれていたミリーナに礼を言い、アイリと一緒に眠りについた。
色々話したい事があったアイリだが、安心する温もりに包まれてすぐに寝息を立て始める。
その寝顔を暫く見つめ、ルークはアイリの額に少し長めのキスを落とすと漸く自身も眠りについた。
これからは後見人として、アイリを庇護する者として、必ず幸せにすると誓って⋯⋯⋯
翌朝目覚めると、腕の中にはまだ眠ったままの愛しい温もりがあった。
昨日は疲れてた所、眠たいのを我慢してルークを出迎えてくれたアイリ。
今日はいつもより、少し遅めの朝になりそうだ。
ゆっくりと朝を迎えて食堂に向かう頃には、既にお昼に近かった。
「アイリちゃん、ルークさんおはよう。今日は随分とゆっくりした朝だね。」
「おはよーごじゃいましゅ。ねぼうしたのー。」
「たまにはゆっくりするのもいいだろ?今日は特に予定を入れてないから、後で町に出ないか?」
「いくー♪たのしみなのー♪」
ルークが町に誘えば、途端にご機嫌になってルンルンしてるアイリを、厨房の皆もほっとして見ている。
「昨日のアイリちゃん我慢してたみたいだけど、やっぱりルークさんいなくて寂しかったんだな。元気になって良かったよ。」
コソッとルークに耳打ちして教えてくれたのは、昨日のアイリの様子だった。それを聞いてじんわりと胸が熱くなったルークは、この後の買い物でまたアイリに貢ぐのだった⋯。
「ルークしゃん、アイリそんなにたべれないよー?」
ルークが沢山の食料を買い込み、どんどん例の無限収納袋に入れていくのを不思議そうに見ていたアイリは、自分のお腹を心配していた。
「これは俺とアイリのここ数日分の食料だよ。他にも日用品を揃えたらアイリを連れて行きたい所があるんだ。」
「どこだろー?たのしみなのー♪」
ルークは日用品や諸々必要な物を揃えると、アイリを抱いてとある場所へ向かった。
「ルークしゃん?このおうちには、だれかいるの?」
「まだ誰もいない。ここは俺とアイリがこれから一緒に暮らす家だよ。」
「ルークしゃんと、アイリのおうち?」
「あぁ、そうだ。アイリ、これからは俺がアイリの親代わりだ。⋯俺でいいか?」
アイリと魔の森で出会い、それまで最低限の人付き合いしかして来なかったルークだが、アイリと関わるうちに信頼できるアレクやサニア、そしてミリーナやジーニアなど人との繋がりが出来た。
どこか不思議な魅力を纏ったアイリに、自然と人が引き寄せられてくる。
かく言うルークもその内の一人だろう。
初めて見た瞬間、独りで生きていくつもりだったルークに希望の光が射した。
もうアイリのいない人生は考えられない。
アイリの返事を待つ間、これまでのどの瞬間よりも緊張していた。
「ルークしゃんが⋯アイリの親になってくりぇるの⋯?」
アイリの問い掛けに、ゆっくり頷いて肯定する。
「アイリも⋯ルークしゃんがいいのぉ⋯⋯ふぇぇ~」
ルークに抱き着いて声を上げて泣き出したアイリを、優しくギュッと抱き締める。
思えば、出会ってから今まで一度もアイリが泣く事はなかった。
いつも笑顔で周りを癒やしてくれる存在だったが、まだほんの小さな四歳の女の子だ。
記憶もなく、全く知らない人達の中で唯一、ルークだけが心の支えだったのだろう。それが、昨日離れて過ごした事でアイリの中の不安が大きくなり、安堵と共に涙が溢れだしたのだろう。
「アイリ。これからはずっと一緒だ。もう我慢しなくて大丈夫だから。」
「ルークしゃ⋯⋯ヒック⋯ルークしゃん⋯」
ひとしきり泣いたアイリの頬に残る涙を優しく拭って額にキスを落とすと、ルークはアイリを見つめて言った。
「これから宜しくな、アイリ。」
「あいっ!ルークしゃん。」
二人は笑って手を繋ぎ、新しい家へと一歩を踏み出した。
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