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些細なおはなし 1
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※まえがき
これは約九年ほど前の些細なおはなしです。
夏弥と洋平が小学二年生だったころの思い出を断片的に書きました。
挿話なので、このおはなしは数ページで終わりの予定です。
◇
ある年の八月某日のこと。
セミの声がうるさいお昼時のことだ。
「夏弥! まほろば公園にカブトムシが出たって噂聞いただろ? 一緒に見にいこうぜ!」
そう。事の発端は、洋平のそんな無邪気な一言だった。
最初は藤堂家で遊ぼうという話だったのだけれど、土壇場で洋平が予定を変更してきたのである。
その日はかき氷やアイスなんかを口にしたいくらい暑かった。
藤堂家の実家から、いびつな二列縦隊を組んでずんずん道路を行進している四人の子供達がいた。
メンバーは以下。
小学二年生の夏弥と洋平。
その後ろに続くは彼らのシスターズ、小学一年生の秋乃と美咲だ。
それぞれが汗をかき、着ているTシャツを肌に貼りつかせてしまっていた。
その小隊の目的地は近隣に広がる緑地公園である。
「――――洋平。さっきカブトムシって言ってたけど、そんなの公園にほんとに出るのかな?」
「ああ! 嘘じゃないぜ? あの公園でカブトムシを捕まえたっていう勇者みたいな奴が居てさ。俺は確かに見せてもらったからな! 超ミラクルが起きれば見れるかもよ~なんて言われたけど、俺がいれば百パー見つけられるね」
「ふぅーん……超ミラクルかぁ。すごい自信だね。俺は起こせる気がしないんだけど……」
二年生にもなると、もう夏弥は自分のことを「俺」と呼ぶようになっていたし、洋平のことをすっかり呼び捨てにしていて、割と気の置けない間柄になっていたのだった。幼少期の夏弥は素晴らしいコミュ力を持ち合わせていたのかもしれない。
そんなお兄ちゃんズの後ろを歩く妹達。美咲と秋乃はといえば。
「――美咲ちゃん、これから捕まえにいくのカブトムシだってさ~。見たことある?」
「ん~あたしは生で見たことないけど、テレビとか絵本ではたくさん見たことあるよ。なんかこう、角がぐわ~って生えてる虫でしょ? ちょっと怖いけどカッコイイヤツ!」
「そうそう! 角一本のがカブトムシで、二本のがクワガンタっていうんだよね!」
「え。くわがんた?」
幼かった秋乃は「クワガタ」のことを得意げに「クワガンタ」と言い放った。
日曜日の朝に放映される特撮モノあたりでそれらしく登場しそうな名前である。
なんじゃそれは、と夏弥は前を向きつつ思っていた。
後ろから聞こえてきた謎の生命体「クワガンタ」のフォルムに想像を巡らせてみるけれど、いまいちしっくりくるフォルムが脳内に出来上がらない。
秋乃は間違えて覚えていたのだろう。そんな昆虫はこの世にいない。
「へぇ~! 秋乃ちゃんって物知りだね! 博士みたい!」
「フッフッフ~。美咲ちや~ん今気づいたのかい? こんくらいジョーシキなのだよ!」
秋乃は人差し指を立ててみせ、美咲に向かってそう言った。
ますます得意げである。
かけていたその黒縁メガネが、キランッと音を立てて光る。
天然パーマのせいか、少しだけ博士っぽく見えなくもないのが藤堂秋乃という女の子のおかしみである。
当時からアニメや漫画の影響を致命的なレベルで色濃く受けていた。だからか口調からしてすでに秋乃は仕上がっている。
もうその筋の兆候は始まっていたというわけだ。
「あれ、でも待って? あたしが知ってる二本の角は、「クワガタ」っていう名前だったと思うんだけど?」
「くわがた……? あれぇ……えぇっと…………」
サーっと不気味な音がして、秋乃の顔色が悪くなる。
どうやら不安が押し寄せているようだ。
「たっ、たぶん違う虫なんじゃない⁉ 「クワガタ」と「クワガンタ」は別の昆虫なんだよきっと! ほらほら、「ヒョウ」と「ジャガー」みたいな!」
「あー、なるほどね? ……え? でも待って。ヒョウとジャガーって同じ動物じゃないの?」
「え?」
IQが溶けそうな会話だけれど、このシスターズは大真面目である。
しかし改めて言おう。クワガンタなんて昆虫はこの世にいない。
ちなみにヒョウとジャガーは違う動物である。
虫あみに虫かご。それぞれワンセットずつ手に持った四人は、そのまま「まほろば公園」に到着した。
夏のひだまりの中を小さな虫が飛んだりしているせいか、時々空気中の何かがきらめいたりしている。四人の瞳にはそれが細かい光のように映っていた。
照り付ける太陽の下で、四人は公園の隅へと歩いていく。
そこには樹木の集中した雑木林のような一角があり、先導する洋平はあそこが捕虫ポイントなのだとみんなに声をかけた。
四人よりもずっとずっと背の高い木が立ち並んでいる。
「よ~~しっ! この辺りだな!」
「ここ? 洋平、本当にこの木にカブトムシがいるのかー?」と夏弥。
「お兄ちゃん、ほんとにここなのー? セミしか居ないんじゃなーい?」
夏弥と美咲の言葉に、洋平は「ふん!」と鼻を鳴らして答える。
「ばーか。カブトはもっと上のほうにいんだよ! こんな根元のほうに居たらホイホイ捕まってつまんないだろ? こういうのは、みんなの手が届かない所にいてくれるもんなんだ!」
野生の昆虫にそんなエンタメ精神なんぞあるわけがない。
謎の理論を口にしながら、洋平は自分たちの頭上で枝葉をのばすその樹木を見上げていた。
直径三十センチはゆうに超えるだろうという太い樹木だ。
その存在感は圧倒的で、そばに並ぶ四人がさらに小さく見えてしまうくらいだった。
「それじゃあ美咲達はそっちの木でカブトムシ捕まえろよ? 俺と夏弥はこっちで探すから! こっからバトル開始だ!」
「わかった! 先に捕まえたほうの勝ちね!」
洋平の挑戦に臆することなく美咲は答えた。
美咲はその黒目がちの瞳に闘志を燃やし、秋乃の手をギュッとつかんで移動する。
つやのある長めの黒髪が一瞬なびく。
お隣にも樹木があり、そこで自分達もカブトムシを捕まえようと考えていたのだ。
ただ、手を繋いだまま、美咲と秋乃はその樹木を前にしてすぐに押し黙った。
「…………」
「…………」
圧倒的な高さと太さ。
地面にどしっと根を張っているその雄々しい姿。
この二人の沈黙を破ったのは、意外にも秋乃のほうだった。
「美咲ちゃーん、本当に捕まえられるの~? そもそも、カブトムシ居ないと思うんだけど……」
「だっ、だだだいじょぶだいじょぶ! 秋乃はここで見てて? あたしが魔法みたいに一瞬で捕まえたげるから!」
木漏れ日が無数のやわらかい光線を描いて、木陰に立つ二人の少女を照らしていた。
そんな妹達の隣で、夏弥と洋平も自分達の木に目を向けていた。
「夏弥はここで待っててくれよ~。俺が登って探してくるから。アミとカゴ、持っててくれ。捕まえたらすぐどっちかに入れるんだ!」
「オッケー。いつでもドンとこい! バッチこいだ!」
カブトムシがいるのか疑わしかったけれど、なんだかんだで夏弥も乗り気だった。
これは約九年ほど前の些細なおはなしです。
夏弥と洋平が小学二年生だったころの思い出を断片的に書きました。
挿話なので、このおはなしは数ページで終わりの予定です。
◇
ある年の八月某日のこと。
セミの声がうるさいお昼時のことだ。
「夏弥! まほろば公園にカブトムシが出たって噂聞いただろ? 一緒に見にいこうぜ!」
そう。事の発端は、洋平のそんな無邪気な一言だった。
最初は藤堂家で遊ぼうという話だったのだけれど、土壇場で洋平が予定を変更してきたのである。
その日はかき氷やアイスなんかを口にしたいくらい暑かった。
藤堂家の実家から、いびつな二列縦隊を組んでずんずん道路を行進している四人の子供達がいた。
メンバーは以下。
小学二年生の夏弥と洋平。
その後ろに続くは彼らのシスターズ、小学一年生の秋乃と美咲だ。
それぞれが汗をかき、着ているTシャツを肌に貼りつかせてしまっていた。
その小隊の目的地は近隣に広がる緑地公園である。
「――――洋平。さっきカブトムシって言ってたけど、そんなの公園にほんとに出るのかな?」
「ああ! 嘘じゃないぜ? あの公園でカブトムシを捕まえたっていう勇者みたいな奴が居てさ。俺は確かに見せてもらったからな! 超ミラクルが起きれば見れるかもよ~なんて言われたけど、俺がいれば百パー見つけられるね」
「ふぅーん……超ミラクルかぁ。すごい自信だね。俺は起こせる気がしないんだけど……」
二年生にもなると、もう夏弥は自分のことを「俺」と呼ぶようになっていたし、洋平のことをすっかり呼び捨てにしていて、割と気の置けない間柄になっていたのだった。幼少期の夏弥は素晴らしいコミュ力を持ち合わせていたのかもしれない。
そんなお兄ちゃんズの後ろを歩く妹達。美咲と秋乃はといえば。
「――美咲ちゃん、これから捕まえにいくのカブトムシだってさ~。見たことある?」
「ん~あたしは生で見たことないけど、テレビとか絵本ではたくさん見たことあるよ。なんかこう、角がぐわ~って生えてる虫でしょ? ちょっと怖いけどカッコイイヤツ!」
「そうそう! 角一本のがカブトムシで、二本のがクワガンタっていうんだよね!」
「え。くわがんた?」
幼かった秋乃は「クワガタ」のことを得意げに「クワガンタ」と言い放った。
日曜日の朝に放映される特撮モノあたりでそれらしく登場しそうな名前である。
なんじゃそれは、と夏弥は前を向きつつ思っていた。
後ろから聞こえてきた謎の生命体「クワガンタ」のフォルムに想像を巡らせてみるけれど、いまいちしっくりくるフォルムが脳内に出来上がらない。
秋乃は間違えて覚えていたのだろう。そんな昆虫はこの世にいない。
「へぇ~! 秋乃ちゃんって物知りだね! 博士みたい!」
「フッフッフ~。美咲ちや~ん今気づいたのかい? こんくらいジョーシキなのだよ!」
秋乃は人差し指を立ててみせ、美咲に向かってそう言った。
ますます得意げである。
かけていたその黒縁メガネが、キランッと音を立てて光る。
天然パーマのせいか、少しだけ博士っぽく見えなくもないのが藤堂秋乃という女の子のおかしみである。
当時からアニメや漫画の影響を致命的なレベルで色濃く受けていた。だからか口調からしてすでに秋乃は仕上がっている。
もうその筋の兆候は始まっていたというわけだ。
「あれ、でも待って? あたしが知ってる二本の角は、「クワガタ」っていう名前だったと思うんだけど?」
「くわがた……? あれぇ……えぇっと…………」
サーっと不気味な音がして、秋乃の顔色が悪くなる。
どうやら不安が押し寄せているようだ。
「たっ、たぶん違う虫なんじゃない⁉ 「クワガタ」と「クワガンタ」は別の昆虫なんだよきっと! ほらほら、「ヒョウ」と「ジャガー」みたいな!」
「あー、なるほどね? ……え? でも待って。ヒョウとジャガーって同じ動物じゃないの?」
「え?」
IQが溶けそうな会話だけれど、このシスターズは大真面目である。
しかし改めて言おう。クワガンタなんて昆虫はこの世にいない。
ちなみにヒョウとジャガーは違う動物である。
虫あみに虫かご。それぞれワンセットずつ手に持った四人は、そのまま「まほろば公園」に到着した。
夏のひだまりの中を小さな虫が飛んだりしているせいか、時々空気中の何かがきらめいたりしている。四人の瞳にはそれが細かい光のように映っていた。
照り付ける太陽の下で、四人は公園の隅へと歩いていく。
そこには樹木の集中した雑木林のような一角があり、先導する洋平はあそこが捕虫ポイントなのだとみんなに声をかけた。
四人よりもずっとずっと背の高い木が立ち並んでいる。
「よ~~しっ! この辺りだな!」
「ここ? 洋平、本当にこの木にカブトムシがいるのかー?」と夏弥。
「お兄ちゃん、ほんとにここなのー? セミしか居ないんじゃなーい?」
夏弥と美咲の言葉に、洋平は「ふん!」と鼻を鳴らして答える。
「ばーか。カブトはもっと上のほうにいんだよ! こんな根元のほうに居たらホイホイ捕まってつまんないだろ? こういうのは、みんなの手が届かない所にいてくれるもんなんだ!」
野生の昆虫にそんなエンタメ精神なんぞあるわけがない。
謎の理論を口にしながら、洋平は自分たちの頭上で枝葉をのばすその樹木を見上げていた。
直径三十センチはゆうに超えるだろうという太い樹木だ。
その存在感は圧倒的で、そばに並ぶ四人がさらに小さく見えてしまうくらいだった。
「それじゃあ美咲達はそっちの木でカブトムシ捕まえろよ? 俺と夏弥はこっちで探すから! こっからバトル開始だ!」
「わかった! 先に捕まえたほうの勝ちね!」
洋平の挑戦に臆することなく美咲は答えた。
美咲はその黒目がちの瞳に闘志を燃やし、秋乃の手をギュッとつかんで移動する。
つやのある長めの黒髪が一瞬なびく。
お隣にも樹木があり、そこで自分達もカブトムシを捕まえようと考えていたのだ。
ただ、手を繋いだまま、美咲と秋乃はその樹木を前にしてすぐに押し黙った。
「…………」
「…………」
圧倒的な高さと太さ。
地面にどしっと根を張っているその雄々しい姿。
この二人の沈黙を破ったのは、意外にも秋乃のほうだった。
「美咲ちゃーん、本当に捕まえられるの~? そもそも、カブトムシ居ないと思うんだけど……」
「だっ、だだだいじょぶだいじょぶ! 秋乃はここで見てて? あたしが魔法みたいに一瞬で捕まえたげるから!」
木漏れ日が無数のやわらかい光線を描いて、木陰に立つ二人の少女を照らしていた。
そんな妹達の隣で、夏弥と洋平も自分達の木に目を向けていた。
「夏弥はここで待っててくれよ~。俺が登って探してくるから。アミとカゴ、持っててくれ。捕まえたらすぐどっちかに入れるんだ!」
「オッケー。いつでもドンとこい! バッチこいだ!」
カブトムシがいるのか疑わしかったけれど、なんだかんだで夏弥も乗り気だった。
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