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些細なおはなし 2
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それから間もなく、カブトムシ捕虫バトルが始まった。
洋平は我先にと腕を伸ばし、荒めなその樹皮に手を置く。
途中で突起している節に器用にも靴の先をひっかけ、その姿勢からぐっぐっと弾みをつけてよじ登っていく。
左右の脇腹を代わりばんこに伸ばし、右手左手と次の手をかけて順調にその高さを稼いでいった。
「洋平、木登りめっちゃうまい! トカゲだトカゲ! トカゲの才能あるよ!」
「ぷっはっはっ! なんだよ、猿の才能とかじゃないのかよ! 笑わせんな夏弥~。でも割と得意なんだ、木登り。小さい頃はターザンになりたかったくらいだぜ」
「へぇ~! ターザンかぁ!」
当時も十分小さいというのに、洋平は「小さい頃は~」などと言っていた。
ただ実際、洋平は木登りが得意らしく、するすると登っていく。
その姿をじっと見ていたのは夏弥だけじゃない。
少し離れた所から、美咲や秋乃も見ていたわけで。
「むぅ~! お兄ちゃんには負けないんだから‼ あたしだってすぐに登れるよ!」
「あっ、美咲ちゃん! ちょ、ちょっとー!」
洋平に対抗意識を燃やし、幼い美咲も自分の前にそびえ立つ樹木を登り始めた。
ざらざらとした植物の堅い肌。
少し擦っただけでも手傷を負ってしまいそうなその感触に一瞬ひるむも、気にしたら負けだと意気込んで美咲はガツガツ登っていく。
「うわっ……ちょ、ちょっと美咲ちゃん。危ないんじゃ……」
「なつ兄もそう思うよね? ハラハラするんだけど私~……」
隣で登りだした美咲の姿に、夏弥も秋乃も不安の色を隠せない。
洋平と違い、美咲は木登りに不慣れなのだ。
その事情は、登る姿を見れば一目瞭然。
洋平はトカゲや猿に例えられるくらい巧みによじ登っていくが、美咲は壊れたロボットのように不規則で鈍重な動きを見せている。
兄妹でもこれだけ差が出てしまうのは、やはりやんちゃな男の子とそうでない女の子の身体的な違いなのだろう。
「だ、大丈夫かなぁ……」
「南無南無……落ちませんように落ちませんように落ちませんように! ああ、どうか神様……!」
藤堂兄妹の二人は、ずっと美咲の様子を見守っている。
秋乃に至っては両手を組んで神頼み。いよいよその場でお祈りをはじめていた。
もはや美咲の保護者のようだった。
しかし意外にも、美咲は登りきることができて、
「っはぁー……ほーら! ちゃんと登れるでしょ? あたしだってこのくらい出来るんだから!」
「わぁ……! 美咲ちゃんすごーい!」
「おお~!」
いつの間にか、夏弥まで美咲の登る木の根元に立っていた。
太い幹の上に乗っていた美咲に、称賛いっぱいの拍手をパチパチと送る。
「なんだよ夏弥~。美咲ばっかり応援かよ~! 裏切りもんがぁ!」
当然、そんな夏弥の姿に、洋平は口を尖らせていた。
「俺のほうが高い所まで登ったのにそりゃないだろー?」
「あ、ああ。洋平もすごいね!」
取って付けたような夏弥の言葉に、洋平は未だご機嫌ななめの様子だった。
「ねぇ美咲ちゃぁーん! カブトムシぃー! いたぁー?」
秋乃が下から声をかけると、その声に反応した美咲は視線を足元に向けた。
その次の瞬間。
「あっ……はわわ…………はっ」
「ど、どうしたのぉー……?」
太い幹に乗っていた美咲の表情が急変する。
「や、やっぱりあたし……こ、ここ怖いぃぃぃー! 助けてぇぇぇーー! 助けてお兄ちゃあーーん‼」
「なっ⁉ 美咲ちゃん大丈夫⁉」
美咲は恐怖に顔をゆがめて叫びはじめた。
下から見上げていただけじゃわからなかったのだけれど、そこは目もくらむような高さだったのである。
「大変‼ な、なつ兄、どどど、どうしよう⁉」
「と、とりあえず落ち着け秋乃!」
「落ち着けないよ! ほら! あの慌てっぷりを見て‼」
「怖いぃ! しぬ! しぬしぬ死んじゃうぅぅ~~~‼」
美咲はその可愛い顔を涙で濡らしまくっていた。
まさにぴえんぴえん泣いている。
かなり怖いらしく、震えながらそばの枝にしがみついている。
「美咲! 大丈夫か⁉」
洋平は隣の木の幹に乗りながら、なんとか身を乗り出して美咲のほうを見ている。
「ぐっ……ここから飛び移るには……ちょっと遠すぎる……か」
「と、飛び移るなんて無理だ! 洋平!」と夏弥。
「ああ……」
「な、なつ兄! 美咲ちゃんを助けてあげて‼ なつ兄なら木登りできるでしょ⁉」
「そ、それもそうだけど……。よし、わかった!」
秋乃に促され、夏弥は決死の覚悟で美咲の居る木に登り始めた。
洋平ほどじゃないが、夏弥もなかなか上手に木を登る。
どんどん登っていくと、物の数分で夏弥は美咲の居るところまで登り詰めたのだった。
「もう安心だから、美咲ちゃん! 一緒に降りよ?」
「うっぐ……ひぇぐ……ううぅ……」
「よーしよしよし。怖かったねぇー。もう大丈夫だから安心して!」
ぐしゃぐしゃに泣きじゃくっている美咲の手を、夏弥はそっと掴んであげた。
美咲の身体はぶるぶると震えている。
相当怖い思いをしていたんだな、とそこで夏弥は改めて感じた。
「おーい! 二人ともぉー、だいじょーぶぅー⁉」
下から秋乃の声が響いてくる。
「だ、大丈夫だからぁー! これから降りるー!」
「うっぐ、へっぐ……でもこれぇ……」
「うん?」
美咲は泣きながら、手にしていたものを夏弥に見せた。
沈んだ栗色。セパレートされた背中の羽根。かぎ爪のついた六本足。
何を隠そう、それはみんなが探し求めていたものである。
「え⁉ カブトムシじゃん! 見つけたんだ⁉」
「う、うん……」
「じゃあ美咲ちゃんのカゴに入れるから、ちょっと貸して」
鼻をすすりながら、美咲は夏弥にカブトムシを渡した。
カブトムシを受け取った夏弥は、美咲が肩から下げていた虫かごにそのカブトムシを入れてあげた。
「それじゃあ一緒に降りよう? ほら、手を繋いでるからこれで安心だよね?」
「……うん……た、たぶん……で、でも高いの怖いよぉ……うっう……」
「美咲ちゃんは泣き虫だね……。大丈夫だって。このくらい!」
「う、うう、うるさぁぁぁい! バカバカ! バカァァ!」
「うわっ! あ、危ないから! 木の上で暴れないで⁉」
美咲はその木の上で夏弥をポカポカと叩き始めた。
夏弥が乗ったこともあり、幹にかかる重量は二人分。
いくら子供の体重といえど、激しく動けば折れてしまうのも無理はなくて――
「うわ! 何してんの⁉ 二人とも危ないよぉーーー!」
下から聞こえてきた秋乃の言葉と共に、樹木の繊維がミシミシと軋みはじめた。
次の瞬間。
「わぁ! 何何なにぃ⁉」
「み、美咲ちゃん動くと余計に危ないってば! うわ、折れるってぇぇぇー!」
「きゃああああ!」
「うわあ! 美咲ちゃん!」
幹が激しく上下に揺れたかと思うと、見事なまでにそれは折れてしまったのだった。
二人はそのまま地面へ真っ逆さまに落ちていく。
真夏ののどかな公園。
そこに夏弥と美咲の叫び声が響き渡った。
洋平は我先にと腕を伸ばし、荒めなその樹皮に手を置く。
途中で突起している節に器用にも靴の先をひっかけ、その姿勢からぐっぐっと弾みをつけてよじ登っていく。
左右の脇腹を代わりばんこに伸ばし、右手左手と次の手をかけて順調にその高さを稼いでいった。
「洋平、木登りめっちゃうまい! トカゲだトカゲ! トカゲの才能あるよ!」
「ぷっはっはっ! なんだよ、猿の才能とかじゃないのかよ! 笑わせんな夏弥~。でも割と得意なんだ、木登り。小さい頃はターザンになりたかったくらいだぜ」
「へぇ~! ターザンかぁ!」
当時も十分小さいというのに、洋平は「小さい頃は~」などと言っていた。
ただ実際、洋平は木登りが得意らしく、するすると登っていく。
その姿をじっと見ていたのは夏弥だけじゃない。
少し離れた所から、美咲や秋乃も見ていたわけで。
「むぅ~! お兄ちゃんには負けないんだから‼ あたしだってすぐに登れるよ!」
「あっ、美咲ちゃん! ちょ、ちょっとー!」
洋平に対抗意識を燃やし、幼い美咲も自分の前にそびえ立つ樹木を登り始めた。
ざらざらとした植物の堅い肌。
少し擦っただけでも手傷を負ってしまいそうなその感触に一瞬ひるむも、気にしたら負けだと意気込んで美咲はガツガツ登っていく。
「うわっ……ちょ、ちょっと美咲ちゃん。危ないんじゃ……」
「なつ兄もそう思うよね? ハラハラするんだけど私~……」
隣で登りだした美咲の姿に、夏弥も秋乃も不安の色を隠せない。
洋平と違い、美咲は木登りに不慣れなのだ。
その事情は、登る姿を見れば一目瞭然。
洋平はトカゲや猿に例えられるくらい巧みによじ登っていくが、美咲は壊れたロボットのように不規則で鈍重な動きを見せている。
兄妹でもこれだけ差が出てしまうのは、やはりやんちゃな男の子とそうでない女の子の身体的な違いなのだろう。
「だ、大丈夫かなぁ……」
「南無南無……落ちませんように落ちませんように落ちませんように! ああ、どうか神様……!」
藤堂兄妹の二人は、ずっと美咲の様子を見守っている。
秋乃に至っては両手を組んで神頼み。いよいよその場でお祈りをはじめていた。
もはや美咲の保護者のようだった。
しかし意外にも、美咲は登りきることができて、
「っはぁー……ほーら! ちゃんと登れるでしょ? あたしだってこのくらい出来るんだから!」
「わぁ……! 美咲ちゃんすごーい!」
「おお~!」
いつの間にか、夏弥まで美咲の登る木の根元に立っていた。
太い幹の上に乗っていた美咲に、称賛いっぱいの拍手をパチパチと送る。
「なんだよ夏弥~。美咲ばっかり応援かよ~! 裏切りもんがぁ!」
当然、そんな夏弥の姿に、洋平は口を尖らせていた。
「俺のほうが高い所まで登ったのにそりゃないだろー?」
「あ、ああ。洋平もすごいね!」
取って付けたような夏弥の言葉に、洋平は未だご機嫌ななめの様子だった。
「ねぇ美咲ちゃぁーん! カブトムシぃー! いたぁー?」
秋乃が下から声をかけると、その声に反応した美咲は視線を足元に向けた。
その次の瞬間。
「あっ……はわわ…………はっ」
「ど、どうしたのぉー……?」
太い幹に乗っていた美咲の表情が急変する。
「や、やっぱりあたし……こ、ここ怖いぃぃぃー! 助けてぇぇぇーー! 助けてお兄ちゃあーーん‼」
「なっ⁉ 美咲ちゃん大丈夫⁉」
美咲は恐怖に顔をゆがめて叫びはじめた。
下から見上げていただけじゃわからなかったのだけれど、そこは目もくらむような高さだったのである。
「大変‼ な、なつ兄、どどど、どうしよう⁉」
「と、とりあえず落ち着け秋乃!」
「落ち着けないよ! ほら! あの慌てっぷりを見て‼」
「怖いぃ! しぬ! しぬしぬ死んじゃうぅぅ~~~‼」
美咲はその可愛い顔を涙で濡らしまくっていた。
まさにぴえんぴえん泣いている。
かなり怖いらしく、震えながらそばの枝にしがみついている。
「美咲! 大丈夫か⁉」
洋平は隣の木の幹に乗りながら、なんとか身を乗り出して美咲のほうを見ている。
「ぐっ……ここから飛び移るには……ちょっと遠すぎる……か」
「と、飛び移るなんて無理だ! 洋平!」と夏弥。
「ああ……」
「な、なつ兄! 美咲ちゃんを助けてあげて‼ なつ兄なら木登りできるでしょ⁉」
「そ、それもそうだけど……。よし、わかった!」
秋乃に促され、夏弥は決死の覚悟で美咲の居る木に登り始めた。
洋平ほどじゃないが、夏弥もなかなか上手に木を登る。
どんどん登っていくと、物の数分で夏弥は美咲の居るところまで登り詰めたのだった。
「もう安心だから、美咲ちゃん! 一緒に降りよ?」
「うっぐ……ひぇぐ……ううぅ……」
「よーしよしよし。怖かったねぇー。もう大丈夫だから安心して!」
ぐしゃぐしゃに泣きじゃくっている美咲の手を、夏弥はそっと掴んであげた。
美咲の身体はぶるぶると震えている。
相当怖い思いをしていたんだな、とそこで夏弥は改めて感じた。
「おーい! 二人ともぉー、だいじょーぶぅー⁉」
下から秋乃の声が響いてくる。
「だ、大丈夫だからぁー! これから降りるー!」
「うっぐ、へっぐ……でもこれぇ……」
「うん?」
美咲は泣きながら、手にしていたものを夏弥に見せた。
沈んだ栗色。セパレートされた背中の羽根。かぎ爪のついた六本足。
何を隠そう、それはみんなが探し求めていたものである。
「え⁉ カブトムシじゃん! 見つけたんだ⁉」
「う、うん……」
「じゃあ美咲ちゃんのカゴに入れるから、ちょっと貸して」
鼻をすすりながら、美咲は夏弥にカブトムシを渡した。
カブトムシを受け取った夏弥は、美咲が肩から下げていた虫かごにそのカブトムシを入れてあげた。
「それじゃあ一緒に降りよう? ほら、手を繋いでるからこれで安心だよね?」
「……うん……た、たぶん……で、でも高いの怖いよぉ……うっう……」
「美咲ちゃんは泣き虫だね……。大丈夫だって。このくらい!」
「う、うう、うるさぁぁぁい! バカバカ! バカァァ!」
「うわっ! あ、危ないから! 木の上で暴れないで⁉」
美咲はその木の上で夏弥をポカポカと叩き始めた。
夏弥が乗ったこともあり、幹にかかる重量は二人分。
いくら子供の体重といえど、激しく動けば折れてしまうのも無理はなくて――
「うわ! 何してんの⁉ 二人とも危ないよぉーーー!」
下から聞こえてきた秋乃の言葉と共に、樹木の繊維がミシミシと軋みはじめた。
次の瞬間。
「わぁ! 何何なにぃ⁉」
「み、美咲ちゃん動くと余計に危ないってば! うわ、折れるってぇぇぇー!」
「きゃああああ!」
「うわあ! 美咲ちゃん!」
幹が激しく上下に揺れたかと思うと、見事なまでにそれは折れてしまったのだった。
二人はそのまま地面へ真っ逆さまに落ちていく。
真夏ののどかな公園。
そこに夏弥と美咲の叫び声が響き渡った。
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