友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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 せっつく実妹じつまい。うんざり兄さん。
 そんな絵本のタイトルっぽい単語が、今の二人にはぴったりだった。

「や、とにかくゲームはいい。やめとく! ていうか、気力が続かないんだ。はじめは楽しめてても……わかってくれ、秋乃」

 リビングに並べられたクッションの上で、二人は横並びに座っていた。

 目の前には程よいサイズ感のテレビモニター。

 そのモニターにはゲームのデモプレイ映像が流れていて、夏弥が開始してくれるのを今か今かと待ちわびているようだった。

「気力だぁ? なつ兄、ジジくさいなぁ。せっかく電源入れたのに。……ま、いっか! じゃあゲームはやめて。ほら、アニメ見ようよ? 私のお気に入りを共に堪能しよう」

「うーん……」
(まぁアニメなら別に疲れないし、観るか。どうせ帰っても今日は特に予定がないし)

 興味なさげな夏弥を尻目に、秋乃はパパッとリモコンを操作していく。
 クッションの上に座りながら、秋乃はさらにもう一つ、白いアザラシのクッションを手にしていた。

「ねぇねぇ~、そういえばなつ兄ってさー……」

 三角座りで立てた膝と胸元に出来た隙間。
 その隙間にアザラシのクッションを挟みつつ、秋乃は小っちゃく口を尖らせていて。

「……中一くらいから、ゲームやらなくなったよね」と秋乃はセリフを続けた。

 唐突だった。
 それまでの明るかった雰囲気にはそぐわない、毛色の異なった発言だった。

「……あ、ああ。なんか関心が続かなくなったからかな」

「そう……」

「オタクカルチャーなら、まだアニメとか漫画見てるほうが面白い」

「へぇ」

 これは、決して夏弥がゲームを『ダサい』だとか『子供っぽい』だとか、そんな風に捉えてやらなくなっていったわけじゃない。

 本当に気力が続かず、目まぐるしく更新され続ける情報社会にちょっぴり疲れを覚えだしていたからだった。
 じっくり遊べるはずのコンシューマーゲームも、スマホで無課金プレイが可能なソシャゲも。全部すぐに最短攻略だのアプデだの。

「……まぁー、なんでもいいんだけどさぁ~。あっ、『にゃん〇い!』でもいい?」

「え、古くね? 何年前のアニメだよ。てか秋乃、お前、なかなかニッチなアニメを選ぶね……」

「いやいや。古くても私んなかじゃ名作だよ? ていうか、古くないとなつ兄も楽しめないじゃん!」

「……え?」

「知ってるアニメのほうがいいかなって配慮、さすがでしょ~?」

「ああ、そういう……」

「あそ~れぇ、ポチッ♪と」

 秋乃は「にひひっ」と笑みを浮かべ、リモコンの再生ボタンを押した。
 モニターのチャンネルが瞬時に切り替わる。

『再生』と小さく画面左上に表示されたかと思えば、秋乃の指定した『にゃん〇い!』のオープニング映像が流れ始めたのだった。

「なつ兄、このアニメのストーリーとか覚えてる?」

「え? ああ。ざっくりとしてるけど、なんか覚えてるな。確か主人公の男子高校生が、猫と喋れるんだっけ?」

「そー。そんで、それは猫の呪いのせいだなんだって話になって、呪いを解くために奔走すんのよ~」

「よく覚えてんな……。さすがゲーマーであり、アニオタであり、腐女子であり、なんでもありの秋乃だな」

「ちょ、最後最後。別になんでもありじゃないんだけども?」

「そこしかツッコまないのもすごいな?」

 二人が前にしているモニターでは、作中のキャラと思しき面々が次々に登場していた。

 音楽に合わせ忙しなく映し出されているところを見るに、そのアニメは八割方ドタバタ系ラブコメディなのだろう。

 アップテンポなオープニング曲は実に軽快だった。
 ただ、今の夏弥には若干そのテンションが鬱陶しいようにも感じられていて。

「きみぃの、えーがおーが、見れたならきっとぉ~♪」

 しばらく眺めたあと、夏弥は隣でオープニング曲を口ずさむ秋乃をチラッと見る。

 我が妹ながらいつの間に大きくなったんだ。と思えてしまうような胸部が、抱え込む白いアザラシの顔をゆがめていた。

(アザラシが……なんかかわいそうなことに……)

「主人公の呪いを解くのにさー」

「ん?」

 ふと、秋乃がアニメの話題をそのまま引き継いでしゃべり始める。

「呪いを解くのにさ、確か猫に100回良いことをしてあげなきゃいけないんだよね」

「あれ、そんな話だったっけ?」

「そうだよー」

 秋乃は手にしていたリモコンをそっと脇に置く。
 それから、自分のパーマヘアに指先をくるくると絡ませて。

「単純にピンチを助けてあげるのもそうだけど、悩みを聞いてあげたり、解決のために自分が犠牲になったりとかすんだよね。不器用で、たまに不格好で。でもなんか憎めない感じで」

「そうだったね、そういえば」

 夏弥は、秋乃の言っている言葉が、どことなく後ろめたく思えていた。

 でもこれは当然なのかもしれない。

 自分がそのように行動したくても出来ていない時、出来ている人間を見掛けると、人は目を背けたくなるものだ。

 それは、このうんざり兄さん、藤堂夏弥にとっても例外じゃなくて。

「――ていうか、秋乃がこのアニメ好きっていうの、かなり意外なんだけどな」

「ええー? なんで?」

「なんでって……」

 夏弥の疑問に、秋乃も疑問で返す。
 大きい黒縁メガネ越しに訊き返してくる秋乃の瞳は、本当にその答えがわからなさそうだった。

「このアニメってそもそも男性視聴者向けだろ? 全体的にちょくちょくお色気シーンあるし。こういうのって女子は不快感示すもんじゃないか……?」

「うーん。フツーの女の子はそうかもね? でもほら、それ以外に良いところがあったら気にならない、私みたいなタイプの女子もいるから!」

「へぇ、そうなんだ……ちなみにどのキャラが好きとかある?」

「もちろんある! ありますとも!」

「うわっ、なんだ急に」

 いきなり感情をこめ始めた実妹。

 もはや画面に映る懐かしきラブコメなどそっちのけで、語りたげなオーラをその身から放ち始めている。

 夏弥は冷静にちょっと後退し、一応その好みを聞いてあげることにした。

「私は断然、住吉加奈〇推し!」

「えっと……あれか。あのちょっとギャルっぽいキャラか」

 夏弥の記憶の引き出しが紐解かれる。
 先ほどオープニング映像を見たことで、夏弥はかろうじて思い出すことができていた。

 ちなみに住吉加奈〇は、主人公の幼馴染みである。主人公とは小学生時代からの腐れ縁で、粗暴な性格ゆえにストーリー序盤では周囲から浮いているキャラクターだ。

 メインヒロインの女子とこの住吉は親友の関係にあり、主人公とメインヒロインの恋を応援する一方、住吉自身も主人公に好意を抱いている。
 意地っ張りで素直になれないタイプで、三角関係の一端を担う存在でもあった。

「っぽいっていうかギャルね! 黒ギャル!」

「これもまたずいぶん意外だな。なんであのキャラが好きなん?」

「えっとねぇ~、なんていうか応援したくなるんだよね! 健気じゃん、すっごい」

「なるほど。ちょっとわかるよ。素直になれないキャラって、同情誘うところあるもんなぁ」

 夏弥は、今日だけで妹の意外な一面をいくつも見たような気がしていた。

 男性視聴者向けアニメにも平気で目を通していること。
 荒っぽい性格の登場人物に「健気じゃん」なんて感想を持っていること。

 どうやら秋乃は、食わず嫌いせずに物事を見る懐の深さがあるらしい。
 夏弥は、そう思っていたのだけれど……。

「それに、ちょっとしね~」
「えっ?」

 その言葉に、夏弥は思わず耳を疑った。

「いやいや、似てないだろそこは! 大体、アニメキャラに顔が似てるやつなんていないわ」

「違うんだってば、なつ兄~。似てるのは、なんていうか……境遇? 環境とかシチュみたいな話を言ってるのよ私は!」

「……悪い。ますます混乱してきたわ。だって境遇も全然違くね? あ、もう第一話が折り返しに入ってる」

「あぁ⁉ ちゃんと見てない間にもうそこまで⁉」

 大して内容も把握していないまま、アニメ『にゃん〇い!』の第一話は進んでしまっていたのだった。

 結局、そこから第一話を見終わっても、秋乃の言っていた「美咲と境遇が似てる」という発言については、理解することができなかった。

 ただ一つ夏弥が気掛かりだったのは、主人公が不器用なりに猫を100回助けるという筋書きの方で。

(さっき後ろめたかったのは、きっと俺が小森の件をキッパリ断ろうとしなかったからだよな。――――よし決めた。ちゃんと小森に断りの連絡を入れよう。突っぱねた後のリスクに刺す釘も一応考えてあるし)

「秋乃、ちょっと俺、外で電話してくるわ」

「え? うん。別にいいけど、もう第二話始まるよ?」

「ああ。でも先に見てていいよ」

「……そっか。おっけ~♪」

 秋乃は、夏弥のさっぱりとしたその様子で何かを察したらしく、これまで以上にフランクな返事で応えたのだった。
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